第59話訴訟1

「アレクサンダー殿下、これ以上アンドルー殿下の足を引っ張るのは止めていただきたい!」

「何の事だ。余は出来るだけ何もしないようにしているが」

「嘘をつかないで頂きたい」

「何の嘘も言っていない。これ以上難癖をつけるのなら、余も名誉にかけて動かねばならぬ」

「空々しい事を言わないで頂きたい」

「分かった。我慢に我慢を重ねている余に対して、そのような悪口雑言は我慢ならん。今回の件は重臣会議に提訴する」

「望む所でございます」

「では、ここでその方の一筆をもらおうか」

「殿下の一筆もいただけるのですか」

「ああ、よろこんで署名しようではないか」

 余はアンドルー王子の使者と口論になった。

 アンドルー王子も人選した心算なのだろうが、その気遣いは失敗終わっている。

 アンドルー王子の家臣団の中では、余に対する優越感や侮蔑の感情が蔓延してしまっているのだろう。

 しかもアンドルー王子の前では、誠実で実直な家臣を演じるほど狡猾なのだろう。

 これは正妃殿下が、長年後宮内で争ってきた弊害なのかもしれない。

 使者は常にアンドルー王子の、いや、正妃殿下の威光を笠に着て、余にサウスボニオンの民を性奴隷商人に返すように詰め寄ってきた。

 だが余は頑として拒否した。

 その結果が王家王国重臣会議での訴訟だ。

 余はこの機会を待っていた。

 アンドルー王子の失策を待っていったという方が正確だ。

 いや、アンドルー王子の意に反して、配下の者達が失策を犯すのを待っていたと言うべきだろう。

 今回一旦ボニオン公爵家を潰して血統を断ち、その領地と爵位をアンドルー王子に継承させるには、余程の罪がなければ不可能なのだ。

 その罪は魔境管理不十分とネッツェ王国と共謀しての反乱なのだが、その証拠証人がサウスボニオンの民なのに、その民が奴隷に売られたことが正当だとしてしまえば、ボニオン公爵家の罪が捏造になってしまう。

 そのような簡単な理屈など、アンドルー王子の側近に選ばれる位の者には理解できるはずなのだが、それを無視するくらいの賄賂を受け取ったのかもしれない。

 いや、正妃殿下の後ろ盾があるという慢心なのだろう。

 だがこの機会を逃す心算はない。

 余と使者が署名した訴訟の書類は、余直々に全力の魔法を使って王家王国重臣会議に届ける。

 極端に勢力を失った反正妃殿下派ではなく、中立派の重臣に届ける。

 近習に写しを何十枚も書き写させ、余とボニオン公爵家に近しい貴族家士族に送り届ける。

 ボニオン公爵やその一族一門を助ける心算など毛頭ないが、アンドルー王子の配下に顎で使われる訳にはいかない。

 そんな事になったら、せっかく助けたサウスボニオンの領民もボニオン公爵領の領民も、また希望のない地獄のような生活に戻ることになってしまう。

 正妃殿下やアンドルー王子と敵対するのは本意ではないし、母上様の事も心配だが、ここで民を見捨ててしまったら、母上様を心底失望させてしまう。

 それだけは出来ない!

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