神、ときどき魔王
うつわ心太
第1話 はじめに言葉ありき
言葉は神と共にあり、言葉は神であった。――新約聖書「ヨハネによる福音書」第一章から
(
千年以上様々な時代と場所を彷徨って来ましたが、生を終える前の私は唯一神を崇める教皇国の教皇でありました。その世界には百を超える国がありました。私は世界中で、唯一神であらせられる主を崇めることを教義とする、信仰の統一が出来ました。
主を崇める事の出来る幸せを皆で分かち合う……。素晴らしい、こんなにも世界は愛にあふれ幸せに満ちている。
世界人口が半分になっていたとしても。
魔王と呼ばれていたとしても。
こうしてまだいろいろな事を考える事が出来るのは何故でしょう。私の心と身体は主の元へ召されるはずではないのでしょうか。
つむっていた目をゆっくり開きますと、主の輝き温かみ優しさを感じられる光が目の前にありました。光以外は漆黒と言うべき闇の中、その中にある光は間違いなく主でしょう。
ああ、まさか……まさかまさか、主が自ら引き上げて下さるというのでしょうか。
『オーリス、其方は生を終えた。ここは神界である。我の使命をよくぞ成し遂げた。功績により別世界での生を差し許す』
(ああ、主よ。無上の喜びであります。私はそこで何をすればよろしいのでしょう)
『好きに生きよ』
(ああ、主よ。ならば私は再び
『御使いとするならば、制約は解かぬが叡智を使う事は出来よう。行け』
なんという喜び。私はまだ主を称える事が出来る。崇める事が出来る。愛す事が出来ます。
ああ主よ。私の全ては主の為に。
主の光が遠ざかると共に、私は浮いているような、落ちているような不思議な感覚に包まれ、やがて男の声が聞こえてきました。
「おお!? 一体何が!? 人が現れましたぞ!」
「うお! 何が起こった、誰だ?」
聖衣と思われる服を身につけている白髪の老人の男性と、上質なローブの様な服の上から赤いマント、冠を戴冠している金髪の中年の男性が佇んでいます。
二人の横には肩ほどの高さの篝火があり、二人の顔を照らしています。
白髪の老人男性は六十代くらいに見え、優しく人好きのしそうな顔つきであり、右手には錫杖を持ち眼鏡をかけておられます。
金髪の男性は四十代くらいでしょうか、そうでしょうね。
四肢の筋肉が大きいながらも全体の統制がとれており、はっきりとした顔立ちが精悍に見える金髪碧眼美中年です。顎髭があり額から左目、頬骨にかけて刀傷と思われる物がありそれが精悍さを引き立てているようです。
足元は石畳のような床、振り返るとお墓の様な石碑があります。窓の無い石造りの部屋、壁には等間隔に篝火、地下かもしれません。天井は私の背の2倍ほどでしょうか、部屋は広く声はよく響きます。
老人男性の後ろには扉が見えます。木製のようで上部がアーチ型になっており、部屋自体がそう明るくありませんのでよくは見えませんが、装飾もあるようです。
自分を見てみますと生を終えた時の白い
「先王が降臨なされた!? 陛下の治世に文句があると!」
「五月蠅いマリス。俺に不満でもあるのか? よく見ろ、髪も瞳の色も似ても似つかんわ!」
先王? 降臨?
まだ状況が把握出来ません。四十代男性は陛下と呼ばれていました。偉い方なのでしょうね。
周りを見渡すと真っ白な甲冑を着けた騎士と思われる方々が、ふたりの男性の後ろに控えておりました。
六名ですね。騎士達は帯剣しており、手には大きな盾を持っています。警戒しているようです。
ふたりの男性を後ろに下げようとしていますが、男性達は興味深げにこちらを見ており、下がろうとしません。老人男性は驚いた顔、四十代男性は楽しげな顔をしており敵対しそうには見えませんね。
騎士達は以前の私の国でもおりました聖騎士団らしき姿であり、頭はフルヘルムで表情は窺えません。私は武器防具には詳しくありませんので、強そうとか堅そうなどの印象しか持てません。
私が何も言わずにいると老人男性が私に向かって聞いてきます。
「貴方様は先王であらせられますか?」
首を振り否定します。
「では、貴方様は神!?」
首を振り否定します。
私如きが神と呼ばれるのはとんでもありません。
私は身振り手振りで物を書くような仕草をします。
「どなたか! 羊皮紙と羽根ペンを!」
老人男性があわてて騎士へ声をかけました。
騎士はすばやく身体を翻すと老人男性の後ろにあった扉から出て行きました。
動く時に音がしない甲冑はよい物です、滅多に見られる物ではありませんぞ、いえいえ我らが聖騎士団の甲冑は全員がそのような甲冑でありますが、と聖騎士団の騎士長がおっしゃっていた事を思い出します。
先ほど動いた騎士からは足音さえしませんでした。
なるほど、聖騎士団に並びうる力があると思った方がいいでしょう。
騎士が持ってきて下さった羊皮紙と羽根ペンを受け取り、書き込みます。
本来は羽ペンや羊皮紙など必要なくいろいろな国の、各世界への意味のわかる言葉を現出させる事が出来ますが、まだ私の本来の異形、主よりいただいた叡智を見せる事は尚早でしょう。
「オーリス様とおっしゃる。
「
老人男性と中年男性がびっくりして声を上げます。
頷いて肯定します。名は(仮名)であります。
真名は
「と、とにかく御使い様。場所を移しても構いませんか?」
老人男性が聞いてきます。中年男性はそれもそうだな、と言いつつ頷いていらっしゃいます。
騎士三人が先導し、その後ろに先程のおふたり、私、騎士三名と並び石造りの階段を上がっていきます。
地下だったようです。階段を上ると陽の光が差し込んできました。
