第27話 夕焼け小焼けでまた明日

(‘ω’ っ )3



 どぼんと、衝撃を感じた。

 髪の毛が濡れる。

 鼻の穴から水が入ってくる。

 しょっぱい水。

 目が痛い。

 鼻がツンとする。

 耳の穴に水が侵入してくる。

 体重が不安定になる。

 重力がない世界。

 髪の毛がふわりと浮かんだ。

 息が出来ない。

 泡でいっぱいになる。

 あたしは手を伸ばした。

 どこに手を伸ばしてもどこにもつかない。

 息が苦しい。

 我慢出来なくて口を開けると、口の中に水が入ってきた。呼吸が出来ない! 痛い。苦しい。重い。


 真っ暗な世界に、沈んでいく。


 ――突然、腕を掴まれた。


「っ」


 引っ張られ、急に視界が明るくなり、浮かんでいた髪の毛が纏わりつき、酸素が肺の中に入ってきて、あたしの足が地面につき、あたしは、思いきり咳をした。


「げほげほっ! がはっ! げほげほっ!」

「おい! しっかりしろ!」

「お姉ちゃん!」

「げほげほっ!」

「目を開けるんだ! どうだ! 私が見えるか!?」 


 あたしの視界にモヤがかかる。だんだん焦点が合ってきて、目の前に誰かがいるのがわかった。


「いいぞ。大丈夫だ。ゆっくりでいい」


 男だ。男があたしの腕を掴んでいる。人差し指を立て、動かした。


「これが見えるか? 目で追ってみるんだ」


 焦点がどんどん合わさって、はっきりしてくる。あたしは指を追いかけた。


「よし、よし、……大丈夫そうだな」

「お姉ちゃん」


 男の後ろにメニーが不安げな顔をして立っていた。あたしは目玉を動かす。


(……ここは……?)


 あたしの視界がはっきりした。


 赤い空。まさに、夕暮れが沈む前の空。夜空が広がる一方、残った夕日の色が薄くなっていく。大きくてちりぢりに千切れた雲が空に広がる。あたしは膝まで海に沈んでいる。男とメニーの膝も海の中に沈んでいた。遠くに陸が見える。


(……あれ?)


 この男、見たことある。


(どこかで……)


「っ」


 途端に、あたしはひゅっと息を呑んだ。体が凍るように冷たい。冷たい海が波を打つ。あたし達の体温を奪っていく。男があたしの様子を見て、声を張り上げた。


「よし、とりあえず、陸まで行こう!」

「お姉ちゃん」


 メニーが大股で海を歩き、あたしの側により、手を握った。


「大丈夫。わたしがついてるから」

「なに……ここ……」

「大丈夫だから」


(さっきまで……図書室にいたのに……なんで……ここ、どこ……寒い……冷たい……)


 あたしの歯が震えて、ガタガタと音を鳴らす。


「行こう。早く」


 メニーに引っ張られながら歩き出す。海をかき分け、夕焼け小焼けの中、視界に映る陸を目指して歩いていく。


(冷たい……。寒い……。早く、ここから出たい……!)


 苦しそうに唸りながら男が先頭を歩き、あたし達に向けて大声を出した。


「陸はもうすぐだ! いいか! 前に進むんだ!」

「はい!」


 メニーが震えた声で返事をし、濡れたドレスに構う事なく足を出来る限り大きく動かす。しかし、陸には辿り着かない。メニーの手が冷たい。メニーも寒さに耐えている。


(……)


 目の前に広がっているのに、いつまで経っても陸に辿り着く気配がない。


「はあ、はあ……」


 男が息を切らして、前を見る。


「くそ、どうなってるんだ……」


 男が振り返った。眉を下げたメニーと顔の白いあたしを見て、男が無理矢理笑みを浮かべた。


「大丈夫! もう少しだ! 諦めずに進むんだ!」

「……」

「さあ、行こう! もう少しだ!」


 男が諦める事なく大股で進み出した。メニーが異変に気付いた。いつまで経っても陸には着かない事を悟る。魔力がそう言ってる。


「……」


 メニーが足を止め、きょろりと辺りを見回す。メニーが止まったからあたしの足も止まった。あたしはずっと黙って寒さに耐えてぶるぶる震えている。メニーがはっとして、大声を出した。


