転生者を名乗る不届き者がいると聞いて

琴野 音

プロローグ

「ぐ、貴様っ!」

「············」


 朝靄が消えかかり、木漏れ日が穢れを払うように差し込む森林はさぞ美しいことだろう。


「きゃあ!」


 鋼が弾ける音や血の匂いさえなければ。

 朝日を背負い、私を見下ろすヒョロ長い男。吹けば飛ぶような貧相な輪郭に精力の欠如したダラしない表情はとても戦いとは結びつかない。

 しかし、いま膝をついているのは私だった。幼い頃から軍の教えを叩き込まれ、帝国騎士養成学校の首席である私の喉元にはヒョロ男の槍の刃が突き付けられている。

 勇者であるこの私が、いとも簡単に······。


「アザレアくん、って言ったっけ」

「な、なんだ」

「これで満足した?」

「············は?」

「僕の素性が何であれ、力は信じてもらえたはず。これ以上の戦いは無意味だと思う」


 面倒臭そうに槍を下げるヒョロ男は、溜息まで零して背を向ける。


「待て」


 余りにも舐めた態度に思わず声が低くなる。ここまで侮辱されたことは初めてだった。それもそのはず、見下してくる輩は全て力でねじ伏せてきた。舐められてはいけない。私は貴族だ。私は勇者なんだ。選ばれし者という冠は決して、そう易々と穢されてはいけないのだ。


「もう手加減はしない。悪いが死んでもらう!」


 鉛のように重くなった身体を持ち上げ、剣を高く構える。アリアン流剣術二ノ型【ヨダチ】。夜を切り裂く最速の剣技で起死回生を狙う。


「そういうのは殺せる相手に向けるんだよ?」


 振り返るヒョロ男が槍を構えると、対峙して何度目かの不吉な気配が広がる。魔力とは別物の圧力に木々は震え、逃げる野生動物が木の葉を散らす。

 これだ。冷や汗が止まらない。未知の力が働いてあの男に底知れぬエネルギーを与えている。


「何なんだ、お前は······」

「何度も言ってるじゃないか。森住まいのただのおじさん。害のない小動物とさして変わらないと」


 認めるしかないのか。


「違いがあるとすれば」


 こんな奴が。


「別の世界から転生してきただけだよ」






 世界を変える神の子【異世界転生者】だと。













 この日、私は人生で二度目の敗北を刻まれた。

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