第11話 思い出6





 屋根裏部屋に、メニーのドレスが置かれていた。アイロンをかけたのか、しわが伸び切り、メニーに似合う美しいドレスであった。


「こんなドレスを隠し持ってたなんて!」


 アメリがドレスに触れた。


「わたしのよりかわいい!」


(……あ)


 あたしは見てはいけないものを見てしまった。


(……どうしよう)


 だまっていたら、メニーが大恥をかくだろう。


(しゃべったら)


 家族みんなでメニーを笑うことだろう。


(……ううん)


 どちらにしてもそれは避けられない。長年どこかにしまっていたのだろう。だからこんなに『穴だらけ』なのだろう。


(布で隠すにしても、結局見られたらすぐばれるわ)


 ネズミに噛まれたのか、虫に食われたか。


(……)


「いいなー! メニー! こんなドレス着るなんて、ずるい! このネックレスもかわいい!」


 あたしはびくっとした。


「こんなネックレスを持ってたなんて知らなかったわ! まあ、このブローチも素敵!」


 見慣れているネックレスやブローチにあたしは目をそらした。そして、その先にあったフタのあいた箱を見て、またさらにぎょっとして、あたしはあわてて指をさした。


「あ! なにあれ!」

「え!?」


 あたしはフタを閉じた。アメリがあたしに振り返った。


「なに?」

「宝石かと思ったらただのクモの巣だったわ」

「ちょっとやめてよ」


 アメリの視線がまたドレスに移る。どうやらメニーが用意していたのは、このドレスだけのようだ。一着だけのドレス。どう転んでも笑い者。


(メニーが笑い者になるところを見る? それとも)


 舞踏会に行けなくする?

 あたしは迷うことなく選択した。


「アメリ、見て。こんなところにハサミがあるわ」


 あたしはハサミを持った。アメリがきょとんとする。


「ん? ハサミなんてどうするの?」

「えーーーーい!」


 あたしは思いきりドレスを切った。ドレスはカーテンのようにすらすら切れた。アメリが声をあげた。


「きゃーー! テリー! いけないんだぁー!」

「ほら! アメリもやってみなさいよ! おもしろいわよ!」

「うん! 貸して!」


 アメリとあたしがメニーのドレスを切っていく。これでドレスに穴があいていたことはばれない。


「すごい! いっぱい切れる!」

「こうしちゃえ!」

「きゃー! テリーったらひどーい!」

「あはははは!」


 笑え。とにかく笑え。そうすれば気付かれない。


「どんどん切るわよー!」

「きゃははは! メニーがこれを見たらどんな顔するかしら!」

「もう舞踏会に行けないって、泣くに決まってるじゃない!」

「これ、メニーの母親のものなのに! テリーったらいけないわね!」

「アメリだって切ったじゃない!」

「きっと泣くわよ!」

「たいへんだわ!」

「灰被りメニー!」

「泣き虫メニー!」

「「あはははは!!」」


 メニーのドレスが布切れとなった。満足したあたしたちは部屋にもどって、メニーが部屋にもどるのを待った。メニーはどうやったのか、エンドウ豆をすべて拾いきっていた。


 ママは面白くなさそうな顔をしていたが、メニーがこう言った。


「エンドウ豆を拾うことに体力を使ってしまって、踊れそうにないのでやめておきます」

「あら、そう。それは残念ね」

「失礼いたします」


 メニーが屋根裏部屋にもどった音をきいて、あたしとアメリが隠れながらその様子を見ていた。メニーが部屋に入った途端――布同然となったドレスを見て――置かれたハサミを見て――小さくため息を吐き、ドアをしめた。


「「……」」


 あたしとアメリが顔を見合わせて、ドアに耳を押し付けた。部屋から聞こえてきたのは、メニーの泣く声ではなく、――唄だった。


 ふるえて、揺られて、若い木さん

 アッシェンプッテルが待ってるよ

 金と銀を落としておくれ

 さすればドレスは輝くよ

 やさしいハトさん ことりさん

 金と銀を落としておくれ


 アメリとあたしがふたたび顔を見合わせて、笑うこともなく廊下にもどった。


「なにあの変な唄。いかれてるわ」


 アメリがつまらなさそうな顔をした。


「わたし、仮面舞踏会のドレスと、新しいドレスを買いに行こうかしら。テリーも行くでしょ?」

「……ええ」

「はあ。つまんないの」


 アメリが廊下を歩き出す。あたしもいっしょに歩いて――一度だけ振り返って、またなにもない顔で歩いた。



 仮面舞踏会は無事行われた。あたしもアメリも顔が隠れた紳士とおどった。あたしは足がもたつきながらもやってきた練習を思い出して、一生懸命おどった。でも、


(……リオンさまがいない)