「あの!」


 男があたし達に振り向く。メニーが向こうに指を差す。


「あそこに行きませんか!」


 メニーが指を差した先に、何かがぽつんと立っていた。遠くてよく見えないが、陸があるかもしれない。男は考えた。男もなんらかの異変に気付いているようだった。このまま歩き続けても無意味な気がした。歩き続ける事に疲れたら、寄り道をするんだ。現に、『婚約者の彼女』は今、寄り道の真っ最中だ。そして不思議だが、男はメニーの事を信用していい気がした。


「ああ、わかった。……行こう!」


 男が方向転換して歩き出し、メニーも歩き出した。あたしもメニーに引っ張られながら凍える足をなんとか動かした。陸が近付く事はなかったが、その一点だけはどんどん近付いていける。距離が近くなっていく。そして気付いた。ぽつんと立っているもの。それはピアノだった。ピアノが一台、夕暮れ時の海の上に置かれ、誰にも弾かれることなく佇んでいる。あたし達は海をかき分け、大股で歩き、ピアノへと、どんどん、どんどん、近付いていき、やがて、――辿り着いた。


 ピアノの周辺は、水の高さが少し浅かった。辿り着けた事にほんの少しだけ溜め息が出る。それにしてもとても立派なピアノだ。


(あれ?)


 瞬きした。瞼が上がると、とても立派なピアノは幻覚だったようだ。ピアノはぼろぼろに壊れていた。

 メニーが鍵盤を押してみた。おぎゃあ。と音を出した。


「……これは……楽譜……?」


 男の呟きに、あたしは――顔を向けた。


「こんなところに、誰が置いたんだ……?」

「あ、それ」


 あたしは濡れた手で楽譜を掴んだ。


「あたしの」

「君の?」

「ええ。探してたの。良かったわ。こんな所にあったのね」


 あたしは楽譜を折り畳んで、濡れたポーチバッグの中にしまった。妹が横から覗いてくる。


「お姉ちゃん?」

「何?」

「そんな楽譜、持ってたっけ?」

「何言ってるの。これあたしのよ」

「お姉ちゃん、なんだか顔色が良くなってきたね」

「ん? そうかしら。そんな事ないと思うけど」


 あたしは妹から手を離して、ゆっくりと足を動かす。男が慌てた声を出す。


「おい、どこに行くんだ?」

「あっち」

「陸は向こうだ。行こう」

「あっちに用があるから」

「お姉ちゃん、顔に何か付いてるよ?」


 妹があたしの手を掴み、目を見つめてきた。あら、随分綺麗な目をしてるのね。それにしても、その青い目を見ていると何だか思い出すわ。あたしね、その青い目と似たような目を持ってた人を知ってるのよ。


 彼女は美しい魚だった。

 魚だったが、人として生を全うした。


 少女が唇を動かした。


「お ま え」


 青い目が睨んでくる。


「だ れ だ」


 水が弾いた。


「ほぎゃあ」


 男と少女がはっとした。鍵盤が勝手に鳴る。


「おぎゃあ」


 二人が下がった。鍵盤が勝手に押された。


「おぎゃあ、おぎゃあ」


 鍵盤が鳴る。


「ぎゃああ、ああああ」


 ピアノが勝手に演奏を始める。男が顔をしかめてピアノを凝視した。あたしは辺りを見回した。


 ――ハープはどこだ。


「ああああああああああああああああああああああ」


 鍵盤が全て押し潰された。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 海に何かが沈む音がした。男がはっと振り返る。影が海を泳ぎ、突然、男の足に噛み付いてきた。


「うわああああああああああ!!」


 男が海に沈んだ。メニーがぎょっとし、慌てて男の元へ近づくと、もがく男が海から顔を見せた。


「ぐっ、何なんだ!」


 海の中で影が男の足に何かしているらしい。


「くそ! おい、やめろ!」


 少女が足を見た。自分の履いて靴を脱いで、勇敢に飛び込んでいき、男の足元に絡みつく影に叩き下ろした。


 ぎゃあああああ!!


