第58話主導権争い2

「殿下」

「なんだ」

「アンドルー殿下から使者が参っております」

「直ぐに会おう」

「はい」

 最初の不幸な事件以来、アンドルー王子は失点続きだ。

 一番困ったのだ、領民からの陳情の山だった。

 アンドルー王子自身は悪い人間ではないのだが、王宮内の権謀術数により、偏った価値観を持っている。

 いや、これはアンドルー王子に失礼な言い方だ。

 王宮内では正しい価値基準であり、生き残るために必要な事だ。

 貴族間の力関係によって、正邪が入れ替わることもよくあることだ。

 そのやり方が骨身にしみているのは、アンドルー王子の配下も同じだった。

 そんな配下が、公爵領の政の各分野に配置され、各地の代官としても派遣されたのだ。

 余が確保した公爵と一門はアンドルー王子と側近が尋問したが、中級下級の士族卒族将兵は、配下の者が取り調べることになる。

 アリステラ王国で大きな影響力を持った公爵家の士族卒族だと、下級貴族や有力貴族陪臣家と婚姻を結び親戚だったりする。

 そんな親戚は、賄賂を持って減刑の陳情にやってくる。

当然目端の利く大商人や大地主も、賄賂を持って陳情と言う不正を持ちかけて来る。

 アンドルー王子の配下も、自身の欲望だけではなく、今後の統治や貴族間の力関係も考慮し、正邪の判断を逆転させることがあった。

 だが庶民から見れば、貴族間の力関係など無意味だ。

 いや、悪事以外の何者でもない。

 余によって解放され、やっと公正な政治が行われると思った直後だけに、不正悪政には敏感だった。

 だから事実以上のアンドルー王子の悪評が、瞬く間にアリステラ王国中を駆け巡った。

 それに対して余は、特に何もしなかった。

 アンドルー王子の配下に組み込まれたとは言え、公爵家摘発の大手柄を立てているので、これ以上手柄を立てさせないように、何の役目も与えられなかった。

 だから、サウスボニオン領から連れ去られていた猟師や村人の解放だけを行った。

 冒険者登録をしているから、サウスボニオン魔境の魔樹を切り出し、猟師や村人の家を新築したり増改築する手伝いをしたりした。

 それだけでも余に好意的な噂が王国中を駆け巡った。

 病人や怪我人を治療すれば、翌日には美談として王国中に広まった。

 まだ回復途中で十分な狩りが出来ない猟師達を、余のクランに加えて狩った魔獣を分配してやると、それも美談となって王国中に広まるのだ。

 その影響で、旧ボニオン公爵領の貧民が大挙してクランに加えてもらおうと領界に殺到した。

 だがここで、アンドルー王子と余の力関係を見て、サウスボニオンから攫われた女達を売春婦として所有していた商人が動いた。

 既に一度アンドルー王子の配下に賄賂を受け取ってもらっていたこともあり、余が力ずくで奴隷を奪ったと訴え出たのだ。

 その商人は、アンドルー王子とその配下が、余を潰す証拠を欲していると考えたのだ。

 上手くすれば、アンドルー王子とその配下の歓心を買った上に、余を潰して逃げた売春婦を取り戻すことが出来る。

 余が関係ないとしらを切った場合でも、アンドルー王子とその配下の歓心は買えるし、売春婦は逃亡者として取り戻せると考えたのだ。

 だが余は彼女達を見捨てはしない。

 正々堂々と戦うことにした。

 商人はネッツェ王国と内通していたボニオン公爵家に協力し、アリステラ王国の民を不正に奴隷にしたと、逆に訴えたのだ。

 そしてその話は、瞬く間に王国中に広まることになった。

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