第32話 歌姫の姉
最初に顔を合わせてどんな一言を言おうと考えながらドアをノックする。何がいいかしら。あの麻薬女にどんな風に愛想良くしたらいいかしらね。そんなこんな考えていると、ドアが開いた。
「はい」
「あ、こんにち……」
あたしはぽかんとして、挨拶を止めた。イザベラの部屋からイザベラではない女が出てきたのだ。女もきょとんとして、あたしを見つめる。
「……あなた……」
(……誰?)
あたしは部屋番号を見て、女に訊く。
「……ええっと……こちら、イザベラの、部屋かと……」
「社長の娘様でしょ?」
「え?」
「こんにちは」
女が口角を上げた。
「姉のアマンダよ」
「ああ、……あなたが」
「あら、昨夜の事、覚えてないの?」
「……?」
あたしがきょとんと首を傾げると、アマンダが肩をすくませた。
「ワインを飲んで、楽しんでたあなた達を追い出したのは、ワタシよ」
「……ああ、……そうだったかも……」
「覚えてないなら良かったわ。昨夜は少しイライラしてて、怖い顔して怒鳴っちゃったから」
「……何か問題でも!? (マチェットみたいな)クルーが失礼な態度を取ったり……!」
「ああ、そういうんじゃないの。女には色々あるでしょ。……その……。……ナンパに失敗したりとか……」
「……ああ……」
「イザベラと仲良くしてくれて感謝してるわ。あの子、気難しい子だけど、うんと寂しがり屋なの。……だから、……どうもありがとう。……えっと」
アマンダが眉を下げた。
「名前、なんだっけ?」
「ああ、失礼しました。テリー・ベックスと申します」
「あー、そうそう! 噂のテリー様! どうも、うふふっ。マリッジブルーは治った?」
「……ほほほっ」
「今日はイザベラにご用?」
「……聞きました。その、ランドさんのこと」
「あら、ランドを知ってるの?」
「ええ、昨晩。……元気な時に」
途端に、アマンダの顔が曇った。
「……内密に調査するとは言ってたけど、流石に社長の娘様の耳には入ってくるわよね」
「まあ」
「……その」
「?」
「あなたでしょ。イザベラが……飛び降りようとした時に、止めてくれたのって」
「……」
頷くと、アマンダが溜め息を吐いた。
「……良かったら入って。イザベラなら、もう少しで戻ってくると思うわ」
「……じゃあ、……失礼します」
「一つだけ、……ワインは飲んじゃだめよ」
「……おほほほっ」
あたしは苦く笑い、部屋の中に入った。アマンダがドアを閉め、椅子に手を差す。
「そちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
「お茶はいかが?」
「ええ。ぜひ」
「クルーに淹れたてのを持ってきてもらうわ。……妹から聞いたけど、体調が悪いのよね?」
「ああ。それが……」
今朝、イザベラに会わなくて不幸中の幸いだったと言うべきか。
「一晩寝たら、治ったようでして」
「ふふっ。風邪なんてそんなものよね。でもまだ冷えるから、温かいのを持ってきてもらうわね」
アマンダが受話器でクルーに連絡した。
「紅茶を。えっと……三人用で」
受話器を置く。
「すぐ来るわ。ここのクルーってほんと優秀。更にイケメン揃い」
「あー……ありがとうございます」
「悪いわね。イザベラに会いに来たのに」
「イザベラはどちらに?」
「……ランドに会いにいってるのよ」
アマンダが視線を落とした。
「イザベラの良い友達だったわ。あの子が音楽学校からお世話になってて……」
アマンダが頬に手を添えた。
「優しい子だった」
アマンダがあたしの正面の椅子に座った。
「今、イザベラの周りで何が起きてるか、知ってる?」
「少し聞きました」
「なんて?」
「……お知り合いの方が、亡くなってるって」
「ええ。……さっき、ワタシにも連絡が来たわ。ランド含めて四人。おまけに、マーロン。……妹の婚約者も襲われたの」
「……。犯人は?」
「偶然いた探偵が調査してくれてるんだけど……多分、あの子のストーカーじゃないかしら。多いのよ。表に出る仕事だと、アンチファンとかね……」
アマンダが背もたれに体重をかけた。
「脅す気はないけど、イザベラと交流のあった人達が狙われてるの。だから、ワタシもあなたも例外じゃない。帰りは部屋まで送るから、あまり一人で出歩かないようにしてくれる?」
「……わかりました」
「さて!」
アマンダが手を叩いて、無理矢理空気を変えた。