 影が男から離れた。男が急いでピアノの椅子に上り、足を確認した。足には歯型がつき、噛まれたところの皮膚がぴらりとめくれ、血管が破れ、血が溢れていた。


「ぐああっ! クソ!」

「……っ、お姉ちゃん!」


 少女があたしに振り返った。しかし、あたしは無視してポーチを漁る。


(あれ? どこだ?)


「お姉ちゃん、何して……」


 はっとした青い目が動く。影が海を泳いでいる。少女が集中し、巨大な魔力が動く。青い瞳がきらきら輝き、金色の髪の毛がきらきら輝く。影を目が追う。滑らかに泳ぐ影。あれは完璧に人間の男を狙っている。腹が空いてるみたいだ。厄介だな。少女が靴を投げた。影の鱗に当たった。痛かったようだ。悲鳴を上げた。ぎゃああああ!


(厄介だわ。手が滑って探せない)


 男が呻く。影が叫んだ。ぎゃああああああああああああ!! 少女がそれを睨みつけ、魔力をぶつける。影がその衝撃で吹っ飛び、遠くへと飛ばされたが、また泳いで戻ってくる。しつこい奴ね。すると、何やら不穏な動きを見せた。標的を変えたようにあたしに近付いてきた。


(おいおい、やめとけ。お前とは争いたくねえ)


 ウンディーネに叱られちまう。


(やめてくれ。近付くな)


 影があたしに向かって飛び込んできた。


「ぎゃああああああああああああ!!」

「それ」


 ――小さな双子からもらったクマのハンカチを両手に広げて見せると、影が止まった。


「おい、見えるか」


 目玉がハンカチを見る。


「クマだ!!!!!」


 大声を張り上げると、影が悲鳴を上げた。


 ぎゃあああああああああああああああ!!!


 逃げるように海を泳ぎ始めて、オラはにやりと笑った。そうだ、そうだ。心を乱せ。さすれば現れる魔法のハープ。オラのハープの気配がするんだ。どこかにあるんだ。オラのハープが。


「な、なんだ!? 何をしたんだ!?」


 人間が喚くと、影が狙いを変えた。今度は男の頭を目掛けて飛び込んできやがった。


 ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!


「うわああああ!」


 オラが振り返ると、少女がグッと唇を噛み、魔力を波に集めた。そして飛び込んできた影を包み、遠くへと吹っ飛ばした。


「んっ」


 少女の鼻から血が垂れた。それを見て――突然、凍りつくような寒さ。足が麻痺して、感覚がない。瞬きする。急に視界がグラリと揺れた。


「いった……」

「……お姉ちゃん……?」


(何これ……頭が……割れそう……)


 あたしは何度か瞬きをして、辺りをしっかりと見回す。ハープはどこ? 男が思う。足が痛い。凄まじいほどの痛みに、情けないが動く事が出来ない。メニーの目が揺れる。あたしは焦る。心が乱れる。男が痛みに感情が乱れる。


 だからハープが癒やしに来た。


 辿り着けなかった陸に、いつの間にかハープが立っていた。

 とろん、ぽろんと音を鳴らし、癒やしの歌を届ける。それを見て、あたしは慌てて振り返る。


「メニー!」


 あたしの声にメニーがすぐに振り返った。あたしは指を差した。そこにはハープがある。メニーがハープを見て、あたしを見て、頷いた。あたしは男に叫ぶ。


「げほげほっ! ピアノから下りて! あそこまで行きましょう!」

「すまないが、うぐっ、私のことは置いて先に行ってくれ! 痛くて……歩けないんだ!」

「わるいけど、げほっ、あなたを見捨てたら、お兄ちゃんとネコにしかられるのよ! げほげほっ! 悪いけどがんばって!」


 あたしは男の腕を肩に担いだ。


「男でしょ!」


 引っ張ると、男が再び海へと入った。血を出す足が塩水に触れ、男が悲鳴を上げる。


「ぐあああっ!!」

「メニー! 先頭行って!」


 メニーが頷き、先に進む。あたしも泳ぐように海をかき分けて前に進み、男も必死に片足で地面を蹴り、呻きながらもなんとか前に進もうとした。しかし、後ろからゆらゆらと何かが迫ってくる。あたしが必死に前に進んでいたら、長い腕がびょーんと伸びた。


(っ、なに!?)


