第7話 初任務

 気が付けば一年がたっていた。多岐にわたるメイドの仕事は一通りこなせるようになり、諜報の基礎も身に着いたと思う。これも元の体であるアフィシアのスペックが高かったからであろうか。とはいえまだ諜報の実務に出たことはない。


 さすがに一年もいればいろいろとわかってきたこともある。ここがカロン王国の軍事施設が置かれている村であるとか、ハワードがホムンクルス研究所の所長だとか、ボルドルが諜報部第三部隊の副隊長であるとかだ。


 諜報活動を行う同僚も三名ほど顔見知りとなった。中でも猫耳と尻尾の生えている猫人族のレイレイとは顔を合わせることも多い。他の二人は仕事に出ていることが多く、本当に顔見知り程度だ。


 そうそう、魔物の討伐も何度かやった。カロン王城裏手の森の中にこの村はあるらしく、たまに魔物に村が襲われることがあるのだ。ゴブリンのような雑魚しかいないので手こずりはしなかったが、人型の生き物を殺すという行為には最初抵抗があったのは確かだ。

 だがそうも言ってはいられない。森の奥深くは凶悪な魔物の住処すみかとなっていて、その向こうに見える霊峰にはドラゴンまで住んでいるともいわれてる。常に魔物の警戒は怠れないのだ。


「なんで帰ってこんのじゃ! たまには顔を見せんかい!」


 そんな施設にある屋敷にハワードが来ていた。言われてみれば諜報部に拉致られてから、ハワードには会ってない気がする。使用人用の食堂で遅めの昼食を一人で食べているときに突然現れたのだ。


「なんでと言われましても……」


 よくよく考えてみると、ハワードのところに顔を出すという発想がなかった。レオンに追い掛け回された記憶しかないし、いい思い出はない。それに実際、そんなヒマはなかったし。


「まぁそれはいいわい」


 いいのかよ。じゃあ何しに来たんだこの爺さん。


「わしも忙しくてお主にかまっておれなかったからの」


 詳しく話を聞くと、当時は通常業務である研究を放置して、俺に付きっきりだったらしい。そのツケが回ってきて忙しかったと。


「なに、お主に異常がないか確認に来たまでじゃ」


「そうなんですか」


 普通のホムンクルスとは違うからということだが、俺には魔改造されたくらいしか違いがわからない。そこは専門家に任せるか……。健康診断してくれるんであればありがたい。昔は徹夜に続く徹夜で体調を……、うっ、頭が……。


「連絡が来なかったところを見るに、自覚症状はないみたいだの」


「はい」


 俺は問われるがままに答えていく。毎日朝昼晩と食べていて問題ないか聞かれたときはちょっとした不安に襲われたが。普通に飯を食うホムンクルスなんて存在しないから気になっただけらしい。


「特に異常はなさそうだの」


「ありがとうございます」


「ふん。孫娘の体を壊されるのもたまらんからの」


 やっぱり孫娘なんですかね。確かめる気も起きないが、心配してくれるのは嬉しい。……爺さんのツンデレはいらんが。

 それだけが用事だと告げると、ハワードはそのまま帰っていった。


「今のお爺ちゃん誰?」


 すれ違いで入ってきたのは同僚である猫人族のレイレイだ。十二歳で俺より身長が高いんだが、つまり俺は十二歳よりは年下ということなんだろうか。ハワードにも孫娘の歳を聞いたこともないし、今まで不便はなかったから不明なままだ。


 茶色い髪をポニーテールにした両側に、ふさふさの耳が生えている。以前に触らせてもらったが、すげーもふもふだった。至高の一品だった。次に狙うのは尻尾だな。


「ホムンクルス研究所の所長さんみたい」


「ふーん」


 同じ軍事施設の人間なので、嘘をついたところですぐばれるだろう。ここは素直に話しておく。レイレイも軍施設関係者と聞いたからか、それ以上はツッコんではこなかった。この施設は表向きは普通のどこにでもある村だ。商人や冒険者など一般人が訪れることもあり、関係者以外立ち入り禁止ではないのだ。


「あ、そうそう。副隊長が呼んでたよ。アフィーちゃんの初任務だって」


「えっ、そうなんですか。すぐ行きます」


 残っていたスープを一気に飲み干すと、食器をカウンターに置いて執務室へと向かう。過酷な訓練の成果が問われる時が来たかと思うと気合が入った。

 いくつか廊下を曲がって執務室へとたどり着くと、ひとつ深呼吸をして扉をノックした。


「入りなさい」


「失礼します」


「アフィシアさんですか。ご苦労様です」


「レイレイから初任務だって聞いたんですけど」


 胡散臭い雰囲気は相変わらずのボルドルに問いかける。視線を落としていた執務机から顔を上げると、こちらと目線が合う。手元の羊皮紙を一枚掲げたので、俺はそのまま机の前まで歩いて受け取った。


「そうですね。本来の諜報部としての初任務です」


 受け取った羊皮紙を確認すると、現場は王都にあるフォルソン男爵家の屋敷らしい。行方不明事件が発生したそうだが、被害者がフォルソン男爵のメイドだそうだ。


 何度か臨時のメイド・・・として貴族の屋敷で働いたことはある。そのときは本当に、産休や体調不良となったメイドの代わりだったのだ。間取りをすべて把握し、噂話を収集する課題も一緒に出ていたが。だが次にメイドとして行く屋敷は、諜報としてとなる。軍が警察のような仕事をするのもどうかと思ったが、ここは異世界だ。そういうことは気にしないでおこう。


「わかりました。行ってきます」


「そう構えないで気楽にしてください。黒なのは間違いないので」


「そうですか……」


 こうして俺は単身、王都へと向かった。

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