9番ライト
@dantuzidou
第1話 高校野球夏大会
蝉も泣き止むほどの厚さの中
市営野球場のベンチの裏、その奥で今日の試合の選抜メンバーが発表される。
監督はちゃんと見てたのか?
俺たち選手の努力を、いや努力はどうでもいい
今日ここで勝つために必要な選手を選ぶのだ
そういう意味では実力すらどうでもいい
スイングの速さ
走塁の速さ
送球の速さ
守備のうまさ
バッティングのうまさ
打球の飛距離
玉の速さ
野球のうまさ
すべてどうでもいい
用は今日この試合に勝てるメンバーを選ぶ
今年の夏、私は野球部のマネージャーとして
高校の野球部に入部した
そこまで野球が好きなわけではないが
好きな先輩に誘われて入部を決めた
うちの野球部は昔甲子園にも行ったことがある
なかなか名のある野球部らしいが
最近はそうでもないらしい
しかし、弱小というわけでもなく
部員の数も一般的な野球部よりは多い
その中には3年間の高校野球生活すべてを観客席で過ごす部員もいて
試合よりも応援に精を出している選手も存在する
そんな野球部の中で一人変わった先輩がいた
その先輩は長い髪をポニーテールにして結び
大きな眼鏡をかけていた
現在は3年生で今年が最後の大会になる
その先輩は今まで試合に出たことがある
しかしそれは学年限定の試合がほとんどで上級生を押しのけて
先発を勝ち取ったわけではない。
今の時代固定のレギュラーなどは珍しく
試合によって先発メンバーも大きく異なる
絶対に変わらない不動のレギュラーは3, 4人で
それ以外はいつ誰にとってかわられてもおかしくないほど
その移り変わりは激しい
そんな過酷なレギュラー争いがうちにはある
学年限定の試合といっても試合に出場したことがあるということは
かなりすごいことでそれができない野球部員が大勢いる
怪我に泣き、才能をうらやむ、そんな修羅場のような感情を
胸の奥に押し殺してさわやかに過ごす部員たち
自分を押しのけたやつらを応援する彼らの気持ちは
どうすれば報われるのだろうか
その先輩はそういうのとは無縁に見える
マネージャーとしてチームを支えていると
そういう修羅場はいやでも目に入る
しかし、あの先輩にはそういうところが感じられない
感情がないというか
ひょうひょうとしてつかみどころがない
一度先輩に聞いたことがある
先輩は悔しくないんですか?と
「悔しいにきまってるさぁ」
と笑顔で言っていた
その時の笑顔にも修羅場のにおいはかけらもない
さわやかなスポーツ選手の顔、なんだかそれが私には
とても怖いものに思えたことをよく覚えている
今日おれは観客席から自分の野球部の試合を応援している
いや正確にはまだ応援はしていない
俺は応援することが確定している
同じように試合に出ることができない野球部の仲間と
一緒に観客席に座っている
両親は熱心に俺の応援をしてくれていた
しかし、3年最後のこの大会にも俺は出ることはできなかった
悔しくて悔しくて今にも涙があふれそうかというと
そんなことはない今は悔しくなんかない
悔しさのピークは今じゃない
今試合を始めようとしている自分の所属する野球部が試合に負けた時
それは自分も悔しいと思う。
しかし、種類が違う
その悔しさの大部分は自分がひいきにしているチームが
負けてしまったことに対してであり
そんな考えを持っている俺はやはりスポーツに取り組む姿勢として
スポーツマンとして適していないのかもしれない
スポーツマンらしくないそんなどろどろとした感情がわいたのはもっと前だ
自分は試合に出ることができないそう思い知った時だ
俺はバットを振っていた
毎日数を決めて必ずバットを振っていた
筋トレもしていた。
病気をしても、けがをしてさぼったことなんかなかった
そんな俺にあいつが声をかけてきた
「よう」
そういって近づいてきたあいつはアイスを食べながら
私服で家に帰る途中だった
「何してたんだ?」
「友達と遊んでたんだ」
「そうか」
野球部のやつでこの時期に遊ぶ奴なんかいない
今は試合前メンバーを選ぶ大事な時だ
そんな時期に遊んでるような奴は試合には出れない。
内心はそう思いながら
軽く話した後あいつとはわかれた
今そいつは観客席にはいない
ベンチ裏の奥で監督から今日の先発とベンチ入りメンバーの発表を聞くために
待っている
ベンチ入りできなくとも呼ばれたメンバーは次はベンチに入る可能性があることを
