第19話 最後の一人は貴女
あたしは再び歩き出し、披露宴後のパーティーに集まった知り合いを捜した。見つけたので、相手に近づく。相手は二人で、一人はあたしに手を振った。
「お疲れ。テリー」
「お疲れ様です。テリーさん」
「お疲れ。リトルルビィ。レッド。楽しんでる?」
「妙な気持ち。仕事とプライベート両方みたいな?」
「あんた達は兄妹働いてばっかりね」
「……テリー」
リトルルビィがあたしに微笑んだ。
「結婚おめでとう」
「……ありがとう」
「すごく綺麗」
「知ってる」
……リトルルビィと見つめ合う。
「……レッド、ごめん。ちょっと席外してくれる?」
レッドが頷き、あたし達から離れた。二人になると、あたしからリトルルビィの手を握った。リトルルビィがそれを眺める。あたしはぶらん、ぶらんと手を揺らした。リトルルビィのキツくつり上がった目が……その一瞬だけ緩んだ。
(あ)
「……あー、もうやだ……」
リトルルビィが顔を隠すように、あたしを抱きしめた。
「テリーは酷い」
「そうよ。あたしは悪い女なの。嫌いになった?」
「なれるわけねーだろ。馬鹿かよ」
「……変わらないわね」
泣き虫なリトルルビィの背中を撫でる。
「結婚式、嫌だったでしょ。来なくても良かったのに」
「行かないつもりだった」
「……じゃあなんでいるの?」
「テリーが……」
声が小さくなる。
「……一番幸せな顔をする日に、来ないわけにはいかない」
「……」
「テリー、大好き。愛してるよ。今もずっとテリーのこと大好き。忘れられない。だからさ」
リトルルビィがあたしの肩から離れ、両手を握りながらあたしに向き合う。
「立派な騎士になって、私、テリーを守るんだ」
「……」
「それで、後悔させてやるんだ。クレアじゃなくて、私を選んでればよかったって」
――リトルルビィが大粒の涙を落とした。
「後悔……させてやるんだぁ……」
「……おいで。リトルルビィ」
大きく成長したリトルルビィを抱きしめて、彼女の泣き顔を隠した。
「あたしもルビィが大好き。恋愛ではないけれど、でも好きよ。あんたはずっとあたしの可愛い可愛いリトルルビィ」
「……っ」
「あんた、あたしを後悔させたいのね」
素敵。
「女の復讐なんて、燃えるじゃない」
「……性格悪」
「知ってるでしょ?」
「うん。……それでこそテリーだよ」
リトルルビィの栗色の瞳があたしを見た。
「絶対後悔させてやるんだ」
「楽しみにしてるわ。一先ず、明日の結婚式の警備は厳重にね。暗殺者が用意されてるわよ」
「キッドを王にしたら貴族にとってはまずいもんな。そこらへんはもう手打ってる」
「流石、右腕」
リトルルビィの義手を撫でる。
「頼むわよ。リトルルビィ」
「仰せのままに。テリー」
「……レッド、呼ぼっか?」
「賛成。テリーといると……また泣きそうになる」
リトルルビィが手招きすると、遠くであたし達を見ていたレッドが、今気づきましたという顔をして戻って来た。
「もういいのか?」
「平気」
「テリーさん、ケーキを持ってきました。どうぞ」
「ありがとう。でも、その前に……二人に言いたいことがあるの」
「……」
レッドが何を思ったのか、跪き……覚悟を決めた。
「どうぞ! お好きに殴ってください!」
「違う。レッド、何を考えてるの」
「お好みのケーキではなかったということですよね! 申し訳ございません!!」
「違うってば! お立ち! 謝るのはあたしの方なの!」
「は? テリーが謝るの?」
「そうよ。だって……迷惑かけたでしょ? 二人に」
リトルルビィとレッドがぽかんとした。
「……ごめんなさい。当日に暴走して、結婚式に遅れて」