 あたしはむすっとした。


(せっかく踊りの練習したのに)


「テリー、あれは伯爵の息子よ。おどってらっしゃい」

「はい。ママ」


 でもあたしはときめかない。

 だって、あたしにはリオンさまがいるんだもの。


「アメリアヌ、また足を踏んだの?」

「うっかりしてたのよ」

「足を踏まないようテリーと練習したでしょう?」

「練習時間が足りなかったのよ」

「テリーは足を踏んでないわ。お前もがんばりなさい」

「はい、ママ」


 ええ。たくさん練習したもの。リオンさまの足を踏んではいけないと思ったから、『踊れない人形』を使って数え切れないほどやったんだから、当然の結果よね。


「ほら、テリー、おどってきなさい」

「はい。ママ」


 あたしたちはまるでママのあやつり人形。あたしと顔の見えない紳士が踊る。リオンさまはどこ? お前なんかに興味ない。リオンさましか見えない。リオンさま。どこ?


 あなたに話したいことがあるの。





 ――あたしは唄う。


 小鳥よ小鳥よ小鳥さん


 美しかなそのお声


 もっと鳴いて歌って楽しもう


 あたしはまだまだ聴きたいの


 ――だれかが唄う。


 小鳥よ小鳥よ小鳥さん


 可愛いかなそのお声


 いっそう閉じ込め聞いていよう


 わたしはまだまだ空腹です


 ――あたしは唄う。


 小鳥よ小鳥よ小鳥さん


 空へ羽ばたく小鳥さん


 自由の羽が美しい


 もっともっと


 飛ぶがいい


 ――だれかが唄う。


 小鳥よ小鳥よ小鳥さん


 どうかお願い行かないで


 わたしの手のなか じっとして


 そうしていれば


 傷つけられない




「メニー」

「はい」

「それ、リサイクルに出しておいて」

「テリー」

「出しておいて」

「……知ってるよ。仮面舞踏会用のドレス、わざとでしょ」

「メニー」

「あのドレス、ネズミに噛まれて穴だらけだったから、テリー、わざと……」


 あたしは使い終わった仮面をメニーに投げた。


「痛い」

「あーあ、リオンさまに会えなかったな」


 あたしは窓を見つめた。


「会いたかったな。リオンさま」


 話したいことがあったの。


「お慕いしておりますわ。リオンさま」


 あなたは王子さまでしょう?

 国民を助けてくれる王子さま。


「リオンさま」


 空を飛ぶ青い鳥はずっと見つめていたいほど美しかった。あたしも飛び出して、リオンさまに会えたらいいのに。


 会ったら、あたしはこう言うだろう。


 たすけてください。この家は異常です。あたしと妹をたすけてください。


(いっそのこと、パストリルさまが来てくださったらいいのに)


 あたしをさらってくださったらいいのに。


(そしたら、もう二度とこの家と関わらなくていい)


 メニーの心配をしなくていい。


(パストリルさま)


 新聞から切り取った写真を見つめる。


(そういえば、美術館に予告状が届いたんだっけ。張り込んでみようかしら)


 そしたら、人質としてさらってくれるかもしれない。


「メニー」

「はい」

「クローゼットにいらないドレスがあるの」

「……」

「手前にあるドレスよ。確認して」


 メニーがクローゼットを開けてドレスを確認すると、――息を呑んだ。


「サイズを間違えてつくられたらしいの。最悪。あの店二度と使わない」


 切り裂いたドレスと瓜二つのドレスがあった。中央図書館でドレスの歴史本を読んでみるものね。


「リサイクルに出しておいて」

「……どこで」

「だから言ってるでしょ。間違えてつくられたのよ」


 一世代前のドレスで、流行もので、それにアレンジを加えて作られたドレスらしいから、比較的手に入りやすかった。メニーの母親がドレスにさほどの金の使わない人でよかった。


「それと、あそこのネックレスもリサイクルに出しておいて。ま、売ろうとも思ったんだけど、売ったところで額もだいたいわかるし、再利用してもらったほうがいいわ。あまり使ってないから、町中のお古屋さんに並んでいても、ママもアメリも気づかないでしょうけど」

「……」

「ああ、メニー、そこの箱のフタ、しめておいて。かわいいものばかり入ってるからアメリに見られたら盗まれちゃうかもしれない。アメリはかわいいものに目がないでしょう? 屋根裏部屋だってそうよ。ないとは思うけど、もしもあんなクモの巣だらけのところに宝物があって、そのフタが開いてたらなにをするかわかったもんじゃない」

「……」

「はあ。パストリルさまが来てくれないかしら」


 月の光へ飛んでいく怪盗さま。


「盗まれた先で、熱いロマンスが起きないかしら」


 だれもたすけてくれない。

 あたしは鳥かごに閉じ込められた小鳥。

 なにもできない。

 起こる出来事をただひたすら眺めるだけ。


 時がすぎるだけ。


「ほら、さっさと仕事してくれる? あんた見てると、イライラするのよ」


 メニーがドアへ歩いていき、――かぎをしめた。


(え?)


