第12話 リチョウの部屋


 今日のアトリの村は一味違う。

 いつものどかな田舎町はなんだか忙しない。

 アトリの鐘の周りにやぐらが立ち、それに橋までつけられ、やぐらからやぐらに渡れるようになっている。

 そして一番大きなやぐらは祭壇のようになっており、踊り子であるジャンヌは小さなやぐらからこの大きなやぐらに到着して、聖水を飲み、清めた体で舞を終わらせる。


 というのが前夜祭のオープニングらしい。


(すごいわ。あんなところで踊るなんて。みんなが見てる前できらきら舞うのね。素晴らしいわ。あたしがやったらどうなるのかしら。もしあたしがジャンヌなら、……そうね、きっときらきらなお星さまのようなあたしの踊りに感動したリオンさまが手を取りに現れて……はあ……うっとり♡)


「もういやだぁああああああ!」


 うっとり妄想にふけるあたしのうしろで、ジャンヌが叫んで大暴れしている。


「マローラ! そのまま押さえてて!」

「ジャンヌお嬢さま! 大人しくしてくださいな!!」

「いやあああああああああああああああああああああああ!!」


 メニーが哀れみの目でジャンヌを見つめる。今すぐにでも逃げ出しそうなジャンヌを使用人みんなで押さえつけて、準備を進める。


「ほら、香水!」

「花!」

「衣装は後よ!」

「髪もセットしないと!」

「お風呂が沸きました!」

「お風呂くらい一人で入らせてよ!」

「ジャンヌお嬢さま! リハーサルまで時間がないのですよ!! あなたが! 昨日出かけられてたから!!」

「たすけてーーーーーー!!!」


 ジャンヌが悲鳴をあげ、浴室に運ばれる。そのときエンサンが廊下を通り過ぎ、ジャンヌが手を伸ばした。


「エンサーーーン!」

「おー……やってるな……」


 無視してエンサンがジャンヌの部屋に入ってきた。メニーとあたしが振り返った。


「やあ。おはよう。お嬢さまがた」

「おはようございます。エンサンさん」

「……おはようございます」

「ジャンヌの付き添い?」

「マローラさんがアトリの鐘を鳴らしたんです。絶対ジャンヌさんが大暴れするから、来てほしいって」

「思った以上の暴れようだったわ」

「ふふっ。そのじゃじゃ馬具合もかわいいだろ?」


 あたしは目を横にしてそらした。


(はいはい。ごちそうさま)


「人狼がどこに潜んでいるかわからない。二人も気をつけてくれ」

「昨日ジャンヌからきいたわ。キッドさまが話を聞いてくれて、調査してるって」

「今日から祭が始まる。……なにごともないといいが……」


(そんなに心配しなくても大丈夫よ。人狼なんていないから。いるのは殺人犯)


 あたしはため息混じりに言った。


「あなたはこのあと、ずっとここにいるの?」

「いいや。うちの畑の仕事が残ってるし、ジャンヌの顔だけ見に来たんだ」

「そう」

「みんな祭りで浮かれてる。いいか。なにかあったら……」

「アトリの鐘でしょ?」

「そのとおり」

「肝に銘じておくわ」

「ジャンヌによろしく伝えておいてくれ。じゃあ」


 そう言ってエンサンがあたしたちに手を振って、部屋から出ていった。あたしは再び視線を外に戻す。


(星空がきれいに見えるんだものね。いいわぁー♡ リオンさまと一緒に……あたし……)


 ――愛してる。テリー。


(……キッドさまも……いるんだった……)


 ああ、あたしったらはしたない女。二人の殿方に心をゆらしているなんて。


 リオンさまはずっと憧れていた人。

 キッドさまはつい最近お会いした人。

 ……急に婚約だとか言われても困っちゃう。


(……指輪……)


 これがキッドさまからの贈り物だったなんて……。


(……そういえば、指輪って名前が書いてあるものよね? あたしの名前、どこにあるのかしら?)


「あれ、お姉ちゃん、これジャンヌさんのかな?」

「ん?」


 メニーに言われて振り返ると、そこに花の飾りが置かれていた。


「届けたほうがいいかも。わたし、ちょっと行ってくるね」

「うん。行ってらっしゃい」

「お姉ちゃん、ここにいてね?」

「あたし、どこにも行かないわよ」

「うん。じゃ、行ってくるね」

「はいはーい」


 メニーも部屋から出ていく。あたしはふたたび窓辺にもたれて――指輪を薬指から抜いてみた。


(そっか。きっとリングのなかに名前が……)


 ――っ!!!!!?????


 あたしは刻まれた名前を見て、目を飛び出した。


(え!!??)


