第9話 エメラルドの都
ここまでどうやってきたのか――ご記憶でしょう。五名が魔女を探しに来た時、魔女に呼ばれた翼ザル達に運ばれてきたのです。だから、西の国からエメラルドの都には、道がないなんて、一行は知らなかったのです。
「一体どこまで歩けばいいんだ?」
「ドロシー、疲れてないかい?」
「ああ。実はもうくたくたさ」
「にゃあ」
「大丈夫? ドロシー。そうだ。俺様の背中に乗りなよ。俺様、おんぶしてあげる!」
ドロシーはキングの背中に抱えられますが、いつまで経ってもエメラルドの都にはたどり着きません。そこでナイミスはひらめきました。
「そうだ。野ねずみを呼ぼう。きっと何か知ってるだろうさ」
「ああ! そうか! どうして気づかなかったんだろう。ナイミス、君は脳なしのくせに、頭が切れるね!」
アクアが野原で野ねずみを呼びました。野ねずみ達は集まり、アクアを見上げます。
「あら、ご友人さん。どしたのっ?」
「僕達、久しぶりの旅で、迷子になってしまったようだ。エメラルドの都はどこかわかるかい?」
「あら、それならわかるわ」
「でも、とっても遠くでちゅ」
「あなた達、どして正反対の道なんて歩いてたの?」
正反対の道を歩いていたなんて、一行は驚いてしまいました。すると野ねずみ達は、ドロシーの被る金の帽子に気がつきました。
「金の帽子。あら素敵。それを使って翼ザルをお呼びすればよろしいのに。オズの都まですぐに運んでくれまちゅよ」
「この帽子?」
ドロシーが帽子を外しました。
「これを、どうやって使うの?」
「帽子をめくってごらんなさい。内側に呪文が書かれているはずだから」
「でも彼らを呼ぶんなら、僕達は逃げないとっ」
「そうなの。あのサル達、とんだ悪がきなの。大変な悪戯好きで、あたち達をいたぶって、大いに楽しむ連中なのでちゅ」
「サルって、あのサル達のことだよね?」
ドロシーが不安そうに訊きました。
「僕達のことを、また傷つけはしないかな?」
「それは心配ないでちゅ。だって、彼らは帽子の持ち主の言うことは絶対の連中だもの」
「だからごきげんよっ!」
野ねずみ達は走り去ってしまいました。ドロシーはキングから下りて、帽子の内側を見ますと、ふちに何か書かれておりました。これだと思ったドロシーは、書かれていたことをきっちり読んでから、また帽子を被りました。
さあ、始めましょう。ドロシーは左足で立って言います。
「エッペ、ペッペ、カッケ!」
「ん? 今、何て言ったんだ?」
ナイミスがぽかんとして訊きました。ドロシーは右足で立って続けました。
「ハイロー、ホウロー、ハッロー!」
「ハロー !」
アクアが挨拶をされたと思って挨拶を返しました。ドロシーが両足で立って言いました。
「ジッジー、ズッジー、ジク!」
呪文を言い終えると、空から大量の声と羽の動く音が聞こえ、見上げる頃には、翼ザルの群れがドロシー達を囲んでおりました。
「お嬢さん、ご命令は?」
「エメラルドの都まで、案内してくださいませんか?」
「ここから歩いてはいけません」
「ですので、我々が運びましょう」
「ききっ。これが一回目の願いごとでござんす」
翼ザル達はそう言って、ドロシー達を丁寧に抱え、空高く飛び始めました。みんな、翼ザル達に酷いことをされたものだから、とても怖かったけれど、でもとても親切にしてくれたので、快適の空の旅を楽しんだのです。でも、やっぱり長旅なので、ドロシーはボスのサルに訊きました。
「ねえ、あなた達はどうして金の帽子の持ち主に従うの?」
「それはね、お嬢さん、私達のおじいさんがね、とある国の王女様に悪いことをしてしまったのさ。許してもらう条件として、三回だけ、この金の帽子の持ち主の奴隷にならなくてはいけなくなったのでござんす」
「どうして悪いことをしてしまったの?」
「ほんの悪戯だったのです。でも、それがとても悪いことだった」
「謝ったの?」
「とても悪いことだったから、言葉だけの謝罪ではなく、こうして形として残ったんでござんす」
「どうして? 悪いことをしたら、ごめんなさい。だけではだめなの?」
