第7話 絵画の部屋
(‘ω’ っ )3
落ちていく。
落ちていく。
どこかへ、地面へ、まっ逆さまに。
義手が伸びた。
生の手が伸びた。
両手でリトルルビィがあたしをしっかり抱きしめた。
体をくるんと回して、あたしを抱えたまま地面に着地する。
上を見上げると、穴が天井の壁で塞がれていた。
「……テリー」
「……ん……」
「大丈夫?」
「……ここは……?」
あたしとリトルルビィが周りを見る。
壁には、大量の絵が並んでいる。
全て水の絵である。
前にも、後ろにも、左右横にも、絵が一枚ずつ並び、唯一飾られていないのは天井だけ。地面にも川の絵が描かれていた。
リトルルビィがあたしを下ろした。あたしの前に立ち、周囲を見回す。
「……リトルルビィ、用心して」
「そっちもな」
あたしはもものベルトからソフィアから借りた笛を抜き、構えた。
(さっきは怖かったけど……不思議と心が冷静だわ)
リトルルビィ効果かしら。真面目にそう思う。
リトルルビィがふと、絵を見た。その絵が動いてるように感じたのだ。……またふと、右の絵を見た。絵の中の魚が泳いでいた。リトルルビィが振り返った。――両手が伸びた。
「テリー!」
「っ」
あたしの両肩が掴まれた。
「っ!」
笛を吹くと、風が訪れあたしの肩を掴む手を切り裂く。手が痛みで痙攣し、あたしから離れた。振り返って確認すると、絵の中に手が戻っていくところだった。
「テリー、怪我は?」
「大丈夫!」
「ならいい!」
リトルルビィの目が絵を追った。魚が動いている。リトルルビィがあたしを連れて前に出た。出来るだけ絵から離れる。地面に飾られた川の絵が動き、魚が泳ぐ。エラ呼吸を繰り返し、まるで絵の中で生活をしているようだ。
「っ」
リトルルビィの目が動く。尾びれが揺れる。
「っ」
リトルルビィの目が動く。何かが動いた。
「っ」
川の絵から、手が出てきて、腕が出てきて、男の頭が出てきて、首、肩、胸が出てきて、悲鳴が響き渡る。
「ああああああああああああああああああ!!!」
男がもがく。
「助けて!!」
胸の下が大量の魚に噛みつかれている。不気味な光景にリトルルビィがぎょっと後ずさった。
「死にたくなあああああああ」
絵に引きずり込まれる。
「あああああああああああああい」
絵の中に入った。
絵が動く。川が動く。地面に描かれた川の絵が真っ赤に染まっていく。リトルルビィがゆっくりとその上を歩いた。気配をまるで感じない。リトルルビィがなんとか耳をすます。泳ぐ音が聞こえる。はっと振り返った。あたしを見た。
「テリー!」
「っ」
あたしはその声で走り出した。後ろから手が伸びて、あたしの髪の毛を掴んで、引っ張ってきた。
「っ!」
目玉を後ろにやると、鱗だらけの手があたしの髪を掴んでいるのが見えた。リトルルビィが地面を蹴り、瞬間移動を使おうとすると――足を滑らせて転んだ。
「あだっ!」
「ぐっ、うぅ……!」
髪の毛を両手で引っ張られる。痛い、痛い、痛い!! あたしがどんどん絵の方へと引きずられていく。絵から鱗の手だけではなく、顔が出てきた。丸い目玉であたしを見て、――セイレーンである赤ん坊の顔が喜んだように啼いた。
「きゃああああああああああああああああああああああ!!!!!」
「ぐうううう!」
「テリー! じゃない! えっと!」
リトルルビィが慌てたように叫んだ。
「巨人が起きて!」
( ˘ω˘ )
持ってた笛でセイレーンをぶん殴る。
「ぴゃあ!」
更にリトルルビィがセイレーンの入っている絵を蹴り落とそうとした。しかし、絵はびくともせず、壁に固定されているように動かない。赤ん坊のような丸い目がリトルルビィを見た。そして、怒ったように怒鳴る。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
超音波のような音にあたしは即座に耳を塞いだが、リトルルビィはそうはいかない。耳を塞いだって、吸血鬼の敏感な耳に音が入ってきた。どうやら耳が麻痺したようだ。
「っ!」
リトルルビィが息を吸い、赤ん坊の目を狙って爪で引っ掻いた。
「ぎゃあっ!!」
目を瞑ったセイレーンが泣いた。
