第3話

 初めての優しさ。

 初めての心のぬくもり。

 僕は嬉しかった。

 好きにならない努力をしたけれど。

 それは、無駄に終わった。

 僕は君を好きになったみたいだ。

 だから、距離を置こうとした。

 だってそうだろう?

 僕はバケモノ。

 君はクラスのマドンナ。

 釣り合うわけがない。

 【美女と野獣】って話があるけれど……

 あの野獣の人は、きっとあの女の人を引き寄せる何かを持っていたのだと思う。

 だけど、僕には何もない。

 近づけば嫌われる。

 そんな気がした。

 今までそうだった。

 そう、これは学習なんだ。

 だけど距離を置けば置くほど君は僕との距離を縮めた。

 だから、好きになってしまった。

 君だから好きになってしまった。

 僕にでも優しい君に……

 僕は僕の中にいる黒いものに逆らってまで君を好きになってしまった。

 こうなってしまえばもう止まらない。

 君を思えば胸が苦しくなって、ちょっぴり暖かくなる。

 つらいとき苦しいとき、励ます君の声が僕の心のなかで聞こえるようになった。

 僕が涙のとき、君は僕の頭をなでてくれた。

 バケモノと言われ親にすら抱きしめられたことがない……

 そんな僕の頭をなでてくれた。

 そんな君への気持ちが次から次へと溢れてくる。

 甘くて切ない気持ちが……


 僕は、歩くのが遅い。

 行動も人より遅く機敏でない。

 だけど、君は僕のペースに合わせて歩いてくれた。

 僕の行動をサポートして一緒に歩んでくれた。

 僕は食べるのが遅い。

 だけど、君は僕に合わせて食べてくれた。

 僕は話すのが苦手だった。

 だけど君は僕の話を真剣に聞いてくれた。


 日を終えば日を追うたびに……

 君への気持ちが溢れ出る。

 君を抱きしめたい。

 そんな気持ちだけが僕の心のなかを支配しようとする。

 だけど僕の中にいるどす黒い何かがささやく。


「お前はバケモノだろう?」


 君のことを思うたびにその言葉が心をえぐる。


「お前は誰にも愛されない」


 そう教えられてきた。

 つらかった。

 苦しかった。

 誰かに助けて欲しかった。

 助けを求めたけれど……

 誰も助けてくれなかった。

 だから、僕は君に距離を置くことにした。

 嫌われるのは早い方がいい。


 僕はバケモノ。

 ただのバケモノ。

 人に憧れるバケモノ。

 女の子と手を繋ぎ街を歩く。

 買い物をしたりゲームをしたり遊園地に行ったり……

 そんな普通の人にとってあたりまえのことがしたかった。


 それが叶ったことはない。

 それが叶うことはない。


 少し切ない気持ち。


 そんな君には彼氏がいた。

 ステキな君だから仕方がないこと。


 でも、好きになってしまった。

 僕はもがき苦しんだ。

 心のなかでもがき苦しんだ。

 あがいてもあがいても救われない世界。

 僕が顔を上げたとき、そこにいたのは君だった。


「行こう」


 君は、そう言って僕の手を引っ張ってくれた。

 そこにあったのは憧れた世界。

 望んだ世界。

 夢見た世界に僕は顔を真っ赤にして街を歩いた。

 君とは色んな話をしたね。

 彼氏さんと喧嘩した話。

 その彼氏さんとは別れる寸前。

 僕の心のなかで何かが揺らぐ。

 歩いているとその彼氏さんと遭遇してしまった。

 その彼氏さんは、君でない別の女の子と手を繋いでいた。


「走って!」


 君は、そう言って走った。

 その場から逃げるように走った。

 僕は君の後を追いかけた。

 追いかけるだけで精一杯。

 彼氏さんは、彼氏さんで僕のあとを追いかけた。

 走り着いた場所はマンションの屋上。

 僕は、君の腕を掴んだ。

 初めて自分から異性に触れた。

 そんな君の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。

 彼氏さんが心配そうにこちらを見ている。

 君は彼氏さんの方を見たあと僕の体に身を寄せた。

 暖かい感触に優しい香り。

 僕の胸の鼓動が早くなる。

 君は、僕の目をじっと見たあと僕の唇にキスをした。

 頭のなかが真っ白になる。

 何が起きているのかわからない。

 柔らかい吐息に暖かい感触。

 

 色んなモノが僕の中に入ってくる。


 君は、キスのときも涙を流していた。

 彼氏さんは、舌打ちをしたあとその場から離れた。

 彼氏さんの姿が見えなくなるまで僕たちはキスを続けた。

「ごめんね」


 君の言葉に僕は首を横に振ることしか出来なかった。

 そのキスが、好意によるものではないとわかっていた。

 そのキスは、彼氏さんに見せつけるものなのだとわかっていた。


 僕の心のなかは、空っぽになった。


 でも、僕は君を抱きしめた。

 勇気を出して抱きしめた。

 君は僕の胸の中でいっぱい泣いた。


 僕は人を好きになってもいいのかな?

 僕は人になってもいいのかな?

 僕は勇気を出して告白をしようかと思った。


 だけど出来なかった。

 それは僕に……

 僕自身に自信がなかったからだ。

 すると君は言ったんだ。


「君はもっと自身をつけようね。

 きっと君には君を必要としてくれる人がいるから」


 君は、そう言ってニッコリと笑った。

 そして、そのあともういちどキスをした。

 優しく甘く柔らかいキスを……


「バイバイ。

 大好きだったよ」


 君は、そう言って笑いながらマンションから飛び降りた。


 何が起きたのかわからない。

 君が消えた。

 目の前から消えた。

 ただそれだけがわかった。


 数日後、僕宛てに君からの手紙が届いた。


 手紙にはこう書かれていた。


 【ごめん】


 僕は後悔することしか出来なかった。

 僕の生まれてはじめてのキスは優しくて……

 ちょっぴり切なかった。

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