「ごめんなさいで片付かないほど、悪いことをしてしまったのさ」
「僕達はこれからオズに謝りに行くんだ。人間がオズに悪いことをしてしまったから、その代表で。……僕は直接オズに何かをしたわけではない。でもオズは、どうしてか僕を傷つけるんだ。僕は今までなら、嫌なことをされたらごめんなさいって言われたら許したよ。でもね、おサルさん。どうしてごめんなさいで済ませられないのかな? 僕はね、とてもオズを許せないって思ってるんだ。オズが僕の大切なものを奪ってしまったからさ。これで、オズからごめんなさいと言われたら、僕はどうしたらいいんでしょう?」
「それはあなたが決めることでござんす。でも、これだけ言っておきましょう。恨みや憎しみから出来た復讐は、何も意味をなしません。消えたものが戻ってくるわけではないし、傷が癒えるわけでもございません。あなたにそんなことをさせるのを望む人がいるのであれば、別でございますが。ききっ」
「……」
「長話となりましたが、さあ、到着です。あと二回、私達はあなたに会うことになるでしょう」
翼ザル達はドロシー達を下ろして、さっさとどこかへ飛び去ってしまいました。さあ、とうとうエメラルドの都にたどり着いたのです。都を覆う大きな緑の壁に沿って一行が歩きます。地面は黄色のれんが。門の横にあった呼び鈴を鳴らすと、門の窓から小男が顔を覗かせました。男は全身緑の鎧をしていて、肌もほんの少し緑がかかっているような気がしました。一行を見た男が首を傾げました。
「やあ、諸君。エメラルドの都に何のご用かな?」
「やあ。門番さん。僕達、偉いオズに会いにきました」
「オズ様に会いにきたって!? わお! 客人だ! こいつは忙しくなるぞ!」
門番が緑の目玉を飛び出させ、口角を上げてみんなに伝えました。
「旅人一行、ご案内ー!」
大きな門が左右に開き、空から緑の花が降ってきます。みんな久しぶりの客人に笑顔になり、ドロシー達を歓迎しました。
「どうも。はじめまして。オズ様の元へ案内しますよ。さあ、みんなこのメガネをかけてちょうだいな」
「どうして?」
「メガネをしないと、エメラルドの都の美しさと栄光がまぶしすぎて、目がつぶれてしまうの。この都に暮らす人はみんなそう。みんなメガネをつけてるのよ。この都が作られた時に、オズ様がそう命令されたのだから、これは絶対だ。そうすれば我々は幸せになれる。さあ、メガネをかけるんだ」
みんなはメガネをかけました。そして、絶対に外れないように紐の後ろに鍵をかけられました。その瞬間、ドロシーはメガネを外したくなりましたが、目がつぶれるのが嫌だったので、しぶしぶこのまま案内役の後ろをついていくことにしました。
宮殿に行く間、都はとてもまぶしくて、頭がくらくらしてしまうほどでした。人々は緑で、笑顔にあふれていて、不幸そうには見えませんでした。それもそうです。ここは偉い魔法使いのオズがいる都。この都で、オズの作ったルールを破らずに暮らしていれば、みんな緑で、幸せでいられたので、誰も緑で、不幸な人はいなかったのです。建物は緑色で、立派な家がいくつも建っています。
きらきらした道を歩き続けると、オズの宮殿にたどり着きました。
「オズ様がお待ちでございます。さあ、どうぞ!」
一行は、宮殿の中へと入っていきました。
大きな玉座の間。
世界の中心。
ナイミスが興奮から震えます。
アクアが緊張から震えます。
キングが恐怖から震えます。
ドロシーとトトがスキップしていた足を止めました。
そこには、緑の家具で囲まれた、唯一紫色のドレスを着たオズが、玉座に座ってました。
「ようこそ」
紫の瞳が、やけに神々しく光り輝きます。
「我こそはオズ。偉大にして恐ろしい支配者である」
「はじめまして。僕はドロシー。こちらは友達のトト」
「にゃー」
「こちらは君が呪ったカカシ」
「ご無沙汰してますぜ」
「こちらは君が呪ったブリキ」
「お久しぶりです。陛下」
「こちらは君が呪ったライオン」
「ぶるぶるぶるぶる……」
「ふむ。それで、わらわに何の用だ?」
