秋の鹿は笛に寄る
川津 聡
序章
「回り込め!」
鋭い声とともに、森を
揃いの
その身に
己が武器を
季節は夏の終わり。
とうに
それでも、全力で走れば、汗もかく。疲労も
その中で、
「そこだぁ!」
気合いとともに、彼は術を
その瞬間、地面が爆発した。――いや、土中から、土や落ち葉を跳ね上げて飛び出して来たのは、
「キィアァァァ!」
尾に近い所を深々と刺された大百足は、怒声を放った。
高音域のその声に、空気が振動し、周りにいた者達は思わず身を
そんな中、冷静な声が彼らの背中を押した。
「一番中隊、二番中隊は前へ! 大百足を弱らせてください! 三番中隊は後方にて支援、四番中隊は結界を張って皆を支援!」
全力疾走してなお、
「「「了解!」」
役割が与えられれば、身を
大百足を刺した若武者が、正面から
彼らが構える武具は、それぞれの気を
これが『術』と呼ばれる、人の
彼らが対峙しているこの大百足のように、自然の摂理の外にいる
逃げられないと悟った大百足は、その巨体を土中から引き出した。
ずる、ずると
「イィィアァアアア!」
威嚇するように
だが、若武者は怯えなど
「
掛けられた声も聞こえないのか、大輝と呼ばれた若武者は、
「どりゃあぁ!」
ぎぃん!
気合いとともに振り下ろされた大太刀は、大百足の外皮に弾かれた。
「――かってぇ!」
「見たらわかるだろ!」
「はははっ」
大輝は、突っ込みに笑い返すと、それでもなお臆することなく大百足に向かって行った。
◇ ◇ ◇
「見たらわかるだろ!」
そう突っ込んだ人物は、己の発言が軽く流されたのを知って、はぁ、とため息をついた。
その呆れ顔の人物は、若武者――大輝と瓜二つの顔をしていた。
赤髪と黒髪という髪色こそ違えど、
「
若武者にツッコミを入れた者――勇輝の隣から呆れた声がした。
そちらへ目を向けると、
「
勇輝は
「あれが大輝の仕事だから。楓は? 『
「『
楓の言葉を聞いて、勇輝は一つ頷いた。
楓は腰の刀を
勇輝はその正面に立ち、腰に下げていた
その瞬間、勇輝の雰囲気が変わる。
いつものふわりと優しい雰囲気が消え、人間らしさが薄くなる。
ここを見ているようで見ていない。ここに居るようで遠くに居る勇輝は、人であることを超越した存在のように感じられた。
「
勇輝の口から、独特の調子の
楓は、その雰囲気に自然、
二人の体が、
「
しゃん、と最後の鈴の音が鳴り響いた瞬間、少年の体とささげ持った刀に光が吸い込まれて行った。
この光は、ここ日の
勇輝のように神職にある者――
その者たちの中でも、
勇輝も神司の一人で、こうやって
勇輝から発せられた光が、楓とその刀に収束していく。
光が吸い込まれていった楓は、体の調子を確かめるように拳を握ったり解いたりした。
勇輝の神性がふっと消えた。閉じていた目を開いた勇輝は、いつもの勇輝だった。
「カミサマは……?」
「その辺は、お前を信用している。――流石だな」
明らかに年下である楓に、上から物を言われたが、勇輝は、それを気にすることなくニッと笑うと、鉾鈴を持っていない方の手でその背を叩いた。全幅の信頼を乗せて、行ってこいと送り出す。
その声援を背に、楓は一直線に戦場へと駆けて行った。
◇ ◇ ◇
加護の効果か、楓の動きはよくなっていた。というより、その動きは、人の動きを超えていた。
楓は瞬く間に大百足に近寄ると、
「キシャァァアァァ!」
痛さにか衝撃にか、大百足は
暴れる大百足から距離をとった大輝が、楓の隣へと着地してくる。
「――楓、
「文句があるなら、勇輝に言え」
楓はそう言いながら、次の足に狙いをつけ、またそれを断ち切った。
「あー、やっぱ、神様から加護をもらわねーと切れねーか」
その様子を見ながら、大輝が
大輝が言う通り、大百足の外殻は硬く、彼の術だけでその足を断ち切ることはできていなかった。
とはいえ、楓が来るまでに大百足にそれなりの
加護が必要だと呟いたくせに、大輝は前線を
その無謀とも言える思い切りの良さに、楓は舌打ちをしつつ、遅れまいと斬りかかる。
二人が大百足とやりあっているうちに、加護を受けた他の中隊の者達が次々と前線に加わり始めた。大百足の足の多さに手間取りつつも、危なげなく立ち向かっている。
大百足は、体こそ大きく、硬いが、攻撃は単純で、よく修練を積んだこの一番大隊にとって、恐れる敵ではない。
「楓、ちょっとここ、任せるぜ」
皆の動きを見て、大輝がそう言い残し、勇輝の元へ向かう。
大輝の役目は、『
「――気に食わん」
楓はそう
距離をとって、もう一度、気に食わんと呟く。
多少、年上というだけで、隊長である伊吹の
(伊吹兄様の先駆は、俺が狙っていたのに……!)