リトルルビィとレッドが互いの目を見合って――再びあたしを見た。
「大丈夫。テリーは悪くない」
「その……お言葉ですが、コミュニケーションの足りなさから起こったことだと……思ってます。今日の場合は……クレア様が、もっと貴女にかけ寄ってあげるべきだったかと……」
「違う。リトルルビィ、レッド、聞いて。今回のは、誰が見ても、あたしが悪い。でしょ?」
リトルルビィとレッドが互いの目を見合って――再びあたしを見て、首を振った。
「いいや?」
「その……確かに人によっては、テリーさんが悪い見え方をするかもしれません。ですが、そもそも王族というのは国の頂点に立つ者。その血が流れている方とご結婚されるというのは、かなりのプレッシャーが」
「そう、だから」
「つまりですね」
「テリーは」
「テリーさんは」
「何も悪くない」
「と思います」
「気にすんなって。全部クレアが悪い」
「全部とはいかないでしょうけど、でも、どちらかというと……」
「わかった。二人とも、もういい。本当にありがとう。あんた達は心強い味方よ。でもね、悪いことをしたらあたしは謝らなきゃいけないの。だからあたしが悪い時は、素直にあたしが悪いと指摘してちょうだい」
「いや、だから」
「ですので」
「テリーは」
「テリーさんは」
「何も悪くない」
「と思います」
(……本気で言ってるわね。この兄妹……。血は争えないわ……)
「テリーさん、ケーキは……お気に召しませんか?」
「いや、いただくわ。……ありがとう。レッド。あんたはいつになっても優しいわね」
「……」
「テリー! こっちにリンゴのクッキーがあるって! 一緒に行こ!」
「あんたが食べればいいじゃない」
「むう!」
「なんでむくれるのよ」
レッドとリトルルビィと会話をしていて、ふと気が付いた。
(……あれ? クレアは?)
「テリー」
呼ばれて振り返ると、ゴーテル様とスノウ様が笑顔で立っていた。
「陛下。王妃様」
「ご機嫌麗しゅう。テリー」
「ああ! テリー!」
スノウ様があたしに抱き着いた。
「嬉しいわ! 貴女が娘になってくれるなんて! どれだけ喜ばしいことでしょう!」
「ですが、……あの、……すみません。改めて謝罪をさせてください。遅れて……申し訳ございませんでした」
「ああ、いや……テリー」
「そうね。遅刻は良くないわね。本当にそう! 結婚式に! 遅刻するなんてね! 良くないわよね! それも! トイレにこもって! あんな美人と自分は釣り合わないから駄目だなんてほざくのなんて、良くないわよね!!!」
「ふぐっ!」
ゴーテル様が胸を押さえた。古傷が!
「でも、テリーの場合は仕方ないわよ。だって、相手は王族。それもクレア。プレッシャーもあったでしょうに」
スノウ様があたしの頬を撫でまわす。
「あの子と結婚してくれてありがとう。……すごく嬉しそうだったわ」
「……あたしも嬉しいです」
「あー! もう、本当に相手がテリーで良かった! これ以上、クレアの勝手にさせるわけにはいかなかったもの!」
スノウ様があたしの両手を握りしめる。
「貴女のお陰で、娘は静止することを覚えたわ。自分勝手に動いたら誰かが傷つき、誰かが自分に恐怖し、逃げていくことを。貴女は間違いなくクレアに大きな影響を与えた」
「……」
「大丈夫よ。テリー。王妃って、それほど難しくない」
スノウ様がウインクした。
「休みの日はママとお買い物に行きましょう? クレアは全然ついてきてくれないから!」
「……ええ。あたしで良ければぜひ」
「テリー」
ゴーテル様があたしに頭を下げた。
「クレアを頼む」
「……はい。陛下」
しかし、そのクレアはパーティー会場内にいないようだ。
(どこに行ったのかしら?)
