第8話 森の主

「今日は本当に良い天気よね。こんな日はそう、私とパーティーを組まない?」

「うーん、ごめんなさい⋯⋯」


 やっぱりダメか。勢いだけじゃ通じないなぁ。

 困ったように笑うクレアは、テーブルの上にハーブティーを置いて向かい合う形で座った。休日のクレアの部屋へ押し掛けたので、彼女はいつもよりラフな格好だ。


「えと、つまり仲間が欲しいのよね? 騎士団の中から選ぶのはダメなの?」

「マークス戦士長とディルミンさんに声をかけたんだけどキッパリ断られちゃって⋯⋯」

「当たり前でしょ? 帝国最強の騎士と防衛の要である守備隊長が動けるわけないじゃない。他にも才能ある新兵とか斥候慣れしてる人とか、なんなら帝国魔術師や冒険者ギルドもあるし、なんで三人目で私のところに来ちゃうのかなぁ」

「本当は一番に来たかったくらいよ。お国側に気を遣ったんだから成長したと褒めてほしいわね」

「もう、仕方のない人ね⋯⋯」


 クレアはベッドの下から小さな木箱を引っ張り出して、中の腕輪を渡してきた。


「ほら、これを私だと思って大切にしてね」

「え、一緒にこないの?」

「さっき断ったの。ちゃんと聞いてた?」

「寂しい⋯⋯」

「この腕輪便利なのよ? ほら、このボタン押すと私の声で喋ってくれるようにしたから」

「【キョウモガンバロー】」

「可愛い! 何これ!」

「一応魔道具なんだよ? 精神異常耐性とか火炎耐性が付いてるの。壊れたら治してあげるからいつでも戻ってきてね」

「ねぇクレア! 『アザレア大好き』って声入れてほしい! お願いします! お願いします!」

「うぅ、必死過ぎて直視できない⋯⋯」


 なんだかんだ言いながら追加で声を入れてくれたクレアは、「このまま喋ってても仲間は集まらないよ」と部屋から私を追い出した。少し名残惜しいけど、家宝になるアイテムまで貰ってしまったのだからもう粘れないな。






 さて、どうしたものか。

 大人しく冒険者ギルドに来た私は、お昼のパンケーキを食べながら考え込んでいた。

 仲間集めと一口に言っても、自分で選ぶのは結構むずかしい。実のところ、私はちょっと変わったタイプの騎士なのだ。

『帝国騎士』と聞けば、適切な状況判断や統率能力が見込まれ、どんなパーティーに加わっても指揮系統を任される。それも一重に、帝国がこれまで積み重ねてきた『圧倒的な強者のあるべき姿』の賜物だ。帝国騎士団や魔術師団の教育機関は完成している。『強き力とて思考なくして頂に届くこと無し』と、兵法から野営料理まで叩き込まれるのだ。

 つまり全員がパーティーリーダーの資格持ち。もちろん、私も座学は受けているのだが、実は実技は免除されているので訓練はほとんどやったことが無い。


「こんなことなら特別推薦なんて蹴って、入学試験からちゃんと受けていれば良かった⋯⋯」


 私はマークス戦士長の右腕として、本人から拾われた変わり種だ。他の騎士とは違い真っ先に戦力が求められた為に個人戦闘ばかりが向上していた。あと二年もすれば他の騎士同様の実地訓練も組み込まれたというのに。


 何が言いたいかというと、自分より弱い人と連携したことが無い。


 これは冒険者をする上で非常に問題なのだ。しかも勇者の旅。魔王を相手に戦える人を選出する眼力もない。気持ちは八方塞がりだ。


「いっそここで面接会でもしようかしら」


 悩み過ぎて投げやりになってきた。

 駄目だ駄目だ。ちょっと気持ちを切り替えてギルドの仕事でも受けよう。体を動せば良い考えも閃くだろう。


「あら、これは⋯⋯」


 依頼が張り出されているギルドボードを見に行くと、一つの紙がピタッと目に止まった。何かに導かれるようにそれを手に取り、すぐに受付に持っていく。


「これ、お願いします」

「はい! 【森の暗殺者トレントの討伐】ですね。Cランクで仲間は三人以上ですが⋯⋯貴方は勇者様ですね。ならCランクまではソロで受注可能です。どうかお気を付けて」

「ありがとう」


 受付嬢から書類を受け取ると、私はすぐに出発することにした。

 目的地はナルプスの森。あの村の近くだ。











 一度来た道ならば、前回より時間はかからない。

 間もなくナルプス村に到着だが、トロトン村からの道中は魔物が増えていた。既に十体と戦闘し、そのほとんどが植物系だ。アルラウネレベルでは無いにしろ、どうやらボスになったトレントが勢力をつけているらしい。

