第30話 情報共有タイム
――前に、リオンとこんな話をした。
一度目の世界のこと、そろそろ姉さんに話すべきじゃないかな。
あたしは訊いた。話す必要ある?
リオンは言った。オズが姿を見せた。ということは、なかなかに追いつめられてるんだ。世界の破滅を阻止しようとする僕らの邪魔をするために、今まで以上に襲ってくる可能性があるぞ。中毒者は、オズが作り出しているもの。一度目の世界はなぜ終焉に向かったと思う? 世界が毒で侵され、人々が中毒者となってしまったからさ。ただ、この世界では、キッドが物知り博士達に研究を続けさせたお陰で、中毒を浄化する薬がある。だからオズはスペード博士に飴を渡したんだ。もうこれ以上薬を作らせないように。思惑通り、スペード博士は中毒者となり身を滅ぼした。
だが、オズも予想外。今度は助手がその座を引き継いだ。
クラブはスペード博士から多くのものを継いでいる。彼は信用していいだろう。しかし、また別のところにオズが狙いをつけるかもしれない。今、何もないうちに、僕らの身に何が起きたか、話した方が今後のためじゃないかな。
今後のためって?
メリットとしては予防対策が早く出来る。未来を知っているのは、僕たちだけだからね。
デメリットもあるわ。あたしたちのしでかしたことが知られる。
人間は間違える生き物さ。
あたしがネズミ好きだってことも、クレアに知られる。
え、君、ネズミなんて好きなの? あいつら、気持ち悪いじゃないか。
本当の年齢もバレる。
それくらい、別に良いじゃないか。
あたしが死刑にされたことも知られる。どうして囚人になったのかも。
何が言いたい。
言う必要、ないじゃない。
姉さんが君に幻滅するとでも?
……オズはまだ来てない。来るのは沈没事故だけよ。
テリー。
別に心配なんてしてないわ。話せばクレアは受け入れるでしょうよ。リトルルビィも、ソフィアも、だから自分達はあの状況で助かったのかって、理解するはずよ。……だけど、それを話すのは、今じゃなくてもいいでしょ。
んー。
リオン、あんたには心の底から好きになった人がいないからわからないでしょうけどね、好きな人に自分の過去の悪行を話すのって、すごく勇気がいるのよ。
姉さんは君に全てを話したじゃないか。
あいつの場合は、何も悪いことしてないじゃない。あんたばかりモテていたのを見て、悔しくて王様になろうとした馬鹿なお姫様ってだけ。あたしを助けようとして勝手にくたばった。それを、人は『勇敢』だと呼ぶわ。
へえ。なるほど。
なによ。
悪い事をした自覚はあるのか。
そりゃあ、あれだけあんた達にコテンパンにされたら、学ぶことだってあるわよ。メニーを長い間こき使ってきたからああいう結末になった。だからそうならないようにあたしは行動した。人は人を傷付ける事を悪と呼ぶ。なら傷付けなければいい。大切に愛でてあげればいい。それは悪行とは呼ばれない。何を思っていてもね。……メニーだってあたしを散々傷付けたくせに、あたしばかりが罪を償えと言われる。理不尽な世界だわ。
メニーがどう君を傷つけたって?
平民のくせに、あたしよりも美人だった。
だから君達家族はメニーに灰を被らせた?
リオンが溜め息をついた。
女って哀れだよ。そういうとこ。
あんたはイケメンだからいいわよね。ブスの気持ちなんて、わからない。
君が姉さんに話したくない理由がわかったよ。劣等感と妬みでいっぱいの君を知られたくないんだ。
リオンがあたしを見た。
テリー・ベックス。貴様だけ隠し通せると思うなよ。貴様の行動は既に姉上の目に停まっている。必ず何か隠していると思ってるはずだ。ならば、言えばいい。正直に。一番知られたくない人物に告白しろ。そうすれば……僕みたいに肩の荷が軽くなるよ。
……お前は男だから出来たのよ。
女だって出来るさ。
女にはね、男とはまた別の、固いプライドがあるのよ。あたしは良い女なの。ウブで、純粋で、何も知らない真っ白な乙女に見られたいっていうプライドがあるの。本当は真っ黒な煤に染められてるけど、女は、そういうの見せたくないのよ。
ならば、クレアはそこまでの存在ということか。
……あいつに言ったところで、抱きしめられながらお前最低だなって笑われるだけよ。わかってるけど……。
知られたくない。
……まだ、いいでしょ。
か細い声で言うと、リオンが頷いた。
わかったよ。今はやめておこう。でも、いつか必ず言うぞ。いいな。嫌なら自分から言え。正直に。
わかってる。
でも、あんたなら言える?
