第4話 ~雑用担当とお嬢様~

「さて、じゃあハル君も来たことだし今日は『ウェールズ』について説明しよう」



 シモンズ先生の声は良く響く。広い教室の中のどこにいてもこの声はハッキリと聞こえると僕は思った。

 それにしてもウェールズかぁ……皆元気にしてるかな。



「ウェールズはつい数年前まで北西の島の一つの小国に過ぎなかったんだ。それが他の小国達を併合して大国となった。この出来事を……エミリオ君、わかるかな?」



 エミリオと呼ばれた生徒はよく手入れされてそうな金髪と利発そうな目が特徴的な美少年だ。加えて言うなら……この教室でリリィを除いた生徒たちの中で一番”出来そう”……かな。勿論、魔術師としてという意味で。



「統一戦争が起こったからです。きっかけは確か……ドイチェ国からの移民が起こした戦争だったと記憶しています。それが引き金となり、戦火は島全体に広がり、結果としてウェールズが武力によって全てを平定しました」



 統一戦争……今となってはただの過去に起こった出来事だけど、あれは本当の――地獄だった。ウェールズも立地が良くなければ多数の国に攻め込まれて窮地に陥っていただろう。

 あの戦争で多くの同僚を失った。その時の光景は目を閉じれば今でも鮮明に覚えている。



「素晴らしいですね、満点です。補足すると、ウェールズの”武力”というのは、主に『騎士』と呼ばれる魔術師達の事です。彼らは魔術師でありながら”近接戦闘”に特化した魔術師達なのです。特徴としては『身体強化魔術』です。通常魔術師は中・遠距離での戦闘を行うため、身体強化等は特にしません、離れて戦うのにそんな事をするのは”無駄”ですからね。ですが、近接戦闘主体の騎士達は魔術によって身体を強化し、回避不可能な至近距離で強力な魔術を相手に撃ち込みます。つまり、彼らに接近されたら通常の魔術師では太刀打ち出来ないという事ですね。その性質を上手く利用し、勝利に導いたのが今のウェールズ王です」



 相手の魔術が飛び交う中、死にものぐるいで何度敵陣に突撃したことか……。”師匠”の戦法は正直常軌を逸していた。特に北方の国との戦いは本当に死を覚悟した位だった。あの時の人たち強かったなぁ。



「まぁ、今はフレンチェ王国とウェールズ王国の仲は良いと言っていい状態なので、そんな騎士の方々と戦うような事はないでしょうけどね。ただし……ここにいる皆さんは実技訓練でハル君との模擬戦闘をする機会があるかもしれません。如何にして近づけさせないかを考えておくと良いかもしれませんね」



 これもマリーサさんが言っていた”発破をかける”という事の一環なのかな……。

 僕としては訓練相手が対策を立てて本気で相手をしてくれるというなら、望む所なのだけれども。

 そんな感じでウェールズの歴史についての講義は終業のベルがなるまで続いた。


§§§


「一応聞きますが、ハル君はランチをどちらで?」



 今は幾つかの講義が終了し、昼休憩の時間だ。

 リリィさんは手ぶらという事もあり、恐らく学食を使用するのだろうと推測される。



「学院長さんからは、学食を使うように言われています」

「そう……では、一緒に行きましょう。ついてきて下さい」



 僕に対する態度は相変わらずだけど……真面目な人なんだろう。任された役割はしっかりとこなそうとしてくれている。

 そういった人はとても好感が持てると僕は思う。


 煌めく栗色の髪をなびかせながら歩いていく姿を後ろから追う。

 そして閉じられた扉に到達する前に自然な形で前に出て、そのしなやかな手を煩わせないように開け放つ。



「……こんな事をしても別に貴方への態度は変えませんよ?」

「僕が好きでしている事です。気にしないで下さい」



 父の教えだ。

 ”ウェールズ紳士たるもの、女性のために誠意を尽くすべし”


