第4話 悩みの種
あたしはその声に悲鳴を上げてクレアに飛びついた。振り返るとリトルルビィとにこにこしたメニーがあたし達の反対の縁に座っていた。
(げっ!!!!!!)
聞かれた!!!! 見られた!!!! 恥ずかしい!!!! あたしは顔を真っ赤にして全力でクレアの顔を拭った。
「はぶっ」
(最悪!!)
「ダーリン、痛い」
「リトルルビィ! いつからいたの!?」
「『キスして誤魔化そうかしら』」
「こら! そんな言葉復唱しないの! メニーはなんでここにいるのよ! リオン様と踊ってきなさい!」
「お姉ちゃん、あと10分もしないうちにリオン様はここに逃げてくると思うよ。リオン様待ちの行列が出来てたから」
「『クレアと恋の井戸底に落ちたい』」
「やめなさい! リトルルビィ! そんな言葉復唱しないの! めっ!」
「『鳥かごの中に閉じ込めちゃうわよぉー』」
「お黙り!!」
「リトルルビィ、騎士の仕事は?」
「そろそろ戻れ。キッドと政治について語りたい貴族達がうじゃうじゃいる」
「リオンめ、ダンスにばかり気を取られて年寄りの相手も出来んとは」
スイッチが入った。
「仕方ない。舞台に戻るか」
キッドがあたしの腰に手を当て、耳元で囁いた。
「ハニー、行ってくるよ」
「黙れカス。触るな。早く行け」
キッドが恐ろしいものを見るような目であたしを見てきた。何よ。
「二重人格者……」
「お前に言われたくない」
「キッド殿下様」
リトルルビィが鳴りやまないGPSを見せた。
「ソフィアが呼んでるよ。エロジジイの相手なんざしたくないってさ」
「はいはい。今行くよ。……テリー」
「あたしは休んでから行く」
「本気で言ってる? 不仲説出てるのにおま……」
あたしは真面目に頷く。あたしの隣に立つメニーがにこにこしている。
「わたしも、少し休んでから戻ります」
「……ああ、そうかよ。……メニー、後で踊ろうよ」
「あ、はい。ぜひ」
「ほーら、殿下様、王子様、行った行ったー!」
「わかったから押すなって!」
「リトルルビィ」
「あ?」
振り向いたリトルルビィに微笑む。
「お仕事お疲れ様」
「……うん」
リトルルビィの目が和らいだ――瞬間、キッドが殺意を込めて剣を抜きかけると、リトルルビィの目が三角に戻り、キッドの背中を押した。
「おら、早く行けって!」
「テリー! やっぱり一緒に来い! 王子命令だ! このガキに見せつけてやる!」
「ガキはテメエだろうが! おら、行けって!」
「さっきのアイコンタクトはなんだ!? テリーは俺の恋人だぞ!! お前わかってるんだろうな!! お前じゃない! 俺のだから!! 婚約者だから!! 結婚の約束してるからーーー!!」
「はいはい! わぁーった、わぁーった!」
(とっとと行きなさいよ。うるさいわね)
手を振って見送り、騒がしい二人がいなくなってから――あたしはくるりと振り返った。
「よし、帰ろう」
「もう少しいたら?」
「いたって、どうせ意地悪令嬢達に囲まれてリンチされるか、セクハラエロジジイの餌食になるだけよ。アリスのお見舞いに行かなきゃ。帰る」
「じゃあわたしも……」
「あんたは残りなさい」
「なんで?」
「あんたは虐められないでしょ? 残って沢山の殿方と知り合って、ダンスでも食事でも楽しめばいいじゃない」
「テリーがいないなら意味ないもん」
メニーが溜息を吐いた。
「やっぱり、いつになっても舞踏会ってつまんない」
メニーの髪の毛が風で揺られた。
「男が全員同じ顔に見える」
「あんた目の病気でも持ってるわけ?」
「ずっとへらへらしてるんだよ? 気持ち悪い」
「そうよねー。あんたはモテるからそう見えるのよねー。モテないあたしからしたら殿方は一人一人個性があって顔つきが全員違うのよ。レベルが10段階まであるとすれば、もう6、7レベルのハンサムと踊れればその日は最高よ。10なんて求めないわ。10レベルの男はね、メニーレベルでないと相手してくれないから、もう諦めてるの」
「キッドさんは?」
「……あれはクレアだから」
「レベルは?」
「メニー。……人はね、顔じゃないの」
「そうだよね。顔じゃないよね。ってことは全員同じに見えるってことは全員話す内容も声色も似てるってこと。ミス・メニー、踊って頂けませんか。素敵なドレスですね。良ければ僕と。いついつのパーティーでお見掛けしてから。一目見た時からうんたらかんたら……魔力で魅入られてるだけの男に、テリーの魅力に気づかないでわたしに声をかけてくる男なんか、何の魅力も感じない」
「それ、遠回しにあたしを好きになった殿方なら好きになるって言ってる?」
「ううん。人を見る目を認めるだけ」
「ねえ、メニー?」
「なーに? テリー」
「あんた、いつ結婚するの?」
「しないんじゃない?」
