第3話 隠者


「クソッ……!」


 俺は勢いよく振り上げた手をそっと下ろす。


 セインから貰った月光のナイフを投げ捨てようかと思ったが止めた。あいつから刻まれた屈辱を忘れないためにも大切に持っておかないと……。


 これのおかげでいつもより歩くスピードが上がることにありがたみを感じる一方で、あいつの得意げな顔を思い出して苛立ちのあまり唇を噛んだ。今頃ルーネの手料理を美味しく頂いてるんだろうな。はあ……。


 さて、これからどうしようか。まず俺はそれを考えるための場所を探さないといけない。


「――あ……」


 しばらく歩きながら野宿でもしようかと思っていたところで、森の中から建物の一部が見えてはっとなった。あそこはどうかな。以前から、盗賊の隠れ家とか幽霊屋敷とか噂されていたところだ。


 ダンジョンを目指すパーティーの多くは見晴らしの良い場所にあることが多い。でもあの宿舎だけは違った。まるで世間の目から逃れるように生い茂った木々の中に潜んでいて一部しか見えない。誰も近付かないような不気味な場所だが、今俺が目指せる場所としては最適としか思えなかった。


 もし本当に盗賊の隠れ家だというなら弟子にしてもらえばいい。今の俺に失うものなんてないし幽霊が出ても別に問題ない。


 昔から俺はそういうのに耐性があった。逆に普段強気のセインのほうが怖がっててルーネに笑われてたっけ。いつだったか、エイムトンの村近くの墓地に肝試しに行ったときだ。兄貴分のあいつが俺の後ろに隠れて涙目になってたくらいだからよっぽど怖かったんだろう。


「……」


 なんか込み上げてきちゃったな。まだ引き摺ってるのか、俺……。


 もう終わったことだ。昔の自分も、セインもルーネももういない。何度も首を横に振って思い出を強引に掻き消してやった。そうだ、今のあいつらは俺の仲間でもなんでもない。


「――あれ……」


 頭を真っ白にして歩いていたせいか、いつの間にか例の宿舎が間近に迫っていた。なんか遠くから見た感じじゃ不気味さがあったけど、こうして近くで見てみると普通すぎて拍子抜けするな。


 ボロボロで蔦だらけで窓ガラスも割れて蜘蛛の巣まみれってイメージだったけどまったくそんな感じじゃなくて、むしろ俺たちがいた宿舎より奇麗なくらいだった。花壇もあって、よく手入れされてるのがわかる。誰か住んでるのは間違いないな。綺麗好きの盗賊なんだろうか……?


「すいませーん」


 玄関のドアをノックしたり呼びかけたりするも応答がない。周囲を万遍なく歩いてみたが誰も見当たらなかった。生活感は充分漂ってるし留守にしてる可能性が高そうだ。どうしようか……と思った途端、足音が近付いてくるのがわかって俺は咄嗟に床下に隠れてしまった。何も悪いことをしてるわけじゃないが、なんせ盗賊だの幽霊だの妙な噂ばかりある宿舎だからな。


「……」


 一人、二人……全部で三人いる。みんな灰色のフード付きローブで統一していて、それも深く被ってるからわかるのは背丈くらいだ。大人と子供と幼児? まさに大中小といった感じで極端に分かれていた。


 透けてないしちゃんと足もあるし幽霊じゃなさそうだ。あの見た目からしていかにも盗賊っぽい。


 だとすると、あの一番弱そうな幼児っぽい体格のやつも人間離れした身体能力を持ってる可能性がある。それでいてゴブリンみたいな醜悪な顔をしていたら戦意を失いそうだ。もし弟子になるのを断られたら逃げるしかないだろうな。


 どんどん近寄ってきて心臓の鼓動が早まってくる……というか、このまま隠れててもし見つかったら立場が悪くなりそうだし、そうなる前にこっちから姿を見せてやるか。よーし、なるべく明るく堂々といこう。


「――ど、どうも……」

「「「……」」」


 ん? なんか様子がおかしい。みんな固まっててぴくりとも動かないんだ。あれ、まずかったかな? よし、逃げよう。何事もなかったんだ。俺はただの通りすがりだ……。


「ちょっと待ってくれ」

「……う」


 三人のうちの誰かに声をかけられた。円熟味のある渋い男の声だ。もう逃げられないと悟って俺は振り返った。


「君、名前は? 何故ここにいた?」

「え、えっと……」


 長身の男に問われて舌が縺れてしまう。こんなんじゃダメだ。盗賊の弟子になってやるくらいの覚悟でここにきたのにこんな弱腰でどうする。


「俺は……ウォールってんだ。弟子になりたくてな」


 思いっ切り胸を張って言ってやった。弟子入りに来たくせにちょっと偉そうに見えたかもしれないが、弱そうに見えるよりはいいはず。三人とも俺の迫力に押されたのか、ぽかんと口を開けて驚いた様子だ。よし、一気に攻勢をかけよう。


