第20話 デスペラード


 ――早く……奪うのだ……。


 誰だ……? や、やめろ。やめてくれ……。


 ――何をぐずぐずしている。奪え……奪い尽くせ……何もかも奪われる前に……。


「――はっ……」


 息が詰まりそうになって俺は飛び起きた。薄暗い部屋の中、深呼吸しながら『視野拡大』スキルで状況を確認する。


「……」


 囁くような声が耳に入ったと思ったが、周りには誰もいない。どうやら変な夢を見ていたらしい。時計を確認すると、深夜の2時を少し過ぎたところだった。結構寝ていたような気がするのにまだこんな時間帯なのか。ベッドから下りて窓のカーテンを少し開けると月の光が射し込んできた。


 ダンジョンから宿舎に戻ってきて夕食を済ませたあと、疲れもあってすぐ寝たんだっけ。だからこんな中途半端な時間帯に目覚めたんだ。それにしても、どうしてだろう、体が妙に熱い……。


「……奪おう、奪うんだ……あっ……」


 俺自身が発した言葉だった。もうはっきりとわかる。無性に盗みたくなる衝動に駆られているのは確かだ。


「ぐぐっ……」


 体の芯が疼くような感覚がして拳を握りしめた。睡眠欲、食欲……そういったものによく似ている。抑え切れる自信がない。このままじゃ俺は本当にみんなから大事なものを奪ってしまいかねない……。


 ……そうだ。その方法があった。眠いなら眠ればいい。食べたいなら食べればいい。盗みたいなら盗めばいいんだ……。


「――ふうぅ……」


 溜まった息を一気に吐きだす。身支度が終わり、俺は忍び足で《ハーミット》の宿舎をあとにした。


 これから目指すのは王都ファライス。この宿舎からは少し離れているが、それでも俺のどうしようもない渇きを潤せるのに適した場所に思えた。


 盗めば落ち着くかもしれない。もちろん、返却はするつもりだ。ただ、いくら返せるといっても仲間から奪うのは気分が悪いし、ほかの宿舎に侵入するのもリスクが大きい。なので王都に行き、裏路地辺りで誰かからこっそり盗み、すぐに返却して帰還すればいいんだ。そのあと少し眠って、朝になったら何事もなかったようにダリルたちと朝食だ。今までと何も変わらない、誰も傷つかない素晴らしい方法じゃないか……。




 ※※※




「クククッ……」


 もうすぐ盗めると思うと笑いが止まらなかった。大きな門を通過し、いよいよ欲望の渦の中へと足を踏み入れる。さすがは王都らしくこんな時間でも賑わいを見せてるな。俺は一層深くフードを被ると、雑踏を避けて薄暗い路地裏へと進んでいった。


「――おい、お前」

「……」

「お前のことだ、フード野郎」

「あ……」


 誰か後ろを歩いてるのは知っていたが、まさか俺に用事があるなんて思いもしなかった。


「止まらなきゃ痛い思いするぜ」

「……」


 言われた通り足を止める。どうやら俺と同じように盗みを働くつもりらしい。泥棒が泥棒に狙われるっていう発想自体がなかったが……それだけ手間が省けるな。


 振り返ると、周囲から何人か一斉に出てきて取り囲まれたのがわかった。なるほど、つけてきたやつの仲間か。


「ここは俺らの縄張りなんでな。通行料置いていきな」

「……」


 こんなに薄暗くても『視野拡大』スキルで色んなことがわかる。声をかけてきたならず者を含めて、みんなかなり体格がいい。その上、全員手に鈍器や剣を持っている。さらに肩や頬に焼き印があるのも見えた。やはり盗賊か。一人相手にここまでやるなんて相当飢えてるみたいだな……。


 けど不思議と恐怖感はなかった。これだけ周りが見えると余裕すら出てくる。自分を遠くから見ているような感覚だ。


「おい、てめえ! なんとか言え! 死にてえのか――」

「――兄貴、ちょっと待ってくれ、そ、そいつの格好……」

「ん? こいつの服装がどうしたってんだよ」


 なんだ? 急に仲間同士で会話を始めた。


「ダンジョンに通ってる連中の宿舎付近で見たことある気がするんだ、この格好……」

「何? じゃあこいつ、アビリティ持ちだってのかよ?」


 そういえば、盗賊はほとんどがアビリティを持っていないと聞いたことがある。俺みたいにノーアビリティを宣告されたわけじゃなくて、そもそもアビリティを貰ってダンジョンへ行くなんていう発想がないんだ。ガキの頃から盗みをやってるやつばかりだっていうし、焼き印入れてるような連中に教会が洗礼を施すとは到底思えないしな。憲兵に突き出されるのが落ちだ。


