第1話 人狼の歴史
ピーターと共にジャンヌのいる村長宅へ行くと、ヒョヌからジャンヌがいないことを告げられた。
「墓地ではないでしょうか。その、……ばばさまには孫のエンサンという者がおりまして、……ジャンヌの恋人ですので、おそらくそこかと……」
「ヒョヌさん、事態は一刻を争います」
ピーターが深刻そうな顔で言った。
「前夜祭は明日。凶暴なオオカミがもしも村に下りてくれば大惨事となりましょう」
「わかっているよ。マルカーン神父。だが、なにがあっても祭はしなければいけない。星祭はいわば、この村のしきたりだ。この土地はアメリアヌさまに守られ、そのアメリアヌさまが星を見せてくださる貴重な日だ。みなで平和を願う日に、オオカミにおびえて建物のなかにいるんじゃ、この問題すらなにも解決しない」
「オオカミ狩りに出るか?」
村の男たちが声を上げた。
「客人もいる。行くなら今日だぜ」
「岩はどうするんだ」
「女にやらせておけばいい」
「お前、カミさんにそんなこと言えると思ってんのかよ。……無理だよ……」
「じゃあどうするんだよ」
「おれたちはなにもオオカミが憎いわけじゃない」
「そうさ。これも村を守るためだ」
「愛する子供と女、みんなを守るためだ」
「オオカミ狩りに賛成だ。ばばさまの死体見ただろ? 燃えたはずなのにはらわたがひらかれてるなんて、どう考えたってオオカミの仕業……」
「おい、やめろって!」
あたしとメニーのすがたを見た男が話を中断させた。ヒョヌが咳払い、ピーターがあたしとメニーにほほえんだ。
「……ジャンヌは墓地のようです。……行ってらっしゃい」
「……お姉ちゃん、行こう」
「……ピーター」
あたしは眉を下げて、胸に手を置いた。
「大丈夫よね……?」
「もちろんです」
ピーターが笑顔でうなずいた。
「ここはわたしたちに任せてください。墓地の場所はわかりますか?」
「……ええ」
「昼にオオカミは下りてきませんのでご安心を」
ピーターがあたしたちの背中を軽く押した。
「さあ、行って」
「……お姉ちゃん」
「……そうね、メニー」
あたしは頷いた。
「行きましょう」
ひまわり畑の横をあたしとメニーが歩いていく。こんなにも素敵なひまわりが咲いているのに、日が昇る前には火事が起きて、人が――ジャンヌに踊り子の舞を教えていたばばさまが死んだだなんて、信じられない。
(ジャンヌ……大丈夫かしら……)
メニーと一緒に昨日行った墓地に向かうと、ジャンヌをすぐに見つけた。遠くに置かれた墓の前で、ばばさまの唯一の孫であるエンサンと、そのすぐとなりで彼に寄り添うジャンヌが一緒に座っていた。エンサンがうめくように後悔の言葉を吐いた。
「昨日、おれがいたら……」
「だれも悪くないよ。……事故だったんだから」
「おれのせいだ」
エンサンが頭を抱えた。
「おれが家に残ってれば、こんなことにはならなかった」
「ばばさまも年だったし、いずれはこうなってた」
「わかってる。だけど、……星祭の星を見せてあげたかった……。君が踊ってるすがたも……」
「……」
ジャンヌが黙り、エンサンの背中をなで、足音に気づいてふり返った。その先にいたあたしとメニーを見て、ジャンヌが笑みを浮かべながら立ち上がった。
「テリー、メニー」
「こんにちは。ジャンヌさん」
「……こんにちは」
