三年あれば人は理性を捨てられる(個人の意見です)
人工衛星
第1話
「はあ……」
黄昏時の公園のブランコに座りながら少年は項垂れていた。
未だ10代半ばであろうその背中には、職を失い家族に合わせる顔がないと帰れずにいる中年にも劣らない哀愁を背負っていた。
もはやワンカップを持っていない事が惜しまれるほどの様子であるが彼は未成年である為、酒に逃げることは許されない。
「仕事、辞めようかな……」
深いため息を吐いた後にポロリとこぼれた言葉。同年代の多くが高校に進学する中、彼は中学卒業後すぐに就職していた。それゆえの言葉である。
――
しかし、高校に進学する気が起きず、一人で生活していくためにも働くことを決意した。(保護者になってくれた親戚とはその際多少もめたが、なんとか説得して了承してもらった。)
中卒で正式に雇ってくれるところなど限られており、その中で親身になってくれた担任教師が紹介してくれた土木業務の会社に就職した。
当然男だらけ年上だらけで体力勝負の職場だが、その境遇に同情してくれるほとんどの先輩方は優しくしてくれた。
しかし、少数の、比較的年の近い先輩はそんな賢の待遇を快く思わず、陰でいじめる様になっていった。
おとなしい方の性格で、今までいじめられたことのなかった賢は、いじめのことを優しい先輩達に言い出せず、どうすればいいか分からずににいるまま、いじめはどんどんエスカレートしていく。
結果、入社三か月目に突入した今日、気分が落ち込み、定時退社の後そのまま家に帰る気が起きず、途中立ち寄った公園で黄昏ていたのだった。
仕事を辞めてしまいたい。しかし中卒で、入社三か月で辞める自分を雇ってくれるところなんて存在するのか。もしあったとしても、そこはまともな職場なのだろうか。
現在の職場は(一部を除き)人間関係は良好。仕事内容も厳しくはあるものの時間があれば慣れていくことは予想できるし、まじめに働いた分給与という形で帰ってくる。まさに(一部を除き)理想的な職場である。
次に雇ってもらえる場所がここ以上である保証はどこにもない。むしろもっと悪くなる予想が尽きない。
『耐えるしかない』。それが結論である。
「……どこでもいいから、だれも僕を知らない所へ行きたいな」
そんな状況で、つい口を吐いたのがそれだった。
誰でも一度は考えた事がある事。
現状から抜け出したくて、変えたくて。でも変えられない、そんなとき思う。
『――どこか遠く、誰も自分を知らない場所に。』
賢がそう思ったのは今だった。
ただ思うだけ、言うだけで普通は行動に移さないそれは、今だけは違った。
「ッ!? なに!?」
突然前方からの強風が賢を襲い、砂埃から顔を守るために両腕を盾にして目を瞑れば、風に煽られブランコの板に下ろしていた腰が浮き上がった。
――飛ばされる。そう考えた矢先風は止み、体勢を崩した賢はしりもちをついた。
ブランコ周辺はコンクリートで舗装してあったはずだが、受けた衝撃は予想より少なく、同時にズボンの臀部が湿り、不快感を覚える。
何が何だか理解できずに、とりあえず腕を下ろし目を開けて――固まった。
視界一杯に乱立する大きな木。
コンクリートなどどこにもない柔らかい土一面の地面。
湿った土と草木の臭い。
森の中。それがまず思い浮かぶ印象だった。
「…………ここ、どこ?」
呆然とする賢。突然すぎる状況の変化にそうなってしまうのは無理もないだろう。
典型的な都会っ子である賢は、目の前に広がる圧倒的な自然はおろか、山の中に入ったことさえ、これまでの人生には無かったことだった。
画面越しで見る自然の風景だって、人の手が入った管理されたものであり、現状賢がいる場所はとても整備されているようには思えない。
一体何が?
さっきまで何処に居たんだっけ?
ここはどこだろう。
公園にいたのに、森になった?
家に帰って夕飯作らないと。
お尻が湿って気持ちが悪いな。
いつの間にこんなところに来たんだろう?
明日も仕事に行かなくちゃ。
そもそも近くに森なんかあったっけ?
何が起きたんだ?
グルグル。グチャグチャとまとまらない思考と、尽きない疑問が頭を埋める。
次第に息が荒くなり、思考が支離滅裂になって――「ギャアッギャアッギャアッ」
遥か頭上から聞こえたナニカの鳴き声に肩を跳ねさせ、熱くなっていた頭が一気に冷える。
バクバクと高鳴る心臓を抑えながら、自分がパニックを起こしそうになっていることを自覚した賢は冷静になる為の深呼吸をした。
森の新鮮な空気を肺に取り込み、息を吐くのを繰り返していくと、速かった鼓動が落ち着いてくる。
肩の力を抜き、いつの間にか俯けていた顔を上げる。
深く考え込むとまたパニックになりそうな予感がするため、今はとりあえず動くことに決める。
先程の鳴き声で、この森には生き物がいることに気付いた賢は身の安全を確保することにした。
周囲は木に囲まれているだけで隠れられそうな場所はなく、猪や熊に見つかれば無事に済みそうにない。
ある日、森の中、熊さんに、出会ったら死ぬ。自明の理だ。
地につけていた腰を上げ、ゆっくりと、しかし確実に前を向いて歩き出した。
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