第3話 罪滅ぼし活動の卒業式


 駅につくと、電話で帰る時間帯をきいてたじいじが馬車で迎えにきてくれたので、あたしとクレアが馬車に乗り、あたしの屋敷まで送ってもらった。


「じいじ、ありがとう」

「ああ。またのう」

「じゃあね。テリー」


 すっかりキッドに着替えたクレアが窓から手を振った。


「愛してるよ」

「はいはい。アイテルシー」


 手を振って馬車を見送る。馬車が見えなくなれば、ふう、と息を吐いて、あたしは屋敷にふり返った。


(……変化はないわね)


 急に破産したとかないわよね。


(……あったら、すぐに馬車を追いかけて、キッドに相談すればいいわ)


 今のあたしにこわいものはない。未来は変わった。


(いざ!)


 固唾をのみ、カバンを持って、屋敷の前に立った。


「ただいま」


 おそるおそるドアの取っ手をにぎり、ひっぱった。すると、目の前にあらわれたのは、


 ――飛び込んできたドロシーのお腹。


「みゃー!」

「ぎゅふ!」


 思わず体重がうしろにいってしまい、あたしは大の字でたおれた。


「あだっ!!」

「もー! ドロシーったら!」


 あ。


「お姉ちゃん、おかえりなさい」


 ドロシーを引き剥がすと、スポンジをもったメニーがあたしの顔をのぞいていた。あたしはじろりとドロシーを見て、メニーを見た。


「……なにしてるの」

「ドロシーがね、くさいの!」

「にゃー」

「お風呂入れてあげようと思ったら、逃げ出して」


 すたこらさっさのさ。


「だめだよ。ドロシー。ほんとうにおふろきらいなんだから!」

「にゃー!」

「お姉ちゃん、立てる?」

「……」

「はい」


 メニーが手を差し出した。


「ドレス、よごれちゃうよ」

「……ええ」


 メニーの手をとって、あたしは立ち上がった。


「ドロシーったら! いけない子!」

「にゃー!」


(……)


 つい、あたしの口がひらいた。


「メニー」

「ん?」

「どうしてここにいるの?」


 ……メニーがきょとんとした。


「だから、ドロシーをお風呂に入れようとしたら、ここに逃げてきたんだよ」

「そうじゃなくて」

「え?」

「そうじゃなくて、あんた」


 ――リオンが迎えにこなかった?


「……メニー、ドロシーはあたしがお風呂に入れるわ」

「え?」


 あたしはドロシーの首根っこをつかみ、メニーから取り上げた。


「にゃー!」

「あたしもひと汗かいてね。いい旅行だったわ」

「お姉ちゃん、いいよ。疲れてるでしょ」

「いいから、こういうときは甘えなさい」

「……うん。じゃあ、……おねがいできる?」

「ん。その代わり、荷物をお願い」

「わかった。……あ、……お姉ちゃん、お土産は?」

「あたしが手配してないと思う? このあと届く予定よ。配送してもらったから」

「やった!」

「この子、もらうわよ」


 あたしはドロシーの首根っこをつかんだまま脱衣所へとむかい、靴下をぬぎ、ドレスを着たまま大浴場のドアをあけた。そして、思いきり――ドロシーをお湯にめがけて投げた。


「ふん!!!!!」

「にゃーーーーー!!」


 ドロシーがお湯のなかに沈み、ぶくぶくと泡を立て、次の瞬間、魔法使いのすがたで飛び上がるように出てきた。


「虐待だ!」


 ドロシーが頭にタオルを巻いた。


「動物虐待だ!!」


 ドロシーが肩までつかった。


「あーあ! 見ちゃったきいちゃった感じちゃった! まちがいなくこれは動物虐待だね! 無力なネコを! お湯のはった浴槽に投げつけるなんて! ひどいやつだね! 君は! ぜったいろくな死に方しないね! 命を大事に! 動物虐待反対!」

「あんたいつから風呂入ってないのよ」

「あのさぁ、君はボクがお風呂に入ってないという理由だけでくさくなったとほんとうに思ってるのかい!?」

「じゃあなによ」

「薬の調合に失敗した。ああ、あれはもう大失敗だね。とんだ失敗だよ」


 あたしはドレスを脱ぎすて、キャミソールとカボチャぱんつで床にひざをつき、シャンプーをのせた手でドロシーの頭を掴んだ。ふん!!