「怖い話はここまでよ。イザベラのレコード、買ってくれたんですってね。聞いてみた?」
「ああ、その、……朝から忙しくて……」
「ああ、そうよね! ごめんなさい! その、イザベラから聞いた? ワタシ、イザベラの姉でもあって、マネージャーもしてるの。うふふ。どうかしら。イザベラ。なにか、その、……キッド殿下とのパーティーなんかで、そのー、ゲストとして呼んでもらえないかしら。すごく図々しいとは思うんだけど、お願い。プレゼンさせて。妹の歌は本当にすごいの。結果も残してる。去年、ピールパーグ伯爵という方のパーティーで歌って、拍手が止まらなくて、それはそれは伯爵に感謝されたわ。きっとあなたの元でだって、ゲストを満足させられると思うの」
「大スターの歌声ですもの。きっと期待以上の仕事をしてくださるとは思いますが、その、……あたしはそういうの関係なく、知り合ったばかりで、もっと仲良くなりたいと思って訪問したもので……」
「……え」
遠回しに断りを入れておく。誰がイザベラなんかをゲストで呼ぶものか。あんな女の歌を社交界で聴くなんてまっぴらごめん。それをそのまま伝えるのは今後の関係に響くから、あたしは健気に微笑むだけ。
すると、アマンダは驚いたように言葉詰まらせた。
「……そうだったのね。……まあ、それは……、……。……どうもありがとう。テリー」
「ん?」
「あの子、色々あってから、人を避けてたというか、プロとして孤独になっていく一方だったというか……」
アマンダが胸を撫でた。
「きっとあなたのそういうところが気に入ったのね。歌姫じゃなくて、イザベラとしてあの子を見てくれてる」
アマンダが足を組み、また話を続けた。
「ワタシ達ね、こう見えてスラム街で育ったから、人を見る目だけは鍛えられたの。変な人に声をかけたら、殺されるか、犯されるか、奴隷商人に売り飛ばされる世界よ」
「……」
「イザベラはスラム街から出たがってた。それでたまたま家の外に、風で飛ばされた歌唱オーディションのチラシを見て、その足で現場に向かって出場したの」
彼女の歌声を聴いた瞬間、誰もが驚いた。
スラム街のぼろぼろの、臭くて、小さな少女。力強くて、魅力的なその歌声に、人々の心が射抜かれた。最終審査まで行ってしまい、イザベラは栄光を手にした。
「世界が変わったわ」
イザベラはワタシを連れて、スラム街から出た。
「両親はいないの。……母は麻薬で死んで、父はどこかに消えた。だから、それまで屋根に穴が空いた家で、二人で暮らしてた」
見た事のない世界は輝いていた。二人で手を握り合って、その世界を見た。そして、初めて幸福を感じた。
「でも今、イザベラはかなり重たいスランプにハマってしまってる。ワタシは言ってるのよ? 少し休めばって。でもあの子頑固だからやるのよ。……新曲を作りたい気持ちはあるらしいけど、作っては破いて、酒浸り」
「……その、……結婚の、あの、婚約者の話を、少し、聞きました。あなたからの紹介だったって」
「……って、イザベラは思ってるのよね」
「はい?」
「いや、合ってるのよ。ワタシの紹介だったわ。でもね、紹介してくれって頼んできたのはマーロンよ」
「えっと」
「マーロンは、レコード会社の社長の御曹司。……イザベラが出場したオーディションにいたんですって」
彼はまだ子供だった。もちろんイザベラも。
「でも、その歌声を聴いて」
彼の心も、また射抜かれた。
「それから彼は、長年イザベラに夢中になった。……でも、イザベラを見つけられなかった。期待の新人って言われてたけど、イザベラの歌ってね、当時あまり売れてなかったのよ。イザベラがようやく表に出てからかしら。声がかかってね」
だけど、
「これがまた酷い話よ」
「何か?」
「当時のマネージャーよ。あのクソ男。イザベラにずっと恋愛感情があって、パワハラまがいのセクハラをしてたの。ワタシ、全然知らなくて。……それで、せっかくマーロンから仕事の誘いの連絡が来てたのに、マーロンが二枚目だからって、その仕事を蹴ったのよ」
「わあー……」
「そうよ。わあー、なのよ。マーロンと仕事をするって、この業界ではすごい事なんだから。声をかけられるなんて滅多にない。それくらいの大チャンスだったのに、イザベラが自分のものにならないからって、あいつ……イザベラを殺そうとしたの」
(……あの女も、結構な修羅場乗り越えてるのね……)
