ネコのお腹は薔薇でいっぱい

しいな らん

ネコのお腹は薔薇でいっぱい

 早朝の五時に目が覚める。まだ眠そうな空は紫色で薄明りを灯している。今日は可燃ごみの日だった、ゴミ袋をまとると家を出て角の家の集積場まで歩く。するとゴミ山に人が倒れている。汚らしい恰好だ、たぶん乞食だろう。

「大丈夫ですか」

 声をかける。

 乞食は何事かうめいたが言葉になっていない。

 どうしたものかともう一度よく見てみると、この乞食腹から血を流している。刺されたような傷跡から血がドバドバ流れている、この様子じゃ助かる見込みはないだろう。

「おっさん、なにか言い残すことはないか」

「私は十分生きた、だが思い残すことがある」

「なんだいそりゃあ」

「お兄さんや、傷口から猫を取り出してくれないかね、私は死んだってかまわない。だけどこの子はまだ子猫なんだ。これからの命をこんなところで死なすのは忍びない」

「そういうわけならわかったよ」

 自力ではまったく動けない老人をひっくり返し、胸に深々と空いた傷口に手を突っ込むぬめぬめと生暖かく気持ちが悪い。

 手首がすっぽり収まったぐらいで、指先に柔らかいものが触れた、ぐっと勢い良い突っ込み、傷口を広げ小さな子猫をがっちりと掴んだ。

 おっさんは苦しそうに呻いている。かわいそうだが仕方がない。

 血のぬめぬめから引きずりだした子猫は片手に乗るくらいちいさく、まだ目が開いていない。

 全身血まみれで羊水に包まれているようだ。

 乞食はすでに息絶えていた。

 俺はこの子猫をどうするか迷った。

 何か義理があるわけでなし、だがこのまま逃がしたところで自力では生きていけずすぐ死んでしまうだろう。乞食から生まれた猫を飼ってくれる里親なんていないだろうし、探すのだけでも一苦労だ。

 仕方なく自宅のアパートに連れて行った。ペット禁止の部屋なのだが、後のことはあまり考えなかった。とりあえず濡れたタオルで血をふき取ってやる。人肌に温めた牛乳を小皿に入れて目の前に差し出すと、よぼよぼながら口にして少し安心した。

 ちょっとして猫はタオルケットの上で丸まり、小さな寝息を立て始めた。

 どうやら命に別状はないようだ、よかった。全身真っ白なメス猫で、ひとり身で寂しい生活を送っている俺はこいつを飼うことにした。名前はメリールーと名付けたが呼びにくいのでメリルと呼んでいた。

 メリルはすくすく大きくなった。ワンルームで部屋飼いなので窮屈な思いをさせているがメリルはあまり鳴かず性格も穏やかでおとなしい子なので、なんとかなった。

 毎日しがないコンビニバイトから帰るとメリルは足音で俺が返ってくるのがわかるのだろう、毎晩ドアの前で待っていてくれて、俺は寂しい思いをすることがなくなった。

 名前を呼べばにゃあと答えるし、毎晩一緒に布団で寝た。

 動物を飼うのは初めてだがかわいくてしかたなかった。少々値が張るが餌も良い奴を与えていた。

 メリルのためならそれくらいの出費なら痛くなかった。

 そんな幸せな生活をしばらく続けていたのだが、ある日それを脅かす事件が起こった。

 あまり鳴かないとはいえ、隣人に猫を飼っていることがバレて大家に通報されたのだ。

「笹村さん! あなた猫飼ってますよね! この家がペット禁止なのは分かってるでしょう! ちょっと出てきてください!」

 ドア越しに怒鳴られ、俺はおそるおそるドアを開ける、メリルは部屋の奥に逃げ込み、かわいそうに、身をちじめて震えている。

「申し訳ありません、ただ放っておくわけにもいかなくて・・・」

「どんな事情があったとしてもね、そういうルールなんですよ、周りの部屋の人にも迷惑がかかるし、本当に困るんですよね!」

 そういって大家はずかずかと部屋に入り込んできた、いくらなんでも無理やり人の部屋に押し入るなんて頭おかしいんじゃないのか。

 そんなことを考えてるのも束の間ガタガタ震えて固まってるメリルの首根っこを掴み、大家はそのまま首をひねった。ボキンという音がしてメリルは白目を向き舌がだらんと垂れた。そしてメリルを手足を思い切りひっぱり、そのまま腹が裂けた。

 メリルの腹の中からは赤いバラの花びらがバラバラバラバラとこぼれて舞った。

 ああ、メリルの中はこんなにも綺麗なバラに満たされていたんだ。

 金のことしか考えてないようなこんな男には花や音楽を愛する気持ちなどわかるはずがない。

 俺は大家を殴り倒し、灰皿で撲殺した。

 大家の腹を包丁で開いてみれば、中は釘だらけだった。

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ネコのお腹は薔薇でいっぱい しいな らん @satori_arai

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