第14話 魔法を打ち砕く記録書


 あたし、余計なことだけは覚えていることが多いの。

 あの時、ドロシーは確かに言っていた。



「これがもしおとぎ話で、ボクが物語の作者ならば、二度目の世界にする時点で、オズの歴史を変える救世主を使わすね」

「これはおとぎ話じゃないわ。現実よ」

「そうさ。だから……」


 彼女はあたしに近づいた。秘密の話をするために。


「伝えておくよ」

「……何を?」

「知られちゃいけないこと」

「何の話?」

「君も知ってる魔法使いのルールがあるだろ? あれの類さ。知られちゃいけないんだ。でも、今の君は魔法使いもどきで、一応、枠に入ってるから知ってもいい」

「……誰かに言ったらどうなるの?」

「それ相当の罰を受けるだろうね。君も、知った相手も」

「……」

「だから、ある魔力を操ることしかできないクレアにも伝えてはいけない。リオンにも、リトルルビィにも、ソフィアにも」


 ドロシーが手を動かした。


「一度しか言わないよ。よく聞いて」


 あたしは耳を向けた。


「実はね」


 ドロシーが教えてくれた。


「オズは、自分の手で人間を殺すことが出来ないんだ。やらないんじゃない。やれないんだ」

「……」

「だから、オズは呪いの飴をみんなに配った」


 あたしは眉をひそめた。


「あいつは元々精霊の元から生まれた天使だ。当然さ」

「……」

「この情報をどう利用するのも君の自由さ。ただし、口には出してはいけない」


 オズは、天使であるがゆえに、人間を殺すことが出来なかった。

 オズは、だから人間を呪った。

 オズは、人間を信じていた。


 裏切ったのは、人間だ。


 オズは、絶望した。

 オズは、この世界に囚われた。

 オズは、この世界を壊せば家に帰れた。

 オズは、この世界を壊せば大罪を背負うことを知っていた。

 オズは、堕天使となり、二度と家に帰れないことをわかっていた。

 オズは、絶望の淵にいた。


 オズは止められない。

 どんなに手を尽くそうとも、あの魔法使いを止める術は一つだけ。

 この世界に、いなかった前提の世界を作り出すこと。


 それはすなわち、オズが帰った世界である。

 それはすなわち、オズがいなかった世界である。

 それはすなわち、オズを救出した世界である。


 なぜ、精霊は救世主を創ったのか。

 それは世界を続ける為。

 オズを家に帰すため。

 我が子を救うため。


 今のオズは、責任という名の鎖に囚われてしまっている。

 囚われる前ならば、帰すことが出来る。


 それはすなわち、救世主を創り出した理由。


 大丈夫よ。これは助言。




 全てを書き終えたあたしは、『覚えている範囲で出来事を書き綴ったノート』を見つめた。


「大丈夫よ。クレア」


 全てを知ったあたしは、笑みを浮かべる。


「ドロシーを信じて」


 ノートを落とした。





 ノートは――八年前の、レッドの眠るゴミ捨て場へと、落ちていった。



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