 ふり返ると、メニーが近づいてきた。


(あっ)





 メニーにだきしめられた。





「ありがとう」



 その声は、ずっと耐えてきて、ようやく溢れ出したもの。



「ありがとう。お姉さま」



 震える肩。声。こみ上げてくるなにか。ドアにはカギがかかってる。誰も入ってこれないが、誰がきいてるかはわからない。だからメニーは押し殺す。


小さな体。

塞いで耐える口。

溢れる雫。

メニー。

ねえ、


 メニー、


 お願い、


ありがとう、って言わないで。



 あんたをだきしめて、愛してるって言いたくなるから。






 でも言ってはいけない。言ったらママが悪魔になる。あたしはこわい。だからだまる。メニーを抱きしめ返したりなどしない。ただ、メニーがだきしめたいというのなら、あたしはだまってメニーにだきしめられる。


 むかしはたくさんあそべたのに。

 むかしはたくさん仲良くできたのに。

 むかしはたくさん頭をなでてあげられたのに。

 むかしはたくさん笑ってたのに。

 むかしはたくさんしあわせだったのに。


 なんでこうなったの?

 いつからこうなったの?


 あたしはどうしたらよかったの?


「掃除したら」


 あたしはこみ上げてくる気持ちを隠して言った。


「リサイクル、出してきなさい」


 掃除をし終わる頃には、メニーの濡れた頬も乾いてることだろう。


「細かく掃除するのよ」


 時間をかけてやればいい。

 なに言われても、テリーの部屋を掃除してたって言えばいいんだから。


 あたしは拳を固めて、抱きしめないように、じっと、石みたいにその場から動かなかった。















「お姉ちゃん、起きて」



(*'ω'*)




 あたしは目を覚ました。

 やっぱり、あたしの目は暗闇に強くなったようだ。メニーがあたしの顔をのぞいているのがはっきり見える。

 どうしたのかしら。

 あたしはぼうっとメニーを見つめる。


「……メニー……?」

「なみだ」


 あたしの目じりから、水滴が落ちた。


「出てるみたい」

「……」

「ちょっと、……ごめんね」


 メニーがランプをつけた。部屋がほんのり明るくなった。そこで初めて、あたしは自分が泣いてることに気がついた。


「……」

「どうしたの? お姉ちゃん」

「……」

「お姉ちゃん」


 メニーの声をきくと、どんどん気持ちが膨れ上がってくる。なみだがボロボロと落ちてまくらを濡らして、目を閉じればボロボロと落ちて、頬を濡らして、まぶたを上げたらボロボロと落ちて、染みができる。メニーがベッドから抜け出し、机の引き出しに入れていたハンカチを取り出し、またベッドにもどって、あたしに渡した。


「ほら、お姉ちゃん」

「……」

「大丈夫だよ」


 メニーがあたしを抱きしめた。


「切り裂きジャックなんていないよ」


 メニーが歌うように言った。


「怖いものなんてなにもないよ」


 メニーがあたしの耳に伝えた。


「わたしがそばにいるよ」


 あたしはメニーに顔を埋めた。あたしのなみだがメニーのネグリジェを濡らしていく。


「大丈夫だよ」


 あたしは抱きしめられながら思った。ごめんなさい。あたしを許して。


「大丈夫だよ。テリーお姉ちゃん」


 メニー、ほんとうにごめんなさい。あたしを許して。どうかお願い。あたしを許して。


「お姉ちゃん、大丈夫だよ」


 口には出さない。だって、このメニーはあたしと過ごしてきたメニーではないから。


「大丈夫だから」





 ごめんなさい。メニー。あたし、何度でも謝るわ。ごめんなさい。


 だから、


 あたしの罪を許して。












「おちついた?」

「……ありがとう」

「ホットミルク飲む?」

「ううん。……このまま寝る」

「……うん。わかった。じゃあ、そうしよう?」

「……メニー」

「ん?」

「ごめんね」

「うん。いいよ」


 あたしとメニーが、ふたたびベッドにもぐった。


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