あたしもあいさつして……気まずいながらもきく。
「元気?」
「……まあまあ」
「そう」
「……ん」
ジャンヌが気がついてきいてきた。
「その右足どうしたの?」
「ああ……」
あたしは包帯を巻かれた足を見下ろした。
「昨晩、オオカミに噛まれたのよ」
「え!? 教会に入ってきたの!?」
「いいえ。その、……あたしの不注意で外に出ちゃって」
「ちょ、……もう。テリー、だめだってば。あれだけ言ったのに」
「ええ。反省してるわ。夜はもう外に出ない」
「……」
ジャンヌがあたしの右足をもう一度見た。そして、眉をひそめた。
「……ばばさまが言ってたとおりだ」
「え?」
「テリーもきいたでしょ? 昨日、ばばさまが右足に気をつけろって話をしてたの」
(……あ……)
「死ぬ前にあんたに会えてよかったみたいなことも言ってた」
ジャンヌがエンサンの肩を叩いた。
「エンサン、まただよ。また同じことが起きてる」
「……ああ」
「ジャンヌ、……またって?」
「前からあったの。ばばさまが言ってたことが当たってて……わたしたちは、ただ勘が鋭いだけって思ってたけど……」
「そういえば……」
エンサンがぱっと顔を上げた。
「ダンテさんが死んだときもなにか言ってたな」
「……ダンテって、だれのこと?」
「裁判官」
きくと、ジャンヌが答えた。
「この村にいた、アトリの鐘を鳴らした人たちに正しい道を判断していた裁判官。ダンテさんっていうんだけど、しばらく前に亡くなってるの」
「……そういえば、ピーターが言ってたわ。亡くなった裁判官の後人だって」
「そう。しばらく前に『病気』で……」
突然、エンサンが立ち上がり、ジャンヌが驚いたように目を丸くした。
「エンサン?」
「ちょっと倉庫を見てくる」
「どうしたの? 急に」
「ダンテさんだけじゃない。ばあちゃんは最初からこうなることがわかってたんだ。なにか、倉庫に残ってるはずだ」
「残ってるって、なにが?」
「君の言ってるホラ話の真相もわかるかもしれない」
「は? わたしがいつホラ吹いたっての?」
「人狼」
ジャンヌが黙り、エンサンが険しい表情で言った。
「言い伝えだと思ってたんだ。ばあちゃんは昔話が好きだったから」
「な、……なに……?」
「ジャンヌ、危ないから家にいろ」
「そんなこと言われたら……気になるじゃん」
「まずは見に行かないと何もいえない。家にいるんだ。ここは思った以上に危険な場所なのかもしれない」
「倉庫になにがあるんですか?」
メニーがエンサンにきいた。
「わたしたちも行っていいですか?」
「いや、お嬢さま、今日はもう教会に帰ったほうがいい」
「お力になれるかもしれません」
「君が?」
「ええ」
ふっ、と鼻で笑うエンサンにメニーが真剣な顔で言った。
「なにかあれば、キッドさんに直接お話をお伝えすることもできます」
「エンサン」
ジャンヌがエンサンの腕を掴んだ。
「メニーもテリーもすごく力になってくれるし、ばばさまが死んで、おちつかないのはわたしも一緒。……ね、お願い。わたしの不幸な話をきいてくれるなら、わたしこう言う。……そばにいさせて」
「……。……わかった。みんなで行こう」
(……え、人狼の手がかりがあるの? ほんとうにいるの!? 満月を見たら、オオカミになっちゃうの!? わくわく!)