意識しておくようにベンチ入りできないやつもその発表に呼ばれるようになっている
俺は呼ばれなかった
あいつのことだ固唾なんて飲んでいないだろう
絶対に先発に選ばれると思っているからじゃない
先発に選ばれなくてもいいと思っているわけでもない
あいつはそういうやつだ
俺は観客だがあいつは今も舞台に立つ瞬間を待っている
俺の何が駄目だったんだろう
そう思うとどろどろとした感情が湧き上がってくる
目線の先にはいつも俺を応援してくれた両親が学校の旗を持って応援に来ている
今日は俺を応援することはない俺は舞台に上がることはできなかった
観客として俺も精いっぱいグラウンドの上にいる野球選手を応援することにする
おれはあいつと仲がいい
結構よく話すしちょっと変わったやつだが悪い奴じゃない
あの大きな丸眼鏡に長い髪、プレーしにくいんじゃないのか聞いたら
「もう慣れてるから」
と笑ってた
野球部は競争だ、それはわかってる
だけど俺はその競争にははっきり言って加わっていない
俺の投げる球より速い球を投げる奴はこの野球部にはいない
1年前からいなかった
コントロールだっていいし、変化球もよく曲がる
この間はテレビの取材も受けた
中学の頃は全国大会に出たしその時もエースだった
バッティングだってそこらのチームの4番よりはホームランを打っている
チーム全員が俺のことを特別扱いした
監督だってそうだ
表には出さないが俺を試合から外すことは考えていないであろう節が見えた
でも、あいつは違った
いや違ったというか、別に他のチームメイトとも談笑するんだけど
なんというか態度というか、、、
そう、あいつには常に余裕があった
あいつは俺を特別と思ってなかったんだと思う
話せばみんな俺のことは別に扱ってきた
「淳ちゃんは違うもんね」
「淳ちゃんとお前を一緒にするなよ」
野球に関係のないクラスメイトもそういう感じだ
だけどあいつは俺と話しててもそんな感じのことは言わない
「いやー今日も練習きつかったねー」
とか
「昨日のバラエティみた?」
とか
バッテリーを組んでる武井ともそんな話はしないな
俺の好きなアイドルを知っているのはチームであいつだけだ
野球も決して下手じゃないし俺の玉にもよくくらいついてくる
一度だけ練習が嫌になりさぼった
その時気づいた俺には野球以外に何もないんじゃないかと
ふと思い立ってあいつに電話した
あいつはすぐに来てくれて一緒に遊んだ
あいつはいろんな場所を知っていて
その日は本当に楽しかった
大げさな言い方をすればあいつは俺を人として見てくれた
俺と同じ目線で話してくれる
そして何よりもあいつのすごいところは、
もう一つ他の仲間と違うところは、
すべてを野球にかけてないってところ
そこがすごいところだと思うし、ある意味俺はそれを教えられた
それを感じた時から俺はなんか長年俺を縛っていた野球という枠から
解放されたような気がした。
俺を野球から救い上げて俺を救ってくれた恩人のような
そんな思いすら俺はあいつに抱いているのかもしれない
だから今こうしてベンチ裏にあいつが呼び出されていることについて
何人かから意外だという声が上がった時も俺は意外には思わなかった
あいつが野球の練習を頑張ることにとても素直な理由を俺にくれたからだ
そうだよな試合に出たほうが楽しいもんな
野球がしたいから俺らは野球部に入ったんだ
野球部に入ったから野球をしているわけじゃない(笑)
正直差はほとんどないに等しい
どの選手もよく練習し成長してきた
しかし最近になって私が注目している選手がいる
その選手は身長もあまり高くなく体格もよくはない
野球部であるのに長髪である、そして眼鏡をかけている
それ以外は普通の選手だ
しかしそのことだけでも十分異質であることを
私はいままで気付かなかった、、、
その気づけなかったこと自体異質であることに最近気づかされた
今の学校では強制的に髪を切るなどの行為はできない
私のような立場であったらそれを口にすること自体憚られるだろう
最も私自身そのようなことはそれほど気にしていないし、
直すように指導することはない
しかし野球部内での先輩後輩関係は厳しく存在している
その中であの髪を維持できたことは信じがたいことだ
OBにそれを確認してみた。
「あいつだから許されるんですよ」
そういって笑っていた
訳を詳しく問い詰めようかとも思ったがやめた