あんたが、誰かを長年、美人で清らかで完璧で、だから気に入らないという理由でずっとその相手を虐めて、幸せになったそいつからざまあみろと笑われるように死刑にされて、自業自得の因果応報の結果に結びついた後、それでもなお劣等感が残っていて、後悔なんて残らなかったら?
あたし、反省しなきゃいけない理由が未だにはっきり理解出来ない。だって、全部メニーが悪いんじゃない。あいつが美人だから悪いんじゃない。あいつが腹黒さなんて一ミリもなくて、優しくて、愛情深くて、芯の通った強い女で、全部、何もかもがパーフェクトで、だからあたしが学んだ反省は、『メニーを虐めたら殺されるから、大嫌いなメニーに優しくしておこう』だった。あたしだって、妬みも嫉みも僻みも存在せず、みんなと仲良くるんるん歌いながら手を繋げたらこんな苦労しないわよ。でも人間には感情が存在するの。そこで好きと嫌いで分かれるの。あたしはメニーが嫌い。何をやってもメニーには勝てない。だってあいつは中も外も全部綺麗で純粋で透明で完璧だから。そもそも勝ち負けなんて考えてない。あいつは美人な上に善人だから考えは簡単に読めるわ。この世は勝ち負けじゃない。みんな平等。人の事を考えて時間を潰すなら、自分磨きに時間を費やせばいいんだよ。うるさい、うるさい! うるさい!! わかってるわよ!! 毎日、お肌にクリーム塗って、お化粧して、ドレスを着て、綺麗になりましょう。でも、ほら、見てみなさいよ。誰がどう見ても、メニーの方が綺麗で可愛いじゃない。みんなの目がメニーに奪われる。それを見てるあたしに、そんなこと言うの? あんたこそ悪よ。何もわかってない悪よ。あたしだって、こんな自分が嫌いよ。あたしがあんたであんたがあたしなら良かったのよ。そしたらあたしは笑ってやるわ。そしたらあたしは毎日素敵な笑顔でいてやるわ。あたしは美人だから、みんなが優しくしてくれるんだもの。良い気分よ。だからあたしも優しく愛情深くいてあげるわ。どう? 小説のネタになった? どうぞ。書いてちょうだい。現実には起きない出来事を小説でなら起こせるでしょう? 主人公はあたしにしてね。主人公はいつだって悲劇のヒロイン。ラストは絶対にイケメンと真実の愛を誓い合って幸せになれる。笑顔でいられる。現実とは違ってね。あ、一つ注文。メニーは悪い奴にしてね。善人なんて駄目よ? 純粋そうに見える美人はみんな性悪なの。だからメニーも性悪よ。メニーが性悪なら、あたしは健気な頑張り屋さん。美人じゃなくたって同情の目であたしが輝ける。だから、メニーを悪い奴にして。お願いだから、メニーを善人にしないで。
メニーが善人である以上、あたしはあいつを恨み続ける。
メニーなんて嫌い。完璧なあいつなんていなくなればいい。こんなに苦しい感情、メニーは感じたこともないんでしょうね。羨ましいわ。都合の良いお姉ちゃんをクレアに取られて怒ったことはあるけど、こんなにぐるぐる重たい気持ちまでは、抱えたことないでしょう? いいわよね。あんたは。いつだって人から好かれて。
だからお前なんて嫌い。
お前がいるからあたしは憎む気持ちを抱える。
人を憎んでばかりのあたしなんて大嫌い。
だったら、放っておけばいいのよ。反省はした。するべき事はわかってる。もう諦めてる。メニーには勝てない。わかってる。なのに、未だにメニーに縛られていて、未だにメニーと比べてる自分がいて、諦めてるのに、それでも笑顔で心からメニーを愛してるなんて口が裂けても言いたくない。メニーがあたしを恨ませる。あたしは憎しみだらけ。真っ黒ななドロドロのとんでもない劣等感に覆われて、こんなに汚いあたしを、
心から愛してるクレアに、自分から言えっての?
