Dear World.

可惜夜

Dear to day.

一日目_____月曜日

 

 家を出ると凍てついた空気が露出した肌に突き刺さり、反射で呟いてしまう。


「さっむ......。」

言わずにはいられなかった。


 十一月〇〇日の今日はまだ始まったばかりで、特になにをしたという訳ではないが、一週間の始まりでなおかつ冷え込んだということもあり、僕は既に倦怠感を感じていたのだった。

 何故、こうも週の始まりは気が沈むのだろうと、駅に向かって自転車を走らせながら少し考えてみる。

 きっと、何度も月火水木金土日を繰り返しているからだろう。

 時間は確かに一方向へ進み続けているが、一週間というふうに区切ってしまってそれに月火水木金土日と一日一日に名前をつけてしまっては、同じ時をひたすら繰り返していると錯覚してしまうからではないか。

 やっとで日曜日ゴールに到達したのにまた月曜日スタートから始まってしまう。しかも社会を生きる上で毎日やることなんてさほど変わらない。飽きもする。

 そんな気持ちが月曜日の朝の人々を気怠くさせるのだろう。

 こういう朝のくだらない思考は時々、面白い結末に辿り着く。

 その度に、我ながらなかなかいい考えを出せたと、少し自慢げに思うのだった。

 そんなことをしていると、自転車に乗った僕は、高架下の駅の駐輪場に着いていた。

 ポケットからイヤホンを取り出し、音楽プレイヤーの電源を入れる。

 今日はアニソンの気分だ。音楽の世界に浸りながら駅の構内を歩き、サビで少し身体でリズムを取ってしまう。そしてすぐ我に返り、もし見られていたら恥ずかしかったなと羞恥に悶えるのだ。

 もう何回こんなことをしたかわからない。

 この癖どうにかしないとなと考えながら、自動改札にカードを押しつけ通り抜ける。

 この動作も何回やったかわからない。最初こそ少しはワクワクしたものだが、今となってはどうとも思わないただの作業と成り下がってしまった。

 ようは飽きてしまったのである。

 駅のプラットホームの階段を登り切ると、いつもの7時25分の電車は既に着いていた。

 乗り込み、素早くドア近くの対面式のシートに座る。

 後々乗ってくるお年寄り達のことを考えると良心が痛むが、学校最寄りの駅まで電車で50分かかってしまう。

 朝っぱらからそんな修行のようなことはしたくない。ドMじゃあるまいし。

 電車が動き出した。

 スマホをカバンから取り出し、SNSのタイムラインをチェックする。殺人事件や災害などの記事が目に映るが基本スルーすることにしている。自分と関わりのないことだと割り切ることにしている。自分の周りで起こったとしても、それは自分の直接関係がある訳ではないと。

 冷たいと思われるだろうが、それが起こったと知ったところで自分ができることはない。

 謹んでお悔やみ申し上げるだけだ。

 途中駅で電車が停まった。

 

 

「すみません、正面座ってもいいですか?」


 ふと右から声が飛んでくる。

 スマホから顔を上げると、そこにはお嬢様学校のブレザーに身を包んだ、いかにも清楚そうな女子高生が申し訳なさそうにこちらを見ていた。


「うえっ!?どっどどどうぞ」


 思い切り吃ってしまったのだった。僕としたことがあるまじき。しかしまさか見知らぬ女子が僕に、話しかけてくるなんて。

 しかも美人じゃないか。

 本当マジかよ。

 というかいくら対面席でも座るのに、対面に座っている人に許可を取るのか?

 真面目すぎるでしょ。流石お嬢様。

 そんなことを考えて目の前に座った女子高生を一瞥してみる。

 彼女は座ってすぐにイヤホンをつけて、音楽を聴き始めた。

 膝の上に置かれたスマホの画面に表示されているのは、マイナーバンドの曲名で、音楽好きである僕もCDを買ったことのあるものだった。

 見た目はきっちりしていて、髪は黒髪ロングで黒無地のピンで前髪が止められており、スカートは座っても膝にかかるぐらいの長さになっている。やはり規律に厳しい学校柄だ

ろう。

 

