第5話 相談相手


「ね。お前はメニーの親友なんでしょう? メニーが今月何度階段からこけたか知ってる? あたしの目の前だけで」

「靴が悪さをしてるんだ。メニーにあった靴を用意してあげるべきだと思うよ。メニーが可哀想だ」

「それを本気で言ってるなら、あたしは光属性の魔法使いにお前を差し出してこう言うわ。『この魔法使い、とうとういかれやがった!』ってね」

「テリー、メニーはお茶目っ子なんだよ。可愛いじゃないか。悪戯好きな妹。どうして可愛い悪戯だと思って見てあげないのさ」

「どうしてですって? 理由を訊くなら教えてあげるわ。あたしはね」


 力んで羽根のペンが折れた。


「あいつが大嫌いなのよ!!!!」

「またそんなこと言ってー」


 ソファーで寛ぐドロシーが欠伸をした。


「メニーと君は和解したはずだろ? まだそんな子供みたいな言ってるの? 君何歳? その体のことじゃないよ? 中身だよ。中身」

「うるせえ馬鹿野郎!! 役立たずの能無し魔法使いが! 人が仕事してる目の前でこれみよがしに寛ぎやがって! 羨ましい!」

「ボクは仕事しなくても生きていけるからね。君も疲れてるなら休んだら?」

「馬鹿言ってんじゃないわよ! 今日はこの書類の山を片付けないといけないの! これをチェックしないとね! ジェフが困って、ママも困って、島を管理してくれてる使用人全員が困るのよ!」

「書類にモテモテじゃないか。良かったね。忙しさは気を紛らわす手段の一つだ。ちょっとはメニーのことも頭から離れるんじゃない?」

「そもそもあいつが困らせなければ、あたしはここまで悩むこともないのよ! あっ! インクが書類についた! ぽたってついた! あー! もう駄目! この書類また一からやり直しだわ! しかも今! たった今! やる気があたしに別れたいって宣言してきたの! やる気が離れていったわ! あたしから、やる気がなくなったのよ! あーあ! もう嫌だ! 誰かさんのせいだわ! 誰かさんがあたしの邪魔をして集中力をなくしたせいだわ! この責任、どう取ってくれるのかしらね!」

「知らないよ。自分の責任を相手になすりつけないの」

「なんてこと言うのかしら。それでもベックス家専属の魔法使いだっての!? おい、こら、そこのマジック・キャット! そんなところで寛いだら腕が怠けるわよ! リハビリよ! 魔法使いの力量見せてみなさいよ! おら! やれ!」

「ふああ」

「ちくしょーーーーー! お前なんて大嫌い!!」


 丸めた書類をドロシーに投げつける。ため息を吐いたドロシーが拾ってぐしゃぐしゃになった書類を広げた。


「メニーが君に構ってほしくてしてることじゃないか。大目に見てあげなよ。可愛いじゃん」

「お前はされたことがないからそんな風に言えるのよ。あいつと舞踏会に行く度にされるんだから。ねえ、こっちはひやひやなのよ。問題起こされたら、こっちに迷惑が被るのよ!」

「だったら放っておけば良いだろ? 好きに怪我させたらいいじゃないか。もう好感度も気にする必要ないしね」


 ドロシーがにんまりと笑みを浮かべながらあたしを見た。


「大切なメニーを放っておけないから困ってる。君が成長してくれて、ボクは嬉しいよ」

「トラブル処理が面倒くさいから困ってるのよ!!!」

「ああ、そうかい、そうかい」

「あーーーーーー! どいつもこいつも! 腕の良い助手がほしいわ! 誰かいないの!? リトルルビィみたいなすっごく良い子! 右腕が義手でもいいわ! あたしの癒しになればなんでもいいわ! ああ、リトルルビィに会いたい! ニクスに会いたい! アリスに会いたい! あーーー! 書類に囲まれて頭が爆発しそう! 集中力とは実に愚かなり! 仕事とは一体何の為にあるのか候! もう駄目! あたし死んじゃう!!」

「おっと、テリー、誰か来るよ」


 ドアがノックされた。


「どうぞ」


 キリッとした声で言うと、ベックス家執事のギルエドがドアを開けた。


「失礼します。テリーお嬢様。追加書類をお渡しに来ました」

「ご苦労。島のもの?」

「ええ。進捗はいかがですか?」

「問題ないわ」

「ふふっ、なんとも頼もしいお言葉です。奥様も立派になったお嬢様にとても喜んでおられます」

「ギルエド、紅茶が飲みたいわ」

「ええ。誰かに頼んでおきますので、お待ちを」

「お願いね」


 ギルエドが一礼してドアを閉めた――瞬間、あたしは頭を抱えてうなだれた。


「問題ないわけ無いでしょ……。この量見てよ……。紹介所の書類だってあるのよ……!?」

「よく掛け持ちしてるって気づかれないよねー。そこらへんの誤魔化し、君本当に上手いと思うよ」

「ああ、もう駄目……。サリア……、早く戻ってきて……」


 あたしは引き出しにしまっていた手紙を開いた。



 親愛なるテリーお嬢様


 お久しぶりでございます。テリー。そちらはいかがお過ごしでしょうか。私の方は、だいぶ生活に慣れ始めた頃……だと思っています。


 まさか、教員免許を使う日が来るとは夢にも思いませんでした。それも、貴族のご息女様達が集まる、聖・アイネワイルデローゼ学園の教員だなんて。想像できますか? テリー。ずっとあなたの世話係としてメイドをしていたこの私が、クロシェ先生のように、黒板の前で生徒達に勉強を教えているだなんて。笑ってしまうでしょう?


