1話吾班は猫である

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人を辞めるという選択肢が、この街には生まれてしまった。

未だ貴族社会が強く残る古都、ルピシエ市の警察署長はとうとう先の会見で、人知を超えた能力を授ける『特殊指定薬物』の存在を認めてしまったのだ。



*


市民の家が爆ぜたのもまた、その薬物による犯行だった。規制線の張られた現場は一言で言うと消し炭。家の原型を留めていないそこは瓦礫の山を積み上げた丘のようで、色々なものが燃え焦げた異臭に包まれている。頭痛すら覚えるキツい匂いに、キースはハンカチで口元を覆いながら、一歩一歩、家の残骸を踏み潰し進んでいった。

そして、重なり合った被害者家族の死体の傍に膝をついて黙祷を捧げる。

一瞬で全てを燃やし尽くす術を人に与えてしまうなんて、なんと恐ろしい薬だろうか。

まさに、悪魔の仕業、か。


特殊指定薬物はその非現実的な力を授ける事から度々悪魔と例えられるが、キースにはそれらが悪魔だとは思えない。何故なら、得る代わりに人の命を奪うとか、対価を支払わせる悪魔の方がまだマシだからだ。

特殊指定薬物とは、服用者にただ、非現実的な力を授けてしまう悪魔よりも恐ろしいものなのだ。

だからこんな風に、一家族と彼らが過ごした家を簡単に吹き飛ばすという犯罪が現実に存在してしまう。


「刑事課長、馬車の中で待っていてください。この惨状は酷でしょう」


背後から声を掛けてきた部下の気遣いに、キースは大丈夫だよ、と首を振って立ち上がる。警官服の膝についた煤を手で払い振り返ると、すっかり煤で顔を汚したままの部下にクスリと笑ってしまった。


「煙突掃除でもしたみたいな汚れっぷりだね、ご苦労様。で、服用者は確保出来たかい?」

「ええ、特殊魔薬取締班の連中が到着するなりさっさと捕まえていきましたよ。人間やめればあんなに楽になるもんなんですかねえ」


肩を竦めた部下だったが、キースの表情を見るなり咳払いをして言葉を変えた。


「後できちんとお礼をしなくては」

「それがいいと思うよ。それで、マトリの彼らはまだいるかな?報告書の為にも逮捕の経緯を聞きたいんだけど」


それが…、と部下は口篭る。怪訝に思ったキースが首を傾げれば、彼は更にバツが悪くなるらしい。視線をさまよわせながら、

「俺は、課長が来るまで待ってるよう、伝えたんですけど……」と前置きがされた。


「けど、なんだい?」

「特殊魔薬取締班の2人は、その、昼食が途中だったと言ってさっさと帰ってしまって……」


昼食? ふっ!とキースは吹き出した。

怒られるとでも思っていたのか、不安そうな部下が窺うような視線を投げてくるが、キースは堪えられずにクスクスと笑った。

話を聞いただけなのに光景まで浮かぶのは何故だろう。

きっと、ランチを邪魔されたナターシャは任務の間ずっと膨れっ面だったに違いない。そして、煤けた顔の刑事の目を盗んで馬車を手配したのは彼女の忠実な部下、アレンだろう。全ては出動命令に邪魔されたランチの為に。

彼ららしいったらありゃしない。


「本当に、猫のような気まぐれさだねぇ」

「本物の猫はもっと可愛げがあります」


不服そうな部下にまた、キースは笑った。

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