第32話 インテリジェンス


 よーし、いける、これならいけるぞ……。確信があるわけじゃないが、あの方法ならこの問題を一気に解決できるんじゃないかと俺は握り拳を作りながら思い始めていた。


 ただ、その前にメンバーから今までどうやってギミックを解こうとしたか聞くべきだろう。参考にもなるし、これから誰かが解く可能性だってある。手柄を立てることも大事だが、新人があまり出しゃばりすぎるのもよくないだろうからな。


「――と、こういうわけなんですよ、ウォールさん」

「なるほど……」


 リーダーのバジルが、今まで取り組んできたことを丁寧かつ詳しく俺に説明してくれた。


 塔が起点となり、弧を描くように移動することを例の大きな足跡が誘導しているため、これは時計に見立てたギミックじゃないかということで、バジルたちは四時方向、七時方向、十時方向、三時方向といった具合にそれまでの時間を足した分待機したり、塔の周囲を回ったりと色々やったが結局どれもダメだったとか。


「あー、もうわかんねえな、これ」


 やってられないといった表情で頭を掻きむしるエドナー。


「何か、何かもっと深い意図が隠されているのかもしれません。暗号のような……」


 宙を睨みつけるバジルは考えすぎて思考が迷宮みたいになってそうだ。


「ふっ、どうでもよい……」


 それとは対照的に、レギンスは腕組みしたまま塔に背中を預けてるだけでやる気すら感じなかった。


「……」


 シュルヒに至っては、心ここにあらずといった様子で考え込んだ表情をしている。塔の近くならモンスターが出ないということもあるんだろうが、状況はかなり停滞気味だった。よーし、そろそろ俺の出番だな。


「あの、俺ちょっと調べ物を……」


 俺はそう言い残し、誰からの返事も待たずに【神速】を使ってその場を一気に離れる。自分の中で手応えのある例の方法を試すためだ。


 ――来た……。俺が今一人だけなせいか、見慣れない敵が出現する。棘の無いサボテンのような形状で、白い髭と針状の杖を携えたいかにも知的な感じのモンスターだ。おそらくあれがこの階層で一番厄介な相手とされているクローキングメイジなんだろう。


『アファファファファッ!』


 やつは小馬鹿にしたような乾いた笑い声を上げると、回転して粉塵を巻き上げながら杖から大きな針を幾つも放ってきた。


「こほっ、こほっ……!」


 俺は咳き込みながらもそこから離脱し、同時に回り込もうとしたが……いなくなっただと? 粉塵が薄れてきたと思ったらやつの姿は忽然と消えてしまっていた。噂に聞いた通りの狡賢いモンスターだ。一体どこに――


「――はっ……!?」


 いや、いなくなったわけじゃない。一時的に隠れただけだ。『視野拡大』スキルにより、やつが少し離れた場所から俺に杖を向けてきたことがわかり、俺は【神速】による素早い動きで巧みにかわしつつやつの近くまで一気に迫り、を盗んでやった。


『――アフェッ……?』


 サボテン爺さんの様子がおかしい。ぽかんとした顔というか、間が抜けたような表情というか……とにかく締まりがないのだ。これはおそらく知能を盗んだということだろう。


「……あれ……」


 そういや、そのせいかさっきから自分の頭の回転が異様に速くなってる気がするな。とにかく思考の立ち上がりがとんでもなく軽くて、同時に複数の考えを頭に浮かべることもできる。


 ただ、その分疑い深くなったというか……なんなんだ、この嫌な感じは。あらゆることが渦を巻くようにしてどんどん頭の中に入り込んでくる感覚。拒んでるのに止めることができない。それこそ、そこまで考えなくてもいいような些細な事柄までどんどん雪崩れ込んできて気が狂いそうになるんだ。


 これは……知能は知能でもモンスターの知能を盗んだから拒絶反応が起きてるってことだろうか? 例の発作も関係してるのかもしれない。精神的に縺れて目眩がするような感覚……。


 例のギミックの解答は知能を奪ったおかげですぐわかったが、俺はこのタイミングで隙だらけになってしまっていた。慣れるまでの辛抱だが、こうしてる間にも敵は――


『――ウフェフェッ……?』

「……」


 やつは知能を奪われたせいか思考停止してるらしく、攻撃してくるどころか隠れる気配さえなかった。そこでようやく落ち着いてきたこともあって、俺は短剣――深淵の欠片――でやつの頭を叩き割ってやる。


『アフェッ!?』


 頭部から体液を派手に放出しながら無残に沈んでいくサボテン。俺自身も慣れてきたおかげか、大分頭が軽くなった感じだ。むしろ以前よりも快適になってるんじゃないか。知能――精神力――が高いのに越したことはないからな。


 それまでは意識が異常に研ぎ澄まされ、あらゆるものが認識できるような気がする一方で不安感も倍増しだった。いずれ大きな渦に呑み込まれて自分すら消えてしまうんじゃないかと思えたんだ。発作の心配もあったが、例の声は聞こえてこないしもう大丈夫だろう。


 しかし、最深階層にしては簡単すぎるギミックのように思える。頭脳が普通でもちょっと冷静になれば解けるような問題だった。なのに俺より先に挑んでいるエンペラーのメンバーが誰一人今まで解けなかったのも不自然だ。これは何か裏がありそうな気がする……。

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