あたしは胸をわくわくさせながら黙って歩くエンサンについていくと、昨日ばばさまが座ってた切り株の裏に建物があった。それこそがエンサンの家系の倉庫なのだという。……ロバ小屋みたい……。
エンサンが倉庫のドアをあけた。四人で中に入ると定員オーバー。なかはほこりっぽくてうすぐらいし、狭いし小さい。きゃっ! あたしは悲鳴を上げてメニーにだきついた。メニーがぎょっとしてあたしを見た。
「メニー! ネズミよ! ネズミが走ってた!」
「……外に逃げたから大丈夫だよ」
「ここじめじめしてて、いや」
あたしが文句を言うと、メニーがエンサンに顔を向けた。
「ここになにがあるんですか?」
「ジャンヌからきいてるか? 人狼の話」
「はい」
「おれは、……ジャンヌ、怒らないできいてほしい。正直、君の妄想だと思ってたんだ。だって村の人はだれもオオカミを見てないのに、君はオオカミを見たと言うし、大事にしてアトリの鐘まで鳴らす始末だ。舞の練習で頭がやられたとばかり……」
ジャンヌがむっとした顔でなにか言いかけ、エンサンがそれを止めて、棚に入ってた資料を台の上に置いた。
「ばあちゃんの言ってることが正しいなら……覚えがある。むかしの話だ。……村長も知らないような言い伝えさ。……この村はオオカミと因縁があるんだ。むかしから」
それは、アトリの村がまだ西の国と呼ばれ、魔女が支配していた時代。
この国に住んでいたウィンキーと呼ばれる種族がいた。彼らは西の魔女がこの国を支配して以来、奴隷のように扱われていた。それを、――女神アメリアヌが救い出した。
これが、村全体で伝わってる歴史の話。
「この歴史には、裏があるんだ」
救い出されたのは女神アメリアヌの力のおかげであったが、その力を持っていた人物はだれか。それは女神アメリアヌではない。
また別の登場人物がいたんだ。
一人はカカシ。
一人はきこり。
一人はライオン。
そして、
ネコと女の子。
この五人が西の国を救うべく、立ち上がった勇者たち。
彼らは西の魔女を倒すために西の国に向かって旅をしていた。だけど、西の魔女はオオカミを部下に持っていた。それはそれは凶暴なオオカミたちだったそうだ。
「しかし、その凶暴なオオカミを蹴散らした人物、それが」
この国の王となった、アクアという男である。
「アクア王は白いオオカミは災いを呼ぶと宣言した。なぜだと思う? それもこの話が関わってくる。オオカミがやってくる前に、アクア王たちにオオカミが来ると連絡した者がいたんだ。彼らは、闇を駆ける黒い毛のオオカミには気づかなかった。だが、そのなかに白い毛のオオカミがいたことによって、オオカミの群れがアクア王たちに近づいていることをいち早く知り、伝えることができたそうだ」
エンサンが資料を広げた。
「言い伝えはここから来ている。『白いオオカミが現れるときは、危険が迫ってる』」
エンサンがジャンヌを見た。
「白いオオカミが現れる前、ちょうどあの時期だ。ジャンヌ」
「作物不足の時期でしょ」
「体調不良者も出始めた」
「……解決したけどね」
「そうだ。解決した。だけど、ダンテさんは『病気』で亡くなった。……思い当たる節があるんだ。今の話と関係するんだが……」
エンサンがちがう資料を開いた。そこには……人とオオカミが融合したようななにかの絵が描かれている。
「むかし、西の魔女の呪いですがたを変えられた人間がいたらしい。だからこそ、カカシが歩き、ブリキのきこりが歩き、ライオンが歩いて、西の国までやってきた。魔法使いがいた歴史は事実で魔法は存在した。なのであれば、すがた形を変えられたまま生き続けてる人間だって残ってる可能性がある。だとすれば……」
エンサンが絵に指をさした。
「その子孫に残された人狼の細胞が突然目覚める人がいたって……なにも不思議じゃない」
「……」
「びっくりするくらい体調不良者が出ただろ? しかも、白いオオカミが出たのはその後。ダンテさんは病死。ジャンヌはだれも見てないオオカミを見かけてる。それだけじゃない。その前にもリチョウやピノ坊が……」
「エンサン!」
ジャンヌが怒鳴ると、エンサンの声量が下がった。
「ばあちゃんは言ってたよ。最近オオカミの様子がおかしいって。……ジャンヌ、すごくいやな予感がするんだ」
「……わたしもだよ。エンサン」
「この村でなにか、よくないことが起こっている気がする。岩のことと言い、白いオオカミのことと言い……」
(……なるほど)
エンサンはばばさまから君の悪い村の言い伝えをきいていて、
ジャンヌは人の服装をしたオオカミを見たと証言していて、
ばばさまが死んで、二人は不安に駆られている。
(つまり)
……みんな、不安に振り回されてるんだわ!