(あんたは、良いわよね)
ジャックに支配されてたなんて言い訳が出来て。
(いいな)
あたしは自分の考えの元、自分の足で動いて行動した。
(いいな)
メニーを傷付けたのは事実。
(気持ち良かったわ)
泣く姿。絶望する姿。悲しそうに俯く姿。どんどんやつれて、汚れていく顔。
(気持ち良かったわ)
嫌いな奴が傷付く姿は快感だった。
人を傷付ける奴が悪ならば、あたしは悪行を行った。
ママも、アメリも、ベックス家が人々に傲慢な態度を取ったのも事実。
理不尽な言動をしたのも事実。
人はそれを悪と呼ぶ。
でも、それは無かった事になった。だって、誰も覚えていないから。
あたしのした事は全て幻となった。
善の道に行けば、誰も何も言わない。
あなたは良い子ねって言われておしまい。
死刑になって、石を投げられて、暴言を吐かれる事はない。
罪悪感に蝕まれる事もない。
人から嫌われる事もない。
だったら、全部無かった事にしてしまえばいい。
全部、ばあばからのお告げなのよ。
あたし、ばあばの声が聞けるからわかるの。この先に起きること。
良い子になったあたしに全員が掌返したって、あたし、怒らないわ。
こんにゃろうって思いながら、この中指を墓場まで持っていくから。
「テリー、逃げるな」
逃げてない。
「隠すな」
隠してない。無かった事なのよ。
「隠す事によって、君は罪悪感に蝕まれるぞ」
罪悪感なんてない。
「本当に?」
罪悪感なんてない。
「女って隠し事が多いよな。メニーもそうだった」
あいつの話はしないで。
「聞いた事あるよ」
何よ。
「君さ」
何よ。
「僕がメニーを迎えに行く前に」
何よ。
「僕の迎えが、あと一日遅かったら」
何よ。
「君とメニーは」
その事実は存在しない。
現に何も起きなかったんだから。
あたしは悪として、死刑になった。
なのに今でもメニーが嫌いでどうしようもない。
そんな醜い自分をクレアに知られたくないだけ。
それだけよ。
余計な事、思い出させないで。
忘れたわ。そんなの。
(*'ω'*)
あたしはクレアに確認した。
「クレア、マチェットから話は聞いてるわね?」
「ああ。とても正確な情報だった。しかし、あたくしは気になるんだ。彼とお前との間に『空白の時間』が存在している。更に、聞いてる限り、お前は何度か中毒者に襲われているだとか。さて、呪われしロザリーよ、話を照らし合わせよう。あたくし達に知らないお前だけの時間に何があったか、素敵な声であたくしに愛を囁くようにお話しするんだ。はい、どうぞ」
愛は囁かないが、あたしはあった事をなるべくまとめてクレアに話した。
一度目、マチェットと異空間に迷い込んだ。部屋に閉じ込められ、突然ドアを叩かれた。嫌な予感がして箱の中に隠れたら、何かが部屋に入ってきて暴れ始めた。そういえば男の死体のマネキンがあった。あれなんだったのかしら。
二度目、リオンと異空間に迷い込んだ。やはり一度目に会った何かと魚に襲われ、二人で逃げた。そういえば変な看板があった。あれなんだったのかしら。
三度目、メニーと異空間に迷い込んだ。男が真っ先に狙われ、足を噛まれた。そういえばピアノがあった。あれなんだったのかしら。
(そう。彼、イザベラの婚約者だったのね)
あの男、どこかで見た事がある顔だと思った。昨日、イザベラと彼が大喧嘩してるところを見たわ。……その後倒れて、色々あったけど。主に、ソフィアと。
「ブランクスが襲われ、メニーが魔力で守った。それで、メニー、テリーは何をしていた」
「ポーチバッグを覗いて、……クマの絵が描かれたハンカチを出してました」
「……え?」
クマのハンカチ? 何それ。あたしそんなもの持ってな……。
「……あー」