と、楓の死角で矢が弾けた。
「――楓! 足を止めるな!」
振り返って見ると、勇輝が弓を放った体勢で叫んでいた。その近くでは、大輝がこちらを見て笑っていた。
加護をかける合間に、楓の支援をこなす勇輝。危険な足止めを、加護のない状態でも難なくこなす大輝。双子のその余裕に、経験の差を思い知らされる。
年齢はともかく、学年としては一つだ。一年先に『
異例の若さで渾天院に入院した楓。
周囲は、天才だなんだと褒めそやすが、楓は、自分が天才でないことを自覚している。
天才とは、伊吹のような者のことを指すのだ。
だが、楓は、三条家次期当主として、できないと弱音を吐き、膝をつくことは許されていない。
だから楓は、尊大に、自信満々に言い切るのだ。
「わかっている! 俺を誰だと思っているんだ!」
楓はそう叫び返すと、降ってきた大百足の足をひらりと
◇ ◇ ◇
加護をかけ終えたとて、勇輝の仕事は終わりではない。
大百足の周囲にいる
だが、
と、そこへ一人の美丈夫が駆け寄ってきた。それは、最初に指示を出したこの一番大隊の隊長、伊吹であった。
「勇輝! 矢はもういいです。それよりも、舞を。鎖の強度が足りない」
伊吹が言う通り、第四中隊の所属の神司が妖を拘束する
「わかりました、先輩」
勇輝は弓を背負うと、鉾鈴を手に取った。そして、
しゃらららら……!
鈴の音が舞い、五色絹が踊る。
勇輝の舞に合わせて、勇輝の周囲に光の玉が集まり始めた。
最初はぽつ、ぽつと淡い蛍のような光の粒だったが、それがだんだん数を増やし、光の鎖へと変化していく。その鎖は、だんだんと太くなり、強い輝きを放ち始めた。
複雑な足踏みと、それに反してゆったりと動く上半身。独特の調子で鈴が鳴らされ、
鈴の音があたりに満ちた時、勇輝は
「五の舞『
勇輝の声と鈴の音に導かれて、一直線に光の鎖は大百足へと伸びて行った。そして、その身に
これが日の國の
それは主に、
先ほど勇輝が舞った舞は、神に妖の動きを制限する鎖を
大百足は、新たに出現した鎖から逃れるべく身を震わせるが、その鎖はがっちり食い込んで、大百足を締め上げていった。
「キィイィィィイ!」
「でかした! 勇輝!」
大輝は、そう叫ぶと、
そして、気合い
「ヒィィィィ!」
悲鳴のような声をあげて、のたうち回る大百足。その動きの激しさに、大輝をはじめとする神人は距離を取らざるを得なかった。
大輝も大百足の背から危なげなく飛び降りると、とっととっ、と軽い調子で距離をとった。
神人が後退したのと入れ替わりに、一つの
「封じます!」
そう言って大百足に駆け寄ったのは、それまで指揮に徹していた伊吹だった。
彼が手にした刀は、彼の気により、蒼く、強く、発光していた。これほどの気を
伊吹は、暴れる足を
大百足は、登ってきたモノが自分の命を脅かすものだと本能的にわかっているのだろう。必死に身を
途中、伊吹を狙って、大百足が足を振り上げたが、勇輝の援護により、その攻撃は伊吹に届く事はなかった。
伊吹は頭上まで駆け上がると、気合いとともにその刀を振り下ろす。
「
凛とした声が森に響いた。
伊吹が振り下ろした刀は、大百足を一刀両断の元に切り捨てた。
「キイィィィィィ!」
頭部と胴体が別れた大百足が、ずうんと倒れ、枯葉を撒き散らす。
しばらく大百足の胴体はビクビクと痙攣していたが、次第にそれも弱まっていく。
完全に大百足が沈黙したのを確認した伊吹は、大百足を
にこりと笑い、一番大隊の皆に声をかける。
「お疲れ様。皆のおかげで、討伐成功だ」
それは、大百足の体液が飛び散り、木々がなぎ倒されたこの場にそぐわない、優しげな微笑みだった。
◇ ◇ ◇
いつも冷静で、渾天院一の
その
幼いながらも、卓越した戦いの素質で一歩も退かない少年・楓。
この三人の神社に属する武人――
そして、彼らが傷付く事なく戦えるように、神に
以上がこの一番大隊の核をなす伊吹隊の隊員達だ。
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