第14話 使われるのは命か部品か

「敵、大型確認できず。繰り返す。敵、大型確認できず。オクレ」


 地上を観測していた大木がそう結論づけて通信を始める。航空機による偵察は、地上の部隊にとって命綱とも言える情報をもたらす非常に重要な役目だ。


 だというのに……。


「おい水原、何ぼさっとしてる。もう少し機体を傾けろ」


「お、おう」


 俺はこの任務にあまり身が入っていなかった。


 敵航空戦力が存在しない事。おそらく敵も斥候であり、さほど大きな戦闘にならないと予想される事。色んな理由があるが、一番の理由は最近知ったばかりのある出来事だった。


 由仁と美弥。


 彼女たちは生体誘導機。つまりミサイルに搭載する使い捨ての誘導チップだ。


 毎日の様に世界中で使用され、湯水のごとく使い捨てられている生体誘導機だ。


 実際俺も生体誘導機が製造される所を見たこともあるし、搭載された生体誘導機を見た事もある。その時は、人間の姿をしているが感情の欠片も無く、人形か何かにしか見えず、ただ仕方ないとしか思わなかった。


 材料費にして500万円。製造期間三か月。技術も機械的にインストールするため、人間の様に練習する必要がない。


 人間が桜花に乗って特攻をかけるよりずっと合理的だったからだ。


 でも……今はその考えが揺らいでいた。


「だから、もっと傾けろって」


「すまん」


 大木の怒鳴り声で思考がシャットダウンする。


 機体を斜めにしたまま飛行するのは存外難しい。考え事をしながら出来ることではなかった。


 俺は謝罪をした後操縦桿を細かく動かして大木の要望に応えてやる。


 しばらくの間そうやって機体をコントロールしていると、大木がまたも通信を行い何事かやり取りを交わす。


 漏れ聞こえる言葉から察するに、適当に爆撃を行って追い払うという事だった。


「了解、結果を確認後帰投する」


 大木の声を合図に俺は機体を180度旋回させる。


 少し早いがもう少しで任務は終了。多めの休憩時間に普段より羽を伸ばすことが出来るはずだ。隠してある酒をたしなむもよし。訓練している連中を冷やかすもよし。色々と楽しいことはあるだろう。


 しかし俺の心はあまり浮き立ってはいなかった。


「なあ、大木」


「なんだ」


「お前、生体誘導機をどう思う?」


 俺はその答えを知っている。


 大木は自分の手でオームをぶち殺したいと常日頃から言っていた。生体誘導機はそれを奪ったクソッたれだとも。


 だから今回もその答えが返ってくると思っていた。


 だが――。


「ロリコン野郎」


「はぁ!?」


 さすがに聞き捨てならず、思わず怒鳴り返す。


「聞いてんぞ。生体誘導機の為に1個3000円もする花の肥料まで買ったって? 頭に虫でも湧いてんのか」


「あのやろ……。黙ってろっつったのに……」


 頭の中に調達屋の憎たらしい顔が思い浮かぶ。


 花の肥料を調達してくるのにはさすがに骨が折れたから報酬に理由を聞かせろとかのたまわってやがったのはこれが目的だったのか。


「アイツらは人形だろうが。それ以上でもそれ以下でもねえ。どうせ死ぬ奴らに金かけんな。俺に酒でも奢れ」


「お前に奢るくらいならドブに金を捨てた方がマシだ」


 どうせ死ぬ。確かにそうだ。


 人はいずれ死ぬ存在だ、とかそういう話ではない。


 生体誘導機は消費されるためだけに作られる。法律的には命ですらない。


 人権もないし、自由も義務もない。


 俺たち人間の為に働き、壊れる。


 その為だけに在る存在だ。


 しかしあの2体はあまりにも人間的過ぎた。


 笑うし怒るしふざけて他人をからかう。花が咲くのを楽しみにして夢想するだけの、ただの少女にしか見えなかった。


 だから使い捨てられることに、少し同情してしまったのだ。


「だからってマジでドブに捨てんじゃねえよ」


「捨ててるつもりはねえよ」


 これは大木だからこんな言い方をするわけではない。恐らく生体誘導機に関わる全員が同じような事を言うだろう。


 実際、俺も由仁達に会うまではそうだった。


 瞬くほど短い時間を、何も考えずに命令に従って動いているだけの存在だと考えていた。


『桜花71甲型発射』


 通信機から警告が入る。


 呉から桜花、つまり誘導装置付きのミサイルが発射されたのだ。


 レーダーなんていう電算機を必要になる物など搭載されていないこの火竜では、いつ桜花が通り過ぎるのかが分からない。一応高度が決められている為、接触する可能性は低いものの、万が一という事もある。だからきちんと目視で警戒をしなければならないのだ。


「3時方向。接触は無し」


 目ざとく見つけた大木がそう報告してくる。


 俺はその報告に従い、高度を維持した。


 やがて黒点の様に小さかった桜花の機体が大きくなり、過ぎ去った後はまた小さくなっていく。


 そして――。


「ヒト、ゴ、フタヒト着弾確認」


 桜花71甲型に搭載された戦術核――戦術水爆が炸裂し、煙が高く巻き上がる。


 爆心地から半径500メートルに存在したオームは全て破壊しつくされた事だろう。


 そして、桜花を操っていた生体誘導機も。


 その生体誘導機は、由仁や美弥のような感情・自我発露個体の様に豊かな感情を持ってはいないだろう。しかし、そうなり得る可能性はあったのではないだろうか。


 だというのに、敵を牽制する為だけに使われてしまった。可能性が、完全に費えてしまった。


 そう思うと、今壊れたであろう個体が、少し哀れに思えて来たのだ。


「敵からの反撃は確認できず、送れ」


 大木が冷静に報告を送る。


 俺もそれに倣い、大きく動こうとする心を押さえつけ、機首を基地のある方角へと向けた。


 無言のまま飛び続ける。別に大木に対して不機嫌になったという訳ではなかったが、生体誘導機に関する話題を続けたくも無かったからだ。


 もっとも大木は違った様で、


「EE体ってのがどんなもんかは知らねえがな。そいつらはバグみてえなもんなんだろう?」


「らしいな」


 人形のように無感情な存在であるのが正しい生体誘導機のあるべき姿だ。


 感情豊かなあいつ等は兵器として失敗作でしかない。


「ならそいつらのはそう見えるだけなんだよ。気のせいだ」


 丸が3つあれば人間の顔に見える。それと同じ様に、受け取るこちら側がそう感じただけ。


「よしんばそうじゃなかったとしても、そうする方が精神衛生上いいだろ」


 これからも生体誘導機は使われ続ける。


 可哀そうだからという理由で使われなくなることはない。


 人間一人の命と、材料さえあればいくらでも作り出せる存在。


 天秤にかければ重いのはどちらか考えるまでもない。


「……そうだな」


 納得すべき色んな理由は山ほどあって、どれも正しい正論だった。


「その通りだ」


 でも、どれだけ正しかろうと、俺の心は首を縦に振らなかった。

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