第8話 暴れるトランクケース
豪華で優雅な船の中。壁一面がガラス張りになっていて、海がよく見える広場に辿り着く。
(ああ、鼻水止まんない……)
ガラス製で出来た手摺りから下を見下ろしてみると、奥深い下まで見えた。どうやら一階からここまで吹きぬけになっているらしい。目眩が起きそう。
(ここから落ちたら確実に死ぬわね)
沈没時に、何人の人が落ちたのだろう。
(……考えるのやめよう)
体中の熱を冷やそうとデッキに出ると、一瞬であたしの体が震え上がった。
(さむっ!)
立派な見張り台を見上げる。二人の見張り番が暖かそうな格好で、双眼鏡を持たずにぼうっとしているのが見えた。
(いた、いた。あれね?)
あたしはすっと息を吸い込んで、ガラガラの声を出した。
「すみませーん!」
「うわ!」
「驚いた!」
見張り番のクルーがあたしを見下ろした。
「おっと! こいつはどうも! お客様!」
「どうも!」
「あたくしー! しゃちょーの娘のぉー。げほげほっ! テリーともうしますー!」
「おお! そいつはどうも!」
「どうも!」
「あのぉー! げっほげほ! ききたいんだけどぉー!」
「え!? 何ですって!?」
「何ですって!?」
「どっちかおりてきてくれなぁーい!?」
クルーが顔を見合わせてじゃんけんをした。一人が下りてきた。
「初めまして! 今回見張りを務めさせていただいております! ビルです。上にいるのはレオナルド!」
「はじめまして。しゃちょーの娘のテリーです。げほっげほっ、はっくしゅん! ずび。しつれい。その、あなたたち、らがんでみはっていたようですけど、そうがんきょうは?」
「双眼鏡。ああ、その事ですか! 良かった! どこにあるんでしょうか!」
――え。
「あら、ずびっ。おもちでは?」
「おや、ご存知なのでは……」
「いいえ。なにも」
「……そうですか……」
(リオン、何やってるの)
舌打ちする気持ちを押し殺し、あたしは16歳の笑顔を浮かべた。
「げほっげほっ、なにかおちからになれるかも。ずびっ! どうしてそうがんきょうをおもちではないの?」
「いえ、ああ、……実は、本来見張りをするはずだった者が、今朝になって別の船に異動になってしまって、そっちに持っていったのか、もしくは船の中にあるのか、引継ぎもないままなので保管場所がわからず、我々は裸眼で見張っているんです。でも、船ではよくある事ですので」
「まあ、たいへんですこと。でも、かならずどこかにあるはずよ。備品庫かしら。げほげほっ! あたくし、さがしてきますわ。げほっげほっ! わるいけど、しばらくまってていただけますか?」
「本当ですか!? ああ、助かります! ぜひお持ちいただけると有難いです。我々は見張りをしなければならず、動けない身でございますから!」
「わかりました。ずびっ! 少々おじかんをいただくけれど、それまでがんばってくださるかしら」
「もちろんでございます! ありがとうございます! よろしくお願い致します!」
サブミッション、双眼鏡を見張り番に渡す。
(リオン、何やってるのよ! 噂の事伝えたのに意味ないじゃない! 使えない奴ね! 会ったら文句言ってやる。で、えっと、備品庫は……)
パンフレットを開いて、地図を確認してみれば、顔が引き攣った。
(……げっ。結構遠い……)
地図を見ながら廊下に戻り、――ふらりと目眩がして、壁に手をついた。
「ぐっ……」
――吐きそう。
(あー。ここで我慢なんてしない方がいいわ)
あたしは公共トイレに入り、便器に向かって口を開ける。
(あ、これ、むりむり)
おろろろろろろ!! わーい。出るわ出るわー。いっぱい出るわー。
「おぼぼぼぼ!」
便器の水がべちゃべちゃ跳ねる。
(……ああ、うんざりだわ……)
けれど、少し楽になったかもしれない。
(……ん?)
