第3話 ~雑用担当と学院~

 翌日、指示書に書かれて通りの時間に王立魔術学院にやってきた。

 職員の方に案内され、荘厳な門を潜り、整備された広い中庭を抜け、その奥に佇む巨大な建物に入った僕は最上階の学院長室に入る。


 室内はシックな家具類で統一されており、落ち着いた空間となっている。

 そしてマホガニーの机の向う側に座っているのが、恐らく学院長であるマリーサ=テレサさんだ。

 初老を迎えたと思われる容姿の中に確かな優しさを感じる女性で、無条件に信用してしまうような包容力を持っている。



「ようこそ我が学園へ、私はマリーサ=テレサ、当学園の学院長を務めています。ハル=ノーツ君。私は貴方を歓迎します」



 とても穏やかな声だ……うちのがさつで意地悪で偉そうな社長に見習って欲しい……。



「短い間ですが、お世話になります」

「ふふ、あの子と違ってとっても礼儀正しい良い子なのね」

「あの子というのは……もしかしてエレノアさんですか?」



 あの自己中の化身の様な社長をあの子呼ばわりとは……マリーサさん見た目だけの人じゃないな。



「そうよ。あの子がまだうんと小さい時に一時期魔術を教えていた事があって、その時からの付き合いなのよ。とてもやんちゃな子でねぇ、五歳の時に笑いながらオーガを細切れにした時は本当にどうしようかと思ったわよ」

「ははは……そうなんですね」



 今でも対して変わらないとは言えない。

 報酬の支払いを渋った貴族の屋敷を笑いながら半壊させて、その貴族を細切れにしようとしてたなんて……。



「あら、その顔は何か心当たりがあるみたいだけど……あの子は今でも変わらないのかしら?」

「いえ、そんな事ありません。とても有能で頼れる上司です!」

「ふふ、貴方は良い子ね。あまり詮索するのもあれだし、お仕事の話しをしましょうか。始業まであまり時間もない事ですし」

「そうして頂けると助かります」



 僕の胃的に。



「リリィさんのお父様からの依頼という事で、私も出来る限りの協力をするわ。彼女とても優秀で頑張り屋さんだから期待しているの」

「やっぱりそうなんですね。ここに貴族以外で入れるという事はとても優秀な方だとは思っていました。でも、なぜ”彼女に悟られないように護衛”をする必要が?」



 指示書には、『対象に悟られないよう、密かに護衛する事』と明記されていた。普通、護衛をするという事は対象の理解を得て行うものだ。これは対象が意図しない行動を取り、不測の事態を起こさないために必要な事だ。