「テリー、何か覚えてるか?」
「クマのハンカチの事なら、えっと、貰ったの」
「誰から?」
「偶然知り合った双子の姉妹から。お守りにって」
「なんでそれを取り出したんだ?」
「……なんでだろう。……あまり覚えてないのよね。……あたし、あの世界にいた時、頭がぼんやりしてて……」
「メニー、今からあたくしのする事を見ていろ」
「え? はい」
「……巨人が起きて」
( ˘ω˘ )
「……なんだ?」
「この子を覚えているか?」
「……ああ」
「この子と異空間に飛ばされた時、クマのハンカチを取り出したらしいな」
「ああ」
「どうして?」
「魚は本能的にクマが苦手なんだ。クマは自分達を食うからな」
「……ということは……魚に襲われた、そういうことか?」
「よく知らねえが、とにかく、人間の足に噛みついたのは人魚だ。それも抱えきれない魔力に侵されて暴走してる。しかもオラの『器』に寄ってきたから、妙な事される前にビビらせてやった」
「ありがとうございます。テリーが起きて」
(*'ω'*)
「……ん?」
寝てしまったようだ。あたしは瞼をぱちっ! と開けると、メニーが呆然としてあたしを見ていた。物知り博士は眼鏡を光らせていた。
「ごめんなさい。眠ってた?」
「うん。ほんの一瞬だけ」
「ああ、疲れてるんだわ。最悪」
突然、物知り博士が机を叩いた。
「今のなんですかあああああああとかなんとかってねええええええ!!!?」
「うわっ、何!?」
「テリーお嬢様! こんなところに、クマのハンケチが!」
「ちょっ、何よ! やめて!」
「とかなんとかこんとかってね! どうですか! クマのはんけ……」
リトルルビィが義手で作った拳で物知り博士を殴った。
「ほわっつ!!」
「やめろよ! テリーが嫌がってんだろ!!」
(……リトルルビィ……!)
あたしは座ったままリトルルビィの腰を抱きしめた。
(守ってくれてありがとう……。やっぱりあんたは強くて可愛いリトルルビィだわ)
……リトルルビィが黙ってあたしの手の甲を撫でた。クレアが大袈裟な咳払いをする。
「テリー、暴れていた者の正体がわかったぞ」
「え?」
「人魚だ」
「……はっ」
あたしは鼻で笑った。
「人魚なんて神話の中の生き物でしょう?」
「あらダーリン、それを言うなら吸血鬼だってそこにいるじゃない」
「リトルルビィは呪いでそうなってしまったんだから仕方ないでしょ」
「そう。その通り。中毒者だ」
それも抱えきれない魔力に侵されて暴走してるらしい。
「確かに、人魚なら納得出来ます」
メニーがあたしに振り向いた。
「お姉ちゃんも、鱗の腕、見たよね?」
あたしは黙った。
「尾びれもあった」
「……確かに」
「海を泳いで、鱗だらけで、結構大きかった。手の形もしっかりしてた。人魚だったら納得できる」
「人魚だなんて素敵だね」
ソフィアがくすすと笑った。
「しかも殺してるのは男性ばかり。まるでセイレーンでも現れたみたい」
「……セイレーン?」
「テリー、聞いた事ない? 海の怪物だよ。男を見つけては美しい歌声で魅了させ、海に溺れさせるんだ。それを繰り返す」
「……なんでそんな事するの?」
「趣味なんだって。だから、セイレーンは悪趣味な女神って言われてるんだ」
「お姉ちゃん、セイレーンも神話だよ。ほら、クロシェ先生が前に授業でやってたでしょ。最初、鳥の形をしていたけど後に……」
「……」
「……あー……お姉ちゃん」
話を切りあげたメニーがフォローに入った。
「春って、ほら、物忘れが多くなる時期だから……」
「メニー」
クレアが首を振った。
「こういう時は素直に言ってやった方がいいぞ。どうせ居眠りしてて話をまともに聞いてなかったんだろって。ぶっふ!!」