「ワタシのマンションに逃げてくれて良かったわ。その日、初めてイザベラがそんな目に遭ってるって知って、ワタシはもうカンカンよ! 妹を守るためにマスコミに情報を流しまくって、警察にも洗いざらい言ってやったわ! ……で、もう男なんかに任せられないって思って、ワタシがイザベラのマネージャーになったの」
「すごい話ですね……」
「あいつ、性懲りもなくこの船に乗ってたんですって」
(……なるほど。聞いた話と一致してる)
「でも」
アマンダが呑んだ。
「殺されたわ。……それだけは、犯人に感謝かしらね」
あたしは黙って話を聞く。
「でも、他にお世話になった人達も殺されてるの。みんな、イザベラの結婚式が開かれるから、そのお祝いで来てくれただけなのに……」
アマンダが額を押さえた。
「……なんでこうなるのかしらね……」
「……でも、イザベラはマーロンさんとの結婚は、嫌がってるようでした」
「今だけよ。……彼と結婚したら、絶対幸せになれる。……彼、本当にイザベラを愛してるの。実は子供が大好きだし、仕事には厳しい人だけど、それ以外は、優しい人なのよ。……全然、そんな素振り見せないけど」
「……だから、その、ご紹介を?」
「ワタシだって、変な男に大切な妹を紹介したりしないわ。ちゃんと何度も下見にいって、試験をさせた」
「試験」
「イザベラのどこが好きなのか。テスト用紙を作って、解答欄に書かせたわ。全100問」
「……」
「……それくらい心配だったの」
アマンダが眉を下げた。
「イザベラがいなければ、ワタシはあのスラム街から出られなかった。イザベラを守る事に精一杯で、……どうなってた事か」
世界を変えてくれたのはあの子だった。
「大切なのよ。ワタシにとっても、すごく」
でも、マーロンは嫌な顔をせず、むしろ、かかってこいという挑んだ態度で回答を書いてみせた。その態度、なかなか気に入ったわ。
「ま、35点だったけど。結果は残したから紹介してあげたのよ」
「……」
「で、しばらく過ごしてるのを見てるうちに、……彼が、心底イザベラに惚れていて、大切にしているところを見て……イザベラを幸せにしてくれるかもって、思ったの」
「……彼は、今どこに?」
「部屋で休んでる。……犯人に襲われて足を負傷したらしいわ」
「顔は」
「突然すぎて覚えてないそうよ。男なのに情けない。全く」
あたしは目を逸らした。
「今日で知り合いが四人も死んでるの。だから、……あなたも本当に用心して」
「わかりました。……お話、ありがとうございます」
「妹のお友達だもの。それと、イザベラの命を救ってくれた恩人。心から歓迎するわ」
「……あたしはテストをした方がいいですか?」
「いいわよ。別に。テリーは女の子でしょ。いらないわよ。あははは! ワタシね、同性はいいけど男には厳しくしてるの。だって、男ってイザベラの体と声しか見てないんだもの。頭きちゃう」
その時、部屋のドアが乱暴に開いた。足音がすぐ近くまで来て、反射的にあたしとアマンダが振り向く。
「ちょっと、ねえ、部屋の前にいるクルーがうるさいんだけど、アマンダが呼んだの?」
中に入ってきたイザベラがあたしを見て、はっと息を呑んだ。
「やだ、……テリー!」
イザベラが胸を押さえ、あたしの隣に座り、即座にあたしを抱きしめた。むぐっ! 臭い! この香水! しかし引き攣った笑顔で対応すると、イザベラがすぐに離れ、感極まったような笑顔になった。
「嫌だわ。テリーが来てたなら早く戻ってくればよかった。アマンダ、GPSで呼んでよ」
「ここ、電波が届かないのよ。……で、クルーは来たの? お茶を頼んでたんだけど」
「ふっ!」
その声を聞いて、あたしは顔をしかめた。
「お待たせしました。麗しいレディ達」
紅茶セットを持ったヘンゼルがウインクした。アマンダがそのウインクに射抜かれた。
「やだ……。良い男……」
イザベラが顔をしかめた。
「こちら、頼まれた紅茶をお持ちしました」
「ああ、こちらに……」
「おっと」
「あら、やだ。手が……」
「しまった。私の手が」
「え」
「情熱的なあなたの手に触れて、火傷をしてしまった」
「まっ!」
「麗しのレディ。お名前は?」
「ア……アマンダ……」
「アマンダ。ああ、なんて美しい名前だ。まるで、情熱的な砂漠に咲く、赤いハイビスカスのよう」
「あはは! あなたも、……素敵なお瞳をされてる男性だこと……」
「私はヘンゼル」
「ヘンゼルさん……」
「良ければ今宵、月の下で、共に海でもご覧になりませんか」
