◇珊瑚珠色のコート

 あれは小学生の時だった。

 秋口に母と冬のコートを買いに地元のデパートに行った。


 コートだから、あまりペラペラでもいけないと何軒かのお店をまわる。

 値段と品質とデザインの兼ね合いが難しくてなかなか決まらない。

 こういう所は母は苦にならないようで、楽しげに、あれは?これは?とやっている。


 わたしは少し退屈気味。

 早く決めて本屋さんに行きたいなぁなどと思っていた。


 そうして、少しくたびれかけていた時に入ったお店に、そのコートはあった。

 珊瑚の色を、もう少し濃くしたような色。

珊瑚珠色さんごしゅいろというんですよ」とお店の人が教えてくれた。


 その頃のわたしは普通の小学生よりも頭一つ背が高く、それがコンプレックスだった。


 あの昭和時代、そういう大柄(160センチは現代では普通だけれども)の子供用には、あまりデザインや色が無かった。


 そのコートは、とてもシンブルなデザインだったけど、同系色のボタンが少し大きくて丸くて、それがポイントになっていた。

 そして、その珊瑚珠色さんごしゅいろの何とも可愛らしいこと。

 完全に一目惚れだった。

 着てみると大きさもピッタリ。


 お店の人が

「こちらも合わせやすいですよ」

 と色違いの紺色のコートを持ってきてくれた。

 確かに合わせやすさなら、その紺色の方が間違いないだろうけど、それよりもこの可愛らしい女の子の色。

 その頃のわたしの憧れの色。

 これ以外のコートはいらないと思った。


 母の方を見ると、ニコニコして頷いている。


 少し予算オーバーだったけど、商品を包んでもらって会計をして貰いながら、嬉しくて仕方なかった。


 珊瑚珠色さんごしゅいろのコートは、随分長い間、わたしの愛用品になった。


 もう着れなくなってからも、捨てられなくて膝掛けのようにして使っていたけれど、何度目かの引越しの時にさすがに処分してしまった。


 実は少し後悔している。

 あの柔らかな手触り(ウール100%だった)

 手元に置いておけば良かった。


 いや、でもあの頃だから似合った色。

 あれからあんなに綺麗な珊瑚珠色さんごしゅいろのコートは見かけないし、見かけたとしても多分、今のわたしは買わないだろう。


 あれはあの頃のわたしの色だから。


 ◇


【珊瑚色】

珊瑚色(さんごいろ)とは、宝石サンゴの粉末の色のこと。黄がちのピンク。

 *****『Wikipedia』より引用

※珊瑚色の中でも特に濃い色を『珊瑚珠色』というようです。

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