 教員の人手不足ということで派遣されたので、最初はどうなることかと思いましたが、意外となんとかなってます。


 生徒も見ないといけないし、事務仕事は多いし、先生って、思ったよりも大変だけれど、メイドの歴が長かったので体力はあるみたい。生徒の質問にも答えられるし、教えるのって、とても奥が深くて、新鮮で、面白いです。


 そろそろ見学に来られそうですか?

 廊下の窓から生徒達が授業を受けてるのを見ていると、礼儀作法や、糸車を使った授業を見たいと言っていた貴女を思い出してしまうの。女に裁縫の技術は大事ですからね。


 でも、キッド殿下の婚約者様が来たら、まずいですかね。生徒達がパニックになりそうです。今のあなたは生徒達の中で、なりたい理想の女ランキングに入ってますから。


 契約期間はまだ続くので、屋敷に戻るのはまだ当分先になりそうです。正直、……貴方の顔が見れなくて、時々寂しくなります。


 最後にテリー、我儘言って、私以外のメイド達を困らせては駄目よ?


 またお手紙出します。どうか、お元気で。


 サリア



(……サリア……)


 あたしはじわりと涙がこみあげてきて、瞼を閉じ、おもむろに立ち上がった。


「あれ、テリー。仕事は?」

「折れた」

「何?」

「サリアの文字を見て、サリアがいないということに心が悲鳴をあげたわ。そして骨を折ったわ。ぽっきりと。それを人は『心が折れた』というの」

「で? どこ行くの? このサボり魔」

「サボりじゃないわ。気分転換にお散歩してくるの」


 あたしは扉を蹴飛ばして開けた。


「すぐに戻ってくればいいのよ。それで万事解決だわ」

「今夜も徹夜になりそうだね」

「うるさい。役立たず。お前さえ魔法を使って片付けたらこんなことにはならないのよ。バカのクズのあんぽんたん。無能なタダ飯、野良猫が」

「君、自分のこといくつだと思ってるの?」

「お黙り!」


 あたしはそのままズカズカと歩いていく。


 サリアもいない。ニクスにも会えない。アリスにも会えない。こんな日々耐えられないわ!


(ちょっとくらい散歩してもバチは当たるまい。女神様、大目に見てね。あたし、これでもすごく頑張ってるんだから)


「ロイ、馬車を出して」

「あらま、テリーお嬢様、どちらへ?」

「噴水前」


 帰りはテキトーに馬車を捉まえればいいわ。あー、外の空気さいこー。


(こんなに根詰めてたらじいじだって許してくれるわ。お茶一杯だけ。それなら許してくれるわ。話を聞いてもらおう。もう駄目。あたし限界。じいじに会いたい。じいじならきっと良いアドバイスをくれる。ああ、じいじ。恋しいわ。じいじ)


 あたしは見慣れた木製の家の前に立ち、扉を叩いた。


「じいじー!」


 大きな声を出すが、扉は開かない。


(ん? 果樹園かしら?)


 勝手に入るのはマナー違反。あたしはもう一度扉を叩いた。


「じいじー?」


 あ、もういいや。この家にマナー違反とか関係ないわ。あたしはドアノブをひねった。


(あれ? 開いてる?)


「……果樹園ね。うん。お茶一杯もらおうっと」


 あたしは中へ入る。見慣れた廊下が見える。一本道を進み、リビングへの扉を開けた。


「お邪魔しまー」








 キッチンでビリーが倒れていた。







「……っっっ!! じいじ!!!」


 すぐさま駆け寄り、じいじの体を揺する。


「じいじ! じいじ!? 聞こえる!? じいじ!!」


 耳元で叫ぶが意識がない。


(くそ……!)


 手首の脈を確認する。脈はある。


(電話!)


 受話器を取り、電話番号を思い出す。


(大丈夫、落ち着け。大丈夫、大丈夫……!)