「ああ、なんて素敵なお誘い……。あの……ぜひ……その……」
「アマンダ」
横から顔を引き攣らせたイザベラが割り込んだ。
「なぁーにが、素敵な目をされた男性よ! ねえ、殺人事件が起きてるのに、ナンパに捕まってる暇なんかないでしょ! なに考えてるのよ!」
「な、ち、ちがっ、っ! 断ろうとしてたわよ!」
アマンダがぷい! とそっぽを向いて、紅茶セットを並べた。
「クルーさん、ご用は以上です」
「ああ、別れが名残り惜しいです。黒い肌のレディ」
「……ワタシもです……。ヘンゼルさん……」
「月の下で、お待ちしてます」
「まっ!」
「それでは、失礼いたします」
ヘンゼルが最後にあたしにウインクして、部屋から出ていった。イザベラがむっすりとして、アマンダに人差し指を向けた。
「ちょっと、本気でなに考えてるの? よくもまあ、あんな女遊びが激しそうな男の話になんか乗っちゃって」
「イザベラ、あんた、詐欺パッド持ってたわね」
「……貸さないわよ」
「馬鹿!! あんな良い男逃したら!! 次はないわよ!!」
アマンダがイザベラの棚に走った。
「あんたは良いじゃない! おっぱいもお尻も揃ってて! ワタシに少しくらい分けてもいいと思うのよ!」
「テリー、姉さんの事は放っといてくれていいわ。寂がり屋のせいか、男にめっぽう弱いのよ。今までだって何人の男と遊んできたことか……」
「イザベラ! この下着借りてもいいかしら!」
「ちょっと! やめて! 自分の使ってよ!」
「いいじゃない! 姉妹なんだから!」
「嫌よ! なんで下着を共有しないといけないわけ!?」
「ワタシ、セクシーな勝負下着は家に置いてきちゃったのよ。ね、お願い」
「はあ。もう……」
「着いたら買おうと思ってたの。船よりも結婚式にセクシーな男が揃ってると思ってたから……」
「もういいからお茶にしましょう。テリーもいることだし」
「ああ、こんな事なら胸にシリコンでも詰めておくんだった。あんな良い男に口説かれるなんてなかなかないのに。もう」
「良い男ね……」
イザベラが眉をひそませた。
「アタシにはただの遊び人にしか見えなかったわ」
(それは同意)
イザベラがあたしに振り返った。
「騒々しくて悪いわね。テリー」
「いいえ」
「あら、今日はマスクをしてないの?」
「一晩寝たら良くなったの」
「あら、それは良かった! ええ! マスクしてない方が断然可愛い。こっちの方がアタシの好み」
黙れ。てめえの好みなんてどうだっていいわよ。ごほんごほんっ。わーい。うれちー。うれちー。イザベラたんに褒められたー。
(さて、おふざけはここまで。探りを入れるわよ)
ここで何があったのか調べさせてもらうわよ。イザベラ。
イザベラが紅茶を淹れた。
「どうぞ」
「ありがとう」
あたしは紅茶が冷めるまで待つ。イザベラは棚の前で暴れるアマンダに再度振り返った。
「アマンダ、いつまで下着選んでるの? 紅茶が冷めるわよ」
「べっ、別にっ、待ち合わせなんかしないし、殺人事件が起きてるのに外なんかに出ないけど、そうじゃなくて、ただ見てるだけよ!」
「どうだかね。あんたは男にめっぽう弱いから。特にああいうチャラそうな男には」
「なによ! 超良い男だったじゃない!」
あたしは紅茶の匂いを嗅いでみる。……。鼻が詰まってるわけじゃないけど、なんだか鼻が詰まってる感覚。ごくり。……まだ熱い……。あたしはそっとソーサーの上にカップを戻した。
アマンダが下着を選びながらイザベラに言った。
「イザベラ、やっぱり社長側にはもう話が通ってるみたい。事件のこと、テリーは知ってたわ」
「でしょうね。朝からひっきりなしに来る記者から逃げるのに手間取ったわ。クルーが警備を固めてくれたから、もう来ないだろうけど」
「……イザベラ、ランドさんのこと」
あたしが言うと、――アマンダもイザベラも静かになり、アマンダは棚をしまい、イザベラは紅茶を飲んだ。
「……馬鹿よね。アタシ。いなくなってから、大切だったものに気付くなんて」
カップを置いた。
「告白も何もしてないのに、失ったわ」
「……」
「良い奴だった。大好きだったわ。でも……酷い有様だった。……体の、肉が……なくて……」
イザベラが鼻をすすり、舌打ちした。
「クソ。ほんとに、許さない。……事故ならまだしも、……また、こんな……事件が起きるなんて……」
「……」
「ごめんなさい。もう、アタシ、何も出来なくて、悔しくて……」
