第8話 本格的な勉強と訓練。……今までのは?
三ヶ月が過ぎて、どうにか術式の常時展開や体術での力の増幅を覚えた頃、私は次のステップへと移る。
ちなみに個人的な目的は、中尉殿に一発当てること。
いまだに、偶然でも一発すら当てていない。かすってもいない。私が成長してないからいけないんだけど。
躰の使い方を覚えるだけじゃ、どうしようもないんだよなあ……。
午前中は先生の指導のもと、今は
「大きな袋を持つイメージね」
先生は構成を見せてくれるが、作るのは私だし、作ったあとそれを理解するのも私だ。そのあたりは徹底して考えろと言われる。
「私は影を使ってる。取り出す時にしゃがまないといけないけど、影っていうのは基本的に、四六時中あるものだから、所持している認識が持てるから」
「それはわかるけど、基本的に?」
「そう、基本的に。影を切り取る式も存在するから」
「影を使った移動封じとか、そういう術式は教えてもらったけど、切り取るのもあるんだ……」
「ごくごく稀にね。ただ、格納倉庫は条件付けによって難易度が大きく変わるわ」
「条件って、袋の?」
「普通の袋に、抜き身の剣を入れたら?」
「破れる」
「鞘つきの剣なら大丈夫ね」
「うん」
「でも、鞘がもう袋の役割よね? そうすると?」
「……あ、そっか、袋が鞘になったら、剣しか入らない」
「ここで論理構築。――なんでも入る袋は?」
「ぬう……」
そこまで言われれば、ここ三ヶ月の知識で難しいのを理解できる。
なんでも、というのは定義が難しい。逆に、剣だけと限定した方が、じゃあ鞘でいいだろうと、固定することができる。
何かを決めようとする時、曖昧なものよりもはっきりしたものの方が、よほど術式として構築しやすいのだ。
この定義というやつ。
論理構築。
曲解であっても、理屈さえ通してしまえば術式にはなるが、逆に言うと理屈が通らないものは術式として完成しない。
そして曲解というのは、一つの理屈を通すのに言い訳じみた論理がたくさん必要になる。たくさんは、そのまま術式の難易度と直結だ。
「汎用性が高いのは〝所有物〟ね」
「自分のもの?」
「そう、この定義はほかの術式でもよく使うから、覚えておいて損はないわよ。基本的には、対価を支払って得たもの」
「うーん……」
考えながら、私は自分で構成を作る。あくまでも外枠を作る感じで、試しにやってるようなものだ。
全部を先生に任せない。
「拾ったものなら、拾うっていう労力……あ、違う、違うそうじゃない。労力に見合った物品であるかどうか? 対価は限りなく等価であることが喜ばしい?」
「そうね」
「でもその前提が通れば、所持物になるから、あとは収納する箱みたいなのを考えればいいのか」
「構想としては間違ってないわよ。所持物なら、入れ物がなんであれ、自分の手元から離れることは、これも基本的にはないもの」
「……あれ? それはともかく先生、袋を作るって難しくない?」
「どこが?」
「影に収納するって前提で考えてみたんだけど、影って平面じゃん。袋って立体だよね? 四角形はできるけど、立方体となると……」
「表層だけを二元式にして、内部は三元式にするのよ。
「んー……」
「立体の捉え方は、さすがにまだ早いか。これは課題にして、先に武器の作り方をやりましょうか」
「わかった。けど、武器? 私ずっと無手なんだけど」
「
「……そういえば中尉殿の術式って見たことないかも」
「その特性は
「うん」
「右手に持っているナイフを、左手に組み立てる」
「ナイフをまず壊して、素材にした上で、同じナイフの設計図を作って左手に――移動させるみたいな」
「そうね。移動自体は考慮しなくていいわよ。重要なのは壊すこと。これを分解と捉える」
「分解……ああ、そっか、そっか、ただ壊すんじゃなくて、壊しながら内部がどうなっているのか、それこそ、設計図そのものを把握する作業になる?」
「その通り」
「じゃあ組み立てと分解が
頷きがあって、ようやく私もこのくらいは理解できたんだなと、ちょっと嬉しくなった。
ほんと、以前は聴いて頷くだけだったし。