「彼女も色々あってねぇ……プライベートな内容になるから多くは話せないけれど、要は反抗期なのよ」

「反抗期……ですか」

「お父様との間に色々あるみたいで、護衛なんていらないと意固地になってるのよね……」

「自分の命が掛かっているのにそれは……大分頑固な方なんですね」

「でも、頭の良い子だから不用意な行動は慎むと思うわ。そこは安心して頂戴。それに学院はセキュリティも万全だから危険も少ないわ」



 今回の依頼はお嬢様が学院にいる間の護衛だ。それ以外は特級魔術師である彼女の執事が警護する事になっている。マリーサさんの発言はその辺りを考えての事だろう。



「わかりました。その他、学院で生活する上の注意点等はありますか?」

「そうねぇ……注意点じゃないのだけど、最近血筋にかまけてあまり頑張らない子達が多いから、任務に支障がない範囲で少し発破をかけて欲しいわ。これは私からのお願いね」

「ええと、僕はあまり”普通の魔術”が得意ではないのでご期待にそえるかはわかりませんが……」

「いいのよ、出来る範囲で構わないわ。その代わりランチはタダにしてあげる」



 ウィンクをしながら今の僕には紛うことなきご褒美が提示される。



「え、いいんですか!? ちょうど給料日前でお金が無かったんです……」



 昨日の帰り道にトマス先生の新刊を購入しており、僕の財布の中は空だった。

 シオリさんに頼めば嬉々としてお弁当を作ってくれそうだが、制服姿をあまり身内に晒したくないので我慢したのだ。本当に額縁に飾られかねない。

 その点、マリーサさんの提案は正直に言って天の恵みだ。



「期待してるわ、ウェールズの小さな騎士さん」

「あはは……辞めて下さいよ、今はもう”ただの下級魔術師”ですから」



§§§


 学院長室を出て、そのまま教室に案内される。廊下は綺麗に掃除されていて、壁も真っ白で清潔感と高級感がある……どこかのボロ事務所とはまるで違うなぁ。

 事務所もシオリさんがいつも掃除してるから汚くはないんだけど、どうしても古い感じが否めない。

 別にあの雰囲気も嫌いじゃないんだけど……。



「ハル様、こちらが教室となります。担任の名前をとってヘリオス教室と呼ばれております」



 『ヘリオス=シモンズ』――王国の特級魔術師。到達者リターナーを除けば王国屈指と言われる実力者だ。

 ウェールズにいた時、要注意人物として教えられたけど……今は教師をやっているのか。



「有難うございます。ここからは僕一人で大丈夫です」



 そう言って案内をしてくれたメガネのお兄さんに一礼をし、固く閉じられた扉を静かに開ける。

 すり鉢を半分に切った様な形の教室には多くの生徒が席についており、教壇には先程名前が出たヘリオスさんが立っていた。

 澄んだ綺麗な目をしているな……。てっきりもっと”深みに行った”感じの人かと思っていたけど……。



「君がハル=ノーツ君だね?」



 思っていたよりも少し低い声だな……でも安心する響きかも。



「はい、本日から少しの間ですがお世話になります。それと……授業の最中にすみません」

「いや、いいんだ。授業はこれからだったからね。今は朝の挨拶をしていた所さ。私は当教室を任されてるヘリオス=シモンズだ。ちょうどいい、皆に自己紹介をしてくれないか」

「わかりました」



 ヘリオス先生の隣に立って、少年少女達の方を見上げる。

 短期留学なんて聞いた事がないのだろう、殆どの生徒は訝しげにこちらをみている。

 全員魔術師特有の”翡翠色の瞳”をしている。



「北西の島国『ウェールズ』から来たハル=ノーツです。かのフレンチェ王国の魔術を身近で体験出来ると聞いてやってきました。僕自身はあまり魔術が得意ではないのですが、栄光ある王立魔術学院に折角来られたので、勉強させてもらいたいと考えています。よろしくお願いします」



 挨拶への反応は様々だ。『田舎者』と揶揄するもの、『どうでもいい』と無関心なもの、『可愛い』と褒めてくれるもの。

 可愛い――は置いておいて、概ね予想通りの結果だ。

 そして一際存在感を放っているのは、一番前の席に座っている女の子だ。敵意を籠もった視線をこちらに向けている。

 明るい栗色のウェーブがかった髪の毛をハーフアップに纏め、強気そうな瞳の美少女……特徴的に彼女が護衛対象の『リリィ=マーチ』さんだろう。容姿が整っている分、睨まれると……正直怖い。

 タイミングが良すぎるからそりゃ疑われるよね……。



「ハル君は学校というものに入るのが初めてなんだ、わからない事が多いと思うから助けてあげてくれ。そうだな……リリィ君が面倒をみてあげてくれ」

「なんで私なんですか!?」

「君が優秀な魔術師だからだ。ハル君は”勉強がしたい”と言っていただろ? 適任だと思ったのさ」



 なかなか上手い事を言う人だな。あれだとプライドが高い人間は断りづらいだろう。



「クッ……。わかりました、責任を持ってその役目果たします」

「そうか、助かる。ではハル君、彼女の隣の席につきなさい」

「はい。よろしくね、マーチさん」



 隣に座りながら挨拶をすると、気に食わなかったのかこちらを睨んで小声で呟く。



「家名は嫌いなの。リリィでいいわ」

「そう……じゃあリリィさんと呼ぶね。改めてよろしく」

「別に”よろしく”されたくないわ。精々邪魔をしない様にしてなさい」



 これまた酷い嫌われようだ……。近くにいるのは構わないけど余計な事はするなって感じだ。

 でも、先日のように本当に余計な事をしなかったら大変な事になるし……社長これまた厄介な仕事ですよ……。

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