第2話 三つの機械

 ハンガーには、多くの戦闘機や航空機が所狭しと並べられており、多くの整備員が忙しそうに走り回っていた。


 その中の一機の前で、私は彼女達の到着をじっと待っていたのだが、鉄の扉を押し開けて目的の人物たちが入って来るのを見つけると、両手を頭の上でぶんぶん振って、声を張り上げる。


「みんな~、こっちこっち」


 私はそうやって出来る限り明るく振舞う。


 ひとつは今から行う事が普通の事だと思わせる様にするため、疑問に抱かせない様にするためだ。


 黒髪黒目に中肉中背であまり特徴は無いが柔らかい顔つきをして、少し頼りなさそうな雰囲気を発しながら三人の少女を引き連れている男性――相馬そうま 唯人ゆいとが軽く手を上げ、その後ろに並んでいる少女二人が会釈をした。


「安寿博士ー、さっきぶり~。やっほ~!」


 一番後方に並んでいる、美弥と名付けられたショートカットの少女が明るい表情で手を振り返してくれる。


 一番人懐っこくて、一番明るくて……たぶん、一番脆い女の子。


 たった6……いや、3か月の付き合いだけれど、恐らく間違ってはいないだろう。


 ――出撃できるのかが少し心配だ。


「やめなさいっ。勝手に喋るのは禁止されているはずよっ」


 ポニーテールの少女、由仁は、三人の中でも一番分かりやすい表情をする少女だ。


 委員長気質で生真面目で、いっつも眉を吊り上げて美弥に噛みついている。


 例え同じ髪型にして並べてみても、彼女だけは間違えることは無いだろう。


 出撃は可。ただその使命感故に少しだけ判断を急ぎすぎる可能性が高い。


「…………」


 そして最後の一人、先頭で困り顔をしながら後ろの二人を気にしている少女、陽菜は、一番安定していて判断能力も申し分ない。


 出撃には何の問題も無いだろう。


 そんな風に分析し終わってから……少し罪悪感を抱く。


 私は博士を自称してはいるものの、本職は医師だ。戦争が出来るかなんて物騒な判断をするような存在ではない。でも人が居ないのだから私が判断する他なく、私の判断で彼女たちは出撃していって――。


 いや、やめよう。これ以上考え過ぎればきっと私は、あの男の、唯人の様になってしまう。


 心を凍らせて自分の仕事を果たす。それだけ。


 私はそう念じると、もう一度笑顔を顔面に張り付け直して少女たちを待った。


「中村管理官、三人を連れてきました」


 唯人がやや堅苦しい態度で敬礼をしてくる。


 その顔にはわずかながら影がかかっていて、少女たちには気付かれていないようだが、苦しんでいる事が見て取れた。


 だから私は――。


「ね~、ゆ、い、と。いつも通りの呼び方をしてよぉ~」


 体をくねらせてシナを作り、妖艶な目線投げかけてみる。


 起伏の乏しい私の体は、艶っぽさとは縁遠いという事は自分でも良く分かっているのだが、それでも女性に対して免疫のない唯人には十分だったようで、表情に少しだけ朱が混じる。


「きゃーっ、安寿博士だいたーんっ」


 美弥が黄色い声をあげ、由仁と陽菜はどうしようかと視線を彷徨わせていた。


 うん、私の言動でこんなに反応してくれるのはこの四人くらいのものだろう。私の背後で忙しくしている整備員たちはなかなか乗ってくれる人が居ないので残念だ。


 理由は想像がつくけれど。


「中村管理官、今は仕事中です」


「あ・ん・じゅ」


「……安寿さん、仕事をお願いします」


「は~い」


 このぐらいで許してあげましょう。


 私は唯人から視線を三人の少女へとズラして、


「じゃあお仕事に移りましょっか」


 そう確認した。


「は、はいっ」


「お願いしますっ」


「え~っ」


 一人不満そうな子も居るが、構わず話を続ける。


 私は用意しておいたパネルを手に取ると、紙芝居を語り聞かせる様に体の前で掲げた。


「はい、それではこの地図を見てね」


 パネルにはこの呉地方隊周辺の大まかな地図が描かれている。


 そこから百十数キロほど離れた山間部を人差し指で指し示した。


「敵の位置はここ。だからばーんってやっちゃってね?」


「了解しましたっ」


「それから……」


 私はパネルを裏返して真っ黒に焼けこげたたこ焼きの様なイラストを見せる。ちなみにこれは私の手描きなのであまり上手とは言えないが、分かればそれでいいだろう。


「敵はこれ。空中要塞型よ。覚えた?」


「はいっ、必ずや撃破してみせます!」


 真面目ちゃんな由仁は非常に反応がよく、ひとつひとつに返事をしてくれる。対してあれだけ騒いでいた美弥は静かに黙ったままだった。


 二人の出撃に対する姿勢がうかがい知れる。


 本来ならば美弥はまだ早いと提言すべきなのだろうが、戦力が碌にないのだから受け入れられる可能性は低いだろう。


 私は無駄な事はしない主義なのだ。


「が、頑張りますっ」


 陽菜の返事と美弥の頷きを確認すれば、作戦の指示は終了。というか、本来こんな指示はせずに、出撃できるか機能・・状態・・を確認するだけなのだ。


 なぜこんな真似をしているのかといえば、唯人の方針に付き合っているだけの話。それで確かに戦果が上がっているのだからやる事が正しいのだろう。


 ……こちらが辛くなるのだけれど。


「じゃあ……」


 視線を唯人に向けて軽く頷いてバトンタッチをする。


「機体は桜花83乙型っ」


「はいっ」


 唯人の命令に、表情を引き締めた三人が背筋を伸ばして敬礼をする。


 先ほどまでの少しおちゃらけた空気はもう何処かへと飛んで行っていた。


 そんな彼女たちに背を向け、私は整備員たちの方へと向き直る。


 男たちの感情が乗らない視線が私へと突き刺さり、少しだけ怯んでしまう。その視線の意味するところは、早くしろではない。止めてくれ、だ。


 それを無視して私は命令を下す。


搭載・・準備っ!」


 整備員たちが口々に私の命令を復唱しながら桜花83乙型と呼ばれる機体の出撃準備を始める。


 そこへ、唯人の命令を受けた少女たちが走り寄って来て、次々とコックピットに乗り込んでいく。


 桜花83乙型。のっぺりとした万年筆に翼を付けたような独特の形状をした機体で、コックピットは横に細長い。


 少女たちはそこに寝そべると、整備員たちが集まって来て少女たちの膝から下、機械でできた義肢を取り外して機体と接続する。


 体もベルトできつく固定し、少女たちがコックピットのあちこちに備え付けてあるレバーに手を伸ばして操縦できることが確認されれば準備は完了した。


 そして、私と唯人にとって一番嫌な報告が、整備員の口から発せられる。


「に号生体誘導機17番、搭載完了」


「へ号生体誘導機1番、搭載完了」


「と号生体誘導機38番、搭載完了」


 その言葉で、私は一気に現実へと引き戻される。多分、唯人もそうだろう。


 彼女たちは生体誘導機。


 近くに存在する電算機の一切を狂わせる敵に対し、それでも誘導兵器を使用しなければならない人類が考え付いた苦肉の策。


 少女たちは普通の人間ではなく、クローン技術で生み出された存在で、特攻機桜花に乗って使い捨てられるだけの生命体。いや、法的には生命すら認められない誘導機械。


 少女たちにとって、出撃とは壊れる事を意味していた。

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