(そんなのただの言い伝えに決まってるじゃない! こんなくだらないホラ話を信じるなんて、田舎人って……ピュアね)
「エンサン、キッド殿下がいるでしょう? ……昨日、オオカミの話をしたんだけど、わたしの話を唯一信じてくれて。……調査してくれてるはずだよ」
「……殿下が?」
「……悪い人じゃないと思う」
ジャンヌがメニーを見た。
「だよね? メニー」
「今の話もしたほうが良いと思います」
メニーがうなずいた。
「情報を集めている段階なので、きっと」
「エンサン」
「よそ者で、王族だぞ?」
「国民の話をきくのは王族の仕事だよ」
「きくだけならな」
「信じてないの?」
「ここは小さな田舎だ。頭がいかれてると思われるに決まってる」
「だとしてもいいよ。わたしたち、本当のことしか言ってないんだから」
「だけど……」
「エンサン、人狼がいるなら村が危ない。パパたちはなに言っても信じてくれないし……前夜祭は明日だよ? このままじゃ……みんな……」
「……」
「わたしも行くから、……行ってみない?」
「……わかった」
エンサンとジャンヌが手を握り合った。
「話をするのはタダだ」
「うん」
「殿下は空き家にいるんだったな」
「どの空き家か知ってる。案内するよ」
「行こう」
「わたしも行きます」
メニーがあたしに振り返った。
「お姉ちゃんも行こう?」
「……あたし」
あたしはニコッと笑った。
「足が痛むから、教会にもどるわ」
「……」
メニーが目をぱちぱち瞬きさせて、首を傾げた。
「痛む?」
「うん。ちょっと……」
(ついていけない)
「大丈夫よ。ただ、あたしが行くと迷惑になっちゃうから」
人狼討伐ごっこはメニーに任せよう。こんなところ、リオンさまに見られたら恥ずかしくってたまらない。
「メニー、行ってあげて」
「テリー、教会まで送ろうか?」
「ありがとう。ジャンヌ。でも、平気。行って。早くしないと、ことは一刻を争うわよ」
「……それなら」
あたし、ジャンヌのことは好きよ。だけど、人狼とか、呪いとか、本のことでしかないようなことを言われても、ついていけないし、まじめな顔で一緒にいるのが、もう、とにかく、耐えられないくらい恥ずかしい。みんな、まともになってよ、もう。
あたしの願いとは逆に、ジャンヌのほうが心配そうな顔をあたしに向けた。
「気をつけてね。テリー」
「大丈夫。まっすぐもどるから」
「時間があったら、あとで会いに行くよ」
「ええ。ぜひ」
「行こう」
エンサンの言葉とともに、あたしたちは倉庫から出た。三人はキッドさまのいる空き家の方へ。あたしは教会への道へ。
(はーあ。つかれた、つかれた)
あたしは教会のドアをあけた。アトリの鐘が鳴る音が遠くからきこえてきた。
(あー、鳴ってる鳴ってる)
正しさに迷ってる子羊が鐘を鳴らしてるわ。
(ついていけないわ。まったく)
「にゃー」
「ん?」
トトがあたしを見上げていた。あたしはにこっと笑って見下ろした。
「トト、ただいま」
「みゃー」
「ねーえ、トト、この村には人狼がいるんですって。わかる? オオカミ人間のことよ。あははははは!」
あたしは歩きながら笑った。
「ばばさまが死んだのは気の毒だけど、まさかメニーまで真面目な顔してあんなバカバカしい話を本気にするとは思わなかったわ。メニーって、思ったよりもバカだったのね」
「みゃあ」
「そうよね。確かにメニーは天然なところがあったかも」
あたしはソファーに座った。
「あたしはね、ちょっと疲れちゃったからもどってきたの」
「みゃ」
「ああ、トト、癒やしをちょうだい。……そうだ! 肉球さわらせて!」
「みゃ!」
あたしはトトの足を引っ張った。ピンク色に光ってる!
「やわらかい!」
ぷにぷに押してみる。
「すごーい!」
「……」
「はあ。なんだか眠くなってきちゃった」
あたしはソファーに横になった。
「トト、おいで」
「……」
「あんた、地面が好きなのね。いいわ。そこにいなさい」
あたしはあくびをした。
「ふああ。ほんとうに眠くなってきた」
あたしのまぶたがどんどん下がっていく。
「んー……」
あたしは気持ちよく目を閉じた。
あたたかな太陽の光が部屋にこぼれて、あたしを包みこむ。
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