第6話 その時の会話を私は知らない
黒い狐は奴隷種族。迫害もある。
ただ、全体を見渡せば、決して不幸なだけの一族ではない。
スキルが使えない一族であることは確かで、これが影響する点としては、とにかく不便なのだ。たとえば家で火を使おうとしても、手作業が必要になる。普通に暮らすだけでもデメリットを負うこともあり、私たち一族の大半は、屋敷に仕える侍女のような仕事をすることになる。
まあ、買われるわけだ。
幼少期から多才であることを前提に育つため、質の良い侍女として良い買値がつく。その買値とは、買われた本人の資産だ。
けれど世間的には、誰かに隷属しなくてはならない種族だと映っても、おかしくはないし、ごく一部はそうした不貞な事情で買われることもある。
これは初期の話で、今ではこれ以上ない嫁として貰い手が多い。街の話であって、村とかじゃそうもいかないだろうけど。
また人との混血が増えたため、尻尾か耳か、どちらか片方というのが多いらしい。その場合、たまにはスキルが扱える人もいるんだとか。
――私のように。
育成不十分で侍女として役に立たない場合や、買われることを拒む場合。
親がいない時点で、普通に買われることはないだろうし、そうでなくとも私は珍しい純血種なので、好奇の目にも触れるだろう。
つまり、一人で生きるには、力が必要だった。
最初からスキルが扱えない私は、本当に狭い道を見つけようと――。
「……あれ?」
なんでこんなこと思い出してるんだ?
空が見える。なんか浮いてる。川? あー小岩に引っかかってる感じの。
「そろそろ上がらんと冷えるぞ?」
「ちゅーいどの?」
「うむ」
片手を岩に回して、足をつくが、妙に躰のあちこちが痛い。川岸までなんとか移動して這い上がると、だんだんと中尉殿に殴られまくったことを思いだした。
「気を失ってた?」
「そうだ、情けないことにな。今日は終わりにしてやろう、戻るぞ」
「はあい」
一歩、足を踏み出したら力が抜け、転びそうになるところを中尉殿に引っ張られて助かった。
「まったく、仕方のないやつだ」
「うー……」
背負うような優しい真似はなく、引きずられるようにして戻れば、まだ明るいのに先生が火を熾していた。
「戻ったぞ」
「もどったー」
「なんだ、思ったより軽めにやったのね」
待ってちょっと待って。
「軽め!?」
「ええ、軽めね。食事の準備をするから、寝ないで待ってなさい。街で食料を調達してきたから」
「はあい……」
「金はどうした」
「なんとかしたわ」
「詳細はあとで聞く」
うん、私はまだ知らない方が良いと思う。
というか眠い。気絶と睡眠って違うんだなあ。
肉と野菜、それから果物の飲み物。
空腹だったのか、すぐ平らげた私は、ぼんやりと火を見ていて――いつの間にか。
意識が闇に落ちる。
疲労による完全熟睡状態。
だから。
「さて」
私はその会話を知らない。
「どう?」
「センスがないヤツは軍部で山ほど見てきた。かつての部下だとて、どういうわけか可愛げなく育ったからな、問題ないだろう」
「プランは」
「それより、私たちはどれくらい滞在する?」
「長くて――そうね、二年くらいかしら。あちら側とは時間の流れが違うのは知ってるでしょ? そもそも死後、厳密には死と終わりの境界、あそこには時間という概念そのものがない」
「うむ。何故か師匠もいたからなあ」
「弟子もね。いずれにせよ準備は必要だし、それがどのくらいかはわからないけれど、こっちの師匠もそのくらいのことは考慮済み」
「だろうな。だからまあ、速成を前提に半年から一年は付きっきりになる。その先はクロの選択だ」
「妥当なところね」
「ゆえに、基礎から育てている余裕はない。基本は組手を中心にして、まずは間合いの感覚を叩きこみ、そこから攻撃と回避」
「武装は?」
「仕込みは無手、あとはどうとでもなる」
「そのレベルに持っていくのに半年ね。こっちは干渉系への防御、常時展開術式をメインね」
「精神汚染系も含みか」
「危険に対する察知能力は基本でしょ。回避技能も上がる」
「優先度は高いが、難易度も高いだろう」
「自習に任せる時間はないから、私から論理展開してそこを目指させる」
「なるほど、教材か」
「要求は?」
「そうだな、便利な
「
「構わん。だが雷系術式はどうする」