大きな建物の中を移動しています。私の住んでいた教皇庁舎にコンセプトが似た作りです。
少し歩き別の部屋へ案内されました。部屋は広く先程の人数、私を入れて九人入っても余裕があります。
三人は座れそうなソファーがあり、そこへ座るようにとの事で素直にゆっくりと座ります。
美しい絨毯があり不思議な模様が描かれております。これは、古い本で見た魔法陣と呼ばれる物に似ているようです。前世では科学があり魔法という物はありませんでしたので、興味津々です。
対面に中年男性が座り、老人男性はその後ろに立って控えております。
騎士達はさらにその後ろに四名、私の後ろに二名控えています。先程から私語はなくプロ意識のある方々のようです。
「さて早速だが、オーリスよ。まずこの部屋は真偽の部屋と言う。下に描かれている魔法陣によって、その者が虚偽を働いているかどうか見極める事が出来る。もちろん俺も嘘は吐けん」
中年男性がそう説明してくださいます。
こくりと頷いて話を促します。
魔法があるのですね。いいですね魔法。
「御使いという事だが、真実か?」
“はい”
筆談で返します。筆談は慣れております。
魔法陣は何の反応もありません。これ稼働しているのでしょうかね。
「そうか……そうか、来たか。本物を初めて見たな、よくぞ来てくれた!」
中年男性はニカッと笑って嬉しそうに握手を求めてきます。
「すまなかったな。俺はヴォルブ・ロムダレンだ。ロムダレン国三代国王となる」
「私はマリス・マデンジェと申します。宰相を
国王様と宰相様でしたか。君主制ですね。
私はすぐにソファーを立ち王の前に
“陛下に御無礼を”
「ああ、そんなのいいから、今後もオーリスはせんでいい。御使いだからな、俺より偉い。呼び名もヴォルブにしてくれ」
王は粗暴な言葉ながらも親しみのある笑顔でそうおっしゃいます。
ソファーに座り直し話を続けます。
“では公の場以外はヴォルブ様と。先程の地下室はお墓でしょうか”
「そうだ、王墓だな」
「本日は年に一度行う鎮魂の儀をしておりました。そこへ御使い様が……」
なるほどお墓参りでしたか。
「で、オーリスは何故この国に? いや何か使命があっての事か?」
ヴォルブ様がちらと魔法陣を見ながらお聞きになります。
“私は一度生を終え、
「生まれ変わりなのか! 何歳で死んだんだ?」
“千から先は覚えておりません”
「せ、千……? そ、そうか。御使いだからな! しかし世界の王だったか。とてつもないな! ここでも世界の王を目指すのか?」
“以前は統一した時に頂点にいたのがたまたま私だった、というだけであります。ここでは好きに生きます。その道程で主の教義でまとまれば、それはそれでよろしいかと。どなたが世界の王でも構いません”
「そうか、じゃあ俺でもいいのか!」
“ヴォルブ様は世界をお望みでしょうか?”
「そうだな! まとまれば民が喜ぶ。国同士のでかい戦争がなくなれば民も少しは楽になるだろ、多分!」
“そこに至るまでにどのような犠牲を払ったとしても、でしょうか?”
「そこに至れればそれは犠牲ではない。
殉難……国家の為に殉死した方々と言われますか、ヴォルブ様。
ヴォルブ様は本気のようです。穏やかだった美中年顔が締まり本物の王の顔になります。
“この国に国教は御座いますか?”
「ないな、定めていない。教会はあるがな、何と言ったか……あの信仰は」
「ガイア信仰教ですな。
ガイア……。それにその二つ名は間違いないですね。
この世界に逃げてきましたか、あの近親相姦異教神らは。
“ヴォルブ様、私にこの国での布教をお許し願えますでしょうか?”
「御使いにその許しなどいらんわ、好きにしていい」
“ありがとうございます”
「ところで、今更だがな、オーリスはしゃべれんのか?」
“はい、主との制約により声に制限があります”
「制限? しゃべれない事はないという事か?」
“そうですね”
「まぁいい。おい、明日王都に来ている貴族達を集めろ、御使いのお披露目だ」
王は後ろで控えていた騎士にそうお声をかけます。
「オーリスよ、明日謁見の間で披露目を行う。すまんが周辺諸国への牽制の意味もある。この国はまだ小さいものだからな。いろいろ手を打っとかないと何をして来るかわからん。利用させて貰う」
正直な王ですね。そのように
“畏まりました”
「陛下、今日はこの辺りにしておいてはどうですかな。御使い様には
「おう、そうだな、オーリスゆっくり休め」
マリスさんが提案され、ヴォルブ様がおっしゃり退出されます。頭を下げて見送ります。
マリスさんと騎士三名に案内され貴賓室へ入ります。部屋は広く、寝室、応接室、浴室、侍女控え室と四部屋。調度品は全て品が良く、窓も大きく城の美しい庭園に面しているようです。
国賓待遇でしょうか、そうでしょうね。
マリスさんに侍女二名と護衛の騎士二名を紹介され、案内して下さった騎士三名は戻られました。
護衛の騎士は黒い甲冑を身に纏い帯剣をしておりますが、盾は持っていらっしゃいません。
侍女さんは頭に白いヘッドドレス、侍女服の上に白いエプロン、足首丈の侍女服を着ており、軽く頭を下げたまま待機しておられます。
「先程の白い甲冑を着た者達が、王国騎士団白騎士隊と申しまして城の護り、祭事に関する事を担う精鋭ですな。この者達は黒騎士隊と申しまして要人の護衛など、人の護りに適しております」
マリスさんがそう説明くださり、黒騎士さんは頭を下げてくださいます。
さて、早速ですが私の「好きに」させて頂きましょう。
『
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