第53話

 私は、目線をその子たちにあわせた。

 萌ちゃんの子どもである瓜君と桃ちゃんに。


 「お母さん治る?」


 瓜君の言葉に私は答える。


「頑張るよ」


『治す』そう言いたかった。

 だけど、この手術は難しい。

 100%治る補償なんてどこにもない。


 手術の時間は8時間。


 手術は成功した。


 そう言いたかった。

 でも、そう言えるほど現実は甘くない。


 組織検査の結果。

 がんの段階評価は5に達していた。

 手術は成功した。


 だけど想像以上にがんは転移していた。

 肺にまで達していたのだ。

 しばらく萌ちゃんは入院した。

 でも、すぐに退院した。


 それが、最後の帰宅になるかもしれないことを萌ちゃんは知らない。


 萌ちゃんが退院して家に戻り。

 そろそろ子供たちも不安から解放されようとしたころに萌ちゃんは、自宅で意識を失い倒れた。

 それは萌ちゃんが退院して一週間後の夜のことだった。


 虫たちの合唱の中。

 救急車のサイレンだけが虚しく響いた。


 私はそのとき、夜勤で仮眠を取っていた。

 私の携帯に一本の電話が入る。


 太郎くんからだった。

 萌ちゃんが、意識を失い倒れたことを消え入りそうな声で伝えてくれた。


 萌ちゃんが目を覚ましたのは、それから2日後。


「あ、田茂君おはよー」


 私が、萌の血圧を測っているとき静かに目を覚ました。


「萌さん、倒れたことは覚えているっすか?」


 太郎君は、優しく笑い萌ちゃんの手を握りしめた。


「うん、なんとなく覚えているよ。

 私、もうダメなのかな?」


 萌ちゃんは涙を流しながら弱々しくそう言った。


「そんなことはない!」


 普段大人しい太郎君が大きな声を出した。

 太郎君自身も認めたくないんだろう。

 認めてしまうと萌ちゃんの病気を受け入れなくてはいけないからだ。

 小さな声で言葉をつなげた。


「大丈夫。

 大丈夫だから……」


 その声は消え入りそうだったけど強かった。


「もういい……もういいよ……

 ヤダよ!死にたくないよ……・!」


 萌ちゃんは、涙を流し大きな声を出した。


 人は死ぬときその時期を感じてしまうことがある。

 恐らく萌ちゃんもそれなんだと思う。


 萌ちゃんの声を聞いて心配で駆けつけた千春さんや銘さんも病室に入ってきた。

 夜勤で疲れているはずなのに疲れの表情など一切見せなかった。


 萌ちゃんは、それから2時間半涙を流した。

 そして少し冷静になった萌が言った。


「ねぇ。

 子どもたちに最後の挨拶をしてもいいかな?」


 萌ちゃんのその声は、覚悟を決めた声だった。

 太郎くんは、唇を噛み締めうなずいた。


「うん」


 面会時間が過ぎていたけど私が面会の許可を出した。

 千春さんが、「私が車を出すよ」と言うと太郎君は小さな声で「お願いします」といった。

 そして、太郎君と千春さんは萌ちゃんの子どもたちを迎えに行くために病室を出た。

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