乱暴にドアが開く音が聞こえたと思えば、すぐに隣の個室のドアが閉まる音が聞こえ、次に聞こえたのは、誰かが吐く音。
「げろろろろろ!!」
(船酔いだってするわよね……。吐くのは仕方ないわ……)
少しすっきりしたあたしはトイレから出た。手洗い場の鏡を覗けば、顔が白い。
(うわっ、酷い顔……)
でも気分はすっきりした。備品庫から見張り台を往復してる間、この状態が持てばいいけど。
「……っ、誰か……そこにいる?」
(ん?)
閉じられた個室のドアに振り向く。
「……はあ。ねえ、げほげほっ、……ごめんなさい。手を貸してくれない? 船酔いで、腰が抜けてしまったみたいで、はぁ、立てなくて……」
「……だいじょうぶですか?」
「すぐに戻らなきゃいけないから、なんとか、はあ、立てれば……はあ。ああ、怠い。もう、こんな時に。くそったれ。最悪だわ。どうしたらいいかしら」
「とりあえず、げほっげほっ、用は足せました?」
「ああ、ええ。大丈夫」
声の相手が水を流した。
「目が回って立てないの。ああ、このまま天国に行きそう。どうしたらいいかしら」
「げほっげほっ! ……口をゆすいだほうがいいかも。ドアをあけることできます?」
「ええ」
ドアがゆっくりと開いた。個室の中に、髪と肌が黒い女がぐったりと座り込んでいた。あたしは女の手を肩を回した。あら、手首に素敵なリングをしてる。女からは見た目の綺麗さに寄らず、ゲロの匂いがするが、おそらくあたしも同じだろう。同士を見つけた時って他人なのに協力し合おうとするこの心って何なのかしら。人間って不思議だわ。
「つかまって」
「ごめんなさいね」
「とんでもない。……げほっ、げほっ」
壁に手をつけ、女と一緒に立ち上がる。そして、お互いふらふらしながら洗面台まで歩いていった。蛇口を捻り、女が口をゆすぎ、ついでに顔を水で濡らし、息を吐いた。
「はあ。今までも、ここみたいに高級でビッグな所は何度も行ったっていうのに。すう、はあ。……アタシ、船は弱いみたい」
「しかたないわ。人によって、なんど乗ってもふなよいする人はいるもの。うえっげほっ! げほっ!」
「あなたは風邪?」
「ええ。ごほっ、けさから」
「お互いついてないわね」
「ずびっ。ほんとう」
「はあ。……歩けそう。ああ、会場に戻らなきゃ。みんなが待ってるの。……はあ。好きでもない婚約者も一緒にね」
「そう。……すきじゃないなら、ことわればいいのに」
「そういう訳にもいかないのよ」
「げほげほっ!」
「大丈夫?」
「ええ! ごほっ! ……いくなら手をかしますけど」
「あはは! いいえ。はあ。……一人で歩けそう。大丈夫よ。あなたは部屋で休む事を勧めるわ」
「……そうね。そのほうがいいかも」
「助かったわ。どうもありがとう」
顔を押さえながら女があたしの肩に手を置いた。
「じゃあね。お互い元気になったらまた会いましょう」
「ええ」
「それじゃ」
女がトイレから出て行った。あたしも鼻水をすすり、少し顔を洗ってから出て行く。さて、あたしも備品庫に――。
(……いや、待って。部屋に戻った方がいいじゃない)
熱に頭が支配されて、すっかり忘れていた。
(いい事ひらめいちゃったー!)
