第17話 謝罪は続くよどこまでも

 今夜の城下町はとても静寂だ。

 なぜならば、明日は国の一大イベント、キッド第一王子とベックス男爵令嬢の結婚式が行われるからだ。

 各国から貴族がやってきて、民がやってきて、とんでもなく大きなパレードが開かれる。

 国全体で祝いを上げる日。


 その前日に、あたしとクレアの結婚式が行われた。

 あたしとクレアの、親密な関係者のみを呼んだ、小さく開かれた結婚式。


 国としては、明日の結婚式こそが本物だ。

 あたしとクレアにとっては、今日の結婚式こそが本物だ。


 今日を持って、あたしとクレアは――正式な夫婦となった。






「テリーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」


 結婚したてのあたしに、ママの雷が落ちた。


「お母様は! お前を! そんな風に! 育てた! 覚えは! ないのよ!! 一番鈍くさかったお前が! ある日突然! 発狂してから! 生意気になって! 問題児になって! トラブルメーカーになって! まさかの! 結婚式! 当日に! お母様の! ベッドの下に! 隠れているなんてーーーーーー!!!」


 ……。


 ママがあたしを大切に抱きしめた。


「夜にお母様のベッドで四人並んで寝たせいね。甘えたくなってしまったんだわ。この子ったら……大人になったと思ったら……ぐすん!」

「奥様、ハンカチです」


 ギルエドからハンカチを受け取ったママが、あたしを抱きしめながら鼻水を拭った。


「テリー、辛くなったらいつでも帰って来なさい……。ぐすん! お母様は……怒ったりしないから……! だけどね……一つだけ……これだけは言わせて……!」


 ママがあたしの顔を両手で掴み、目を合わせた。


「主導権は、必ず握りなさい」

「ママ」

「手のひらで転がすの。いい? こうやって、ころころするのよ」

「ママー?」

「大丈夫。お前はとっても魅力的よ。私の娘だもの。いいこと。転がすのよ。ころころするのよ……。ころころ……ころころ……」

「ママ、そろそろテリーを借りるわよ。三姉妹でしか話せないこともあるんだから!」


 アメリがあたしの肩を抱き、メニーが座る席にあたしを引き連れ、久しぶりに三姉妹が揃った。


「一番の問題児、テリーの結婚に、はい、乾杯」

「乾杯」

「乾杯」


 三人が同じタイミングでジュースを飲んだ。


「本当に結婚しちゃったわね。テリー」

「まあ……そうね。あたしも予想外の展開だわ」

「それにしても、びっくり。キッド殿下が女性だったなんて」

「ロードに言わないでくれてありがとう」

「言えないわよ。流石に。私が消されちゃうわ」

「でも正直……びっくりした」


 メニーがママを横目で見た。


「お母様が……許可するとは思えなかったから」

「ああ」

「メニーったら」

「あんた、何年あたし達の妹をやってるわけ?」


 あたしとアメリがメニーに近づき、声をひそませた。


「ママはね、貴族なら誰でもいいのよ」

「地位が高ければ何でもOK」

「性別問わず」

「年齢問わず」

「地位の高い貴族ならオールでオッケー」

「お金があるなら更にオッケー」

「「王族なんて、断る理由がない」」


 あたしとアメリがメニーから顔を離した。


「けっ」

「だって、キッド様が女性だって説明しにきた日のママ、覚えてる?」

「無反応だったね」

「いつもオーバーリアクションなママだけど、そういうところは妙に冷めてるのよね」

「唯一、ママの尊敬するところよ。事情を一瞬で察するの」

「やっぱり、そういうところを見ると、お姉様とお姉ちゃんはお母様の娘なんだね」

「そうよー! メニー! テリーはともかく! 私は察しが良い女だから、すーぐ男にモテちゃうの! 人妻なのに! 止められない魅力的な自分が恐ろしぃー!」

「あたしだって察しが良いわよ。でしょ、メニー」

「うん」

「ほら」

「流石メニーだわ。テリーを上げるなんて、本当出来た妹! 自慢の妹だわ! テリーなんかよりもね!」

「お黙り!」

「次はメニーの番ね。気になってる殿方いないの? 何だったら、私が協力してあげるわよ!」