「おぎゃああああああああ!!! あああああああああああああああああ!!」
そこでようやく絵の中に引っ込んでいく。あたしは絵を見回す。
「油断するな。まだ来るぞ」
「……あー……耳が……クソ……」
リトルルビィが足元を見た。絵の川が揺れている。
「なあ、あんたって、中毒者を何とか出来るのか!?」
「中毒者とやらは知らんが、あの人魚が現れたら魔法のハープが現れる。オラが欲しいのはそのハープだけだ」
「だったらさ、交渉! 魔法のハープはまじであんたにあげるから、協力してくれないか!」
耳鳴りが続いているのか、リトルルビィが大声で言った。
「瞬間移動が使えないんだ!」
背後にあった絵から再生されて復活した鱗の腕が伸び、リトルルビィに向かって伸びてきた。それをリトルルビィが避けると、巨大なセイレーンが絵から飛び出してきて、体を引きずりながらリトルルビィに向かって、すさまじい速さで襲いかかってきた。
「だああああああああああああああああああああああ!!」
「っ!」
両手を動かし、四つん這い歩きをした後、リトルルビィに飛びついた。リトルルビィがセイレーンの重さに川の絵の上にしかれる。
「ああああああああ!」
セイレーンが大きな口を開けた。奥の奥まで歯が詰まっている。
「ああああああああああああああ!!」
リトルルビィがセイレーンを蹴飛ばした。――そして気付いた。いつもよりも力が出ない。セイレーンが地面に転がり、唸ると、その首根っこをあたしが掴んだ。
「ぎゃっ!」
首を中心にぐるんぐるんと回し、壁に向かってセイレーンを投げた。
「ぎゃあっ!」
セイレーンが慌てて起き上がる。
「ほんぎゃあ、おんぎゃあ」
セイレーンが絵の中に戻った。リトルルビィがすぐさま立ち上がり、辺りを見回す。
「クッソ! なんだよ、これ! 力が出ねえ!」
「喚くな。来るぞ」
壁の絵から影が飛び出した。リトルルビィが義手でガードするが――フェイクだ。男の死体がリトルルビィの前に飛び出ただけ。
「っ!」
隣の絵からセイレーンがリトルルビィに飛びついた。
「げっ!」
セイレーンがリトルルビィの頭を掴んで、川の絵に叩き落とす。
「っ」
鈍い音が響く。リトルルビィの頭が持ち上げられる。あたしは笛をセイレーンの頭部にめがけて投げた。するとセイレーンがそれを避け、あたしが次の攻撃を仕掛けてくる前に、逃げるようにリトルルビィの頭を掴んだまま、川の絵に潜りやがった。
「あ」
吸血鬼に水はまずいだろ。あたしは川の絵を見下ろした。
「おい、小娘、何とか生き延びろ」
影が移動する。壁へ隣へ右へ右へかと思ったら下へ壁へ左へ左へ高速で移動し、腕を振った。リトルルビィが壁の絵から投げ出され、向かいにあった絵まで飛ばされたと思えば、いつの間にかそこに移動していたセイレーンが両手を伸ばし、またリトルルビィの頭を掴んで絵の中に持っていった。
(ふむ、どうするか……)
あたしは絵を追いかける。しかし、流石に絵の中まで追うことは出来ない。影がぐるんぐるんと時計周りに絵の中を回っていく。額縁がガタガタ揺れる。あたしはひたすら首を回す。ぐるん。ぐるん。ぐるんと回って、下の川の絵からリトルルビィを持ったセイレーンが現れた。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
リトルルビィが人形のように壁に叩きつけられた。そして、そのまま地面に倒れる。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!」
いい加減にしろ。背後からセイレーンを捕まえようと手を伸ばすと――察知能力だけは長けているようだ――セイレーンがすぐさま絵の中に潜ってあたしから逃げる。……オラだから逃げてるようだな。なるほど。ということは、この女であれば近付いてくるわけだ。
「げほっ! げほげほっ!」
リトルルビィが水を吐いた。
「くそっ! げほげほっ!」
「おい、吸血鬼の娘」
「あいつ、ぜってえ、許さねえ……!」
リトルルビィが頭から血を流し、立ち上がり、――ふらりとゆれて、倒れた。
「ぐっ!」
「無事か?」
「あー! 無事だよ! くそ!」
影が揺れる。波が揺れる。
「ああ、血が足りねえ……。クラクラする……」