学生内のことは触れないほうがいいだろう
犯罪行為や体罰がないことはわかっていたし
そういう意味では信頼に足る生徒ばかりであった。
あいつ、いや彼は我々にも敬意をもって接していたように思う
選手が監督に対して敬意を持つことは当然であるが
なんといえばいいかそれは支配者に対するそれである場合が
高校野球では非常に多い
監督の権限は野球部における神のそれであり
絶対服従してしまう生徒も多い
私のチームではそのようなことがないように
気を配っているつもりではあるが
原則として私たち監督、コーチ陣に意見してくるような
部員は数少なくかつ、出されたとしてもその意見は
どうしようもなく子供で到底受け入れられるものはなく
検討に値するものも少なかった。
しかし、彼の意見はよく聞いた
いや、彼自身意見はほとんど少なかったし
私と会話することすらそんなに多くなかった
しかし彼は質問をよくした
コーチに対しては打撃や守備について
時には戦術面についての意見交換もよくしたという
その質問の仕方も機嫌を伺うようなものではなく
提案のような形が多く
コーチ陣との意見のすり合わせのようなものだった
その時の彼の顔は本当に楽しそうで
コーチ陣も進んで彼と話し聞かれていないことまで教えたそうだ
そう彼は他の生徒と比べて非常に大人だった
自分と違うものを怖がり迫害してしまうような子供ではなく
違うもの、異なった意見も尊重して自分の糧としようとする姿勢は
老獪な、一見高校生とは思えないほどの成熟度に達していたのだろう
このようにOBやコーチ陣から彼の話題を聞いたのにはきっかけがあった
この間、休日に私が買い物に出かけたとき
デパートで彼が子供の手を引いて歩いているのを見かけた
何気なく見ていた私は特段彼に声をかけるではなくその様子を見ていた
彼は受付の女性と少し話してから
手を引いていた子供を置いてその場を駆け足で離れていった
その数分後迷子アナウンスが鳴りその子の両親が駆け付けた
その両親は私の友人夫婦だった
「あの子は君の部活の子か助かったよ」
聞けばその子は持病があり迷子になって薬を与えることができず
友人夫婦は必死になって探していたという
「名前も告げずに去ったそうだからどうしようか考えていたんだ」
「そうか君のところの生徒だったのか今度ぜひお礼を言わせてくれ」
そういわれて私も少しうれしくなり、彼に興味を持った
「あのーさっきの子のお知り合いの方ですか?」
そういってきたのは受付の女性だ
「あの子ちょくちょくこの店に来ているんです。たまに迷子の子を見つけてはここに連れてきてくれるんです」
「それに私も助けていただいたことがあって」
話を聞くと駐車場で足をくじいて動けなくなったときに肩を貸してくれたそうだ
「私も何度も名前を聞いたんですけどかたくなに教えてくれないんです」
と微笑みながら言っていた
後にこのことを彼に聞いてみたら
「いや、、、恥ずかしいので」
と赤面して答えていた
聞けばそのデパートに彼のおばあさんが店を出しているので早朝ランニングの帰りによく寄っているのだということだった。
彼を意識したのはそれがきっかけだった
しかし、実力から言っても彼は先発メンバーに選ばれても当然の実力を持っていた
というのはいいわけか
いや確かに実力はある。しかしドングリの背比べなものが何人もいるのだ
その中で彼を先発に選ぶ材料として
野球以外に目をやってしまえば私は監督失格なのかもしれない
しかし、私も人間だそして彼らも人間だ
人間が人間を選ぶのだそこに感情が入らないわけはない
正直に言えば彼を意識したのはそれがきっかけであり
選ぶのは彼の人間性が決め手だったかもしれない
それは紛れもない真実だ
だがそんなことは私が口に出さなければ
誰にも分らない
それがわからないのは紛れもなく彼が野球の練習をしてきた努力の成果である
これもまた真実だ
だからそんな私の我がままをどうか許してほしい
彼は誰に対しても敬意をもって接する高校生らしからぬ大きな人間性を持っている
そんな彼に、彼の将来に期待してこの結果にしてしまうことを許してほしい
今日この試合に勝って欲しいメンバーを選ぶ私をどうか許してほしい
「9番ライト 太田 六助!」
「はい!」
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