 『鱗だらけの腕』が見えて、ぎょっと目を見開く。やばい。掴まれる!


「っ!」


 メニーが拳を握った。風が鱗だらけの腕を切り落とす。


 ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!


 影が真っ赤な血をあたしと男に吹き出して、海に沈んだ。あたしはまた大きく足を動かして、前に進んだ。何がどうなってるの!? さっきまで図書室にいたはずなのに、どうしてこんな冷たい海に入ってるのよ! あたしの呼吸が乱れる。陸が遠い。ハープの演奏が鳴り響く。ハープは目の前にあるのに届かない。でも、さっきと違うのは、行けば行くほど前に進むことが出来る。後ろを振り向くと、ピアノはもう見えなくなっていた。


 代わりに、大きな尾びれが見えた。


「っ!!」


 あたしは必死に感覚のない足を動かす。影は男を狙っている。影が泳ぐ。影がメニーにばれないように近付いている。男の足が見えた。血が見えた。匂いを感じた。するどい牙を持つ口が大きく開けられた。あたしの手がなぜか動いた。ポーチバッグを素早く開け、中に入ってたクマのお守りを後ろに投げた。そして、海中にいる影の視界に、クマが現れた。


「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 悲鳴。


「きいやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 あたしは前だけを見る。


「きゃああああああああああああ!! ああああああああああああああああ!! ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 ハープが近付いてくる。


「っ」


 ハープが鳴り響く。


「あはは」


 あたしはハープに手を伸ばした。


「ハープだ!」


 手がハープを掴んだ。


「ようやく見つけたぞ! オラのハープ!!」


 足が海から出た。

 少女が振り返った。

 男の足が、砂場を蹴った。

 ハープが輝く。


 青い目が笑う。




「心が乱れてるなら、また私の演奏を聴く? ジャック」




(*'ω'*)



 ――水場から抜け出した。


 あたしはバランスを崩し、地面に倒れた。呼吸を乱した男が巻き込まれ、地面に転がる。


「……ぐ、うう……」


 男が足を押さえ、ずるずると体を引きずらせた。


「はあ、はあ……はあ……」


 乱れた呼吸で息をしながら、唾を飲み、また呼吸をして、――辺りを見回した。なんてことだ。ここは、夕暮れ時の海岸ではない。船内に設計された公園の一部、水の遊び場所ではないか。