 そこには、あたしの名前ではなく、『クレア』と刻まされていた。


「ク、ク、ク、クレ……ア……ですって……!?」


 まさか……。


(う、浮気相手と……あたしの名前を……間違えて……)


 クレアという女に、あたしの名前を彫ったリングを渡していて、あたしには、クレアの名前を彫ったリングを渡す。同じリングだから、キッドさまでも見分けがつかなかった。


(そういうこと……?)


 途端にあたしは怒りの炎に包まれた。


(ああ、もう怒った……!)


 あの……浮気王子さま!!


(結局昨日あたしに囁いた愛も全部うそだったってわけね! 最悪! もう少しで騙されるところだった!)


 あたしはぎろりとドアを睨んだ。


(婚約破棄の申し出に乗り込んでやる!)


 あたしはぎろりと時計を見る。ここから空き家までの距離で言うと……。


(いいや! 夜を駆けても時間をかけてもいいわ! 今日という今日こそ婚約破棄してやるんだから!)


 あたしははちまきを巻いた。打倒キッドさま。


(あなたの口車には、もう騙されないわ!!)


 あたしはジャンヌのメモを借りて、テーブルに置いた。

 メニーへ、ちょっと出かけてきます。大丈夫よ。あたしは自由になるの。


「打倒、キッドさま!!」


 あたしはドアを勢いよく開けて、廊下に出た瞬間――きょとんとした。


「あっ」


 リチョウの部屋のドアが開いている。


「あれ? ……開いたの?」


 あたしは昨日開けられなかった部屋のドアが開いてることが気になって、興味津々に近づいた。


(昨日静電気で開かなかったのに! へえ! 部屋のなかはどうなってるのかしら!? あたし、パパ以外の殿方の部屋、初めてかも!)


 誘われるようにあたしの足が部屋に入っていく。なかはインクの匂いで包まれている。紙だらけの汚い部屋。でもなんだか不思議だわ。なんていうか……作家の部屋って感じ!


(うん! 悪くない! あたし、こういう汚さならきらいじゃないわ! ちょっとオシャレにも見えるもの!)


 あ! なにあれ!?

 今度は棚に近づいた。そこに、魅力的なビンがあったのだ。なかには丸いきらきらするものが入っている。ガラス玉かと思ったら、違うみたい。


「……わかった。これ、『飴』だわ!」


 なんて可愛い色をしている飴なのかしら! どこで売ってるの? 置物にぴったり。コレクションにしたい!


「……」


 あたしは周りをキョロキョロ見回して……ビンのフタを開けて……指を突っ込ませ……飴をつまみ上げた。目の前に運び、匂いをかぐ。うん。食べれそう。一番かわいいピンク色を口にひょいと入れた瞬間――あたしはすぐさま吐き出した。


「おえっ!」


 臭い! まずい! 苦い! 辛い! 舌が痛い! ゲロの味! 吐しゃ物の風味!


「うええ! 最悪! ぺっ! ぺっ! ぺっ!!」


 あたしはエプロンのポケットからハンカチを取り出し、舌を布で包んだ。でも苦味は消えない。あたしは必死にハンカチを噛んだ。


(ああ、こんなのひどいわ! こんな、まずいものをこんなところに置いておくなんて! 最悪! くたばれ!)