「ぎにゃ!」


 ごしごしごしごし!


「いたいよ! もうすこしやさしくしてよ!」

「これくらい?」

「軽い! まるで君の心のようだ! いいかい!? 頭皮を洗うんだよ! 君の洗い方はなってないよ! 髪の毛を洗ってるのかい!? 頭皮だよ! 頭皮! まったく! 何年生きてるんだい!? 君は素人なのかい!?」


 イラッ。


「いだだだだだだ!! ひどい! ひどいよ! 君の荒んだ心を表しているかのようだ! 動物虐待だ! 反対! 反対! そんなことするなら、ボクだっていい加減動くよ!」

「暴れるからでしょ! いいからおとなしくしてなさいってば!」

「ぎゃーーー!」


 修羅場の後、浴槽に落ちないようにシャンプーを洗い流す。地面に泡が流されていく。


「で? 体はどうする?」

「にゃん」


 ……こいつ、ネコになりやがった。

 あたしの前でごろんと寝そべり、ほら、ちゃんとすみずみまで洗うんだよ。と言いたげな目であたしを見てくる。はいはい。やるわよ。やればいいんでしょ。そのかわり、あたしの話をよくききなさい。そして答えなさい。


「ドロシー、あたしがいない間になにがあったの」

「そうさ。君が愛しのクリスタルと旅行に行ってる間、なにが起きたか話してあげよう」


 ドロシーがしっぽをふった。


「どうする? ミックスマックス形式で話そうか?」

「ふつうでいい」

「なるほど。じゃあ、ふつうで」


 ドロシーが星のつえを出し、くるんとまわした。


「まずは君が仮病して休んだ舞踏会で起きたこと。その節はハッピー・バースデー。テリー」

「どうもありがとう」

「まるで二年前と同じだ。リオンの17歳の誕生日の舞踏会を覚えてるかい?」

「ええ。あたしがキッドにプロポーズされて逃げたアレね」

「残念ながら今のリオンはジャックに困ってない。なぜならリオンは半分ジャックで半分レオだからだ」

「じゃあ、彼は一体だれとおどったの?」

「もちろん花嫁になりたい各国々からやってきたお姫さまとシャル・ウィ・ダンスだ。君がいない分、リオンは逃げることもできなかった。ちょっと半泣きだったよ。キッドは前半こそいたものの、だれともダンスすることなく、すぐにどこかへ行ってしまった。というのも、旅行の準備をしてなかったみたいでね、深夜まで部下たちを塔に呼んで、短い髪の毛は長くなって、かわいい下着を選んで、君との旅行に胸をダンスしていた。クレアを知らないレディたちは口をそろえてこう言っていたよ。テリー・ベックスがいないからキッドさまが部屋に帰ってしまったんだって。憎きテリー・ベックス。今度会ったら覚えてやがれ。ポストを見てごらん。パーティーの招待状がたくさんとどいているよ。よかったね」