 震える手でボタンをなぞり、受話器を耳に当てる。しばらくして、陽気な声が聞こえてきた。


『はーい! ご機嫌よう! お電話なんて珍しい! いかにも! 私こそが物知り博士……』

「今すぐリトルルビィと来てちょうだい。ビリーが倒れた」

『はん? ビリー様が倒れてる? おやっと? とかね、なんとかね。どういうことですか。この声は、ひょっとしてテリー様?』

「いいから早く来いっつってんのよ!!」

『うわわっ! びっくりした! 急に大きな声はよくありませんとかなんとかね! お任せ承知! 合点承知! ちょいと待ってねとかなんとかこんとかね!』


 通話が切れて、すぐに受話器を置いて振り返る。


「じいっ」


 直後、リトルルビィに抱えられた物知り博士が窓から突っ込んできた。あたしはぎょっとして壁に逃げ、リトルルビィが物知り博士を地面に放り投げ、じいじに歩み寄る。


「痛いん!」

「生きてる?」

「脈はあった」

「とりあえずベッドに運ぶ」

「ビリー……」

「酷い扱いだ! とかなんとかね! でも大丈夫! この物知り博士ならば、疲労も病気もどんとこい! とかなんとかってね! さてさて、とりあえずビリー様を運んでこんとかなんとかね」


 リトルルビィがじいじをベッドに運び、素早く緊急処置をする。その手慣れた様子を見て思う。


(……緊急処置、あたしも覚えた方がいいわね)


「博士、あと頼む」

「お任せあれ!! 物知り博士の僕に任せればなんでも平和に解決するとかなんとかね! 評判だからね! 素晴らしいのですよ。実績が。実績は大事でね、その人の腕の証拠だからね。とか言ってる間にどっこいせ! さあ触りますよ。大丈夫。ビリー様もお年だからとかね」


 リトルルビィがあたしに振り返った。


「いつ倒れたの?」

「わからない。……偶然顔出しに来たら、倒れてたのよ」

「まじ奇跡だな」

「……こんなところで一人暮らしは危ないわ。ビリーも年だし。……お城で生活させたら? マールス宮殿とか」

「キッド判断だな。伝えておく」

「……ルビィ」


 耳打ちする。


「来てくれてありがとう。助かったわ」

「……たまたま健康診断中だったんだよ」

「奇跡ね」

「これで目が覚めたら、とびっきり美味い菓子でも作ってもらおうぜ」

「……目が覚めたらね」

「今夜はわたしがいるから平気だよ。テリー、仕事は?」

「……あたしもいようかな」

「テリー、わたしによく言わね? 仕事してからやりたいことやれって」

「人の命が優先よ」

「大丈夫だって。……やばそうなら駆けつけるから」

「……」

「とりあえず、今日は帰りなよ。一旦」

「……わかった」


 14歳の時、10月中なら毎日ここにいたのに。


(仕事なんてさっさと終わらせるんだった)


「頼むわよ。物知り博士」

「ええ! お任せあれ! 何せ僕は物知り博士! 病気も怪我も、ドーンと来い!」

「テリー」


 差し出された手を握りしめると、突風が吹いた。目を開けると開かずの間に到着している。ドロシーはいない。


「……ありがとう」

「ん」


 リトルルビィがあたしから手を離した。


「じゃあな」

「……メニーに会っていけば?」

「……今日は戻るよ。わたしも爺ちゃん心配だから」


 リトルルビィが首の骨の音を鳴らした。


「必ず連絡する」

「お願いね」

「……じゃ」


 リトルルビィが一歩踏み込むと窓が開き、突風が吹く。書類がバラける。足元に落ちた書類を見て、ため息を吐く。


(……びっくりした……)


 あのままあたしがあの家に行ってなければ、じいじは倒れたままだったのだろうか。そもそもリトルルビィがいなければ物知り博士の到着も遅くなっていた。あたしも緊急処置を出来ないまま途方に暮れながら待っていたことだろう。


(緊急事態時の対応について、学んだほうがよさそう。はあー。Mr.ジェフ辺りに聞いて……)


 ドアが叩かれた。あーあ。うんざりだわ!


「どうぞ」

「テリーお嬢様、奥様がお呼びで……」


 ギルエドが扉を開けて、はっとした。書類が地面にばらまかれた部屋を見て、唖然とする。あたしは窓を指差した。


「窓を開けたら突風が吹いたのよ」

「はっ! そうでしたか! 私はてっきりまたお嬢様が発狂したのかと……」

「あ?」

「私が片付けておきますから、お嬢様は奥様の元へ」

「はあ。……全く忙しいわね」


(まじで発狂しそう)


 メニーのこと。

 仕事のこと。

 ビリーが倒れたこと。


 毎日が目まぐるしい。


(この状況は非常によろしくないわ)


 忙しすぎて目が回って世界が回って歯車が回る。


(ねえ、サリア、……サリアならどうする?)


 きっと最高なアドバイスをくれるだろう。


「……」


 あたしは歩きながらGPSを起動させ、メッセージを送った。


 送信先:サリア


 お疲れ様。

 サリア、話したいの。

 今夜、電話できない?



(……送信っと)


 サリアが旅立つ前にママに持たされたGPSにメッセージが送信された。


(久しぶりに声が聞きたい)

(物事を整理させて、順序良く片付けていく方法とか)

(愚痴とか)

(世間話とか)

(とにかく、なんでも……とにかく)


 サリアと話がしたい。


(今までサリアに頼ってきた分のツケが回ってきたわね……)


 あたしはママの部屋のドアを開けた。





 その夜、電話はかかってこなかった。


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