あたしはにやりとして、来た道を歩き、自分の部屋へと戻ってきた。大きなドアに、大きくて贅沢な部屋。ここ、やっぱりこのあたしにぴったりだわ! ああ、熱に侵されてなければ、もっと楽しめたでしょうに。
でも、この熱ともおさらばよ。あたし、本当に、すっかり忘れてた。
(ぐひひひ)
厳重に保管しておくように言っておいた荷物。あたしはダイヤル式のパスワードを入れ、金庫を開けた。そこに暴れるトランクケースが一つ、ぽつんと置かれていた。それを引きずり出せば、中からネコの悲鳴が聞こえた。あたしはまたパスワードを入れて、……トランクケースを開けた。
「おはよう。ネコちゃん」
にっこり。
「げほっげほっ。きぶんはどうかしら?」
テープで手足と口を縛りつけられた緑の魔法使いがあたしを見るや否や、目を見開き、声を出した。
「んがーーーーーーー!!」
「まあまあ。おちつきなさいよ。うえっげほっ! げほっ! そろそろ起きるころだとは思ってたわ。ずびびっ」
口のテープを剥がせば、ドロシーが叫んだ。
「この、ネコさらいーーーー!!」
「あんたがわるいんでしょ! ずびっ。やしきにのこるとかいうから!」
「ボクは城下町から出られないって言ってるだろ!」
「ずずっ! でもとおいところへは移動できないのよね? えんきょりまほうはむずかしいんでしょう? ずびっ! どう? まだ間にあうかしら!? あんたにすいみんやくをのませてから、だいぶ時間がたっているとおもうんだけど!」
「なんて女だ! 睡眠欲に侵されたボクを袋詰めにするだけじゃ飽き足らず、鞄詰めにするなんて! 必要な時に呼んでくれたら駆けつけるってあれほど言ったじゃないか! なのに、このボクを、沈む船に乗せるなんて! 本当に沈んだらどう責任取るんだよ!」
「わざわざあんたにすいみんやくを注入してまで、なんのためにつれてきたとおもってるのよ! それもこれも、すべては過去の経験からいわせてもらいますけどね! あんたはいざってときにたすけてくれないのよ! げほげほっ! あたしがいままで! げほげほっ! なんどあんたにたすけを求めては! はっくしゅん! むしされたことか! ずずっ! だからすいみんやくで弱ったおまえをテープでぐるぐる巻きにして、げほげほっ! 呪文もとなえられなくして、わざわざここまではこんだの! ずずっ! さあ、やることはわかるわね!」
「……なんだよ」
「まずはそうね! あたしの、ぶえっくしゅんっ! かぜを、はっくしゅん! なおしなさい! はっくしゅちくしょう!」
「じゃあ材料を集めてくる事だね。ウイルス性の風邪にかかってるから、花が必要だ。スターなフラワーに、ムーンなフラワー、太陽なフラワー。それと、ナス三つと塩コショウと調味料その他もろもろ」
「こんなじょうたいのあたしに、フラワーをさがしてこいっての!? げほげほっ! あー! だめ! あたししんじゃう!」
「あのさー、ベッドに横たわるのは良いんだけどさ、その前にボクの手足のテープを剥がしてくれるかな? こうされると魔法に必要な動作もできない」
「あんた、そういって、テープをはがしたところでにげるんでしょう!?」
「当たり前だろ!」
「だめ! さいごまでここにいるの! あんたもいっしょにカドリング島にいくのよ!」
「大丈夫だよ! ボクがいなくても何とかなるって! リオンだってキッドだってメニーだっている! 大丈夫だって!」
「いやよ! ぜったいだいじょうぶじゃないもん!」
「ソフィアや君の大好きな小動物のリトルルビィだっている! 大丈夫だって!」
「あんた! このばか! ソフィアはともかく、リトルルビィがいますごくたいへんなの、しってるでしょ!」
「大丈夫! 大丈夫! 何とかなるさ!」
「ならないもん! ぜったいなんとかならないもん! いままでだってそうだったもん! あたしはもうぜったいだまされない! ぶえっくしゅん!」
「テリー! 二年前の夏を思い出すんだ! 君はメイドとして城に潜り込んで、それはそれはかっこよかったよ! あの時、ボクを連れていかなかったじゃないか! そして、色々どうにかなってたじゃないか! そうだろう!?」
「それはだれにもかいけつできなかったかみかくし事件が発生していたマールス宮殿のことをいってるのかしら!? おまえがメニーばかり守ってたおかげでね! こちとらかわいいおにんぎょうちゃんがトラウマになったのよ! どうしてくれるのよ!」