「んー……今は、結婚とかいいかな」


 メニーがあたしの肩に頭を乗せた。


「十分すぎるくらい、幸せだもん」

「……あんたはね、ちょっとくらい視野を広げた方がいいと思うわよ」

「お姉ちゃんに言われたくない」

「……っ! アメリ!」

「ぎゃははははは!」

「こいつ! あたしに口答えしたわ!」

「やるじゃない! メニー! 最高!」


 アメリとメニーがハイタッチした。あたしはイラっとして、グラスに入ってたジュースを飲み干した。


「けっ!!!」

「ゆっくり駄弁っててもいいけど、テリー、あんた、今日参列してくださった方々に、謝罪した方がいいんじゃないの?」

「……」

「私達ここにいるから、ぐるっと回ってきたら? ね。メニー」

「待ってるよ」


 メニーが笑みを浮かべた。


「行っておいで」

「久しぶりに話しましょう。メニー。人妻になってみて、苦労することってかなり多いのよ。愚痴らせてちょうだい」

「うん! ふふっ! 聞かせて! お姉様!」

(……確かに、今日の件に関しては、あたしに過失がある)


 悪いことをしたら、謝罪をするの。そこから信頼関係が生まれる。信頼関係があれば……努力はそう簡単に水の泡になったりしない。


(あたしはそれを学んだ。文句はない)



 罪滅ぼし活動ミッション、みんなに謝罪する。



 あたしは早速歩き出し、披露宴後のパーティーに集まった知り合いを捜した。見つけたので、相手に近づく。


「ピーター、ジャンヌ」

「テリーお嬢様」

「ああ、テリー!」


 ジャンヌがあたしに抱き着いた。


「結婚おめでとう。テリー!」

「ありがとう。ジャンヌ。……久しぶりね。二人とも。元気だった?」

「お陰様でね!」

「神父として誓いの場にいられたことを、心から誇りに思います」

「ああ……そうよ。そのことなんだけど……」


 あたしは一歩下がって、二人に眉を下げた。


「遅刻してごめんなさい。謝罪に来たの」

「ええっ? 謝罪ですか?」

「いいよ、いいよ、そんなの! 私もエンサンとの結婚式で同じことになりそうだもん!」

「ジャンヌ」

「本当のことでしょ?」

「アトリの鐘があったら、確実にあたしは罪人だわ」

「私も人の事言えないからなぁ……」

「ですが、自ら罪を理解し、謝罪に来ることはとても素晴らしいことです。テリーお嬢様」

「あたしも学んだのよ。……ねえ、ピーター?」


 ピーターがきょとんとした。


「貴方達には、今までアトリの鐘があったでしょう? でも、もうほら……沈んでしまったわけじゃない? でも、あそこは物事や選択に関して、正しいか、間違ってるかを審判してくれる場所だったでしょ。それがなくなって……貴方達は、どうやって自分の進む道が正しいか、間違ってるか、判断するの?」

「ほう。テリーお嬢様、素晴らしい質問ですね」

「神父様、私も聞きたい」

「それはずばり」


 ピーターが答えた。


「経験です」

「沢山の人と出会い、沢山の物に触れ、沢山の景色を見て、沢山の経験をすることによって、自分の進むべき道が自然と見えてくるはずなのです」

「それが見えてこなければ、その道は間違ってるかもしれない」

「けれど、その道が本当に進みたい道で、自分が信じられる道なのであれば……」

「それは貴女にとって正しき道」

「テリーお嬢様」


 ピーターが笑顔を浮かべた。


「沢山の経験をしてください。動かなければ何も変わらない。傷付いても、幸福を感じても、それらは全て、今後の貴女の歩む道のヒントとなる。私はそう思います」

「……素晴らしい意見をありがとう。ピーター」


 貴女はやっぱり、デヴィッドの弟だわ。


「他にも謝りに行かなきゃ。また後でゆっくり話しましょう?」

「待ってるからね! テリー!」


 ジャンヌが笑顔であたしに手を振った。


 あたしは再び歩き出し、披露宴後のパーティーに集まった知り合いを捜した。見つけたので、相手に近づく。


「夜のホテルはどう? ……へえ。いいじゃない。楽しそう。僕ちゃんは? あら、それなら良かった……ちょっと、もしかして女を連れ込んでるんじゃないでしょうね? ……あはは! マーロンったら! 意地悪なんだから!」