§§§


 学食までの道すがら、あれやこれやと学内の施設を説明されつつ、ピカピカに磨き上げられた廊下を進む。

 教室から歩いて数分で学食へ到着した。中は思った程賑わっていない。

 不思議そうな顔をしていたのか、リリィさんは僕のそんな表情を見て説明してくれる。



「ここは貴族の方々が多いですから、彼等は別のラウンジでランチを食べているのよ。派閥等がありますからね」

「へぇー、そうなんですね。面倒くさそうだなぁ貴族って」

「ええ、全くだわ。学院では身分等関係ないと言われているのに……でも、面倒な人達がいない快適な空間で静かにランチを取るのも悪くないわ」



 予想通りあまり貴族達との関係性はよくないのだろう。

 その端正な顔は本心から言っているとわかるくらいには嫌悪感を覗かせていた。



「学食ではメインディッシュとパンかライスかを選択出来ます。その他にスープとサラダ、後はフルーツが付いてくるわ」

「うーん……今日の所はお肉にします」



 選べるのは、肉、魚のニ種類だ。その他、パスタも選べたが今日の所は昨日の夕飯抜きということもあり、肉にすることにした。

 リリィさんは魚だ。事前に購入しているタイプなのだろう、食券を手渡している。



「ん? 君は……」

「ああ、僕はハル=ノーツと言います。えーと……学院長から学食はタダでいいと言われていたのですが……」

「君がそうか! 話しは聞いてるよ。昨日はアレだったんだろ? 少し大盛りにしてあげよう」



 アレってなんだ? とリリィさんは視線で聞いてくるが、お金がなくて夕飯を食べれなかったなんて恥ずかしくて口に出せないのでスルーだ。

 席まで持ってきてくれるという事だったので、適当な所を見付けて椅子を引く。

 呆れた顔をしたリリィさんがそこに着席し、対面に腰をおろして一息ついた。


 周囲に座っている生徒達はその光景をみてヒソヒソと話しをする。



 ――なにあの子……成金魔術師の飼い犬?

 ――椅子まで引いてあげるなんて、よく躾けられてるわよね。

 ――でも、ちょっとかわいくない?

 ――わかるー。従順な感じがしてちょっといいわよね!



 等という話しが聞こえてきたが、無視だ。



「ハル君……あのね。貴方が別に私のご機嫌を取ろうとしてこんな事やっていないのは、貴方の手慣れた動きでわかるわ。でも、その……周囲の目があるでしょ? あまりそういう事を女性にするのはどうなのかと思うのよね」



 真面目な人だなぁ……。社長にも見習って欲しい。

 なんか学院に来てからそればっかり考えてる気がする。



「僕は気にしてませんよ? ご一緒するのですから、これは”当然”の事です」

「私が気になるのよ!!」


 

 そんな感じで食事の時間は過ぎていき、食後のお茶を飲んでいる時に、リリィさんは僕を見て切り出した。



「それで、貴方はお父様に雇われた『護衛』なのよね?」



 やっぱりバレバレだよなぁ……。

 でも、一応任務は『彼女に悟られずに』だ。バレバレの嘘でもつかないよりはマシだろう。



「いえ、違いますよ。ただの『留学生』です」

「そう……あくまでそういうつもりなのね。もう一度言うけど、『余計な事』はしないで頂戴。私は一人で十分なんだから」



 彼女を見た後なら確かにそう言えるだけの実力は、持っているのかもしれないと感じられる。

 『上級魔術士』というのは伊達ではない。多くの魔術師は中級止まり。長年研鑽を積んでやっと上級にたどり着けるという世界で、僅か一六歳の若さでその領域に辿り着いたのだ。半端なことではないだろう。

 しかし、今回は相手が到達者リーチャー級……天才の更に上をいく化け物かもしれないのだ。今の彼女では荷が重いだろう。



「何の事かわかりませんが……まぁ困った時はお互い様という事で一つよろしくお願いします」



 暗に譲れない……と告げる。『僕が君を守り抜く』と言葉の影に隠して伝える。

 それが伝わってないのか、それとも伝わったけど無視したのかわからないけれど、リリィさんは無言でお茶を飲み干して席をたった。

 行きの時と同じく僕は屹然と歩く彼女の後ろを、従者の如く付き従って追いかける。



 そうして潜入一日目の『半分』がつつがなく過ぎ去った。

 ――成金魔術師に従順なわんこが出来たという噂を除いて。


 残りの半分は……『アフターサービス』になる。

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