「知るか!」
「そんなことがないように、こんかいというこんかいこそ、おまえにはおおいに役にたってもらうわ!」
というわけで、
「げほげほっ! ……びょうきはしかたないにしろ、そうがんきょうくらいだせるでしょう?」
「双眼鏡?」
「備品庫にあるはずなんだけど、あたし、ほら、こんなじょうたいでしょう? けほけほっ。ああ、かわいそうなあたし。いつもの小鳥のさえずりのようなうつくしい声が、こんなセミのサナギみたいなだみ声になっちゃって、なんてふこうな女の子なのかしら。けほけほっ、もうだるくてあるけないわ。ずびびっ! というわけで、備品庫にあるそうがんきょうをだして。ぐすん! 予備もあわせてみっついれておくようつたえてあるからないはずないわ。ずびびっ! だして」
「……双眼鏡ね。わかったわかった。出してあげるからテープを剥がしてくれる?」
「にげない?」
「逃げないから」
「……」
「テリー、ボクと君の仲じゃないか。ん?」
「……いいわ」
あたしがドロシーの手足を縛ったテープを剥がせば、ドロシーが息を吐きながら立ち上がった。
「はあ。やれやれ。死ぬかと思った」
「さあ、そうがんきょうをだして」
「わかったよ。もう」
ドロシーが星の杖を出し、くるんと回して――その場から消えた。……逃げやがった!
「そんなことだろうとおもったわよ!」
あたしは勢いのまま部屋のドアを開けた。緑のネコが廊下に逃げ走る姿を見つける。
「まちやがれ! ドロシー!」
あたしはドロシーを追いかける。ドロシーがぎょっと目を見開き、逃げていく。
「にゃー!」
「てめえ! あたしをおこらせたらどうなるかわかってるんでしょうね! ずずっ! いつもてめえがつかってるなべにそのかわいい毛だるまごと入れて、お湯でぐつぐつにこんでやるからね! げほげほっ! いやならさっさとそうがんきょうださんかい!」
「やめるんだ! テリー! ネコ鍋なんて美味しくないよ! 石狩鍋辺りにしておこうよ! 石狩鍋を知ってるかい!? それは北に伝わる魚の入った美味しい鍋のこと! 魚は食べると頭が良くなるんだよ! 栄養満タン! 風邪っぴきに食べさせるなら石狩鍋さ! ひゃあ!」
ドロシーが止まった。
「行き止まりだと……!?」
「ぐふふ……!」
「はっ!」
青い顔のドロシーが振り返った。。あたしの影がドロシーを覆う。
「ドロシー……」
ドロシーが光に包まれて姿を消した。
「っ!?」
あたしは気配のある方に振り返った。角を曲がるドロシーが見えて、走り出す。
「またんかい!」
「待てと言われて待つ奴がどこにいるんだ!」
「うるせえ! いやならとっととそうがんきょう出さんかい!」
ドロシーが人のいる方へ逃げていく。人々が振り返る。
「にゃー!」
「きゃっ」
「ネコだ」
「しつれい!」
あたしは声を張り上げ、人々の横を通り過ぎる。ドロシーがまた走った。
「にゃー!」
「きゃっ!」
「うわっ!」
「しつれい!」
ドロシーが逃げた先にカートを持ったクルーがいた。しかしドロシーが通った事により、クルーが慌てて足を止めた。
「にゃー!」
「おわっ!」
「しつれい!」
ドロシーが走った先に、クロシェ先生が素敵な男性の腕を組んで歩いていた。ドロシーがその前を通り過ぎる。
「きゃっ!」
「危ない! クロシェ!」
「しつれい!」
「え、ちょっと待って! テリー!?」
「何だって!? あの子が!?」
あたしは走る。
「ドロシー! いいかげんにしなさい!」
「にゃー!」
ぱたぱたと走る。ドロシーが逃げる。あたしは追いかける。ドロシーがぐるんと回った。あたしもぐるんと回った。ドロシーが高い所に逃げた。あたしは階段を上った。ドロシーがぞっとしてまた走った。あたしは追いかける。なんで君はこういう時に限って体力があるんだい! 寝てばかりで体力があり余ってるのよ! 諦めるんだ! テリー! 黙って言うこと聞きなさい! ドロシー! 憎しみの力は何よりも強い。絶対に逃がしてたまるか。ドロシーが角を曲がった。あたしは更にスピードをつける。
「てめえ、ドロシー! ずびびっ!」
あたしは角を曲がったら、――にっこり笑ったサリアが立っていた。
「っ」
あたしは言葉を失い、ぴたりと止まる。ドロシーがサリアの足元で甘えた声を出し、ごろごろしだす。
(き、貴様……!)
