第38話最低の騎士

「やはり、下劣だな」

「はい。予想はしていましたが、案の定、領民兵を盾に使いましたな」

「違和感を持たさずに、騎士だけを殺すことは出来ないか?」

「魔法を使って、兵達を転倒させましょう」

「なるほど」

「ブラッディベアーが迫ってきたら、急遽動員された領民兵が及び腰になるのは当然です」

「そうだな」

「その時に足許に魔法で段差を作り、転倒させた拍子にブラッディベアーの攻撃が空振りし、勢い余ったブラッディベアーが領民兵を飛び越えて騎士を殺すという筋書きです」

「多少強引な気もするが、余もそれ以外の方法など思いつかんし、爺の策を使わせてもらうよ」

「はい」

 見るのも嫌なのだが、騎士の譜代兵士だろう4人が、無理矢理動員されたであろう領民兵を、後ろから槍で追い立てている。

 可哀想な領民兵は、泣く泣く前進する。

 命を守る碌な装備もつけていない。

 魔獣を斃すことの出来る武器も手にしていない。

 例え魔獣に槍を届かせたとしても、その勢いで柄が折れてしまいそうな安物の槍だ。

 そんな装備しか領民に与えず、魔獣と無理矢理戦わせる騎士の装備は、煌びやかなだけで防御力自体が低く、余計な装飾がある分重く、瞬発力まで落としてしまう欠陥鎧だ。

 人間相手の、それも抵抗できない弱者にだけ威力を発揮する、唾棄すべき鎧だ!

 爺との打ち合わせ通り、魔法で魔獣を追い立てて、騎士の軍勢の前に立たせた。

 そう、立たせたのだ。

 騎士を始め、兵士達の誰にも魔力を感じなかったので、露見する恐れを感じることなく魔法を使う事が出来た。

 防御魔法でブラッディベアーの周囲に壁を作り、一挙手一投足まで操り、領民兵が心底恐怖を感じるようにした。

 四つ足で駆けて迫ってきたブラッディベアーが、領民兵の前で仁王立ちして、前足を振るって自分達を撫で殺しにすると思わせたのだ。

 そうなれば十分訓練された兵士でも思わず体に力がはいる。

 少々度胸のある人間でも背を向けて逃げ出すだろう。

 普通の人間ならその場で小便をちびるだろう。

 領民兵はその場でへたり込むところだった。

 それを魔法で無理矢理動かして、ブラッディベアーの爪撃を避けようとする動きに見せかけた。

 ブラッディベアーの前に防御魔法を張り、ギリギリ領民兵に爪が届かないようにした。

 更に領民兵同士がもつれて転倒するような動きに見せかけた。

 そして何とか、ブラッディベアーの前に領民兵がいないような状況を創り出した。

 急に視界が開け、自分とブラッディベアーの間に誰もいない事に気が付いた騎士は、最初は呆然としていたが、直ぐに恐怖に硬直し、馬に鞭を入れて逃げる事も出来ない状態だ。

 情けない。

 士道不覚悟もはなはだしい!

 魔境から民を護ることが前提で騎士と言う地位があるのだ。

 それがたかだかブラッディベアーを前にしただけで、恐怖で動けなくなるとは、守られる側の民と変わらないではないか。

 いや、日々魔境に入って狩りをする猟師にも劣る、唾棄すべき存在でしかない。

 余がブラッディベアーの前に張った防御魔法を消すと、一瞬で駆け寄ったブラッディベアーが騎士の首を鎧ごと跳ね飛ばした。

「ヒィィ~ン」

 余は騎士の馬の尻に風魔法で軽く打撃を与え、ブラッディベアーの攻撃から逃がした。

 それで凍り付いていた領民兵も這うようにして逃げ出した。

 動けない者は、余の風魔法で無理矢理動かして逃がした。

 だが領民兵を脅していた四人の兵士は、防御魔法で護らないようにしたから、次々と体幹に爪の攻撃を受け、真っ赤な肉片に変えられていった。

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