 さて、くたびれた門が見えてきた。


「あー! アザレアさんだ!」

「久しぶりねチコ。今日は一人なの?」


 入口に立っていたのは小さな魔法使いの女の子だけ。見回してみると、なんだか人が少ない。


「うん! ロッシュとセタくんは大人の人と巡回なんだぁ。私は村に残って皆を守りなさいって!」

「⋯⋯⋯⋯何かあったの?」

「う〜ん、よく知らないの。たぶん森の魔物が変わっちゃったから調べてるのかなぁって思うけど」


 いつも三人一緒なのに彼女だけ残る、か。恐らくチコの考えは正しい。足の速い人だけで調査をしたかったのだろう。なら、戦闘は考えてないだろうから危険は少ない。

 聞いたところ、村長さんも行ったみたいだから帰るまで待つしかない。彼らが出発してから大体三時間。もうそろそろ帰ってくるらしい。


「そうだチコ、これあげる」

「なになに? あっ! 杖だ! 新しい杖!」

「前に壊しちゃったからね」

「うわぁ! 嬉しい! アザレアさんありがとう! あのねっ、魔法使ってみてもいい?」

「ふふっ、いいわよ。でも森でヒートエレメントは危ないからちゃんと空に向けてね?」

「?? わかった! じゃあ危なくないの使うね!」


 少し離れた広場に移動したチコは、新品の杖を撫でるように魔力を込める。彼女が持っていた杖と比べると、『魔力巡回』の術式が施されているから多少使いやすいだろう。きっと使い勝手にびっくりするかな。


 ……あれ? この感じ……。


 違和感を覚えた私は、彼女の魔力を注視した。

 くるっと杖を回し、森の上空へと狙いを定めたチコは叫んだ。


「【ウォーターエレメント】」


 突如、チコの杖から大量の水が押し出される。まるで間欠泉のように空高く打ち出された水柱は、森の上空で停止すると、チコの手を握る動作に連動してパァンッと弾けた。

 面を食らうとはこの事だ。あれだけの水魔法をほぼ溜め無しで撃てるだなんて⋯⋯それにこの魔力量。いや、そこよりも更に驚いたのは。


「えへへ、いつもよりいっぱい出ちゃった」

「あなた! その歳で二種類も使いこなせるの!?」

「え? んん? 魔法の種類?」

「そうよ! 普通の冒険者でも一種類の魔法が撃てれば立派な戦力なのよ? 火魔法をあれだけ使いこなせるのに、水魔法はさらに上手くコントロールしてる! 帝国の魔術師ですら二つをマスターするのに三十年掛かるって言われてるのになんで!?」

「な、なんでって言われても⋯⋯でも水魔法が一番得意かも。一番苦手なのは雷魔法だし」

「か、かみなり⋯⋯ねぇ、チコはいくつ魔法が使えるの?」

「属性? あんまり使わないのも合わせると⋯⋯水、火、風、雷⋯⋯あの、回復魔法って水だよね?」

「ぅご、五種類⋯⋯⋯⋯」


 天才ってこういう子の事を言うんだろう。なんで勇者に選ばれなかったのか不思議なくらいだ。

 好奇心が一気に膨れ上がり、今からが楽しいお話タイムとなるはずだったが、それは唐突に訪れた地鳴りによって遮られた。


「うわっ、わっ」

「何? なんて大きな地鳴り⋯⋯」


 地震⋯⋯ではない。どんどん近づいくる。

 嫌な予感がする。音が大きくなるに連れ不安で混乱するチコの肩をそっと抱き寄せ、この地鳴りが生物のものであると確信する。スタンピード? いや、音の数は多くない。恐らくかなり大型の魔物が接近している。


「チコ、戦闘準備を」

「で、でも私! ロッシュもセタくんもいないのに⋯⋯」

「大丈夫、私がいるわ。だからチコ、いつも通りでいいのよ。後方から援護して。絶対後ろには通さないから落ち着いて対処しましょう」

「う、うん⋯⋯」


 自信がないのか。この子くらいの実力なら普通はもっと、それこそ自信過剰でも納得出来るのに。きっと、いつもはロッシュやセタが完璧に守り通していたんだろう。これだけ気弱な魔術師に絶対の信頼を得るなんて、いい仕事をする子供たちだ。


「行くわよ」

「は、はい!」


 負けてられない。

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