「ぜったい行かない」

「メニーのドレスは、君が着替えを手伝った通りさ」

「あんた、魔法かけなかったの?」

「魔法をかけなくてもうつくしくてきれいだったからね」


 シルク色のドレスに身を包んでいたメニーを思い出す。あのドレスを着たメニーは確かにきれいだった。


「お姉ちゃん、ほんとうに行かないの?」


 あたしがうなずけば、メニーはドレスを脱ごうとした。


「じゃあ、わたしも」


 あたしがそれを止めた。あんたは行きなさいと言って。


「お姉ちゃんがいないなら、つまんないもん」


 リトルルビィがいるわ。それでもドレスを脱ごうとするから、あたしはメニーを叱った。


 ――やめなさい。


「でも」


 ――メニー、あたし、明日早いのよ。ママにないしょで行かなきゃいけないんだから。ばれたらぜったい怒られるし、記者にたれこみされるかもしれないから。


「お姉ちゃんが行かないなら、わたしも行きたくない!」


 ――わがまま言わないの。あんた、二月で15才になるのよ。わかる? 仮成人になるのよ。もう結婚ができるようになるの。


「……」


 ――案外、今回の舞踏会でいい人が見つかるかもしれないわよ。


 あたしは笑ってメニーを見送った。


 ――いってらっしゃい。メニー。


 アメリとメニー以外には風邪をひいたふりをして、サリアにだけ早朝に出かけることを伝えて、あたしはそのままベッドでねむり、朝日がのぼる前に起きて、カバンを一つだけ持って、サリアに手伝ってもらい、駅へと走った。

 うすぐらい空の下の駅では、笑顔のクレアが待っていた。


 ――ダーリン!


「旅行はたのしかったわ。ほんとうに最高だった」

「それはよかったよ。で、お土産は?」

「配送でお願いしたからこのあと届くと思う」

「そうかい」

「それで? リオンとメニーはどうしたわけ? 結局二人に愛はなかったの?」

「なかったね。一度目の世界で二人が結婚したのも、リオンからするとメニーのそばにいるとジャックを抑えられるからだし、メニーは自分の条件をもとにその話を引き受けただけだったし、やっぱり二人に愛は生まれなかったようだ」

「ということは?」

「リオンのお迎えイベントはなしだ」

「ガラスのくつは?」

「メニーは今回なくさずにきちんと持って帰ってきたよ。両方ね」

「……あんたはメニーと再会できたの?」

「テリー、ボクはもうすでにメニーと会ってるよ」


 ごろにゃん。にゃんにゃん。


「ボクはすでにメニーのネコだ。これ以外の再会がどこにある?」

「あんたのそのすがたを見せないのかって言ってんのよ」

「最近メニー辛辣なんだもん。この間、読んでた本のタイトル知ってる? ……これでネコ語を翻訳しよう。これで君もネコの気持ちがわかる。だよ? ねえ、ボクはどうしたらいいの? 今さらどんな顔でどうやってメニーと会話をすればいいんだい? ボクが一体なにをしたっていうんだい? 気まずすぎて仕方ない」

「いい方法があるわ。真夜中に井戸で泣いてるメニーに声をかければいいのよ」

「メニー、ここ最近泣いてないんだ。ずっと笑ってる。しあわせそうにね」

「あら、そう。それはよかったわね」

「思ってないだろ」

「思うわけないでしょ。メニーがしあわせなところで、なにもおもしろくない。けっ!」


 桶のお湯をかぶせ、ドロシーの泡を流した。はあ、さっぱり。


「薬の調合って、なにしてたの?」

「メニーが生理痛が痛いって言うもんだから、生理痛にきくすごくいい薬をつくってあげようと思ってね」

「は!? そんなものあるの!?」

「それでこう、ちょちょいのちょいってやってみたらさ、ハエがとんできて、うわ、気が散るって思ったら、なべが、ぼん!」

「あんた、そんな薬あるなら、なんでさっさとあたしにつくらないのよ!」

「君につくるなんて魔法がもったいないよ! 材料がかわいそうだよ!」

「なにをーーーー!?」

「とにかく、メニーに迎えはこなかった。彼女はメニー・ベックスとして、しあわせに屋敷で過ごしておりましたとさ」

「……破産する様子もないのね?」

「ああ。名前の変わった船は、沈没事故を引き起こすどころか、ますます評判が高くなって、今や大人気豪華客船」


 ああ、そういえば、


「きのう、大量のリンゴが届いたよ」

「……やっと届いたのね。よかったわ。またあのまろやかなアップルティーが味わえる」

「彼から手紙が届いてた。部屋に置いてある」

「確認しておく」

「それと、君のママがご立腹だよ。部屋にもどる前に会いに行けば?」

「ママはきっと高齢期障害ね。だからイライラするんだわ」

「紹介所からも手紙が来ていた。予定をなるべく早めに教えてくれって」

「あ! すっかりわすれてた! 電話研修をするのよ! ……ふん。このあたしがよ? 考えられる? うまくなれば、話し方がきれいになるんですって。ちょっとたのしみなの」