「俺はノーアビリティだが度胸だけはあるつもりだ!」

「近くに来てくれ」

「えっ……わ、わかった!」


 長身の男が手招きしている。少なくとも敵意は感じない。あくまでも強がっていたことが功を奏したんだろうか。


「もっと近くだ」

「……お、おう……」


 充分近付いたつもりだったが……目の前に来いってことかよ。


 まさか、あれか? 確か盗賊って体の見えるところに一生消えない焼き印を入れるんだよな。仲間としての目印っていう意味もあるし、簡単に抜けないように悪党としての覚悟を示すっていう意味もある。物凄く嫌だけど……しょうがないよな。今更逃げるわけにもいかないし。


「手を出してくれ」

「え、こんなところに……?」

「ん?」

「い、いや、なんでもない!」


 掌ならまだマシかもしれない。グーを作れば見えないし。凄く痛そうだけどそこは我慢、我慢だ。焼き印を入れられるところは見たくないので目を瞑った。


「ダリル、どう?」


 ダリルっていうのは多分長身の男のことだろうな……。って、女の子がいるのか。凛とした少女の声だった。まあおそらく見た目はバリバリのド派手な女盗賊なんだろう。可愛いわね、坊や……とか言われて今夜にでも貞操を奪われるのかもしれない。でもしょうがないな。これから盗賊の弟子になるんだから。


「……名前は合ってる」

「名前が同じなだけとかじゃないの?」

「いや、年齢も合ってる」


 どうやら焼き印じゃなくて『鑑定』されてるらしい。目を開けると顔を俺の手に近付けていた。盗賊なら当然覚えてそうなスキルだ。それにしても年齢までわかるなんて恐ろしいな。俺が嘘をついてないかどうか、すなわちスパイかどうかを調べてるっぽい。


「まだよ。本当にノーアビリティ?」

「間違いない。一致してる」

「瓜二つの別人って可能性は?」

「……しつこいぞ、リリア」

「ダリル、大事なことなんだからむしろもっと慎重になるべきよ! こんなところに隠れてたんだし! しかもいきなり出てきたって思ったら妙に馴れ馴れしいし!」


 ……なんか二人で言い合ってるな。女盗賊の名前はリリアというらしい。かなり疑い深い性格のようだ。まあそれもわかる気がする。俺も弟子になるなら最初から堂々としていればよかったのについつい隠れてしまったからな……。


 やってしまったものはしょうがない。ここは跪きつつ弟子入り志願だ。そしたら女盗賊リリアもわかってくれるかもしれない。


「――隠れたのは盗賊になる覚悟が足りなかったからなんだ。どうか……どうか俺を弟子にしてくれ!」

「……はあ?」


 呆れたようなリリアの声が返ってくる。ダメなのか……?


「よしよし……」

「……う?」


 誰かに頭を撫でられる感触がして、恐る恐る見上げると笑顔の幼女がいた。あれ……こんな子いたっけ。もしかしてあの幼児体型の子か?


「盗賊……だよね?」

「んーん? 違うよぉ?」

「あんたねえ、さっきから何が盗賊よ。失礼ね!」

「あ……」


 幼女の後ろで、女盗賊リリアが勢いよくローブを脱ぐのが見えた。どんな子かと思ったら……不満そうに頬を膨らませたツーサイドテールの女の子だった。あれ、思ったより素朴な感じだ。服装も地味だし。俺の中の盗賊のイメージがどんどん壊れていく。


「ロッカとか、あたしのナイスバディ見たら違うってわかるでしょ!」

「……え、えっと……」


 ロッカっていう幼い見た目の子はともかく、スカートたくしあげて太腿を見せながら自分でナイスバディとか言っちゃうと盗賊っぽい気がしないでもないけど。


「まー、盗賊の隠れ家だって噂されたこともある場所なんだししょうがないよ。僕自身、こんな顔だし」

「え……」


 フードを脱いだダリルという男を見て俺は顔を伏せてしまった。引き締まった顔に鋭い眼光。どう見ても盗賊の親玉としか思えないような風格が備わっていたからだ。やっぱり盗賊じゃないか。


「ど、どうか弟子に……」

「弟子っていうか、こっちが君を仲間にするために向かってたんだけどね」

「……え?」

「どうやらすれ違ったみたいだ。ようこそ。ここはノーアビリティを宣告された者たちで結成したパーティー、《ハーミット》の宿舎だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る