ある年の瀬、君は蘇り
春日陽一
第1話 プロローグ
東崎菜月(とうざき なつき)はいつの間にか列を離れていた。
寒い冬の暗い山の中だ。隊は12編制、下っ端で非力な菜月は戦闘に加わることはなく、最後尾の隊に交じって食料を運んでいた。昨夜に歩き始めて夜が明けそうな頃、前方で鍋を持つ同期が静かによろける。その反動でこちらの歩くリズムが崩れ、足元だけを見ていた菜月の視線は思わず上がる。そして、見つけてしまったのだ。視界の端、右前方に広がる雑木林の中。うす白い背景の元、鈍く光る二つの眼を。
「…………アイツだ」
隣町の巫女部隊との合流地点まで、もうそろそろといったところか。合流をすると巫女の数は総勢500を超える予定だった。今回の討伐はそれほどに大がかりなものだ。最近、被害報告の後が絶たない神隠しに対し、上層部が業を煮やした結果、鞍馬山で人攫いを繰り返す若い天狗を倒しに行くことになった。近隣の市町村合同編制、大部隊での討伐は作戦はもちろんのこと、天狗の巣である鞍馬山へ何度も交渉し様々な事前コストを払い、今日を迎えた。下っ端一人、失敗は許されない。隊を乱すなど以ての外。
しかし、菜月は列を離れた。
アイツを見つけた瞬間、体が先に動いていたのだ。背負っていた食料入りのリュックを脱ぎ捨て、被っていた重い防具を外し放り投げる。突然のことで驚いた後方の先輩が、最後尾の隊長までもが彼女を大声で呼び止めたが、菜月の耳には全く届かなかった。そればかりか、彼女の身体能力からは到底予測できない速さで逃げるアイツを追っかけて行く。非戦闘員な下っ端の彼女を止めようと比較的近くにいた戦闘階級五位の巫女2名が追いかけても、全く追いつけなかったほどにその時の菜月は速かった。
菜月はアイツを追って、走って、走って、走って、そして追いかけられて。
気付いた時には夕暮れであった。紆余曲折して数時間、アイツに腕を掴まれ、心臓目掛けて鋭い爪を突き立てられそうになった時。彼女はひどく自身を憎んだ。
『私がっ、私がもっと強ければ!!!!!!』
ズブリと鈍い音が響く。生暖かい血が派手に飛び散る。
一瞬にしてぐったりとした少女。一瞬にして興味を失ったアイツ。
足早と色が悪くなっていく少女を、アイツは雑にその場へ投げ捨てた。そこは鞍馬山から南へ約18キロメートル先、安井金毘羅宮であった。
ある年の瀬、君は蘇り 春日陽一 @kasugayouiti
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