 とっとと紅茶のおかわりをもらったほうが良さそうだわ。あたしがドアに振り返った直後……ドアが閉まった。


「……」


 あたしはにやりとした。


「メニー! もう! 困った子なんだから!」


 あたしはドアの前で立ち、叩いた。


「ほら、イタズラは結構。開けて」


 ……。


「メニー」


 ……。


「まったく……、もう」


 あたしはふふっと笑って、ドアノブをひねった。開かない。


「……あー、わかった! ジャンヌでしょ! もう! 子供みたいなことはやめてよ!」


 あたしはドアをもう一度叩いた。


「ねえ、開けてちょうだい。面白くないわよ」


 ドアは開かない。あたしはドアノブをひねった。


「ねえ、二人とも、そろそろいい加減にしてくれない?」


 あたしはドアノブをひねる。けれど、ドアは開かない。ドアノブが押さえられてる様子もない。


「ね、ねえ、冗談ならやめて! ちょっと気味が悪いわ!」


 あたしはドアを叩いて、またドアノブをひねった。でも開かない。


「え? え? え?」


 あたしはドアノブをひねる。


「ちょ、ちょっと、ね、ねえ……!」


 ドアは開かない。


「だ、だれか!!」


 あたしは大声を出してドアを叩いた。


「お願い! だれか開けて!」


 こんなに大声を出してるのに、だれも来ない。


「ねえ! だれか! ドアが開かないの!」


 あたしの目にだんだん涙がたまってきた。


「ねっ、お、お願い……! あたし、暗くてじめじめしたところだめなの……!」


 気味が悪い部屋で一人ぼっち。


「だれかあけて! だれか!!」


 でも、誰もこない。


「だ、だれかぁ……!」


 あたしは鼻水をすすった。


「あげでよぉおおお!!」


 こわくて気味が悪くて、涙が溢れてくる。


「ぐすっ! だれがぁあああ! ふぇええっ!」


 あたしは泣きながら部屋の中を見回した。


「ぐすっ! ぐすん! ぐすっ!」


 あたしはドアのカギを探そうと、棚を涙を流す目で観察した。


「ふぃいい……! ぐすん! ぐすん! ふうううう!」


 クソまずい飴が入ったビンの横に小箱がある。あたしはかかとを上げてその小箱を両手で掴み、自分の胸の前に運んだ。


「ぐすんっ! ぐすんっ! ふぃい! ぐすん!」


 箱の蓋にはバラバラのパズルが設置されていて、一つだけピースを抜くことができる。抜いた穴からスライドさせて完成させるパズルだ。


「くすん……! くすん……!」


 あたしは鼻水をすすりながら、ベッドに座り、膝の上でパズルをスライドさせた。法則はわかっている。左から順番をつけるのだ。いち、に、さん、よん、そして左下に戻り、ご、ろく、なな、はち、そしてまた左下に戻り、きゅう、じゅう、じゅういち、順番通りに当てはまるピースを動かし、そして、最後のピースを埋めて完成。


「ぐすっ! ふぅ、……ぐす! ふぃいい……!」


 パズルが完成すると小箱が開いた。なかにはカギではなく、一枚のメモが入っていた。



 森の奥 魔女の城

 そこに全てを隠す

 感情も、感性も、才能も、

 すべておれのものだ

 だれにも見つかるわけにはいかないのだ



「……。カギじゃなぃいいいい!!」


 あたしはさらに涙を流した。


「びぇええええん!」


 あたしは小箱の蓋を閉めて、小箱をドアに向けて全力で投げた。小箱が床に落ちた。


「ばぁぁぁあああがぁあああああ!!」


 あたしはベッドから立ち上がり、机の引き出しを開けた。紙しかない。


「びゃああああああ!」


 あたしは紙を退けてカギを探す。どうしてこんなにも部屋のカギがないの!? あたし、もうここから出たいのに!!


「ふえええええん! えええええん!!」


 紙がひらひらと舞っていく。

 そこには詩が書かれていた。


「カギはどごぉおおおおお!!」


 ――詩人とは素晴らしいものだ

 ――心を言葉で表現する

 ――それが詩人だ


「ぐすん!! ぐすん!! ぐすっ!!」


 ――詩人とは憧れだ

 ――言葉の操り師

 ――感情の表現者

 ――おれは詩人になりたい


「っ!」


 紙を地面に放り出していると、引き出しからたった一つのカギを見つけた。


「あったぁああああ!」


 あたしの涙がその瞬間止まった。


「もーう! こんなところにあったのね! やっと出られるわ!」


 あたしはすぐさま走り出し、ドアにカギを挿そうとした。


「……あれ?」


 カギ穴なんてない。冷静に考えたらわかる。内側からカギを挿して閉めるドアなんてものはない。


「もういやぁぁああああああ!!!」


 あたしは叫びながらドアノブを握った。


「ここから出してよ!!」




 ドアが開いた。





(*'ω'*)





「リチョウ、いつになったらお前は働くんだ」

「また詩なのか」

「夢を見るのはやめろ。もう大人なんだぞ」

「リチョウ、うちの畑手伝いに来いよ。親父も歓迎だってさ」

「まだ詩人になりたいなんて言ってるのかい?」

「リチョウ」

「いつになったら」

「お前は」

「詩なんかやめろ」

「才能がないんだって」

「ジャンヌのことも考えろ」

「お前は長男だろ」

「天国にいるアウローラが見たら泣くぞ」

「もうやめとけ」

「夢はもう見ただろ」

「リチョウ」

「リチョウ」

「リチョウ!」




「リチョウ、まだくだらない詩なんか書いてるの!? ぼくが読んでやるよ! ねえ! もっと他にないの!? 今は春だよ。春にちなんだ詩とかないの? ぼくが読んでやるよ! なーに! ジャンヌは将来ぼくと結婚するんだから、リチョウは自然とぼくの兄貴になるんだろ! ゼペットじいちゃんも、リチョウの詩が好きって言ってたよ! ねえ! もっと見せてよ! リチョウ!!」






「森の奥、魔女の城、そこに全てを隠す。感情も、感性も、才能も、すべておれのものだ。だれにも見つかるわけにはいかないのだ」






「……お姉ちゃん……?」


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