「俺はあんたに謝りに来たぜ。作物を渡さなくて悪かったよ。ごめんなさい。だから脳を返してくれ。このとおりだ」
「僕はあなたに謝りにきた。あなたに怒りをぶつけてしまったことを心からお詫びしたい。ごめんなさい。だから心を返してくれ。このとおりだ」
「俺様、あなた様に謝りにきました。驚かせてしまってごめんなさい。本当に悪かったよ。だから勇気を返してください。このとおり」
「なるほど。お前達は心から反省し、わらわに謝罪をしたいと申すか。なるほど。そういうことであれば、わらわは鬼ではない。お前達が心から謝罪したいというのであれば、返してやろう。わらわの靴にキスをするとすれ」
「ああ、実に憂鬱だぜ。だけどこれで返してもらえるならなんだってするさ。陛下。本当にごめんなさいだぜ」
ナイミスがオズの靴にキスをすると、なんということでしょう。わらの体に肉がつき、ぼろぼろとわらが落ちていきました。ナイミスは人間になり、頭には脳が戻りました。ナイミスは感動のあまり、泣き喚きました。
「ああ、オズ様、本当にありがとう。これからは、作物をきちんとあなたにお渡しします」
次はアクアの番です。アクアも心から謝罪をし、オズの靴にキスをすると、ブリキが弾け飛び、中から人間の肉が出てきたのです。アクアも人間に戻れたのです。胸に手をやれば、暖かな心を感じます。アクアは感動のあまり、泣き喚きました。
「ああ、オズ様、本当にありがとう。これからは、もっと素敵な女性と出会うようにします」
次はキングの番です。キングは恐怖しながらも、頭の中でごめんなさいと百回唱えてからオズの靴にキスをしますと、あれれ、チャックの存在を感じました。それを下に下げると、中からキングが現れたのです。キングも人間に戻れたのです。久しぶりの自分の大きくてたくましい体に、キングは感動のあまり、泣き喚きました。
「ああ、オズ様、本当にありがとうございます。俺様、もう絶対に悪いことをしないよ」
オズがドロシーを見ました。
「お前が謝罪することはなんだ」
「僕が謝罪することはありません」
それを聞いたみんながきょとんとしてしまいます。
「何を言っているんだ。ドロシー」
「君はオズに謝るんだろう?」
「ドロシー? どうしたの?」
「謝るのは、君さ」
今のドロシーは、恨みの感情で目を燃やしていたのです。
「あなたが、僕の大切なものを奪った。まずは、それを謝ってください」
「身に覚えがないな。わらわがいつ、お前の大切なものを奪ったというんだ?」
「トゥエリーを殺したのは、あんただ」
「トゥエリー? はて? 誰のことかな?」
「あんたが殺したんだ」
「もしかして、いやいや、お嬢さん、もしかしてのまさかのまさか、トゥエリーとは、わらわの魔力のこと。もしやね、お嬢さん、わらわの魔力で作った土人形に、お名前をつけてくれたのかな?」
「そうさ。君の子供さ」
「わらわに子供なんぞいない。裏切り者に用はない。土人形はいくらだって作れる。一体や二体壊したところで、何も問題はない。わらわの魔力で動かしている、たかだか人形だからな。さて、ドロシー、もう一度聞こう。わらわに何の御用かな?」
その瞬間、ドロシーはとてもオズが腹立たしくなってしまいました。バスケットの中に詰めていた包丁を握り、玉座に走っていったのです。三名がはっとした時には遅く、ドロシーは今まで感じたことのない恨みをこめて、オズを刺そうとしたのです。しかし、オズはこの世界の支配者。簡単にドロシーの手を取ってしまいました。
「これでわらわを刺す気か?」
オズが立ち上がります。
「そんなに許せなかったか? たかだか、あんな人形が消えたくらいで」
「うるさい……」
「奴隷生活から解放されて、よかったじゃないか」
「うるさい……」
「とても意地悪な魔女だった。お前もあれが消えて、清々しただろう?」
「うるさい!!」
ドロシーが手に力をこめました。
「よくもトゥエリーを殺してくれたな! お前さえいなければ、トゥエリーは傷つかなくて済んだのに! 死なずに済んだのに!」
「ドロシー、やめるんだ!」
