依頼01 透明人間はそこにいる

第1話 ~雑用担当と社長と秘書~

 『魔術師派遣会社マジックカンパニー』――それはフリーの凄腕魔術師集団。魔術によってなんでも解決をモットーに日々様々な依頼を請け負っている。

 キャッチフレーズは”猫の探索からドラゴン退治までなんでもします”と謡い、依頼達成率は百パーセントだ。

 そんな会社の雑用担当が僕――ハル=ノーツである。


 雑用担当の仕事は至ってシンプルだ。他の社員達がやらないような面倒な仕事や、簡単な仕事を任される文字通りの役職。

 中級冒険者パーティーの手伝いや、近所のおばあさんの代わりに薬を取りにいく、社長のためにパンを買いに行く等々。やりがいは……あまりない事が多いけど、多くの人と関わって力になれるのはとても幸福な事だと僕は思っている。


 そんな僕は今冒険者パーティーの”荷物持ち護衛”を終えて、魔術師派遣会社マジックカンパニーの本社(とは名ばかりのボロ事務所)に報告に戻ってきた所だ。



「おかえりなさいませ、ハル様。依頼は如何でしたか? お怪我はありませんか? いじめられませんでしたか? おっとここに汚れが……」



 黒髪をショートカットに切り揃えた異邦人。

 メイド服を着用し、僕の事を気にかけてくれる美人なお姉さんは、社長の使用人兼秘書のシオリ=カナメさんだ。

 いつも僕を気にかけてくれるいい人なんだけど……。



「ただいまシオリさん。少しをしてきただけなので、大丈夫ですよ」

「荷物持ち? ハル様は確か護衛の依頼を受けて……そういうことですか。わかりました、消しましょうそのパーティー」



 少しだけ過激なんだよね……。

 美人で頼れるお姉さんで、いい人なんだけどなぁ……。

 これでを垂らしながら凄んでなければ決まってるんだけどなぁ……。



「シオリさん……鼻血出しながら過激な事を言わないで下さい……」

「ハッ。申し訳ありません。ハル様がお戻りになられて嬉しくてつい」

「ハンカチ使いますか?」



 ウェールズ紳士たるもの、ハンカチは常に常備している。

 父に教えられた基本中の基本だ。



「は、ハル様の香りが付いたハンカチ……いけません……そんな素敵なものを使用したら私が出血多量で死んでしまいます!」



 本当に……頭が少し病気じゃなければいい人なんだけどなぁ……。



「おい、いつまで馬鹿な事をやってる気だ。ハル、さっさと報告しろ」



 シオリさんの後ろでボロい建物に似つかわしくない黒い革張りの高級椅子に座ってふんぞり返っているのが、我らが魔術師派遣会社マジックカンパニーの社長、エレノア=ガードリーさんだ。腰まで伸ばした燃えるような赤い髪、鋭い翡翠色の双眸、そしてグラマラスな体型をした美女。但し、背後に『私が一番』と書いてあるかのような態度が全てをぶち壊している。スレンダーで一見奥ゆかしいシオリさんとは正反対な人だ。



「あ、社長いたんですね」

「おいおい、ハル。なんかシオリの時と態度が違うんじゃないかぁ?」



 そう言うと鋭い眼は何かイタズラを企む子供の様に歪められる。

 無言で革張りの椅子から立ち上がり、こちらに近付き……抱きしめられる。

 この人も、何かとスキンシップが激しい人だ。なにかにつけて抱きついてくる悪癖がある。



「ほらほら、私の方がシオリよりも包容力があるだろぉ? 私にも優しく接してくれよー」

「お嬢様、ハル様が嫌がっております。あまりそういった事をするのは良くないと具申致します」

「なんだ、シオリ。私に意見するのか?」

「ハル様のためであれば……」



 僕を抱く腕の力が許容量を超える。ぶっちゃけ、骨が折れそう。



「しゃ……社長、痛いです、死んでしまいます」

「おっと、悪いなハル。悪ふざけが過ぎたみたいだ」



 そう言うとあっさりと解放される。正直この二人が喧嘩をしたら、こんなボロい建物など一瞬で吹き飛ぶだろう。それだけの力をこの二人の魔術師は持っている。

 来た時と同様に無言で席に座り直した社長は改めて依頼の話しを聞いてくる。

 正直にリーダーさんをミスで瀕死にしてしまった事を報告すると、社長はため息をついてから厳しい顔をして口を開く。



「ハル……なんでお前は毎度毎度、”普通”に依頼を達成出来ないんだ!!」

「あはは……いやー”大人しくしていろ”って言われたので、その通りにしてたらリーダーさん一撃でやられちゃって……」



 まさかあのに一撃でやられるとは思わなかった。

 ましてや、あれがキラーエイプじゃなくて地 竜ドラゴンという別のモンスターというのも予想外だった。

 故郷の魔術師ならあくびをしながら倒すのに……。



「はぁ……お前にとってはキラーエイプも地 竜ドラゴンも”その辺にいるモンスター程度”なんだろうが、”こっち”の魔術師にとっては大きな違いがあるんだ……少し位勉強してくれ。大幅に依頼料を削られるだろう。わかってるよな?」



 この場合の「わかってるよな?」の正しい意味は、「お前の臨時報酬インセンティブも大幅に減額するからな?」だ。



「いやいやいや! 待って下さい! 今日”トマス=マロニー先生”の新刊が発売されるんです! 報酬減らされたら生活出来ないですよ!」

「本は買うのか!?」



 どうにか……どうにかこのピンチを切り抜けなければ。

 出来れば、観賞用と布教用の二冊も合わせて買えるだけの金銭を得なければ……。



「ハル様……お困りなら私が給料日まで面倒を見ますよ? 朝起こす所からお着替え、朝食、昼食、お風呂、夕食、添い寝まで……」

「いやいやいや、子供じゃないんですからそんな事頼めませんよ!?」



 正直言えば、シオリさんの作るご飯はとても美味しいので心ひかれる部分はあるのだが、そこまでお世話になるのもなぁ……と思ってしまう。



「えーと……社長、何か仕事ないですか? その依頼の達成を担保に生活費を下さい」



 所謂前借りと呼ばれるものだ。給料日前の僕は毎回無計画にお金を本の購入費に当ててしまい、同じ様な事を繰り返している。

 今月こそは……と意気込むのだが、どうしても欲しい本というのは出てきてしまうのだ。



「はぁ……まぁちょうどいい、実はお前に任せたいと思っていた仕事があったんだ。シオリ説明してやれ」



 あ、悪い顔してる。これは面倒くさい仕事をふってくる時の顔だ。

 社長の隣にいるシオリさんも、哀れな子羊を見る目でこっちをみてる。



「わかりました。では、私から説明致します」



 心の準備はいいですね? と言外に言っているその視線。嫌な予感しかしない。

 例えるなら、南方の果てにいると言われている、破滅の竜アポカリプスを単独で倒してこいと言われるような、そんな予感だ。



「ハル様は……”インビジブル事件”、というものをご存知でしょうか?」



 僕はまた、厄介な仕事を任されそうです。

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