第23話 お休みなさい 夢と希望(1)


 水の魔法使いは杖に魔力を注いだ。

 黒の魔法使いは杖に魔力を注いだ。

 毒の魔法使いは杖に魔力を注いだ。

 土の魔法使いは杖に魔力を注いだ。

 黄の魔法使いは杖に魔力を注いだ。

 桃の魔法使いは杖に魔力を注いだ。

 金の魔法使いは杖に魔力を注いだ。

 灰の魔法使いは杖に魔力を注いだ。

 赤の魔法使いは杖に魔力を注いだ。

 青の魔法使いは杖に魔力を注いだ。

 白の魔法使いは杖に魔力を注いだ。


 残るは、緑と紫。


 一人だけ、どちらの魔力も持っている、とんでもない魔法使いがいるのだという。


 杖よ、導きたまえ。


「この時をどれだけ待ち望んだか」


 さあ、


「素直にあたしに殴られなさい。ドロシー」


 星の杖が緑色に光った。



(*'ω'*)



 庭に落ちた。

 用務員が驚いて振り返った。

 あたしとレッドが草の中に転がり込んで隠れた。

 用務員が近付いた。

 レッドがあたしを見た。

 あたしは……声を出した。


「チュー」


 ――レックスが、はっと息を吸い――大きく声を出した。


「なーんだ。ネズミだったかー。この学園には動物が迷い込むなー」

(よし!! 誤魔化せた!! 流石ネズミマスターのあたしだわ!!)

「……」

「あー、そういえばー、クレア姫様に変装が出来るように、制服を用意しておくよう言われていたのを、なんだか今思い出したなー」

(なんですって!!?)

「糸車クラブの教室に置いておこー。そうしよー」


 レックスが庭からいなくなった。

 あたしとレッドが草の中から抜け出し、顔を見合った。


「レッド、今の聞いた? 制服を頂戴するチャンスだわ。見つかったらまずいから、少しの間、コウモリになって外にいてくれる? もし見つかったら、Aクラスのロザリーの弟で、お姉ちゃんに会いに来たんです、って言うのよ。わかった? それで色々と通じるから。多分」

「……テリーさん、あの人知り合い?」

「……はっはーん? 何よ。怖いの? あのお兄さん、確かにあたしよりも無愛想で無口だけど、結構強いのよ。レックスって言うんだけど……彼も中毒者で……レッドと同じようにコウモリになるの。あんたの歴史が変われば、いずれ会えるかもね」

「……」

「さあ、懐かしの糸車クラブよ。行ってくるから隠れてて。……リトルルビィの様子を見に行ってもいいわよ」

「ん」

「あ、ただ……古城があるんだけど、そこには近づいちゃ駄目。危ないから」

「わかりました」

「それじゃ、後でね。レッド」


 額にキスをすると、レッドがコウモリになって空に飛んでいった。


(さーて……、人が歩いてないうちに行きますか)


 レックスが教室から出ていき、廊下へ戻った。その隙を見て、あたしは教室に入る。机には制服が綺麗に畳まれて置かれていた。


(クレアのだし、少し大きいかしらね)


 サイズ変更の魔法が使えるか考えながら制服を広げてみると――きょとんとした。


(あれ? ……クレアのにしては……少し小さい……?)


 あたしは辺りを見回した。


(誰も居ない)


 あたしはドレスを脱ぎ、ぱぱっと着替えた。去年からサイズはそんなに変わっていないと思うが、正に――去年と同じサイズだった。


(……クレアじゃなくて……クレアの手下が着る用かしらね? 結構色んな関係者が潜り込んでたみたいだし)


 教室の壁にかけてある鏡を覗く。聖・アイネワイルデローゼ学園の制服を着て、伊達眼鏡をかけず、髪の毛を縦ロールに巻いたあたしが立っている。


(本来はこの姿で潜り込む予定だったのよね。でも、ほら、この姿だとあたしの美しさにみんなが気づいてしまうでしょう? だからあえて眼鏡をつけて髪を結んで地味な格好してたのに、メニーのせいで余計影が薄くなったわ。あの時の恨み、あたし、絶対忘れないから)

