第21話 毒
「……う……?」
気が付くと、俺は座った状態で縛り上げられているところだった。
「こ、ここは……」
『視野拡大』スキルで周囲を確認する。俺のすぐ近くには厳めしい顔をした憲兵たちがいて、やや離れた場所には野次馬たちが陣取り、前方には蠅のたかった男の遺体が転がっていた。
この状況は……もしかして……。
いや、どう見ても俺は今、とんでもなくまずい立場にいる。
「お、ようやく起きたようだな。事情は檻の中で聞かせてもらうぞ」
「ちょ、ちょっと……あがっ!?」
憲兵の一人に髪を掴まれて無理矢理立たされた。そうだ。思い出した。俺はごろつきから一番大事なもの――命――を奪ったんだ。それで返却しようとしたら、急に意識が朦朧としてきて俺まで倒れてしまったんだ。
「う……うおおおおっ!」
「こいつ、逃げる気か!」
憲兵を振り切って走る。まだ足を縛られてなかったのが不幸中の幸いだった。盗んだ命をあの死んだごろつきに返せば俺は人殺しの汚名をそそげるかもしれない。
「――この野郎っ!」
「ぐおっ……!?」
だが、その直前で憲兵に後ろから体当たりされて食い止められてしまった。畜生、走るのに夢中で『視野拡大』を使う余裕もなかった……。
「た、頼むぅ、放してくれ……」
「それはたっぷり事情を聞いてからだ! 場合によっては絞首刑もありうるがな!」
どよめきの中、俺は憲兵に引き摺られてごろつきの遺体が遠ざかっていく。どうすれば……どうすればいいんだ……。
※※※
「ちょっと、セイン。一体なんなのよ!」
「いいから、来いって!」
セインは興奮を抑え切れずにいた。ルーネに食料の買い出しを頼まれて渋々王都に向かったのだが、そこで思わぬものを発見したのだ。それをルーネに見せたくて急いで宿舎に戻り、ここまで引っ張ってきたというわけだった。
「もうすぐだから。ほら、見えてきた!」
「――あっ……」
野次馬をかき分けたセインたちの前に現れたのは、縛られたウォールが憲兵に引き摺られていく光景だった。
「なあルーネ、お前も見たことあるだろ、あいつ……」
「……んー、そ、そうかもね。でも忘れちゃった」
「そ、そうか。まぁそうだよな……」
セインにとってはあまり面白くない反応だった。ウォールが無様に引き摺られていく光景をルーネが笑ってくれるものだとばかり思っていたからだ。それどころか彼女は若干動揺した素振りさえ見せていた。それがセインは気に入らなかった。
「よし、ルーネ、そこで見てろ!」
「ちょ、ちょっとセイン、どこ行くのよー!」
セインが向かったのはウォールのところだった。
「おい、止まれ! なんだお前は!」
「あ、すみません……。お役目ご苦労様です!」
セインは敬礼しつつ心の中で舌を出す。憲兵に対する対応の仕方についてはよく知っていた。亡くなった父親が元兵士だったから余計に扱いを心得ていたのだ。
「ん? ああ……坊主、何か我々に用事でもあるのか?」
憲兵は明らかに態度を変えてきた。いつも下っ端扱いされている兵士たちはこういう露骨に敬うような態度を向けられると途端に物腰が柔らかくなる。セインがまだ幼いときから父親に対してやってきたことだった。
「そいつ、何をしでかしたんですか?」
「見てなかったのか? 殺人だ」
「へええ……」
もちろんセインは知っていたが、あえて聞いたのだ。ルーネに知らしめるために。
「せ、セイン……」
セインはウォールが自分のほうを見て弱々しく口を開くのがわかった。
「……セインだと? お前、この罪人と知り合いなのか?」
「えっ。いやいや、俺セインじゃないですよ。こいつ、誰かと間違えてるんじゃないんですか?」
「なるほど。そうか……いけしゃあしゃあと知り合いの振りをして助けてもらおうという魂胆か……」
「でしょうねー……」
「ぐぐ……」
セインはウォールが睨んでくるのが心地よかった。
「落ちるところまで落ちたなあ、ウォール……」
「おい、なんでこいつの名前を知っている?」
「あ……」
しまったと思いつつ、セインは咄嗟に首を横に振った。知らないと言っている以上、それで通すしかない。
「おい、答えろ! さてはこいつの仲間か!?」
「い、いや……」
この状況をどう乗り越えようかとセインは焦っていた。罪人の仲間として取り調べられるかもしれないからだ。
「お、あいつなんか見たことあるような……」
誰かの声が聞こえてきて、セインはしてやったりの表情を浮かべた。これを利用できると思ったのだ。
「えっと、こいつ……有名人なんで……」
「何?」
「ほら、ノーアビリティ宣告されたって……」
「……ああー、あいつか! そういえば聞いたことがある名前だと思っていた。なるほどなあ……プッ……」
憲兵が噴き出したのを皮切りに、周りから次々と失笑が上がり始める。怪我の功名とはこのことだとセインはほくそ笑んだ。
「ぜんっぜん知り合いなんかじゃないですよ、こんなやつ!」
「ぐぁっ……」
セインは躊躇なくウォールの顔を踏みつけた。
「おいおい……こんな情けないやつの知り合いにされてしまった気持ちはわかるがもうやめておけ」
「はい、すみません……。ついかっとなってしまって……」
セインは顔を伏せて落ち込んだように見せかけると、ウォールに向かってニヤリと笑った。強くやりすぎたと思ったが、鼻が少し曲がって血が滴っている程度だったのでもっと痛めつけてやればよかったと後悔する。まだ生意気な目を向けてきているが、いざ絞首刑になれば泣き喚くだろうと思うと愉快だった。そのときにはまた見学してやろうとセインは思った。
「いいぞー、坊主―!」
ならず者への制裁を果たしたためか周りから拍手や歓声が起こる中、セインは鼻歌交じりにルーネのところへ帰還する。
「――もー、遅かったじゃない、セイン……」
ルーネが涙ぐんだ顔で抱き付いてきたが、セインにしてみたらこれもウォールに見せてやりたかったという残念な思いのほうが大きかった。ウォールは憲兵に連れられてしまってもうここからは姿も見えない。
「ねえ、セイン、妙なの……」
「ん? どうした、ルーネ」
「なんか、今凄く嫌な視線を感じて……」
「……気のせいだろ」
「そうかな……。なんか、強く体を抉られるような、そんな視線だった……」
ウォールが見てたらそんな視線をくれるかもしれないが、見てないから違うだろうとセインは単純に思っていた。ただ、確かに何か変な感じはする。それだけはわかった。
「あ……」
大男の遺体が憲兵たちによって担がれていくのがセインの目に映る。あれがウォールの殺した相手なのかと目を疑うほどの屈強な体つきだった。周りからヒソヒソと噂話が聞こえてくる。
「あのウォールってやつよー、ノーアビリティのくせしてあんな大男どうやって殺したんだろうなあ」
「毒でも飲ませたんじゃねえの?」
「それくらいしか考えられねえよなあ。外傷も見当たらなかったし……」
「……」
そうだ、毒だ。毒に違いない。セインはそう思い込むことで自分を納得させるしかなかった。
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