「テリー」
「っ」
あたしはすぐにサリアに顔を向ける。
「はい」
「ここで何してるんですか?」
「あの」
あたしは花瓶に指を差した。
「魔法の薬草を探していたの!」
「そんなものはありません」
マーメイド号ツアーミッション、噂のトラブル箇所巡り。
サブミッション、双眼鏡を見張り番に渡す。
(こんな、こんな形で、ミッションが失敗するなんて……!)
サリアがあたしの手を引っ張り、引きずるように歩き出した。後ろからモニカが歩いてきて、ドロシーを見下ろす。
「まあ、ドロシーじゃない。あなた、いつ船に乗ってたの? おいで。可愛いわね」
ドロシーがモニカの腕に抱えられ、にやにやしながらあたしを見送った。やーい、ざまあみろ、ばーか!
「てめえ! ドロシー!」
ぎゅっ。
「いだだだだだ! サリア! いたい! いたい!! て、いたい! あたし、いたいのいやなの!」
「奥様によるご挨拶は既に終わりました。あとは面白くて魅力的なイベントが随時開かれるようです。けれど、テリー、あなたが来ては菌を撒き散らす可能性もありますし、あなたの病気が悪化する可能性もある」
「いや、サリア、あの、ずずっ! だから、あの、そうがん、あの……」
「それと、あなたにとって残念なお知らせが」
「え?」
「キッド殿下は体調不良で今回の旅には参加されなかったようです」
――は?
「え!?」
サリアが微笑んだ。
「あいつ、いないの!?」
「最近風邪が流行ってますからね」
「そ、そんなはずないわ!」
「同じく、リオン様も体調不良だとか」
「はあ!!!!!!!???」
「王子様がいらっしゃらないという事で、皆さま落胆されておりましたが、ここでは様々なイベントが開かれます。きっと楽しい船の旅になることでしょう」
リオンがいない? どういうこと? 冗談?
「うそ。うそでしょ? げほっ、げほげほっ、リオン、さまが、いないなんて、サリア、それ、じょうだん……」
「あなたはお部屋に戻って休まなければ。風邪をなめてはいけません」
「う、うそ、うそ! ちょっとまってよ! うそでしょ!?」
血の気が下がるあたしをサリアが引っ張りつづける。
「ねえ、リオンさま、かくれてるんでしょ? おしのび? サリア、ほんとうのこといって」
「ゴーテル様とスノウ様が残念がっておりましたが、この時期ですから」
「いや、うそ、うそよ……」
「38度も出て、船に乗る方がどうかしているんですよ。テリー」
「じゃ、じゃあ、だれがせんないをみてまわってるの? この船でトラブルが起きたら、キッドもリオンもいないじょうたいで、だれがたいしょするの?」
「テリー、お部屋に戻りましょう。今のあなたは言ってることが支離滅裂です」
「ちが、あの、だったら、ドロシーを、その、そうがんきょうが、あの、備品庫に、その、ああ、そうだわ、サリア、ママはどこ? 備品庫にようじがあって、その……マスターキーを、その、えっと……えっと……げほげほっ!」
サリアがあたしを無視して歩きつづける。
「あの、あの、あの、あの……」
――あたしは部屋に戻された。
「さあ、テリー、ネグリジェにお着替えを」
「サリア、でも、あの、ふねが、あの、えっと、石炭倉庫と、あの、そうがんきょうが、あの……」
「そろそろお薬のお時間ですね。スープを頼んでおりますので、それを食べて、薬を飲んで、大人しく寝てください」
「いや、あの、けほけほっ、だから、んんっ! そうがん……」
「テリー」
あたしは気付いた。サリアの目が笑ってない。
「早く、着替えてください」
それとも、