知識が増えたんだなあ……。
「分解、分解かあ。壊すんじゃなく、たとえば柄と刀身をわけるみたいな?」
「イメージとしてはそれで合ってる」
「じゃ、どこまで?」
「魔力に溶け込むまで」
ええ……? それ細かいってレベルじゃないんだけど。
「ちゅーいどの!」
「ん? なんだクロ、もう戦闘訓練をやりたいのか? そうかそうか、座学は退屈だからなあ」
「それは違う」
逆なら何度も思ったことあるけど。
だって戦闘訓練、痛いし疲れるし。
「ちゅーいどの、ちょっと分解してみて?」
「――ふむ、まあいいだろう。鷺城」
「はい」
何故か私に剣をくれた。うん、なんかすぐ壊れそうだけど剣だ。ロングソードだ。
魔力反応。
微弱な
いや、分解された。
そして、紙吹雪が消えた頃には、中尉殿の右手に剣が持たれている。
「返すぞ、私は寝る」
「ありがと、なんとなく分解はわかったかも。……できないけど」
「ここまで分解しなくてもいいわよ。魔力に溶け込むまでとは言ったけれど、実際にそれをやると境界が曖昧になって、それこそ
「そのくらいは細かくってことでしょ?」
「まあね」
多少の感触はあるものの、やはりこちらの術式もすぐにできるものじゃない。ほかの知識を教えてもらいながら、少しずつやるしかないわけだ。
そして。
――ああ、なんということか。
その日からである。
「よしクロ」
術式で強化された木を叩く準備運動で汗が流れ始めた頃、いつもの組手へ入ろうとする時に、中尉殿が腕を組んで頷いた。
嫌な予感がする。
「喜べ」
はい決定しました。喜べないことです。
「これからの組手は術式の使用を許可する――どうした、嬉しそうな顔をして」
「うん、直感が当たるとこんな顔になる」
すげー嫌そうな顔だけどね。よく先生もしてる。
「馬鹿なことを言うな。そもそも直感とは、当たっているものだ。当たらないものは直感と言わん」
「そうなの?」
「勘と違って、直感とは今までの経験から導き出された正解であり、その思考の過程が追い付いていないから、答えだけ表に出るものだ」
「へえ、結論から出て、道筋がわかってないんだ」
「うむ」
「じゃあ聞きたくないって本気で思ったのも正解?」
「ははは、今日は私から攻撃した方が良さそうだな?」
とにかく避けろと、中尉殿には言われる。
一つの傷、一つのミス、一つの遅れ。
たったそれだけのことで生死をわける。動きが鈍くなった時に気付いては遅い。
最初にそう言われた時はまるでわからなかったが、もう三ヶ月も続けていれば、嫌ってほど理解する。
痛みというのは、気付かない方が良いが、気付いた時に手遅れになる。だったら最初からそんなものはなくていい。
わかっている。
わかっているけど、五度に一回くらいしか避けられない。しかも、あとになって考えれば、避けさせてくれた、みたいな感じだ。
雷系術式。
私はこれを使って、中尉殿を攻撃しようとしない。
何故って、そんなの当たるわけがないからだ。
最初の印象が強い。
そこに雷が発生するとわかっていて、動かない間抜けは――私だけで、いい。
じゃあどう使うべきか。
まずは牽制。そこに雷があるとわかるなら、避けるはず。帯電させておいて、周囲に雷を飛ばしながら――うごっ、踏み台にして顔殴られた!
「え、な、なんで雷に乗ってんの!?」
「はっはっは、これは岩や木と何が違う」
違うよ! ぜんぜん違うから!
くそう、牽制にも使えないなら打撃力に? いやいや、攻撃当たったことねーから。
いや待て。
足場?
私の足場にしたらいいんじゃない?
「ふんぬっ、――おごっ!」
「貴様は私に殴られるのも蹴られるのも好きだな……」
ばちりと紫電が走って、爆発みたいな力で踏み込み速度は上がったが、それを蹴り返されれば威力は逆も上がるわけで。
まあガードしたけど。
回転して木に両足をつけてクッション、それから地面に降りたけど。
相変わらず痛い。
あと私、そういうの好きじゃないから。
……ほんとだよ?
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