「……念のため去年と同じ姿の方が良いわね。ま、一時的だし、いっ……」

「はあ。疲れた。アルテ、いる?」


 ドアが開けられた。あたしはドアの方向を凝視した。――先生となったクレアが、制服姿のあたしを見て、書類を持ったままその場で固まった。


「……お前……」


 一瞬言葉を失ったクレアが――呆れたように息を吐いた。


「メイドが気になって潜り込んだか。相変わらずダーリンは無茶なことばかりするんだから」


 クレアが書類を机に置き、ドアを閉めた。


「お前がいるなんて聞いてないぞ。いつから潜り込んでいる?」

「……」

「おっと、これは。ダーリンったら驚きすぎて声を出せないようだ。どうだ? あたくしの変装姿。キッドでないなら誰も気づくまい。どうだ。美しいだろ」

「……悪いわね」


 目の前までキスをしようと迫って来たクレアの胸をそっと押す。


「あたしは貴女のダーリンであって、そうじゃない」

「……」

「でも、愛してるわ。クレア。今すぐにでもあたしの貴女に会いたい」

「……ふむ。寂しくなったら貴様がそう言っていたと、覚えておこう」


 星の杖を見る。反応はない。……歴史に問題はないようだ。あたしは再びクレアに顔を向けた。


「ドロシーを捜してるの。見なかった?」

「やはりいるんだな?」

「あたしがいなくたってドロシーがいることもあるとは思わないの?」

「それはないな。捜すか?」

「自分で捜す。クレアは、ここの調査で忙しいでしょう?」

「一つだけ訊きたい」

「答えられない」

「結界を壊す方法はないか? あの記録書の字は、まだ浮かんでこないのだ」

「放っといて大丈夫よ」

「そうなのか」

「ええ。クレアは……その時に備えてくれたら、それでいい」

「そうか。ならばそうしよう」


 クレアがあたしの腰を掴んだ。見上げると――笑みを浮かべたクレアがいる。懐かしい匂いがして、懐かしい体温を感じて、クレアを見つめ、青い髪の毛に触れる。これは浮気になるのかしら。


「……少し痩せたか?」

「ええ。ダイエットに成功したみたい」

「そうか。ならばもうその辺で止めておくべきだな。やつれているように見える。目の下のクマも濃い。これではとても美人とは言えない」

「ダイエットしろって言ったのはどこのどいつだか」

「それはキッドだ。あたくしじゃない」

「屁理屈ばかり」

「嫌いじゃないだろう?」


 吐息混じりの声をあたしの耳に当ててくる。あたしは視線を動かした。


「ねえ、それわざと?」

「ん? 何がだ?」


 面白がるように距離を近づかせる。


「唇が近い」

「キスをしているよりは遠い」

「浮気は良くないわね」

「ほう。浮気か」


 あたしの首筋をクレアが鼻でなぞった。


「ならば貴様は怒られなければいけないな。先にあたくしの唇を奪ったのは貴様だもの」


 クレアの瞳がこちらを見た。けれど、余裕な笑みを浮かべるあたしを見て、きょとんとした。踊りの要領でクレアと――立ち位置を交換した。クレアが机とあたしに閉じ込められる。クレアが驚きと好奇心を浮かべ、あたしは笑みを浮かべ――クレアの頬にキスをした。


 ドアが開いた。


 クレアが、きょとんとする。


「怒られるのはお前よ」


 耳に囁く。


「……じゃあね。お姫様」


 クレアの耳に吐息をかけてから離れ、後ろは振り返らないように徹底し、のんびりと窓へと進み、そこから飛び降り、『過去のあたし』が見ないように窓を閉め、てくてく歩いていく。悪戯大成功。大満足。


(魔力が教えてくれて助かったわ。知らせがあれば、あたしだって余裕に振る舞えるのよ。くひひっ! クレアの驚いた顔、なかなかに可愛かっ……)


 ――あれ?


 ふと、あたしの頭の中の記憶が引っかかった。


(これって)

「さようなら!」


 あたしははっとして振り返った。教室を覗くと、クレアが急いで追いかけた後だった。


(あれ、待って。これ……)


 身に覚えがあり、しばらく待っていると、教室に二人が戻って来た。言い争いを聞いていると――案の上、思った通りの会話だった。


「あ、そう。だったら、婚約者の目の前でどこの馬の骨ともわからないような女とキスしていいってこと!?」

「キスしたのは頬……」

「口に見えたけど!?」

「頬だ」

「なんとでも言えるわよね。でも、ごめんなさいね。あたし! 見てたから!」

「こうなることがわかってたな? この意地悪」

「なんであたしが意地悪なのよ? 意地が悪いのはお前よ! 認めて! 懺悔なさい! 自分は好きな人の目の前で浮気をしたとんでもない裏切り者だと!」


 ……。あたしは顔を押さえた。


「この言葉を貴様に贈ろう。我が振り見て我が振り直せ」

「言葉を間違えてるわ。それを言うなら人の振り見て我が振り直せ。あたしの振りを見て、自分の行いを見直すことね!!」


 ……。あたしは耳を塞いだ。


「……とにかく、覚えておけ。我が振り見て我が振り直せ。今回は特別だ。この言葉が理解できたら、あたくしに今浴びせた全ての罵詈雑言について詫びに来い。その時まで親切な心で『今のところは』水に流してやる。全く、とんだ置き土産だ」