「一つ教えてやろう。お前は今まで瞬間移動でどうにかしてきたらしいが、基本、吸血鬼の体は水の中で動けなくなる。だから吸血鬼は水場に近付かない」
「……そうなの? 初めて聞いたけど……」
「お前、海を泳いだことはあるか? 川に入ったことはあるか?」
「……」
「この異空間は、お前にとって苦手で溢れている。だが、魔法のハープは心を乱さないと現れない。つまり、お前が心を乱すか、セイレーンが心を乱すかで、魔法のハープは現れるわけだ」
「……どちらかが追いつめられろってこと?」
「いいや。オラが言いたいのはこういうことだ」
あたしはにっこり笑って小娘に顔を近づけた。
「一度この女に戻せ」
「は?」
「そうすればわかる。すぐにな」
巨人が笑顔で伝える。
「お前の手助けをしてやっただろ。魔法のハープが現れたら本来の世界に戻れる。そしてオラもハープを取り戻せる。一石二鳥だ。いいから戻せ。今すぐ」
「……だけど、中毒者がまだ……」
「この女を助けたいなら、やれ。今すぐだ!」
「……っ……テ……」
リトルルビィが拳を握った。
「テリーが起きて」
(*'ω'*)
「……」
ぼんやりと目を覚ます。視点が合っていく。目の前には――血だらけのリトルルビィが息を切らしてあたしを見上げていた。
「……リトルルビィ?」
「……」
「ちょっと、……やだ、何これ……!?」
あたしはぞっと顔を青くさせ、その場に膝を立てた。
「笛は……なんで地面に落ちてるの……?」
「テリー……」
「ルビィ! 何があったの? 大丈夫?」
「テリー! 伏せろ!!」
「っ」
振り返ると、セイレーンが両手を伸ばしてあたしを捕まえようとしていた。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「しつけーんだよ!」
それをリトルルビィが即座に立ち上がり、あたしの盾となり、セイレーンを引っ掻いた。引っ掻かれた鱗が剥がれ落ち、セイレーンが悲鳴を上げた。
「ぎゃああああああああああああ!!!」
絵の中に戻り、絵の中を移動し始める。リトルルビィが唸り――ふらりとよろけた。
「っ!」
あたしはそれを慌てて支える。
「ルビィ!」
「大丈夫……。ちょっと、……出血しすぎたかな……。血が足りなくて……」
「血? ……血が足りないの?」
「ああ……。ドリンクさえあれば……クソ……」
「血があればいいのね!?」
あたしは襟のボタンを外した。その瞬間、リトルルビィがぎょっと目をこれ以上ないほど見開き、あたしの両肩を掴んだ。
「ちょっ、テリッ、何して……!」
「飲んで!」
あたしは首を押し付ける。
「早く!」
「なっ」
「血が足りないんでしょ!?」
魔法のハープが現れるまで、この場を乗り切らないといけない。――リトルルビィをソフィアの二の舞にしてたまるか。
「いいから、飲んで!」
「テリー、わたし、そんなつもりじゃ……」
「大丈夫! わかってる!」
リトルルビィを抱きしめる。
「痛くしてもいいから……飲んで、早く」
「……後悔すんなよ」
リトルルビィがあたしの首を掴み――思いきり噛みついた。
「っ」
絵が揺れる。額縁が揺れる。影がゆらゆらと動いている。血が滴る。リトルルビィの中に血が入っていく。あたしはリトルルビィにしがみつく。どんどん血が奪われていくのを感じる。リトルルビィがあたしの血を啜り、必要な分を補給して――歯を離した。
「すーーーーーーーーーーー」
大きく息を吸って、不気味に輝く赤い目玉を動かし、揺れる絵を見た。
「っ」
リトルルビィがあたしを抱いて立ち上がり、後方へ飛んだ。すると、飛ぶ前にいた場所にセイレーンが現れた。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ」
リトルルビィの目玉がぎょろりと動き、狙いを定めた。さっきよりも集中できる。力がみなぎる。あたしを地面に置いて、セイレーンに肩に飛びついた。
「ぎゃっ」
思いきり噛みつく。
「あぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁあああああ!!」