「お黙り」
吹き出したクレアから視線を逸らす。神話なんか知るか。今は中毒者でしょ。
「ってことは、人魚に化けた中毒者が異空間を作って船内をうろうろしてるってこと? はあ。勘弁してよ……」
「貴様は三回も異空間に迷い込んでる。ロザリー、異空間に入る前、前兆みたいなものはなかったか?」
「前兆?」
「寒気がするとか、空気が淀む感じがするとか」
「クレアちゃん、見てみなさい。リトルルビィがいて、ソフィアがいて、メニーがいて、レイちゃんやドロシーがいる中、じいじや物知り博士、つまり魔力も何もない人間だって存在するの。あたしもその内の一人。何も出来ない儚くてか弱い乙女なの。霊感も直感も呪いも呪《まじな》いも何もないの。そんなあたしが、前兆なんてあったところで気付くと思う?」
「何でもいい。船が揺れるとか、急に気分が悪くなるとか。思い当たる節をとにかく言え」
(えー……)
そんなの、あったところで気付かないわよ。さっきまで気分も悪かったわけだし。頭を悩ませていると、メニーが手を挙げた。
「……クレアさん、その、……扉が閉まるみたいです。気付かないうちに」
「……メニーの方が話が早そうだ。覚えてる事はあるか?」
「わたし達、最初は図書室にいたんです。お姉ちゃんが倒れちゃって、休ませてました。で、図書室の扉は全開になってました。誰でも入れるように。……でも、気が付いたら人の気配が無くなってて、勝手に扉が閉まってて、開けたら、もう異空間でした」
「レイちゃん、お前はここの部屋を開けようとしたら迷い込んだのだったな」
「気が付いたら異空間の中にいて、扉が閉められた。開けようとしたけど無理だった」
「……そういえば」
マチェットと異空間に迷い込んだ時もそうだった。
「倉庫のドアを開けたら迷い込んだわ。一番最初よ」
「ドアを開けたら異空間へようこそ。魔法のハープに触れたらお帰りなさい。ふむ。疑問なのは、なぜロザリーばかりが巻きこまれるかだ」
「あのさ、その、イザベラって女の関係者が殺されてるんだろ」
リトルルビィが言った。
「テリーも関係者だから、狙ってんじゃねえの?」
――全員が黙った。
――全員があたしを見た。
――あたしはゆっくりと親指の爪を噛んだ。
確かに、今のところ女の被害者が出ていない。今、現在の話では。……つまり、
「あたしが、女被害者第一号候補の、可能性……?」
「なるほど」
クレアがホワイトボードにつけ足した。
「イザベラと友人となったベックス家の次女は、風邪で弱ってる。更に、どこかで紫の魔法使いがお前を殺すよう指示を出している可能性もある。それを前提とするならば、話の筋が、あら不思議。こんなに簡単に通ってしまった。ターゲットはまとめてやった方が確実に楽だからな」
「じゃあ、マチェットはどうして巻き込まれたの?」
「お前がいたから」
「レイちゃんはどうして巻き込まれたの?」
「お前がいたから」
「メニーはどうして巻き込まれたの?」
「お前達姉妹、イザベラの知り合いであり、紫の魔法使いのターゲットでもある」
ふむふむ。つまりなんだ。えっとね、まとめると、
「ダーリンがお魚さんに命を狙われてるぞ!」
「なんでよぉぉぉおおおお!!!」
あたしは全力で絶望に打ちひしがれた。
「なんであたしが狙われなくちゃいけないのよ! 狙われるなら、イザベラのお姉さんの方じゃなくって!?」
「風邪で弱ってるからすぐに仕留められると思われたんだろうな。ぷっ!」
「はぁああああ!? あたしをすぐに仕留められるなんて、いい度胸してるじゃない!! あたしを誰だと思ってるの!? この船の社長の娘!! 次期ベックス家当主! テリー・ベックス様よ!!?」