ナイミスがドロシーを抱えますが、ドロシーが暴れました。
「放せ! トゥエリーはあいつに殺されたんだ!」
「ドロシー! お前は人間に酷いことをされたオズに謝るんだろう!?」
「ドロシー! 君は人間の代表じゃないか!」
「ドロシー、や、やめなよ……! 包丁なんて、危ないよ!」
「うるさーーーーーーーーーーーい!!!!」
ドロシーの包丁がナイミスのメガネの紐を切ってしまいました。鍵をつけて固定していたナイミスのメガネが外れます。すると、ナイミスが肉眼で見た光景に、悲鳴をあげました。
「うわああああああああ!!」
その反応に、みんながぽかんとします。ナイミスが自分自身に怯え始めたのです。
「な、なんだ、これ!」
「ドロシー! 僕のメガネの紐も切ってくれ!」
アクアに頼まれたドロシーは包丁でメガネの紐を切りました。キングのも切ってあげますと、アクアとキングがメガネを外し、ぞっと顔を歪ませました。様子のおかしい二人に、ドロシーも紐を切ってメガネを外しますと、まあ、なんてことでしょう。
目の前の三人が、人間ではないものになっていたのです。
カカシだったナイミスは、肌がわらのようになったばけものに。
ブリキだったアクアは、中身が空洞になったばけものに。
ライオンだったキングは、獣のようなばけものに。
全員がオズを見ました。
「どういうことだ! オズ!」
「僕達は、謝ったじゃないか!」
「人間というのは、実に愚かだ。わらわのような偉い魔法使いに、謝罪の言葉と態度だけでどうにかなると思ったか」
トトがメガネを外し、窓からエメラルドの都を見ます。エメラルドの都は、呪われた都でした。ばけものが歩き回り、笑っていたと思っていた顔は、歪みに歪んで、口角が上がっているように見えていただけでした。この都に住む人々は、全員罪人なのです。だからオズは、呪いをかけたのです。住人達は、自分達の姿を見せたくなかったので、必ず旅人にはメガネをさせるのでした。そのからくりに、ドロシー達は気づいてしまったのです。
「わらわはオズ。この世界の支配者。罪人は許さない。お前達が死ぬまで、呪い続けるまで」
「そ、そんな……!」
「くそ……!」
「こんなのってないよ!」
「黙れ。罪を作ったのは誰だ。この世界は、される側ではない。全て、罪を作るほうが悪なのだ。わらわは何もしていない。お前達に、断罪の道を作っただけだ」
「どうか、お許しを!」
「陛下、慈悲を!」
「どうか!」
「許さぬ」
オズが星の杖を取り出しました。
「全ては、人間が仕掛けたこと。わらわは、罪を償うチャンスを与えてあげているではないか」
その姿のまま生きていきなさい。
「メガネをかければ、誰も気づかない」
「こんなの憂鬱すぎるぜ!」
「あんまりだ!」
「もうパパとママに会えないよぉ!」
「トゥエリーが言ってた。呪いは、呪った本人を殺せば解かれるって」
ドロシーはオズを睨みました。
「僕は君に何もしていない。でも、君から仕掛けてきた」
「人間が先に仕掛けてきた。謝るのはどちらかな?」
「復讐は何も生まれない。わかってる」
「そうだな。ドロシー。復讐は何も生まれない。ならばどうする? 土下座して、わらわに許しを乞うか? いいぞ。謝罪したら、お前とトトだけはカンザスに帰してやろう。なんていったって、同情するよ。お前達は部外者なのだから」
「僕は救世主としてここに呼ばれた。これは僕にしか出来ないと」
ドロシーが息を吸いました。
「やっぱり、きちんと挨拶をしたほうがいいね! トト!」
猫に向かって叫びました。
「オズにご挨拶!」
ドロシーは力みました。
「うーーーーーーん!!」
そして、叫びました。
「ボンジューーーーール!!」
紫の瞳が睨みつけると、ドロシーは包丁をオズに投げました。オズが玉座から消え、宙にふわりと浮かびました。
「ああ、残念だ。これでお前をカンザスに帰らせることは出来なくなった。暗殺者め。わらわの命を狙う不届き者め」
オズが星のついた杖をくるんと回しました。
「地獄に堕ちるがいい」