「……」


 男がとある事を思い出して――息を乱して座るメニーに振り返った。その姿はよく見ると……何とも美しい。不気味なほどに。


「……君は……」


 メニーがはっとして男を見た。なんとも美しい青い目に見られたら、男がぞっとした。


「……まさか……」


 震える口が動く。


「魔法使い……」


 その瞬間、星の杖がくるんと回った。


「人魚よ人魚よプリンセス、ハートを刺せば助かるよ、君が大事さ、とってもね、だから生きる道を示すのさ、人魚よ人魚よプリンセス、愛する者を殺しておくれ」


 ドロシーが囁くと、男がゆっくりと瞼を下ろしていき、その場で力尽きた。――気絶したようだ。男の腕時計が動く。13時丁度。


「お前の記憶はただの悪夢。夢を見ていただけさ」

「……ドロシー……?」


 メニーが瞬きすると、緑色の魔法使いは既にネコの姿に戻っていた。


「にゃん」

「……また、……助けてくれたんだね」


 メニーが安堵の笑みを浮かべて、両手を広げた。


「おいで」

「にゃん」

「ドロシー」


 メニーがドロシーを抱きしめた。


「……怖かった……」

「にゃーお」

「……ありがとう」


 メニーがドロシーを撫でた。


「良い子だね。ドロシー」

「にゃーお」

「はあ。……すう。……はあ。……そうだ。ドロシー、お姉ちゃんの様子がおかしいの。……お姉ちゃん!」


 呼吸が止まる。メニーがきょとんとした。


「……お姉ちゃん……?」


 呼吸をした。メニーが眉をひそめた。


「お姉ちゃん」


 また呼吸が止まる。


「テリーお姉ちゃん?」


 あたしの口から泡が吐き出された。


「っ! お姉ちゃん!!」


 体が痙攣した。


「お姉ちゃん! お姉ちゃん!!」


 メニーが駆け寄ってきた。


「お姉ちゃん、しっかりして!」


 視界にノイズが走る。白黒の砂嵐があたしの視界いっぱいに広がっている。


「お姉ちゃん!」


 呼吸が出来ない。


「お姉ちゃん!」


 遠くなっていく。


「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」


 メニーがドロシーに言った。


「お願い! ドロシー! なんとかして!」

「みゃー!」


 ――テリー! ボクの声が聞こえるかい!?


 ドロシー、何か、変なの。体が、動かないの。苦しい。すごく、苦しい。でも、これは、怠さとか、熱とか、そんなんじゃなくて、


 ――胸が苦しい。


 心が痛い。


 ――どうして。


 痛い。


 ――どうして、ウンディーネ。


 涙が出てくる。

 悲しい。辛い。痛い。虚しい。空っぽ。苦しい。哀しい。冷たい。寒い。


 口からどんどん泡を出す。『彼女』のような泡を出す。


「お姉ちゃん!」


 ――テリー! しっかりしろ! テリー!!


 どう……して……ウン……ディー……ネ……。


 あたしの目に光が消える。


「しっかりして! テリー!!」


 光のない目玉が天井を見つめる。いや、正しくは天井ではない。――とても醜いものが、あたしを見下ろしている。


(さ……むい……)


 醜いものが口を開く。


(つめ……たい……)


 ダ。


(たす……けて……)


 ノ、カ。


(だれ……か……)



「ハゥフルの作ったものなんか飲むからだよ」


 醜い緑目が、あたしを見下ろし続ける。


「その影響で弱った体を、巨人如きが好き勝手動かしているのさ。全く、呆れるね」


 皮膚が捲れたボロボロの緑色の唇が動く。


「眠りな。寝てる間に、トトが何とかするさ」


 凸凹の醜い緑色の手が、あたしの瞼を押さえた。


「さあ、眠るんだよ」








「どうしよう! 痙攣が止まらない! お姉ちゃん! 目を開けて!! お姉ちゃん!!」

「っ、メニー!」

「っ!」


 メニーが顔を上げた。


「テリー!?」


 リトルルビィがすぐに駆け寄ってきた。


「どうした! おい、何があった!?」

「リトルルビィ、お姉ちゃんが……!」

「テリー!? おい! テリー!」

「リトルルビィ、退いて」

「いい! わたしが持つ! テリーに触るな!」

「心配なら周りに異変がないか調べて」

「おまっ」

「黙って」

「この……!」

「リトルルビィ、今は、……ソフィアさんに……」

「……っ」

「ヘンゼル! 怪我人を運べ! グレーテル! 騒ぎに気付かれるな!」

「「御意!」」

「メニー! ああ、無事で良かった! 何があったんだ!?」

「リオッ……ン……さま……?」

「……」

「……」

「いや、違う。今は、……レイちゃんだから!」

「……。……。……」

「……頼むよ。そんな目で見るな。本当にふざけてるわけじゃないんだ。色々とこれとこれがああなって様々な事情が……」

「これはこれは、ベックス家のメニーお嬢様ではございませんか!」


 青い瞳同士の目が合った。


「ご事情をお伺いしましょう。さあ、お部屋へ」


 ああ、失礼。


「ご挨拶が遅れました。あたくし」


 口角が上がる。


「名探偵の、――クレアと申します」


 名探偵クレアが、片方だけ靴を履いてないメニーに微笑んだ。


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