第5話 西の魔女の襲来


 午後になると太陽が激しく照らつき、ドロシーとトトとキングが疲れてしまいました。ナイミスが声をかけます。


「少し休もう。草の上で休むんだ」

「僕らが見張りを務める。さあ、三人とも、ゆっくり休んで」

「助かるよ。どうもありがとう」


 三人が眠って休んでいるのを、望遠鏡から目玉が覗いていました。それは、緑の肌の、醜い魔法使いです。そうです。この魔法使いこそが、西の魔女と呼ばれる意地悪で邪悪な魔女の正体だったのです。


 西の魔女は久しぶりに望遠鏡を覗いたのです。なぜなら、最近コウモリ娘がコウモリを逃がして最高のディナーが台無しになってしまったから、コウモリ娘をどう痛めつけてやろうか、計画を練っていたのでした。そしたらなんてことでしょう。久しぶりに望遠鏡を覗いたら、ドロシーとその友達が仲良く自分の国に入っているではありませんか。


「なんてことだろうね!!」


 西の魔女は頭に血が上り、髪の毛を爆発させました。


「あいつら、そこで仲良くBBQをするつもりだね!? あたしはね、仲良しこよしなピクニックもハイキングもお散歩も大嫌いなのさ! あのドロシーとかいう女の子に至っては、気持ちよさそうにお昼寝をしているじゃないか! ああ! なんて仲良さげな光景なんだろうね! むかつく! 畜生! くたばれ!」


 かんかんに怒った西の魔女が首にかけた銀の笛を吹きました。


「ぴゅーう!」


 音を聞きつけた狼達がどこからともなく走ってきました。牙は鋭くとがって、今にも誰かを噛みつきたいと言っている顔をしています。西の魔女は水晶から五人の姿を映し出し、狼達に見せました。


「こいつらの所へ行って、ずたずたに切り裂いておしまい!」

「なんですって? いつものように、奴隷にはしないのですか?」


 狼の首領がたずねますと、西の魔女は鼻を鳴らしました。


「一人はブリキで、一人はわら。一人は女の子で、一人は猫。おまけでライオン。この中で仕事が出来る者がいるもんか。さっさと終わらせておしまい。いいかい。誰も生きて残してはいけないよ!」

「御意」


 狼達が西の魔女の命令の元、全速力で駆け出し、他のみんなも後に続いていきます。そのことに気付いた野ねずみ達が走り出し、一足早くナイミスとアクアに伝えに行きました。


「大変よ! あなた達、あの意地悪に狙われてるわ!」

「狼がやってくるわ!」

「野ねずみさん、教えてくれてどうもありがとう。これは僕の戦いだ。ナイミス、ここは僕に任せるんだ。君はドロシー達を守って」

「わかった」


 日が暮れると同時に、狼の群れがやってきます。アクアが斧を構えました。


「僕が相手になろう! 来い!」


 狼達はアクアに飛びつきます。しかし、アクアは狼の首に斧を振り下ろし、首と体を切断したものですから、狼は首から魂を抜け出してしまいました。どんどん飛び掛かりますが、アクアの鋭い斧でみんな倒されていきました。首領も全力でアクアに噛みつきますが、アクアはブリキなので噛まれたって平気なのです。斧を振り、ひたすら狼達を殺していきました。


 最初は大量にいた狼でしたが、とうとう全員、誰の傷をつけることもなく死んで行ってしまいました。


 アクアはみんなが無事かどうか気になって振り返ると、ドロシー達を見張っていたナイミスに拍手をされました。


「ナイスな戦いだったぜ」

「いやいや、どうもありがとう」


 朝日が昇る頃、三人が目を覚ましました。ドロシーは狼の死体が山になっているのを見て、目を丸くしました。


「わあ! 一体何が起きたんだい!?」

「野ねずみが教えてくれたんだぜ」

「何でも、西の魔女の差し金らしい」

「アクアがみんなを守ってくれたんだ。ナイスな戦いだったぜ!」

「アクア、ああ、なんてお礼を言ったらいいんだろう! どうもありがとう!」

「にゃあ!」


 ドロシーとトトがアクアを抱きしめ、アクアが二人を抱きしめ返します。その後ろでは、キングが狼の死体を見て、泡を吹いて気絶していました。


「ぶくぶくぶく……」

「キング、朝ご飯の時間だぜ。実に有意義な時間だぜ」


 朝ご飯を食べ終えた後、一行は再び西の魔女の元へと向かいました。


 さて、その同刻。西の魔女はとても気持ちよく起きました。今頃ドロシー達は狼共の餌になってしまったのだろう。これであたしはオズ様に褒めてもらえると思って、望遠鏡をのぞいたところ、狼達は全員死体の山となり、ドロシー達は仲良く歌を歌ってこの城に向かって歩いているではありませんか。