あたしは膝を叩いて貧乏揺すりする。
「おらおら! 狙われてるわよ! 愛しのあたしが狙われてるわよ! どうするのよ! 将来のあなたのお嫁さんが! 死んじゃうわよ! なあ! 守るのがてめえの仕事だろ! 守れ! 死ぬ気で守れ! あたしを守れ! クレア! 今こそボディーガードの役目を果たすのよ! おら! 動け! 働け! 社畜になれ! てめえに残された道はか弱きあたしを命を捨ててでも守り抜くこと! 遠慮は不要! 中毒者なんかこてんぱんにやってまえ!! そして何としてでもあたしを守り抜け!!」
「そうは言われても、テリーのボディーガードはキッドの仕事で、あたくしは誰よりも何よりもか弱いお姫様だから、中毒者みたいなゲテモノをこてんぱんになんて出来ないもん」
クレアのスイッチが切り替わった。
「俺は俺で重たい風邪引いて、寝込んでる設定だからなぁ。ごほんごほん★」
「うるっせぇ!! お上品な咳の真似なんかしやがって! あたしの真似か!? それ、あたしの真似か!? テリー様のモノマネ大会ってか!? 冗談じゃないわよ!! こちとら好きで風邪引いたわけじゃないのよ! 邪な風があたしに吹き荒れて菌が蓄積されてしまったのよ! その結果がこれなのよ! あたし可哀想なの!! だからちゃんと守ってね!!!」
「もちろん。王子様はちゃんとお前を守るよ。愛しのハニー。でもさ、そのためには手がかりは必要だ。お前の命を守るため、他に知ってる事はないか確認しようじゃないか」
「他に知ってることなんざないわよ!! あたしがブルーベリーマジシャン&フィレオフィッシュセットに狙われてるって事以外は、何もないわよ!!」
「この理論で行くなら、紫の魔法使い……」
キッドが言い直した。
「我らが偉大なる『オズ』は、お前を狙い、中毒者もお前を狙い、テリーは囮として持ってこいな状況なわけだ」
「……ねえ、一個質問。なんであんたじゃないわけ? あんたはオズと戦えるじゃない。狙われるならあんたでしょ」
「テリー、お前がオズの立場ならどうする? 俺の周りを見てみろ。リトルルビィがいて、ソフィアがいて、リオンがいて、どうだ。メニーもいる。そして、最強の告げ口マシーンのテリーがいる」
告げ口さえいなくなれば、守りが硬くとも抜けられる。
「オズにとって、お前はきっとこの上なく邪魔なんだよ」
「お前だけじゃない」
「リオンも、メニーも巻き込まれたって事は、始末しようとしていたんだ。二人はオズにとって厄介だからな」
「しかし、助かった。その理由は……」
結論。
「お前がいたからだ」
リオンが正気を失った時、あたしはリオンを引っ張って出口まで走った。
メニーと一緒に異空間に迷い込んだ時、あたしはクマのハンカチで中毒者の動きを止めた……らしい。
「マールス宮殿の時と同じように、オズもお忍びでこの船に乗っているのであれば、今回、お前が執着的に狙われるのは明確だ」
キッドがにやりとした。
「囮として、十分だ」
そこで、キッドがあたしに振り返った。
「テリー」
「作戦D?」
「その通り」
「あたしはイザベラの側にいる」
「話のわかるお前も大好き」
「守れるんでしょうね?」
「俺がお前を守れなかった時なんてあった?」
キッドがあたしに跪き、あたしの手の甲にキスをした。
「必ず守るよ。俺のテリー」
「お前のじゃないわ」
あたしはむっすりしながら答えた。
「クレアの、テリーよ」
「はいはい。……そうだったな」
クスッと笑ったキッドがあたしの手を離して立ち上がり、ソフィアとリトルルビィを見た。
「引き続き船の見回り、監視を」
「「御意」」
「メニー」
キッドがメニーに微笑んだ。
「俺と探偵ごっこしない?」
「わたし、……ですか?」