「あ、アビリティ持ちだと? そんなのがなんでこんな時間に……」

「まさか……盗賊狩りじゃ……?」

「おいおい、勘弁してくれよ……」


 盗賊たちはかなり動揺している様子。アビリティ持ちだと普通は宿舎のほうにいるし、16歳未満の子供だと思ったのかもしれないな。


「お前ら、怯むなよ。まだアビリティ持ちだって決まったわけじゃねえ……!」

「け、けどよ――」

「――うるせえんだよ。こんな格好別に珍しくねえし、中身もただのガキかもしれねえしな。おい、顔見せてみろ!」


 強引にフードを剥ぎ取られた。今ビリっていったぞ。ダリルに貰った大事なものなのに。


「ほら、やっぱりガキじゃねえか」


 そりゃ、こんないかつい顔したやつらに比べればガキっぽいのかもしれないけど、これでも一応16歳なんだよ。


「ってこいつ、どっかで見たことあるような……?」


 なんだ、まじまじと顔を見られている。まさか……。


「やっぱりそうだ! ノーアビリティのウォールってやつだ!」

「「「マジかよ!」」」

「間違いねえ。プッ……こりゃとんでもねえ珍獣と出くわしちまったぜ……!」


 やつら、揃って腹を抱えながら笑いだした。俺ってやっぱり有名だったんだな。でも、種類は違えどやつらだってノーアビリティなんだし、ここまで笑われるのはなんか納得できない。


「こんなところで……ププッ、真の落ちこぼれで有名なウォールちゃんと出会えるなんてなあ。こりゃ傑作だぜえ……」

「真の落ちこぼれ?」

「おうよ。俺たちははじめっから盗賊の道しか選択肢がなかったから洗礼すら受けられなかったんだ。ところがお前はどうだ。飯や住む場所を与えられてぬくぬくと生きてきた挙句、洗礼でノーアビリティ食らったわけだろ。だから真の落ちこぼれなんだよ」

「それは違うな」

「……あ? 何が違うってんだよ、おい!」


 思いっ切り顔を近付けて威嚇してきたが全然怖くない。むしろ笑えるくらいだ。


「俺はノーアビリティだと宣告されても最後まで諦めなかった。真の落ちこぼれっていうのは、お前たちみたいに最初から何もかも諦めてる負け犬のことだ」

「て……てんめえぇ……そこまで言うからには覚悟できてるんだろうなあぁ……? 絶対に生きてここからは帰さんぞ……」


 どうやら図星だったようだ。この程度の挑発でも相当堪えたらしく、青筋を浮かばせて凄い形相になっている。


「ちょ、ちょっと待ってくれ兄貴、今こいつ、最後まで諦めなかったって……」

「あ? それがなんだって……」


 やっとその事実に気付いたようだ。もう遅いが……。


「……お、おい。待ってくれ。わかった。ここは手を引こう。な?」

「ダメだ」

「「「ひ……」」」


 俺が睨んだだけでみんな固まってしまった。アビリティ持ちというのはこうも恐れられているものなのか。ならば哀れな盗賊どもに見せてやろう。最高クラスのアビリティ【盗聖】の力を……。


「お前の一番大事なものはなんだ?」

「や、やめてくれ。頼む、頼むから……」


 ただならぬ気配を察したのか、盗賊どもは一様に後退し露骨に怯え始めた。まあいい。わざわざ一番大事なものを訊ねなくても、近付いて【盗聖】を使うだけでいいんだ。


「……えっ……?」


 まもなく男は目を見開いたまま倒れた。もう息をしていないことから、どうやら命を盗んだらしい。盗賊どもが我先にと逃げ出していくのがわかる。


「クククッ……」


 愉快、愉快だ……。

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