「ぴぎゃあああああああああああ!!!!」


 西の魔女は地団太を踏み、もっと腹を立てたので銀の笛を二回吹きました。


「ぴゅー! ぴゅー!」


 今度は空から野生のカラスの群れが魔女の元へとやってきます。多すぎて、空が一瞬真っ黒になるほどです。西の魔女はカラスの王様に言いました。


「とっととあのよそ者達の所へ飛んでいって、目玉を突き刺して引き裂いておしまい!」

「いつものように奴隷にはしないんですか?」

「いいからさっさとお行き! 食べてしまうよ!」


 野生のカラス達はすぐに大きな群れを作って、ドロシー達に向かって飛んでいきました。しかし、聞いていた野ねずみ達が一足早く情報を伝えていたのです。


「大変よ! 今度はカラス達が来るわ!」

「西の魔女の仕業よ!」

「お願い、逃げて!」

「もうこれ以上犠牲者は見たくないんだ!」


 その声を聞いて、ナイミスがギターを鳴らした。


「これは俺の戦いだ。みんな、道のわきに伏せているんだ。キング、アクア、ドロシーとトトを守るんだぜ」


 そう言われたみんなは地面に伏せました。ナイミスは一人腕を伸ばして立ち止まります。それを見てカラスの王様が笑いました。


「おいおい、ただの詰め物が立ち止まったぞ。びびって動けなくなったに違いない。よし、ここは俺の鋭いくちばしで、あの目玉をくり抜いてやる!」


 カラスの王様がナイミスに向かって飛んでいくと、ナイミスはその頭を捕まえて首をひねって殺しました。王様が死に、カラス達が怒ってどんどんナイミスに向かっていきますが、ナイミスはわらなのでつんつん突かれても痛くありません。どんどんカラス達を殺していき、やがて最後の一羽が死んでしまいました。


 ドロシーが起き上がりました。


「ナイミス、無事かい!?」

「俺なら大丈夫だぜ!」


 無傷のギターを弾きます。そんなナイミスにドロシーとトトが駆け出し、抱き締めました。


「ああ、良かった! ナイミス!」

「にゃー!」

「よせやい。大袈裟だぜ」


 そう言いながら、ナイミスは嬉しそうです。

 みんな怪我はなく、引き続き旅を続けるのでした。


 同時刻、西の魔女は美味しいランチを食べてご機嫌でした。そろそろ片付いただろうと思って望遠鏡をのぞいてみたら、なんてことでしょう。カラス達が死体の山になって、ドロシー達は楽しそうに唄を作って遊んでいるではありませんか。


「ぷぎゃああああああああああ!!」


 西の魔女はカンカンに怒って壁に穴を開けた後、銀の笛を三回吹き鳴らしたのでした。


「ぴゅー! ぴゅー! ぴゅー!」


 音を聞きつけた黒いハチ達が、ぶんぶん音を鳴らしながら西の魔女の元へと飛んできました。


「あの生意気なよそ者達の所に行って、アナフィラキシーショックを起こさせて殺しておしまい!」

「ぶぶん。いつものように奴隷にはしないのですか?」

「えーからさっさと行ってこいゆーてんや! どついたろか!!」

「ぶぶん。行くぜ。お前達」

「「ぶぶん」」


 ハチ達は言われた通りにバイクと背中のはねでぶんぶん言わせながらドロシー達の元へと向かっていきました。しかしこれも聞いていた野ねずみ達が一足早くドロシー達に伝えていたのです。


「大変よ! 今度は暴走ハチ集団が来るわ!」

「いつもぶいぶい言ってるの!」

「もうおしまいだわ!」

「お願い! 逃げて!」

「ここは共同作業だ」


 ナイミスが提案しました。


「俺のわらでみんなを守る。アクア、任せていいか?」

「ああ、何とかしよう」


 ドロシーとトトと恐怖に震えるキングは横たわり、その上にナイミスのわらが敷かれ、みんなを覆い隠しました。暴走ハチ集団が辿り着くと、刺せる相手はブリキの木こり一人だけ。ハチのボスが叫びました。