セイレーンが悲鳴をあげて、ぶるぶると首を振った。しかしリトルルビィは離れない。
「あぁぁぁぁああああっぁぁぁぁあああああああ!!」
セイレーンがぶるんぶるんと揺れる。しかしリトルルビィは離れない。毒だらけの血を滴らせる。
「ぎゃあああああああぁぁぁぁぁあああああぁぁぁあああああああ!!」
あたしは倒れたまま動けない。視界がぼんやりしている。
「はぁぁぁぁぁああああああああああ!! ああああああああああああああああ!!」
セイレーンが酷く嫌がっている。しかしリトルルビィは離れない。セイレーンに寄生したかのように、ぴったりくっついて、首を噛み続ける。
「ぎゃああああああああああああああああああ!!」
セイレーンが暴れ出し、リトルルビィを壁に叩きつけた。しかし、リトルルビィは離れない。ここらへんで、リトルルビィが巨人の言いたいことを理解した。そういうことか。オズといい、巨人といい、昔の奴らはみんな性格が悪いな。
「ああああああああああああああああああ!!」
再びセイレーンがリトルルビィを壁に叩きつけた。叩きつけた。叩きつける。何度も、何度も、思いきり振り被って叩きつける。助走までつけて叩きつける。リトルルビィの義手にヒビが入り、指の部分が欠け、そこから神経を繋いでる線が切れて、どんどん崩れていき、義手が地面に落ちた。しかし、それでもリトルルビィは離れない。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
リトルルビィの目玉がどんどん上に上がっていく。体が痙攣する。クソ。痛い。意識を失いそう。でも、駄目だ。離すわけにはいかない。噛み続けろ。今のテリーは巨人ではない。テリーだ。わたしが離したら、テリーがやられる。テリーを守らないと。なんとしても、テリーだけは、なんと、してでも、わたしが、テリーを、血を、分けてくれた、テリーを、ここで、死なす、わけには、いかない、から、わたしは、わたしは、わたしは――。
リトルルビィが歯を離し、セイレーンの顔にめがけて、彼女の体から啜った毒の血を吹き出した。おびただしい自らの毒の血に、セイレーンが悲鳴を上げた。リトルルビィがせせ笑った。ざまあみやがれ! 生々しい自分の血を見て、セイレーンの心が乱れた。堪え切れず、叫びながらリトルルビィを壁に叩きつける。リトルルビィが思った。痛い! リトルルビィの心が乱れた。クソ! なんて力だ! いてえ! めちゃくちゃ痛ぇ!! 痛そうなリトルルビィを見て、意識の奥底で、あたしは思う。……リトルルビィが唸ってる。ソフィアのようにするわけにはいかない。動いて。あたしの体。お願い。動いて。笛を、吹いて、あの子を助けてあげなきゃ……。セイレーンの心が乱れる。リトルルビィの心が乱れる。あたしの心が乱れる。
まあまあ、三人とも、大丈夫? 今演奏してあげますからね。たらららん。
――そう言うかのように、いつの間にかハープの絵が飾られていた。
あたしはぼんやりと手を伸ばす。しかし、力が入らず、笛を握りしめるだけで精いっぱい。リトルルビィがハープの絵を見て、セイレーンを蹴飛ばした。
「あうっ」
セイレーンが座り込んだ。泣き叫ぶ。
「おんぎゃあ! おんぎゃああ!」
リトルルビィがあたしを抱え、ハープの絵に向かって走り出す。そして、残った力を振り絞って、――絵に飛び込んだ。
「よくやった、小娘!」
確かにこの手でハープを掴む。だが、またハープが逃げようとするんだ。
「こら、魔法のハープ、頼む、消えないでくれ!」
きらきら光って消えていく。
「クソ! どうしてだ! どうしてオラの前から消えちまうんだ!」
綺麗な音が聴こえるのに。
「クソ! クソ! クソ!!」
ハープが、美しい音色を奏でる。
(*'ω'*)
――目の前に、階段が広がる。
「っ!」
リトルルビィが目を見開き、次の瞬間、あたしを強く抱きしめた。
「っ!」
ごろごろと転がっていく。人々が口を押さえて、勢いのまま階段を転がり落ちるあたし達に振り返った。ごろごろと転がり、いつまでも転がり、壁に差し掛かり、リトルルビィが速さをつけて、上手い事――あたしの盾になった。
「ぐっ!」