「それと城から連絡があったみたいで」

「……なによ」

「君が城に来る前に早めに花嫁修業をしたいとかなんとか」

「それはクレアにさせるのね。あたしは働く女になるから、専業主婦をしているひまはないのよ」

「君、スケジュールがぱんぱんだよ。大丈夫?」

「大丈夫に見える? カドリング島から帰ってきて以来、書類整理やらなんやらの引き継ぎや研修が始まって、一気に経営者になった気分よ」

「たのしい思い出はつくれたかい?」

「……それは、……そうね」


 あたしはうなずいた。


「クレアもたのしそうだった」

「そうかい。それはよかったよ」

「誕生日プレゼントももらったわ」


 ドロシーに手を見せる。あたしの薬指には、指輪がはまっている。あたしのほおがゆるむ。


「かわいいでしょ」


 ドロシーが顔をしかめた。


「婚約指輪?」

「ばか。そんなんじゃないわよ」


 下心のない、ただのペアリング。あたしの指輪には青い線が入ってる。


「いつでもクレアを思い出せるわ」

「……君は恋をした。そして、想いが実った。君の成長につながったひとつの要因でもあるかもね」


 ドロシーが浴槽に入って、また肩までつかった。


「テリー、未来は変わったよ。この先どうするの?」

「そうね。とりあえず……罪滅ぼし活動は完了したわ」

「いやあ、長いようで早かったね。六年か」

「ええ。あたし、よくがんばったわよ」

「卒業式をしなきゃね」

「式は遠慮しておく。あたし長ったらしい式はきらいなのよ」

「大丈夫。大丈夫。すぐ終わるよ」


 ドロシーが一度お湯のなかに沈み、クラッカーを持って出てきた。ヒモを引っ張り、ぱかんと音を鳴らした。


「はい。卒業おめでとう。テリー」

「ありがとう。ドロシー。世話になったわね」

「今後ともよろしくたのむよ。ボクはメニーのネコだからね」

「……あんた、まだ居座る気?」

「にゃん」

「あん? あんた、なんで急にネコになったのよ?」


 ――その瞬間、ドアが激しい音を立ててひらかれた。殺気を感じる。あたしはぎょっとしてうしろを振り向いた。


「はっ!!!!」


 そこには、めらめらと背中を燃やした女が立っていた。――その正体は……。


「ママ!」

「今までどこにいたの……」


 ママがあたしをにらんだ。


「この、バカ娘ぇーーーーーーー!!」


 屋敷中にママの怒鳴り声がひびき渡った。



(*'ω'*)



 拝啓、テリー・ベックスさま


 ご依頼いただいておりましたリンゴの収穫が早めにできたので、お送りいたします。色はまだ青いですが、潰して飲み物にするのであれば問題ないでしょう。またのご依頼をお待ちしております。


 PS.

 この間、嵐で船が大きく揺れ、ケガを負いました。

 しばらく実家にもどれることになりましたが、海からはなれなければいけないと思うとさみしい気持ちです。

 しかし、妻がきのう妊娠していたことが発覚したので、今ではよきタイミングだったのではと思います。

 それではお元気で。


 マチェット・フェイスフルジョン



(……え? メグさん、妊娠したの?)


 あたしは目をぱちぱちとまばたきさせた。


(なんでマチェットはこういう大事なことをPSで書くの? というか、ケガしたって、大丈夫なの?)