 あたしは受話器を離さない知り合いの目の前の壁に寄り掛かり、笑みを浮かべた。


「ああ、マーロン、ごめん。野暮用が出来たわ。切るわね。……お休み。ベイビー」


 受話器にキスをして電話機に戻すと――イザベラが笑いながらあたしに抱きついた。


「このお転婆娘!」

「来てくれてありがとう。イザベラ」

「結婚おめでとう! テリー!」


 イザベラがあたしから体を離し、上から下まであたしを見た。


「最高に綺麗よ。アタシの次くらい」

「明日パレードで歌ってくれるって聞いた。大丈夫なの?」

「国の一大イベントが会場なのよ? 断る理由ある?」

「また有名になっちゃうわね」

「最近は世界を渡ってばかり。でも、みんながアタシの歌を聞いてくれる限り、アタシは歌い続けるわ」

「アマンダさんは?」

「ちょっとずつね。ま、気長に様子を見てるとこ」


 イザベラがグラスを持った。


「ワインは?」

「飲む前にイザベラ」

「あら、何? かしこまって」

「そうよ。あたし真剣な話がしたいの」


 罪を犯した者は身をわきまえるべきだと、あたしは学んだ。


「忙しい中せっかく来てくれたのに、遅刻してごめんなさい」

「ああ、いい、いい。そういうの」

「イザベラ、でも」

「ほら、おいで。アタシのベイビーちゃん。ハグしましょう。マリッジ・ブルー経験者は何でもお見通しなんだから」


 イザベラが微笑みながら、あたしを再び抱きしめた。


「王族と結婚するんだもの。誰よりもプレッシャーを抱えるわ。当たり前よ」

「……あんなに体が震えたのは、セイレーン・オブ・ザ・シーズ号で熱を出した時以来だったわ」

「あー! 懐かしい! マーメイド号時代! アタシ達! トイレで知り合ったのよね!」

「ええ。船酔いした貴女がすごい勢いで吐いてた。なのに、いつもご利用ありがとう」

「あの船最高。もう大好き。あれがないと海の旅は出来ないわ」


 イザベラがあたしをテーブルへ誘導し、グラスにワインを注ぎ、乾杯した。一口飲んでからまた話し始める。


「最近新しい施設も増えたでしょ。役者を入れて、ショーまでやり始めて!」

「企画チームに入った新人が提案したのよ。彼は本当に……凄腕。ママも感心してた」

「あれはお客さん増えるわ。あの船はまさに、お金を吸い取るセイレーンね」

「マーロンとは順調そうね」

「ええ。アタシ達、最高のパートナーだわ。アタシ、もう……彼に首ったけなの」

「今の言葉、彼を嫌ってた貴女に聞かせたい」

「彼の魅力に気付いてなかったの! アタシはとんだ愚か者の馬鹿だったわ!」

「ふふふっ! 一人息子は元気?」

「テリー、教えてくれない? あの子が成長した時、学校に行かせるべきか、それとも家庭教師を雇って教育させるべきか。人見知りだし、ママは大スターでしょ? 学校に通わせて、虐められないかしら?」