唸り、傷が体に響き、動けなくなる。人々が騒めく。騒ぎに気付いたクルーがあたし達の方へ走ってきた。
「お客様! 大丈夫ですか!」
――そこで、ようやくあたしは気が付いた。あたしが階段の壁に当たらないように、ルビィが代わりに壁を背中で受け止めていた。
「ルビィ!」
「……あー……いてぇ……」
「大丈夫か、リトルルビィ」
クルーが声をひそめて言った。その顔を見ると、クレアの手下であった。
「何があった」
「至急、無名探偵を呼んで。……はあ……まじだりぃ……」
「ルビィ……!」
あたしは起き上がり、義手が失くなった腕を見た。
「……こんなに、ボロボロになって……」
「……テリー……」
リトルルビィが大きな手で、あたしのうなじを掴み――胸に、顔を寄せてきた。
「だい、じょう、ぶ……?」
「……」
「ありがとう。……血をくれて」
「……ルビィ……」
「えへへ。……わたし、思ったより、全然弱かった……。あいつ……強すぎ……」
「……あんた、腕が……」
「無我夢中で……。……だってあいつ、壁に叩きつけてくんだもん」
リトルルビィが血を吐いた。
「っ」
「あ、ごめん……」
「……大丈夫よ。これくらい」
「クレア様! リトルルビィが……!」
クレアの手下がすぐに無線を入れる。他のクルーに紛れた騎士達も、人目がつかないようにクルーのふりをしてあたしたちに駆け寄ってくる。
「お客様! 診療室へ行きましょう!」
「今、担架をお持ちします!」
リトルルビィがあたしの胸に鼻を押し付け、笑った。
「えへへ、テリーの匂いがする。……やっぱ、この匂いが……一番、安心する」
「……」
「やっぱ、訓練はサボっちゃ駄目だな。……もっと、クレアの言う事聞いて、鍛えておくんだった……」
「……何言ってるの。……十分強かったわ」
「……んん……、……テリー」
「ん?」
「……わたしのマントの襟にさ、なんか……引っかかってない?」
「え?」
「さっきから……むず痒いんだ……」
あたしはリトルルビィのマントの襟を見た。すると、濡れてるはずなのに、文字がはっきりしている『楽譜』がぐしゃぐしゃになって入っていた。
(……六枚目)
これで、全部揃った。
「テリー、お願い……なんだけど……なんか……喋って……?」
血だらけのリトルルビィが目を閉じた。
「テリーの声が……聴きたい……」
「……」
「駄目……?」
「……あたしの声でいいの?」
あたしは出来るだけ、優しくを出す。
「メニーやクレアみたいに良い声じゃなくってよ」
「……」
「あー、そうね。じゃ、……メニー以外の妹の話でもしましょうかね」
あたしを守ってくれたリトルルビィの頭を優しく撫でる。
「ローレライ・ブルー・タラッタ。使用人の娘よ。あたしの一つ下。島にいた時に、よく遊んでたのよ。だから、親戚とか、従妹みたいな関係なんだけど」
リトルルビィがあたしの声を聞いてると思って、ゆっくりした口調で話す。
「あの子は島で生まれて、島で育って、そのまま島で生きていくのかと思ってたら、いつか、都会に出たいって言い出して、両親と大喧嘩してるって聞いてる」
リトルルビィの手の力が緩んできた。
「島についたらその子の事も紹介するわ。……その子ね、お金に目がないから、あたしやアメリから、金にがめついローレライ、だなんて呼ばれてるの。ふふっ」
リトルルビィが動かなくなる。
「ルビィ、カドリング島についたら、沢山遊びましょう。海には入った事ある? 泳げなくても心配ないわ。浮き輪の用意もあるの。バレーボールで遊んで、砂場で遊んで、ね? 楽しい事が待ってるわ。……これさえ終われば」
あたしはリトルルビィを強く抱きしめる。
「ありがとう。あたしの可愛いルビィ。……強くなったわね」
あたしはいないはずのオズを思い浮かべて、壁を睨みつける。
「大丈夫よ。この先は、あたしがなんとかするから」
クルーに紛れた騎士達が、血だらけのあたし達を囲んでいく。
絵が並んだ廊下で、人々の悲鳴が響き渡った。ソファーに、頭と骨と足だけが残った男の死体が、人形のように置かれていたから。
時計の針は、17時35分を差している。
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