「テリー、きいてるの!?」

「……きいてるってば」


 あたしはマチェットからの手紙を折りたたみ、ひざの上に置いた。顔を上げれば、鬼の顔のママがいる。


「旅行の件、言わなくて悪かったわよ。でも言ったらぜったい反対してたでしょ」

「お前ね、嫁入り前なのよ」

「相手はキッドよ? いいじゃない。第一王子と仲良くしてたらうれしいでしょ?」

「お前、まさか、失礼をしたんじゃないでしょうね!?」

「ママ! いい加減にして! あたし17歳よ!?」

「嫁入り前です!!」

「アメリなんて好き勝手出歩いてたじゃない!」

「半年前に重たい熱を出したことを忘れたの!? 嫁入り前はね、すごく大事な時期なのよ! 元気であることをアピールしないといけないの!」

「ねえ、あたし疲れてるの。旅行から帰ってきたばかりなの。休ませてよ」

「お前ができそうな書類を全部机に置いてます。今日の残り時間で全部片付けなさい」

「ママ、お願いだからちょっとは休ませてよ。あたし、文字を見る気力なんかないってば」

「部屋にもどりなさい!」

「怒鳴らないでよ! 老けるわよ!」


 ママが怒鳴る前に、あたしは即座に逃げ出した。テリーーーーーーー!!! 廊下を走るとメイドとすれちがう。


「あら、テリーお嬢さま、おかえりなさいませ」

「ただいま!」


 使用人とすれちがう。


「おや、テリーお嬢さま、おかえりなさいませ」

「ただいま!」


 庭の片付けをしていたリーゼとすれちがう。


「あら、テリーお嬢さま、おかえりなさいまし」

「ただいま!」


 廊下の角を曲がると、モニカにぶつかった。


「きゃあ! お嬢さま!」

「ごめんなさーい!」


 ――首根っこをつかまれた。


「ひっ!」

「テリーお嬢さま」


 ……おそるおそる振り返ると、にこやかにほほえむサリアがあたしの首根っこを掴みながらあたしの動きを止めていた。


「廊下を走ってはいけないと、何度言いましたか?」

「……ごめんなさい……」

「モニカがおどろいて転びましたね」

「……モニカ、ごめんなさい」

「いいえ! わたしもよく前も見ておりませんでしたもので! すみませんでした! テリーお嬢さま!」

「……」

「テリーお嬢さま、紅茶でもいかがです?」

「……サリア、ちょっと部屋に来て」

「かしこまりました」


 サリアに首根っこを掴まれたまま引きずられるように部屋に歩いていく。あたし一人で歩けるってば……。ドアをあけ、部屋に置かれた書類の山を見て、あたしは顔をしかめた。


「はあ? なにこれ? これを全部やるの?」

「そのようですね」

「ママったら鬼だわ」


 書類の文字を見て、難しそうな内容に、あたしはがっくりとうなだれる。


「あたし帰ってきたばかりなのよ。サリア、どう思う?」

「あなたが選んだ道ですので」

「……サリア、旅行に行く前に紹介所の話をしたの、覚えてる?」

「ええ」

「スケジュール教えてくれない?」

「はい」


 サリアがあたしの机の引き出しをあけた。


「ここに」

「ああ、ありがとう」


 スケジュールを見た瞬間、あたしはおもいきり不機嫌な顔をした。これを見る限り、この山のような書類を今日中に終わらせないと、あたしに未来はないだろう。きっと時間泥棒があたしの時間を盗みやがったんだわ。大変だわ。だれか黄色い本と劇場に住む女の子をさがしてきて。


「来週は星まつりを見にアトリの村へ行きますからね。その分の穴を空けないように奥さまが設定されたのでしょう」

「サリア、紹介所のことだまっててくれてありがとう。ぎゅうぎゅうだけど、なんとか研修に行けそうね」

「奥様にはいつ言われるんですか?」


 サリアが小さな声で言った。


「実はキッド殿下とつくった会社であると」

「おちついたころじゃない? 今はまだそのときじゃないわ」

「ふふっ」

「なに?」

「いいえ、なんとなく」


 くすりとサリアが笑った。


「テリーがアンナさまに似てきたと思いまして」

「……そうね。小さいときはばあばに面倒見てもらってたし、自然と似てきたのかも」


 あたしは椅子に座った。


「紅茶をお願い。サリア。ストレートよ」

「かしこまりました。テリー」


 あたしは羽根の筆を持って、インクをつけた。


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