「あたしは学校の方が良いと思うわ。なぜなら、人と話すことを身につけるから。コミュニケーション力は大事よ。イザベラもわかってるでしょ?」

「あの子のことになるとつい過保護になっちゃうの。でもそうよ。ごもっとも」


 あたしはワインを飲み干し、イザベラに断った。


「イザベラ、ごめんなさい。他にも謝りに行かなきゃ」

「大丈夫よ。ワインに付き合ってくれてありがとう。お礼に明日、最高の歌を披露するわ」

「楽しみにしてる」


 空になったグラス同士を当ててから、イザベラと別れた。


 あたしは再び歩き出し、披露宴後のパーティーに集まった知り合いを捜した。見つけたので、相手に近づく。


「メグさん、マチェット」

「ああ! テリー様!」


 メグがお辞儀をした。


「ご結婚おめでとうございます」

「ありがとうございます。……で」


 マチェットが無言の圧であたしを見下ろしてきた。あたしは降参し、両手を上げた。


「わかった。マチェット、落ち着いて。言いたいことはわかってる。だから来たのよ。本当にごめんなさい。結婚式に遅れて。反省してるわ。本当、心から深くね」

「あら……やだ! マチェットったら! テリー様! 違うんです!」

「え?」

「この顔は、お祝いしてる顔なんです!!」


 ――あたしはマチェットを見た。マチェットは、無言の圧であたしを見下ろしている。


「怒ってるんじゃなくて?」

「マチェット! いつまで黙ってるの!? いつもお世話になってるんだから、今日くらい素直になりなさい!」

「……」


 メグがマチェットの背中を叩くと、マチェットがゆっくりと――お辞儀をし、言った。


「結婚、おめでとうございます。テリー・ベックス様」

「……ありがとう。マチェット……」

「ですが」


 マチェットが勢いよく頭を上げた。


「時間を守らないのは、王族となる人間としていかがなものかと」

「うぐっ!」

「二度あったことは三度ある。明日は三回目のマリッジ・ブルーですか?」

「はぐっ!」

「自分が船に乗る時、貴女はマチェットにこう言ってます。遅刻は、絶対に、良くないのよ」

「ぎゃあああああ!!」

「マチェット!!」


 正論の矢に射抜かれ、地面に倒れたあたしの前に、メグが立った。


「テリー様をからかわないの! 可哀想でしょ!」

「からかってるの!? これ!」

「軽いジョークですわ。テリー様!」

「これ……ジョークなの!? ああ、なんてこと! こいつとはもうだいぶ長い付き合いをしているはずなのに、あたし、やっぱりこいつわかんない!」

「行儀が悪いです。お立ち下さい」


 マチェットがあたしに手を差し出し――笑みを浮かべた。


「ドレスが汚れるかと」

「誰のせいよ。全く。……今度船で会ったら覚えてない。とびっきり虐めてやるからね!」

「……リンゴの注文はどうしますか?」

「……え、まだ送ってくれるの?」

「貴女が望むなら」

「もちろんよ。城に送って頂戴。ああ……待って。クレアに相談してからにするわ。でもちゃんと注文するから忘れないで在庫を取っておいて。あたしはね、寝る前のあのリンゴで出来たアップルティーを飲まないと、眠れない体になってしまってるんだから」


 しばらく談笑してから、メグとマチェットから離れた。久しぶりに会った二人は、とても幸せそうだった。


 あたしは再び歩き出し、披露宴後のパーティーに集まった知り合いを捜した。見つけたので、相手に近づく。


「じいじ」


 七人のじいじがあたしを見たので、ぎょっとして、足を止めた。


「ビリーが七人いる!?」

「ふわあ、この子がクレアのお嫁さんかい」

「はっくしゅん! 気が強そうだ」

「ほほほ! スノウも言ってた。とても面白い子らしい」

「クレアが結婚するんだからいい子に決まっとる。でも目を合わせるのは恥ずかしい」

「兄さん達、あまりこの子をからかわないでくれ」

「テリー」


 バドルフが笑顔で近づいた。


「結婚おめでとう」

「ありがとうございます。バドルフ様」

「感慨深いよ。ダレンの娘が……私達が大切にしてきたクレアと……結婚するなんて……」


 バドルフの目から涙がこみ上げ、ハンカチで拭う。


「いやいや、私も年のようだ! はっはっはっ!」

「兄さん、泣くならその位置を変わってもらっていいか? テリーや」

「じいじ」


 ビリーにしがみつくように抱き着く。


「結婚おめでとう。テリー。とても綺麗だよ」

「ありがとう。じいじ。……あのね?」

「うん?」

「謝りに来たの。……今日の式、遅れて本当にごめんなさい」

「どうせクレアが何か言ったのだろう」

「テリー、気にする事は無い。スノウとゴーテルの結婚式なんて、もっと酷かった」

「ほほほ! あれはひやひやしたのう! ゴーテルがトイレにこもって、あんな美人と結婚するなんて自分と釣り合わないって泣きだして!」

「はっくしゅん! 最終的に怒りん坊がドアを壊してゴーテルを引きずったんだったな」

「ふわああ、……あの日は眠れなかった」

「恥ずかち」

「テリーや、これから城では先生が面倒見てくれるだろう。わからないことは先生に何でも聞きなさい。覚えられなければメモを取るか、また何度も聞いて覚えなさい。ゆっくりでいい。お前のことは、私もわかってるつもりだ」

「ああ、じいじ、優しい貴方にはいつも感謝してるわ」


 あたしはもう一度ビリーに抱き着いた。


「どうか長生きしてちょうだい。貴方がいないと、あたし心のよりどころがないの」

「大袈裟じゃのう」

「あたしを止められるのはクレアだけど、クレアを止められるのは貴方しかいないもの。お願いよ。ビリー。いつまでも健康でいて」

「全く、困ったものじゃ」

「大好きよ。じいじ」

「ああ、私もだよ。テリー」


 じいじがあたしを抱きしめ、バドルフとももう一度抱きしめ合ってから、あたしは七人の老人兄弟と別れた。





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