「……今、探偵様が犯人を捜してるって、クルー達も話してたわ。……見つかるわよ。あの探偵様、腕が良いみたいだから」
「……ええ。見つけたらぶん殴ってやるんだから……」
イザベラがあたしの肩に腕を置いた。
「テリー、来てくれてありがとう。……アタシ、今まで以上に友達っていう存在を大切にするわ」
(……この怒りをあたし達に向けられたのかしらね……)
ねえ、腕置かないでくれる? 重いんだけど。邪魔なんだけど。しかし顔は満面の笑顔で。
「ね、イザベラ、顔色が良くないように見えるわ。あたし心配よ。少し休んだら?」
「テリーからも言ってやって」
アマンダがいくつか候補の下着を持って椅子に座った。テーブルにセクシー下着を並べる。
「イザベラ、大人しくしててちょうだい。少なくとも、この事件が終わるまでは」
「気が狂いそう。アタシが狙いならアタシを襲えばいいのに、周りの人達を殺していくなんて、腸が煮えくり返るわ」
「イザベラ」
「ねえ、このまま部屋にいて安全なの? アマンダだって標的にされてるかもしれないのに」
「だから探偵がいるのよ。いいから、部屋にいて」
「このままじゃランドが報われない。……アーラス先生だって、マンジェルトンさんだって」
「……でも、正直ジョエルは死んでくれて安心したわ」
「マーロンも死ねばよかったのに」
「あんた、なんてこと言うのよ」
「ランドじゃなくて、マーロンが死ねばよかったのよ」
イザベラが拳を握った。
「そしたら、アタシは結婚しなくて済んだのに」
――空気が重くなる。
(ちょっと、やめて。姉妹喧嘩にあたしを巻き込まないで。せっかくの紅茶が台無しよ)
あたしの詰まった顔を見たアマンダが、大きく息を吐いた。
「イザベラ、テリーがいるのよ。……やめましょう」
「……。はー……」
「犯人捜しはあの可愛いお顔の探偵に任せましょう。ね?」
「……」
「……テリー」
アマンダに呼ばれ、顔を向ける。
「少し、イザベラを連れ出してくれない? じっと出来ない子なのよ」
「アマンダ、子供扱いはやめて」
「……イザベラ」
あたしはイザベラの腕に優しく触れる。
「外の空気を吸ったら、気分も変わるんじゃない?」
「……」
「それに」
あたしは笑顔を向ける。
「あたし、イザベラとゆっくりお話がしたい」
イザベラが瞬きをした。
「ほら、昨日はフラフラで、あたし、イザベラとまともに話せなかったから、良い機会だと思わない?」
「……」
「ね、だめ?」
あたしは無垢で純粋な16歳の笑顔を浮かべた。
「あたしも、イザベラと歩きたいわ」
「……はあ……。もう、テリー」
イザベラがあたしの両手をそっと握った。
「アタシもよ」
イザベラが親しい笑顔を浮かべる。
「テリーともっとお話したいわ」
ええ。話しましょう。沢山ね。お前の隠してることも、抱えてることも、全部聞いてあげるわよ。
「じゃあ、ちょっと歩いてきましょう! ね?」
「……そうね。行きましょうか」
「ちょっと待って。イザベラ」
アマンダがポケットから防犯ブザーを取り出し、渡した。
「これだけ持っていって」
「ああ……」
「ねえ、お願い。忘れないで。あなたはスターで、いつどこで誰に惚れられて、妬まれて、狙われるかわからない。今回だって、きっとその延長よ」
「……わかってる」
「テリーも気をつけて。犯人はまだ見つかってないんだから。男か女かもわからない。あまり一人にならないで。複数人で行動して。それと、イザベラ、テリーを部屋まで送った後、クルーに部屋まで送ってもらって。……テリーと別れた後、本当に襲われるかもしれないから」
「……わかった」
「用心して」
「ん」
防犯ブザーを持ち、イザベラが立ち上がった。
「行こう。テリー」
「アマンダさん、失礼します」
「ええ。……気をつけてね」
「ありがとうございます」
アマンダが腕を組んで溜め息をつく中、あたしとイザベラが部屋から出ていった。
一人残ったアマンダが呟いた。
「……連れ出してほしい、は言いすぎたかしら……。犯人も見つかってないのに二人で出歩くなんて危険よね……。……」
……チラッと棚を見る。……もしかして、今なら下着を選び放題じゃない……!?
その事に気付いたアマンダが瞳を燃やし、再びイザベラの棚にしがみついた。
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