「あの.....どうしたんですか?」


 まじまじと見つめているのを気づかれてしまったらしい。不味い。そもそもこんなことをするなんて変態みたいじゃないか。


「いえっ.....あの.....なんでもないです!」


 またしても吃ってしまった。相手からしたらこんなに気持ち悪いことはないだろう。

 少なくとも僕だったら通報する。


「もしかして、この曲知ってらっしゃるんですか?」


 通報される、と思っていたらまさかの予想外な言葉が返ってきた。


「先程からずっとこの画面を見ていたので、もしかしたらと思ったのですが....」


 ごめんなさい。見てたのはその下のスカートもです。と内心謝りながらそれを見ていたのも確かだからと、適応機制をする。


「知ってますよ、あまり有名ではないですけどいいバンドですよね」


「やっぱり!あんまりこのバンド知ってる人いなくて....それに趣味が悪いなんて言われちゃって」


 コミュ障の僕には、あははと愛想笑いで返すことしかできなかったが、彼女は相当嬉しいらしい。

 喜ぶ彼女がとても愛らしく見えた。

 可愛い。

 彼女の周りはロック系の曲を聴く人はいないのだろうか。まあお嬢様学校だしそうだろうなぁと思いながら、もっと話したいと思いバンドの話を振ってみる。


「貴方はどの曲が好きですか?」


「えっとですね、私は_______________


 かなり時間が経った。このバンドの話でここまで盛り上がったのは初めてで、かなり話し込んでしまった。

 彼女はなかなかお喋りで、初対面の人とよくここまで親しげに話せるなと思う。

 彼女の話に相槌をうちながら、ふと車両内の電光掲示板をみると、もう目的地の駅に着くらしい。


「ごめん、僕はここで降りるね」


「あっそうですか、たくさん話してくれてありがとうございました」


 降りることを伝えると彼女はぺこりとお辞儀をした。どこまででも丁寧な人だ。

 僕は若干の後ろ髪惹かれるような、名残惜しさを感じながら、座席から立ち上がりドアに向かって歩く。


 そういえば名前聞いてないな、と思いながら、僕はここで電車を降りた。

 

 




二日目_____火曜日


 今日も今日とて朝からなかなか寒い。

 十一月だから当たり前なのだろうが、こういう時いつも夏になって欲しいと、叶わないとわかっていても願ってしまう。 

 ベッドから出る時点で学校を休むことを少し悩んでしまうほどだ。

 しかし、単位もあるし、もしかしたら昨日のあの女子高生に会えるかもしれないという当ての無い期待を抱き身体を起こす。

 どうにも彼女のことが頭から離れない。

 いつも通り着替えを済ませ、朝食は食べずカバンを担ぎ家を出た。

 駅に着いた頃、いつもの電車は既に着いていた。

 昨日のことを思い出し、昨日話をした席と同じ席に座ってみる。

 また彼女が対面に座ってきてくれないかとソワソワする。

 どうやら僕は彼女のことが気になっているらしい。男というのは本当に単純だ。少なくとも僕は単純だった。

 期待したところで来る可能性なんて大してないだろうに。

 電車が動き出し、昨日彼女が乗ってきた駅に少しずつ近づいていく。

 近づくたび鼓動が高鳴る。なんでこんなにも高揚しているのだろうか。

 ついに昨日、彼女が乗ってきた駅に着いた。

 そして、少し緊張して人が入ってくるドアを凝視する。

 すると、


「またその曲聞いてるの?やっぱり趣味悪いよ、見た目に全然合ってないしいい曲ないじゃん」


「えー?むしろいい曲しかないよ、それに趣味悪いって言わないで!」


 ドアから入ってきた昨日の彼女は一人ではなかった。

 彼女よりも頭ひとつ高く、彼女と同じ制服を着ているいかにも賢そうな青年だ。

 二人の会話の雰囲気的に、そして繋がれた二人の手が、二人をそういう関係なのだと思わせた。

 こんなことだろうとは思っていたさ。

 期待なんて最初からしていなかった。

 そもそも僕は彼女の名前すら知らない。

 僕の彼女への一方的な想いは儚く散ったのである。

 今思えば、これまでも僕が誰かを好きになったことはあった。

 しかし、大体のきっかけが、落としたペンを拾ってもらっただとか、挨拶してくれただとかそんな些細なことで。

 そしてその子に彼氏ができたり、疎遠になったりして、これまた些細な理由で伝えられずに想いは散るのだった。

 何とも言えない気持ちを誤魔化すために、右手で左右のこめかみにそれぞれ親指と中指を当てて、顔を覆った。

 これは居所が悪くなった時する僕の癖である。

 同じことを繰り返す自分に呆れながら虚しくなる。

 でもまあこれも人生か。

 そう自分に言い聞かせ、切り替える。

 そんなことをしていると、電車が駅に着いたようだ。

 これまでと同じように座席から立ち上がり、今日は何も言わず、ドアに向かって早歩きをする。

 

 僕はここで電車を降りた。

 想いは電車に置き去りにして。

 

                終

 



 

 

 

 


 

 

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