「あなたを縛りつけて、私が着替えさせましょうか?」
「……はい」
あたしがネグリジェに着替える頃、クルーがスープを運んできた。
「さあ、テリー」
「……あの」
「はい」
「しょくよくが……」
「はい?」
「……はい」
スープを飲み、薬を渡される。
「さあ、テリー」
「……あの」
「はい」
「あたし、こなのくすりじゃないと……」
「はい?」
「……はい」
玉の薬を飲めば、ベッドに寝かされる。
「大人しく寝てください」
「……サリア、おねがいが……」
「はい。なんでしょう」
「ふねのみはりが、そうがんきょうをもってないみたいで……。げほげほっ、……備品庫のどこかにあるはずよ。……ずびっ。……わたしてくれないかしら」
「かしこまりました。伝えておきます」
「……たのんだわよ……」
ミッションが失敗でもこれだけはやっておくわ。ああ、あたし、なんて良い子なのかしら。だがしかし、これで見張りがきちんと見張れるようになる。これで状況はまだマシになるでしょ。
(にしても、どういうこと……?)
キッドとリオンがいない?
(何よ。また花の取り方でも間違えたわけ? リオンに関しては、今度は必ず助けてくれるって言ってたじゃない! 今回は、絶対にあんたがいないと困るのに!)
キッド。
(絶対許さない……! 絶対許さないから……! よくもこんな時に病気になってくれたわね! あたし、今回は本当に危険でデンジャラスでとんでもないのに! ボディーガードなら、そんなもの吹き飛ばしてしまいなさいよ! あたしを守りなさいよ!)
――どうしよう。
(ということは、船には兵士と騎士だけがいるってこと? 騎士隊長が指示してる? ソフィアは? リトルルビィは? みんな船に乗ってるの? どこまで話が通ってるの? ねえ、この船の怖さを知ってるの?)
世界最大規模の船が、沈むって言ってるでしょ。
(あたし、こんな状態なのに……)
優しい手が頭を撫でてきた。はっとする。
(サリアが乗ってる)
サリアだけじゃない。アリスもニクスも、ゴーテルさまもスノウさまも、ママもアメリもクロシェ先生も、みんな乗ってる。
(……メニーも)
みんな乗ってる。
(あたし、どうなるの……?)
あたしの体が震え出す。
(怖い)
しかし、恐怖とは裏腹に強い眠気に襲われる。
(リオンだけじゃなくて、キッドにも伝えるべきだった? ばあばから助言が下りてきたとか適当なこと言えば、話を聞いてくれたかも。いや、でも今回は、キッドに言うわけには……)
だって、キッドに言うってことは、つまり――。
(……まあ、いいわ。こうなったら寝てる場合じゃない。あたしが……)
瞼が下りてくる。
(あたしが何とかしないと……)
とうとうあたしは眠る。ようやく大人しくなる。――そこへ、クロシェ先生と、男性がやってきた。
「サリアさん」
「これは、クロシェ先生」
「婚約者のアレックスです」
「初めまして」
「ご丁寧にありがとうございます。メイドのサリアです」
「先程、テリーがドロシーを追いかけているところを見かけまして……」
「ああ、心配には及びません」
ベッドで眠るあたしを見て、クロシェ先生が腰に手を置いた。
「もう、テリーったら、起きたらうんと説教しなきゃ。それと、課題も増やさなきゃ」
「君は家庭教師を終えるんじゃなかったのかい?」
「……嫌だわ。いつものクセで」
サリアとクロシェ先生とアレックスが、吹き出して笑った。
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