「おう、てめえら、やってやんな!」

「「ぶぶん!」」


 ハチ達がアクアに襲い掛かりますが、相手はブリキです。ハチ達の自慢の針がブリキに当たって折れてしまい、攻撃なんて出来やしません。ハチ達は針が折れるとそこから魂が抜け出てしまうので、そうしてどんどん魂が天へと昇っていき、みんなアクアの下に落ちていき、また死体の山となっていくのでした。


「悪いことをしようとした報いだ。次生まれ変わったら、ちゃんと良い行いをして生きるんだ。いいな?」


 アクアが死体の山に言う頃、ドロシーとキングとトトはわらをかき集め、きちんと詰め直したので、またナイミスが動けるようになりました。そしてみんな、また旅を続けることにしたのです。


 同時刻、その様子を今度はしっかりと西の魔女が見ていました。


「なんてことだろうね。ああ、全く。面倒だね。なんてことだろうね! とうとうあたしを怒らせたね!」


 西の魔女は自分の爪を噛みちぎり、足を踏み鳴らし、髪の毛を引っ張って抜き、歯をがちがち言わせて、奴隷達を呼びつけました。


「ウィンキー! えーい! ウィンキー!」


 弱虫な奴隷のウィンキー達が怯えながら西の魔女の元へ集まりました。


「何とかして、あいつらを倒すんだよ! いいね!」

「へ、へえ……」

「へえじゃない! こういう時はね! イエッサーと言うんだよ!」

「イエッサー!」


 そのことを聞いていた野ねずみ達はみんなに情報を伝えておりました。


「ウィンキー達なら心配することはないわ」

「彼らは平和主義者なの」

「ちょっと驚かすだけでいいわ」

「な、なら!」


 キングが初めて立ち上がった。


「俺様が!」


 野ねずみ達の言う通り、ウィンキー達は西の魔女の奴隷でありながら、とても臆病で勇敢な人々ではありませんでした。しかし、奴隷なので西の魔女に従うしかありません。ドロシー達を見つけたウィンキー達は槍を持って近づきますと、キングが青い瞳を光らせ、すさまじく吠えたのです。その瞬間、ウィンキー達は身を縮めました。


「ぎゃあああああああああ!!」

「いやあああああああ!!」

「ごめんなさああああい!!」


 ライオンに襲われると思ったウィンキー達は一目散に逃げて行きました。キングは、ほんの少し、可哀想だなと思ったのでした。


 その通り、可哀想なウィンキー達は城に戻れば西の魔女のお仕置きが待っていたのです。逃げてきた全員を鞭で打った後、西の魔女は最後の賭けに出ました。


「えーい、こうなったら!」


 ずっと食器棚に置いておいた金の帽子を取り出しました。

 この帽子は魔法の帽子で、これを所有する者は三回だけ羽の生えた翼ザルを呼ぶことが出来るのです。翼ザルは、どんな命令でも三回だけ従うのです。西の魔女は過去に二回この魔法の帽子を使いました。


 一回目はウィンキー達を奴隷にして西の国を支配した時。

 二回目はオズの一番の手下として世界を恐怖で支配した時。


 これら全てを手伝ったのが、翼ザル達でした。願いは残り一つだけ。いざという時のために残したかった最後の一回ですが、狂暴なドラキュラも狼もカラスもハチもいなくなった今、西の魔女に残された手はこれしかなかったのです。


 西の魔女は帽子を頭に被ります。そして、左足で立ち、ゆっくりと唱えました。


「エッペ、ペッペ、カッケ!」


 次に、右足で立ちます。


「ハイロー、ホウロー、ハッロー!」


 最後に、両足で立って大声で叫びました。


「ジッジー、ズッジー、ジク!」


 呪文を唱えると、突然空が暗くなり、羽が動く音が外に響きます。サル特有のきいきいと甲高い声が聞こえ、西の魔女が瞬きをすると、立派な翼の生えたサル達が西の魔女を囲んでおりました。大きな翼の生えた一匹がリーダーです。