「そんなものは戦闘の補助でしかないと、そう教えるのは芽衣の役目」
「術式を使った戦闘を、どれだけクロが我慢できるかだな……」
「一度使いだすと、しばらくはね」
「そんなものが必要ないと教えればいいか」
私はこの会話を知らない。
「で?」
「なによ」
「何故拾った?」
「……そうねえ」
「資質のあるなしは選択基準にならん。その上、私よりもお前の方が、この世界への干渉を避けたいと思っている――であればこそ、様子見に街へ入ったのが私になった」
「追加するなら、同情はない」
「私ならば、面白そうだったの一言で済ますのだがな?」
「…………」
「どうした、嫌そうな顔をして」
「面白そうだったから」
「ほう? それはそれは、これ以上なく文句のつけようもない理由だな?」
「くっそ……あんたと同意見ってのだけは嫌だったのに」
「私としてはその顔を見られただけで、充分だ。しかし理解力もそれなりにあるし、躰の動きもそう悪くはない」
「どこまでを基礎とするかは知らないけど、少なくとも生きる気はある。ほとんど知らない私たちについて来たように」
「――どうだろうな」
「ん?」
「おそらくこいつは、どうして拾われたのか、つまりお前に差し伸べられた手をどうして握ったのか。そして知らない相手がどうとか、そういう思考の結論はまだ出ていない」
「へえ、そう? でも、目の前の現実だけを飲み込んでるだけ――って感じでもないわよ?」
「そうだな。だから、結論が出ていないだけだ。考えてはいる」
「だったら、この場において逃げ出すこともできないと、それも知っている?」
「おそらくな。まあ、一人で生きたいと強く思っているのは間違いない」
「それはわかる」
「それが困難だと教えるか?」
「まさか、それは私たちの仕事じゃないわ」
「うむ。ところで、この世界はどうなっている? 世界崩壊は経験しているか?」
「ああいや、それはない」
「ない?」
「停滞する要素がないもの。魔族と人間の対立が表面化していて、人間の技術継承も甘い」
「継続しない?」
「スキル継承がないもの。もちろん、それと似たようなことはできるけれど」
「あくまでもスキルを習得可能な道を示すくらいなもの、か。だがしばらく、大きな抗争はないらしいぞ?」
「今は小競り合いで充分だと、世界が判断してるのよ。大規模な戦闘が必要なら、否応なく、魔王自身が抑えきれなくなる」
「強制か」
「そう。そして満足すると終わる――そこが、世界にとっての均衡ね」
「私が行った街以外に、ほかの街が見当たらなかったのも、そのあたりが原因だな。街づくりに関しても、それほどの技術はない。まあ紙が高価だと言うほどではなかったが」
「この近辺もそうだけど、存在するだけで高密度の魔力を垂れ流してるやつが相手じゃ、なかなか難しいわよね」
「では勇者の存在についてはどうみる?」
「魔王が常時存在していることを前提に、私は後付けだと考える。結果、魔王を撃退した人間を勇者として祭り上げるのであって、勇者が魔王に対する有効な存在とは思えない」
「逆に聞こう。人間に魔王を討伐することは可能か?」
「クロならできるわ」
「そんなことは疑っていない」
「知ってる。魔王は称号だから、優位性もあるだろうし、仮に殺したところで別の誰かが魔王になるか、ほかの方法で生み出されるでしょうね」
「無駄か」
「気付いてる人間もいるわよ」
「いるが、抵抗しなくてはならんのが実情か」
「いずれにせよ、崩壊させてリセットしなくても大丈夫な世界ってこと」
「敵は世界ではないが、世界の先兵はいる」
「見えない敵よりマシ。ただし、魔族側もそれなりに、人間に対しては甘く見てるわね」
「ほう、甘く見られたか」
「核さえ破壊しなければ死なないから、それなりに遊んであげたけど」
「武装の手配はまだ先でいいぞ」
「そうね」
「では魔王へ改めて挨拶をしてくる。邪魔するなよ」
「はいはい、間違っても殺さないように」
「そこで私の心配をせんから、貴様は嫌そうな顔をすることになる」
「予言しないで。だいたい、あんたを殺せるのは私くらいなものでしょ」
「さて、どうだかな」
私は寝ていた。
――だから、その会話を知らない。
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