「メニーはマスターキー代わりになるんだ。なんて言っても、社長の娘として顔が通るからさ」
「……お力になれるなら」
「助かるよ。……で」
キッドが鋭い目付きでリオンを見た。
「お前は部屋に戻れ」
「……」
「点滴を打って、静かにしてろ。命拾いした事を忘れるな」
「……はい」
(……自首したみたいな顔しちゃって……)
自分の情けないところ、嫌いなキッドに全部話したのね。すごいじゃない。あたしには無理。
「何かあれば、ヘンゼルとグレーテルに指示を出せ」
「……。わかった」
「テリー」
キッドがあたしに無線機を差し出した。
「GPSだと電波が必要なんだ。ここでは無線機でやり取りしてる。持ってろ」
「ん」
「ここ押したら俺と連絡できるからね」
キッドがにこにこしながら説明する。
「いつでも愛を囁いていいよ」
(……船の事、こいつに言うべきかしら)
リオンもこんな状態だし、任せるのは荷が重いかも。
(……致し方ない)
「キッド」
「ん?」
「話したい事があるんだけど」
ぼそりと言う。
「二人で」
ソフィアとリトルルビィとメニーが、――ちらっと、あたしを見た気がした。しかし、あたしが振り向くと、三人とも違う方向を向いてた。あたしはまたキッドに振り返る。キッドは、笑顔のまま硬直していた。
「……駄目?」
あたしは訊く。
「忙しい?」
「お前に割く時間くらい、あるに決まってるだろ?」
キッドがそっとあたしの手を取り、腰を掴み、あたしをゆっくりと立たせ、扉の方へと歩き出した。
「どこか喫茶店でも言って、少し二人で話そうか。……あ、メニー、少しここで待っててもらっていいか? 俺は、ちょっと、……お姉さんと、大事な話を」
「それ、どんな話?」
リトルルビィが暗い笑みを浮かべた。
「わー、楽しそー。わたしも聞きたーい」
「リトルルビィ」
あたしは首を振った。
「あんたは駄目」
「は? なんで?」
「つまんない話よ。聞いても何もならないから、……持ち場に行って。あたしの声が聞えない所に行ってくれたら嬉しいんだけど」
「……」
「あんた、耳良いからここにいたら聞こえるでしょ」
「……へえ。わたしを追い出すんだ?」
「キッド、ちょっと退いて」
「あ」
あたしはキッドの腕から抜けて、リトルルビィに駆け寄り、そっと手を握り、顔を覗き込んだ。
「拗ねないの」
「拗ねてないけど」
リトルルビィがあたしの手から抜け出した。その手をあたしはまた掴む。
「ルビィ」
「……」
「無事に島に着いたら、……一緒にやる事あるでしょ」
「……」
「島に着く為に、今は中毒者を見つけないと。ね?」
「……わかったよ……」
リトルルビィがあたしの手に指を絡ませた。
「絶対だからな」
「ん」
「……今夜、会いに行ってもいい?」
「いつでも来なさい」
「……ん。じゃ……気が向いたら……行くから……」
リトルルビィが目を泳がし、一度あたしの頭に義手の手をぽんと軽く置いて――瞬間移動で部屋から消えた。風が靡き、診療室に置かれた資料が羽根のように飛び舞い、物知り博士が悲鳴をあげた。
「ああ! 魚の細胞の資料が!!」
「キッド、廊下。すぐに終わるわ」
「うん!!!」
キッドがうれうれとあたしと廊下へと出て、ドアを閉めた。
資料が舞い散る部屋で、ソフィアがふむ、と思った。
テリーは、想いを切った後のケアが下手だな。リトルルビィや殿下には優しいけど、――私には、何もしてくれないんだ?
ソフィアが息を吐いた。
「悲しいな」
「え?」
「くすす。何でもないよ。メニー」
いつも通り、ソフィアが笑った。
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