「ところで、テリー!? 今日の私達、どう思うー!?」
「普段はこんな格好をしないんだ……本当だ……明日はちゃんと礼装で出る。だから……そういう趣味は無いんだ……」
「この人、可愛いでしょー!? 女装すると、こーんなに可愛くなるのー!」
「すね毛が……!」
「あーん! 愛してるわ! ダーリン!」
「腋毛が……!」
(クレアはスノウ様似ね。もう、これは間違いない)
エメラルド城に引っ越す話を少しだけしてから、クレアがいないことを理由に二人と別れた。
(……外かしら)
あたしは庭を歩く。仮面舞踏会でキッドと来た噴水に辿り着く。しかしクレアはいない。
あたしはマールス小宮殿に向かって歩く。今日はとても静かだ。
あたしは緑の多い方へ進んだ。
青い薔薇が咲くアーチ道があたしを迎える。
その奥には、隠された塔がある。
あたしは塔に入った。
――光が漏れている。少しだけドアを開けてみた。
「……これをこうして……これを入れたら……わお……素晴らしいとかなんとかね……記録書はどこだったかな? えっと、ここら辺に置いたと思ったんだけどとかなんとかってね。あれ、どこ? あいたー! 本が降って来た! そろそろ僕にも、助手がほしいとかなんとかなもんで!!」
クラブ――物知り博士は健全だ。そっとしておこうと思って、あたしは扉を閉めた。
改めて、塔の壁を眺める。
バケツの水を被った魔女
遠くには海がある。海には人魚の絵。
空にはコウノトリと羽が生えた猿の絵。
追いかけてくる巨人の絵。
嘘つきほらつき看板の絵。
闇から這い出る蜂とコウモリと吸血鬼の絵。
森を走るねずみの大群の絵。
北から見守る白き魔法使いの絵。
南から見守る赤き魔法使いの絵。
東には、家の下敷きになった魔法使いの絵。
緑の国に降り注ぐ紫の天使の絵。
そこに向かって歩いていく、カカシ、ブリキのきこり、ライオン、女の子――猫。
「……」
猫を、撫でた。
「……プレゼントありがとう」
エレベーターに乗り、上まで行く。
家が上から降ってくる。
女の子と猫が家から出てくる。
女の子と猫がカカシと出会う。
女の子と猫がきこりと出会う。
女の子と猫がライオンと出会う。
文字が書かれている。「ずっと俺様の大事な友達!」
最上階に、緑の国が待っている。
扉が開く。
エレベーターを下りると、両開きの扉が設置されている。あたしは勝手にその扉を開き、中に入った。中にクレアは……いない。
「はーあ」
息を吐き、窓からエメラルド城を眺める。ここから、パーティー会場の光が見えた。
(綺麗)
ぼーっと眺めていると、眠くなってきた。
(……)
もしも、これが夢で、目覚めたら、まだオズと戦っていたら、どうしよう。これは全てあたしの妄想で、走馬灯で、目覚めると、クレアがオズに刺されるところから始まるの。もしくは――あの孤独な闇の中で、あたしが思い描いている妄想。
(だったら覚めたくないわ。永遠に夢の中にいさせてちょうだい)
風が吹いた。妙な風に感じた。あたしの肌を撫で、確認しているような。
(……?)
エレベーターが動いた気がした。
(おっと?)
扉が開いた。――キッドが、窓辺でくつろぐあたしを見て、腰に手を当てた。
「人の部屋に、勝手に入っちゃいけないんだぞ?」
「……どこにいたの?」
「明日の打ち合わせ」
「ああ。だからそんな格好なのね」
立ち上がり、キッドに近づく。そして――頬に唇を寄せた。
「そんな格好、似合わないわ。ハニー」
「そうか。じゃあ脱がしてくれないか?」
言われる前に、あたしはキッドのジャケットを脱がし、地面に落とした。
「おっと、大胆だね。テリー」
「舞台から下りて。閉幕よ」
唇を塞ぐと、クレアの手があたしのコルセットのリボンを解いた。
「ちょっと、あたしまで着替えさせる気?」
「ああ。あたくしのドレスが着られるなら、着替えればいい」
「無茶言わないでよ。ヒールを高くしたって無理だわ」
クレアの手があたしのコルセットを外し、今度はドレスのリボンを解いていく。
「ねえ」
「なーに?」
「それ解いたらどうなると思う?」
「うーん? どうなるんだろう?」
「ドレスが脱げる」
「そうね。下着のみの変態になってしまう」
「妻を変態にしてはいけないわ。なのに貴女があたしのリボンを解こうとするのはなぜ?」
「それはね、ダーリン、あたくしが貴女に触れたいからだと答えよう」
