第六章 カンタ


「…やぁ…」


まだズキズキと痛い指を振って雪に突き刺し、痛みが和らぐことを祈りながら彼女と目をあわせる。

キタキツネがこちらに近づいてくる。


観念したようにギンギツネはガックリと手を離すと、アカギツネが勢い余ってドアをペチャンコにした。


「あっちゃー…」


ギンギツネは黙って目を伏せている。


「…で、何があったの?」




アカギツネと二人の部屋に入れられた。

アカギツネがお茶を入れようとしてくれたが断った。


「なぁ、キタキツネに会いに来たんだ。合わせてくれないか?」


「わたしはいいんですよ…でもギンギツネさんが…」


「私が許さないわ」


冷たい声が飛んでくる。

ギンギツネがヅカヅカと部屋に入ってきた。


座布団から立ち上がって反駁する。


「お願いだ、少しだけ話すだけでも——


「ダメよ」


ギンギツネがハッキリと言う。


「…本当にあなたは…何しにきた訳?あの子に償いって名目で正義感を満たしにきた訳?本当に気持ち悪い…あなたなんかキタキツネの気持ちなんて考えられないくせに…」


「っ、ギンギツネさん!」


アカギツネが諌めようとする。


「いや、良いんだよ…そう思われても仕方ないし…キタキツネの気持ちが分からないのも事実だし」


ギュッと膝の上の手を握る。


「…自己満足かもな…でも」


ギンギツネに向き直る。

伝えなければならない。


「…あなたはもしかしてキタキツネの飼育員をまたやるつもりなの?…ふざけるな!」


ギンギツネが目を光らせて立ち上がる。


フレンズの生態は担当職員が一番知っている。

だからフレンズが消滅しても、一年以内に同じフレンズが出現した場合はその職員が再び同じフレンズの業務につく。

倫理委員会が有耶無耶にしたパークのルールだ。


誰が決められる?

再び会いたいかなんて、傷口をえぐるななんて、そんなの本人にしか分からないじゃないか。

俺は…


「もう一度キタキツネに会いたい。もうキタキツネの飼育員をするつもりは勿論ないし、今のギンギツネとアカギツネと彼女の関係を崩すつもりも無いんだ…」


俺は二人に向かって土下座する。


「だから頼む…キタキツネには幸せになる権利があるんだ…俺が一度奪った彼女の未来を俺が取り返してやらなきゃいけないんだ…そして…これは俺がケリをつけなきゃいけない事でもあるんだ…」


「カンタさん…顔を上げて…」


「頼む!」


畳に頭を擦り付ける。

ギンギツネは見下すように、しかし不思議と何かを悲しむようにカンタを見ていた。


「…扉の修理代…払ってもらうから」


「ギンギツ「好きにすればいいわ…」


ギンギツネはアカギツネの言葉を遮ってそう言うと、ふすまを開けてそそくさと出ていった。


「…ごめんな、アカギツネ」


「い、いえ、大丈夫ですよ…キタキツネさんはあそこの部屋にいるので」


「ありがとう」




アカギツネが指差した方に向かって戸を開ける。

中にはコタツが置いてあった。

みんなで囲んでご飯を食べていたあのコタツ、シミの一つ一つまでそのままだった。

そのコタツに座ったままキタキツネは眠っていた。


「キタキツネ…おーい…寝てる…」


せっかく会いに来たんだけどなぁ…


同じコタツの中に足を入れる。

キタキツネの暖かい足と、俺の冷たい足がぶつかった。


「…ん…何…んわぁ!!誰!?」


「わわっ!ご、ごめん!」


なんか誰?って言われるとそこそこ傷つく。


「変な人…もしかして本当に変な人なの…?」


キタキツネが訝しむようにこちらを見る。


「ごめん!マジでそんなつもりじゃなかったんだって!」


手を合わせて謝る。

キタキツネは笑った。


「ふふふふっ、変な人!」


「…アハ…アハハ…」


頭を掻くことしかできない…


「何しに来たの…?」


「…あ…いや、君と話に来たんだけど…キモいよな、ごめんごめん嫌だったら帰るけど…」


「ふーん、いいよ、暇だし」




目の前に変な人が座ってる。

ずっと前から知り合いだったような気もするけど…だってここ最近生まれたばっかりだからそんなはずはないんだよね…

でも何故かそこまで不信感はない。


「俺、カンタって言うんだ」


「…ボクの名前知ってるでしょ」


カンタ…


「カンタは何をボクに話しに来たの?」


「…それがさぁ…俺…」


カンタは言葉に詰まっているみたいだった。

きっと言うことはアレだ。


「知ってるよ、前のキタキツネのしいくいんなんでしょ?しいくいんが何かは分からないけど」


カンタがハッとしたような顔をする。


「誰から…」


「ギンギツネに聞いたんだ…ちょっと嫌そうだったけど」


「そっか…」


少しの間ができる。

カンタは何かを思い出しているかのようだった。

カンタの顔を見る。

やっぱりどこかで見たような気がするんだけど…


「ねぇ、しいくいんって何?」


「うーん…まぁ、ここでの飼育員はフレンズのお世話係みたいな感じかな」


「じゃあ、ギンギツネも飼育員だね」


「フフッ、かもね、昔からギンギツネは世話を焼くのが大好きだし」


カンタが笑う。

何だろう変な気分。


「キタキツネは…最近…どんなかんじ?」


「うーん、まだなれないこともあるけど、温泉は気持ちいいよ」


アカギツネがお茶を持って入ってきた。

カンタが断るが、アカギツネは無理にコタツの上にお茶を置くと部屋を出ていった。


カンタがお茶を口に運ぶ。


「…カンタって明日ヒマ?」


「ん、ヒマだけど…何で?」


「ボク、カンタのこともっと知りたい。いいでしょ?」


「う、うん…」


カンタの目を覗き込む。

なぜか耳を赤くしている。

何でだろ?

カンタがボクの事を見るときの目、中に沢山の感情を感じる。

まるで家族でも見てるかのような…

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