空が闇に覆われます。人々が家の中に逃げました。オズが怒っている。どうか、お許しを。お許しを。雷が鳴り、大雨が降り、まるでオズの心を映し出しているように、天気が変わります。これも、オズを殺せば元通りになるでしょう。なので、一行の目的は、オズに謝罪するのではなく、王の命をこの手に掴むことになりました。
ばけものになったナイミスがギターを構え、ばけものになったアクアが斧を構え、ばけものになったキングが唸ります。それをあざ笑い、オズがみんなに魔法をかけていきます。炎を落とし、水を落とし、ツルで攻撃してきます。アクアはさっきよりも硬くなった体を壁にして、みんなを守りました。そして、わらのようになったぼろぼろのナイミスは戻ってきた脳を働かせ、知恵を湧かせました。みんな、ちょっと耳を貸してくれ! ナイミスはオズの杖に注目したのです。あの杖さえ手に入れてしまえば、こちらのものなんじゃないかな? それはいい考えだ。しかし、どうやってあの杖を奪おうか。
そこでドロシーは、銀の笛の存在を思い出しました。奴隷生活を強いられている時、西の魔女が銀の笛を吹いて魔法をかけていたのを、ドロシーは見ていたのです。
ドロシーは銀の笛を吹きました。ぴゅー!
そして心から願いました。あの杖を奪えるほどの風が起きますように。そう思うと、宮殿の中にすさまじい突風が吹きました。あまりにも強い風だったので、オズは杖を手放してしまいました。それをトトが受け取ります。
「にゃう!」
「これこれ。杖をお返しなさい」
「ふしゅー!」
「……ん?」
トトが口で杖を動かしました。すると、オズが地面から出てきたツルに捕まってしまいました。
「おい、猫。お前、なぜわらわの魔力を持っている?」
緑の目を見て、オズがはっとした。
「……やってくれたな。トゥエリー」
地面に押さえられたオズに、ドロシーが馬乗りしました。オズがため息を吐きました。
「ああ、人間とは実に愚かだ。またわらわを傷つけるのか」
「先に仕掛けたのはお前じゃないか」
「ドロシー、トゥエリーがお前がそうすることを望んでいると思うか? 今ならば許してやる。わらわの命を奪ったら、あの猫と一緒に帰れなくなってしまうぞ?」
「僕、嘘つきは嫌い。嫌いだよ。お前みたいな嘘つきは、特に大嫌いだ!!」
ドロシーはオズの心臓に包丁を突き立てました。オズが笑いました。だって、オズには心臓がないのですもの。それでもドロシーはオズの胸に包丁を刺しました。血が飛び散ります。オズの力が抜けてきました。オズの跳ねた血が地面に飛び、そこから草が生えました。
人間の手だけではオズは死にません。魔法使いは、魔法使いにしか殺せないのです。でも存在しない心臓に包丁を刺されたら、たとえ魔法使いでも、力が出なくなってしまうのです。なので、オズは眠ってしまいました。
「仕方ない。傷が癒えるまで眠ろう」
オズの血から出た草は、オズの魔力によって咲いたもの。きっとこれが花を咲かせる時、オズが目覚める瞬間なのでしょう。
オズは眠ります。そうしますと、この世界にかけられた呪いがすべて解かれました。ばけものの姿だった人々は、元の体を取り戻しました。みんな、大喜びです。
「オズが死んだ!」
「我々は、自由だ!」
みんなは、オズを棺桶にしまって、洞窟の深くに封印することにしました。
「ドロシー、よくやった」
「君は英雄だよ」
「……ドロシー」
キングがドロシーを抱きしめました。
「僕達、君が好きなんだ。だから、お願いだよ」
キングがドロシーの頭をなでました。
「……悲しまないで。ドロシー」
ドロシーは、もうわからなくなってしまいました。
どうすればよかったのでしょう。
オズはどうしたら恨みから、憎しみから解放されたのでしょう。
結局、恨みを倍増させただけではないのでしょうか。
自分の中にあるもやもやも、消えることは決してありません。ドロシーもまた、呪われた気分でした。
ドロシーは空を見て思いました。トゥエリー、僕はどうしたらよかったの?
答えは、返ってきません。
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