 コウモリに化けたレッドが近づいてきた。その場にしゃがみ込むあたしに心配そうな声をかける。


「テリーさん、どうしたの? 大丈夫?」

「……いや、……何でもない」

「具合悪いなら治してやろうか? ただし、きちんと対価はいただくぜ?」

「……」


 あたしはゆっくりと顔を上げた。レッドの足が地面に現れた。腕には――ルンペルシュティルツヒェンを抱えていた。


「あの……更衣室を覗こうとしてたから」

「レッド……そんな役に立たないもの、拾ってくるんじゃないの」

「テリー・ベックス、そろそろ俺様を魔法使いだと忘れかけてるんじゃないのか? 小人だからって見くびられちゃ困るぜ!」

「やっぱりそうですよね。ごめんなさい」

「お前も謝るな! やっぱりとか言うな!」

「でも、悪い人じゃないんです。さっきの時間軸で、食事と寝床をくれました。テリーさんに合流する前に……面倒見てくれて」

「そうそう! そういうことだ! レッド! そういうこと! もどき女、見てみろ。俺様達、仲良しな相棒なんだぜ!?」

「は? あんたアトリの村にもいたの? ……よっぽど暇なのね」

「それは思いました」

「うるせえ! テメエらが出先で現れるんだよ!」

「バレたらまずいわ。レッド、来なさい」

「はい。テリーさん」

「おいおい、どこ行くんだよ! ……何やら金の匂いがする」


 その場を離れ、杖を振った。巻き髪は真っすぐ伸び、青いリボンで一つに結ばれ、伊達眼鏡をかけ、あたしはAクラスの編入してきたロザリー・エスペラントとなる。


(さあ、ドロシーはどこ? いるはずでしょ)


 魔力を込めてみたが――杖が全く反応しない。あたしは舌打ちをし、杖を睨んだ。


(この時間軸に来てから妙に反応が悪いわね。今じゃないってこと?)

「おお、だいぶ元に戻ってるじゃねえか。どれどれ?」


 ルンペルシュティルツヒェンが杖を覗きこんだ瞬間――ぞっと、顔を青く染めた。


「うひっ!?」


 慌ててあたしを見上げる。


「お前、あの鬼畜巨人に会ったのか!?」

「……巨人って、ジャックのこと? ええ。会ったわ」

「し、死んだのに会ったってのか!? ど、ど、どうやって!?」

「……え? ルンペルシュティルツヒェン、まさか……」


 あたしはにやりとして、彼を見下ろした。


「死んだと思ってるの?」

「……え?」


 ルンペルシュティルツヒェンの目が点になった。あたしはもう一度集中してみた。杖よ、導け。……今度は、きちんと光った。緑の線が導いている。


「ああ、来た来た。良かったわ。こっちね」

「え、ちょ、え、ま、待ちやがれ……。テリー・ベックス……」

「ルンペルシュティルツヒェン、ごめんなさいね。あたし達、急がしいから貴方に構ってる暇もないの。更衣室を覗いてる時間があるのなら、旧校舎の結界の壊し方でも探ったら?」

「あ、いや、ちが、そうじゃなくて、あのさ、え? ずばりさ、あの……巨人の旦那は……死んでない……ってことか? いや、別に良いんだけどよ! なんで灰の魔力があるんだと思ってな!? あいつ、生きてないんだろ!? 死んでるんだろう!?」

「……ええ」


 あたしは笑顔で伝えた。


「そう思ってるなら、それでいいんじゃない?」

「……」

「そうよねぇ……。知らない方がいいこともあるわよね。奴隷なのに、彼の留守中に金を盗んでしまったんだものね」


 ルンペルシュティルツヒェンの肩を叩く。


「同情するわ」


 手を離す。


「さ、行くわよ。レッド」

「はい。テリーさん」

「……。……。……いや、あの、待てって。もどき女、いや、テリー、俺様達の仲だろ? な? でさ、旦那様は、今どこに、いや、別に、隠れるとか、逃げるとか、そういうわけじゃなくてだな……」


 ルンペルシュティルツヒェンの目玉が泳ぎ出す。まずいぞ。あの巨人が死んだと聞いて、もう自由だと思って生きてきたのに。これは非常にまずい状況だ。見つかったら――殺されるどころでは済まされない!


「よーし! ここは手を組もう! テリーちゃん、俺様のヴァイオリンを一度返してもらえないだろうか? お前様に横取りされてからアレがなくて困ってるんだ。代わりになんか助けてやるよ。取引だ!」


 振り返ったルンペルシュティルツヒェンが絶望した。振り返ると、二人がいなかったからだ。ルンペルシュティルツヒェンは血の気を引かせ、急いで土の中へと潜っていくのだった。



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