「あのね」
「興味ないんだもん」
「もう15歳なのよ」
「そう。歴史は変わった。わたしは結婚しなかった。する必要がなくなった」
メニーがくるんと振り返って、あたしに美しい笑みを見せた。
「これからもテリーといられる」
「……女神様があたしに助言を下さったわ。やっぱりお前には出会いが必要だってね」
「興味ないってば」
「リオン様と踊ってきなさい。良い夢見られるわよ」
「リオンと踊って見れるのは悪夢だけでしょ」
「我儘言わないの」
「また理不尽なこと言うの?」
「理不尽じゃないわ。ベックス家の三女としてやることしなさいって言ってるの」
「……あー、そうなんだ。じゃあ」
メニーが歩き出した。
「若い女の子が大好きモラハラで有名なファブリカルさんと踊って来る」
あたしはその肩を掴んだ。メニーがすごく嬉しそうな顔で足を止めて、あたしに振り返る。
「わたしには出会いが必要なんでしょう?」
「お前には0か100しか出来ないの?」
「うん。わたし出来ないの」
メニーが腕を伸ばし、あたしの腰に巻き付いた。
「100%テリーを愛してるから、他人に与える愛なんて、どこにも残ってないの」
「あたしを死刑にした奴がよく言うわよ」
「愛が故にだから」
「はっ。あたしが感じたのは恨みと憎しみだけよ」
「テリーの犠牲がなかったら、今のわたし達はない」
メニーがあたしを抱きしめる。
「辛い思いさせちゃったから、その分、沢山愛したいの」
「いらない。他にあげて」
「テリー以外の奴に与える愛なんてどこにもない」
「こら、汚い言葉使わない」
「アリスちゃんのお見舞い行くんでしょう? わたしも行く」
「……はあ……」
相変わらず頑固な女だわ。そういうところも大嫌い。
(いつになったらあたしの目の前から消えてくれるのよ)
二度目の世界。一度目と違って、お前だってもう自由なのに、なんであたしから離れようとしないのよ。なんでいつまでも金魚のフンの如くついてくるのよ。
(お前が嫌いだって、悪口だって、散々言ったのに)
――家族は、愛し合って当然でしょう?
「……はあ……」
「あ、テリー」
「もういい。黙れ。お前の声なんか聞きたくな……」
――むちゅ。
突然、唇にキスされた。
「……。……。……。……。……。……」
「うふふ。テリー。睨む目も可愛いけど、睨んでくる理由がわからないな? 可愛い妹が大好きなお姉ちゃんにキスしただけだよ? 姉妹ならよくある話でしょう?」
「……………………ねえよ」
「帰ろう?」
メニーが笑顔であたしの手を取った。
「こんなつまんないところ、さっさと出て行こう?」
なんで手を繋いだだけで、そんなに嬉しそうな顔をするのよ。
「舞踏会はつまんないけど……テリーと歩くなら、ここでもいいかもね」
繋ぐ手が揺れる。
「うふふ。テリー、……あ、お姉ちゃんの方がいい?」
どんな呼び方したってあたしの気持ちは変わらない。
「お姉ちゃん」
聞き慣れた単語。嬉しくて、一番憎い文字。
「今夜もすごく綺麗」
そんな笑顔で言われたら、お前が憎いあたしはどう返せばいいのよ。
「踊ってる姿も綺麗だった。またダンス、上手くなったね」
メニーが階段を下りる。あたしは少し嫌な予感がした。
「あっ」
メニーがドレスを踏んだ。
「ひゃっ」
あたしは手擦りを掴んだまま、メニーの手を強く引っ張る。バランスを崩した足を取り戻し、メニーが転ばずに済んだ。振り返れば、メニーを睨むあたしがいる。そんなあたしの目を見て――メニーがまた一段と美しく、より嬉しそうな笑顔となる。
「助けてくれてありがとう」
「……今のわざと?」
「今の? ……お姉ちゃん、もう終わった事だよ? つまづくことに、わざととか事故とか、関係ある?」
「……」
「気を付けて下りないとね」
メニーがあたしの手を握り締めながら階段を下りた。
「あのね、お姉ちゃん」
耳に囁かれる。
「大好き」
あたしは嫌い。
「やっぱり、手を離せなかったテリーが大好き」
メニーが囁く。
「手を離してたら、わたしは痛い思いをして、怪我をしてたはずなのに」
せっかくのチャンスだったのに。
「残念だったね。テリー。……あはは!」
――お願い。メニーの王子様。運命の相手。メニーを幸せに出来る誰かさん。早くこいつを迎えに来い。
こいつ、まじでやばい。
(わざとだ)
また、わざと、やりやがった。ここまで来ると頭を抱えたくなる。
(お前、美人で頭良くて何でも持ってるじゃない……。いい加減男の一人や二人見つけなさいよ……。あたしなんかに構ってないで……)
メニーがずっとにこにこしている。
(……今月、何度目よ……)
馬車はもう目の前だ。
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