あたしの手がクレアのベルトを外した。クレアの手があたしのリボンを外した。
脱げた。下着で立ち尽くす、変態が誕生した。
「だけど一つだけ気がかりなの。ダーリン」
「んっ」
クレアがあたしの首筋に唇を寄せる。
「あたくし、この部屋が好きじゃないの」
「どうして?」
「寂しい思い出が沢山あるから」
「良い部屋じゃない。あたしは好きよ」
「どうして?」
「貴女との思い出が沢山あるから」
あたしの腰がベッドに下りた。クレアの膝がベッドに下りた。
「貴女は違うの?」
「……そうだな。思い起こせば、貴様と仲良くなったのも、貴様と恋人になったのも、この塔だった」
ロザリーを抱えて閉じこもった高い塔。とても冷たい場所だったのに。
「熱いな」
クレアがあたしを抱きしめた。
「今日は、体が熱い」
「……クレア」
「ん」
罪滅ぼし活動ミッション、みんなに謝罪する。
彼女で、最後だ。
「今日……遅刻してごめんなさい」
「うん」
「愛はあるの」
「うん」
「プレッシャーがやばかったの」
「だろうな」
「ごめんなさい。でも愛してるの」
「だから訊いたのよ。ダーリン。不満とかため込んでることとかないのかって。でも、貴様がしつこいと」
「弱いところを見せちゃいけないと思ったの。最高の結婚式にしたかったし……堂々とドレスを着られる貴女に、不安なことを考えさせたくなかった」
「その結果が?」
「明日はないようにする」
「そうしてくれ」
クレアと唇を重ね合う。……長いキスだった。離れると、クレアの頬がさっきよりも赤くなってる気がした。小さな唇が可愛らしく動いた。
「ダーリン」
「……」
「これは訊いた方が良い? それとも空気に身を委ねてくれる?」
「明日、早いのよ?」
「体が熱い」
「クレア」
唇が重なる。
「ね、クレア」
「ん?」
「これは夢じゃない?」
「ほっぺをつねってみるといい」
「痛くない気がする」
「じゃあ夢なのかもな」
肌が触れ合う。
「クレア」
「しー……」
「やだ、クレア」
「ぐひひひ……♡」
「クレア……」
抱きしめる。
「愛してる。あたしのクリスタル」
熱い手があたしの手に重なった。唇が重なり合った。肌が触れ合う。その度に、けしからぬ声が漏れる。クレアがすけべに笑い、あたしに触れる。あたしはされるがまま。だって、経験が少ないから、わからないんだもの。
クレアの指に踊らされる。感じてしまう。クレアの唇に、熱に、体全体に響き渡る。息が乱れる。声が漏れる。クレアにしがみつく。クレアが動くと、あたしの肩が揺れた。クレアが耳元で囁く。――早くない? あたしは答えた。――うるさい。
シーツに皺が増えていく。クレアの汗が落ちてきた。あたしの汗がシーツに染みた。薬指にはめたリングが光る。クレアがあたしの頬にキスをした。動いた。またあたしの体が震えた。クレアがくくっと笑い、あたしの頭を撫でた。熱が気持ちよくて、とろけてしまいそうになる。
心臓が激しく動く。クレアと交わる。影が一つになる。手を握り合う。一回深呼吸した。クレアがゆっくり動き出した。あ、無理無理。また一人で震えて、あたしは恥ずかしくなって顔を隠した。もう勘弁して。顔を隠す腕をクレアが掴み、顔から引き剥がした。邪魔というから、あたしは悪趣味と言ってやった。そしたらクレアが言った。先に――するお前が悪い。あたしは何も言えず、クレアを睨むことしか出来ない。
クレアがゆっくりとあたしにキスをした。あたしはこのキスがとても好みだった。ゆっくりと舌を動かすと、クレアの舌もゆっくりと動いてくれた。ゆっくりと体に触れるから、今度はゆっくりと感じることが出来た。あんまり激しいのは駄目。あんたがつまらなくなるわよ。
「はあ……テリー……たまんない……」
「……っ、……っ、……っ……」
「テリー……テリー……」
抱きしめられて、好みの低めの声で囁かれる。
「愛してる。テリー」
気持ちよくて、あたしは溶ける。
目を覚ますと、あどけない顔でクレアが眠っていた。
「……」
頬を撫でてみる。愛しい。とても――愛しい人。間違いなく。
「……」
あたし、今とても幸せだわ。
「……」
だから、あたしは起き上がった。
「……」
隣では、クレアが眠っている。
あたしは両手を前に出した。
あたしの手のひらに、飴が転がっていた。
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