「我らが主様。きいきい。これが三回目、最後の呼び出しでござんす。きいきい。さて、ご命令は?」

「あのよそ者達の所へ行って、ライオン以外倒しておしまい! ライオンはペットにして、たくさん痛めつけることにした。さあ、お行き!」

「ききっ。ご命令通りに致しましょう」


 きいきい鳴きながら、翼ザル達が飛び立ち、ドロシー達の元へやってきました。これもすでに野ねずみ達から情報は入ってます。


「来たわ! 翼ザル達よ!」

「気を付けて!」


 ドロシー達は一生懸命応援しました。しかし、ああ、なんということでしょう! 翼ザル達はとても今までのどの敵よりも、とても強敵だったのです。


 サル達がアクアの腕を捕まえて宙へと運びました。


「よせ! 僕に触るな! 触っていいのは、可愛い女達だけだぞ!」


 アクアの声も空しく、サル達はアクアを鋭い岩でいっぱいの地面に落としたのです。アクアはぼこぼこにへこんでしまい、動けなくなってしまいました。


「大変! アクアが!」

「にゃー!」

「キング、ドロシーを連れて逃げるんだ!」

「えっ! でも、ナイミス!」

「早く!」


 ナイミスとキングが言い争っている間に、他のサル達がナイミスを捕まえました。そして人間のような手と指で、詰められたわらを全て引っ張り抜いてしまいました。帽子と長靴はまとめて高い気のてっぺんの枝にぽいと放り投げられてしまいます。


「ああ、ナイミスが!」

「にゃー!」

「ドロシー! 一時退却だ!」


 キングがようやく動き出します。


「そんな、だめだよ! 二人を置いて逃げるなんて!」

「ここにいたら、みんなやられてしまうよ! 今は!」

「でも!」


 その時です。ドロシーがサル達に捕まってしまいました。


「わあ!」

「にゃー!」

「ああ! ドロシー! トト!」


 トトがドロシーの頭に乗り、サル達を噛みます。しかしバランスを崩し、ドロシーの腕の中に戻ってきます。


「にゃー!」

「ああ、トト! 怪我はないかい? 可哀想に!」

「やめてよお! 俺様の友達に、手を出さないで!」


 サル達は強い縄でキングをぐるぐる巻きにし始めます。キングは縛られ、もう自分では動けません。ひたすら恐怖に怯え、ぼろぼろと涙を流しました。


「よし、この女の子からやってしまおう」


 翼サルのリーダーがドロシーを殺してしまおうと近づきますと、白い魔法使いのキスの痕に気が付き、慌てて後ずさりました。


「ああ、なんてことだ。この子には守備の魔法がかけられている。この子には手だしは出来ない」


 翼ザルが空を見上げて叫びます。


「ききっ。我らが主様。この子には手を出せません。城に持ち帰ることしか出来ません。それでよござんすか?」

「この役立たず共!!」


 激しい雷光が落ちると、煙が立ちました。みんなが一斉にその方向を見ると、そこには大きなステージが立っていて、スピーカーが両端に置かれています。誰かがコンサートでも開くのでしょうか。そのとおり。これは西の魔女のコンサートなのです。ウィンキー達が楽器を持って、生演奏を始めました。


「いえいいえい、我らが主の魔女様だい!」

「かもん、べいべー!」


 その煙の中から西の魔女が現れました。その姿、なんともまあ醜いことでしょう。あまりの醜さに、ドロシーが息を呑んだほどです。西の魔女がマイクを手に持ち、口の前に当てました。


「よく聞くがいい! かかし! ブリキ! ライオン! 猫に! か弱い女の子!」


 ウィンキーが滑り込み、その背中に西の魔女が片足を乗せました。


「あたしこそが西の魔女! お前達がこの国に入ったが最後! あたしの国に無断で入るだなんて絶対に許さないよ! お前達はみんな罪人だ! 生き残った三人は、死ぬまで奴隷として働いてもらうからね!」


 西の魔女が醜く笑い、最後の命令を出す。


「さあ! もたもたしないで城に連れて行くんだよ!」

「ききっ。かしこまりました」

「我らが主様、これが最後の命令です。この女の子とライオンを城に置いたら、我々は二度と会うことはないでしょう」

「いいからさっさと運ぶんだよ!」

「命令通りに致しましょう」


 ドロシーとトトとキングは、こうして魔女のコンサートが開かれる中、西の魔女の城へと運ばれてしまったのでした。


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