第6話 諜報部隊
凹んでばかりいても何も進展しない。ひとまずメアリーさんから言われた部屋へと向かうしかない。何かいい匂いが廊下から漂ってきていて、これは期待が高まるというものだ。
もうこの際着ている服なんてどうでもいい。この世界に来てから理解不能なことがいっぱいだ。それを考えれば、まともな服を着ている今が一番マシなのではないかと思える。
「遅くなりました」
風呂を堪能しすぎた自覚があるので、ちょっと申し訳ない気持ちになって指定された部屋へと入る。パッと見た感じは食堂だろうか。長テーブルと椅子のセットが二つあり、奥にはキッチンが見える。
「あぁ、風呂はどうだった? 前の場所じゃまともに入れなかっただろう」
「もう最高でした」
奥のキッチンからトレイを持って現れたメアリーさんに、反射的に答える。こちらの世界にきてから初めてのまともな風呂だ。最高以外の言葉が浮かばない。
「あはは、それはよかった。あっちじゃまともなご飯も出なかっただろう。ちょっと早い昼だけど、食べておくといい」
「あ……、ありがとうございます!」
言われるがままに席に着き、スプーンを手に取る。具だくさんのスープに野菜と肉の炒め物、それに黒いパンがついている。まずはパンに噛り付いてみるが、思った通り堅かった。やっぱりスープに浸して食べるのは異世界のテンプレか。そんな益体もないことを思いながら、俺は涙を流しながらまともな飯に初めてありついた。
「食べ終わったらさっそくメイドとしての訓練を始めるわよ。旦那様からは、すべて叩き込めと言われているからね」
「あ、ハイ」
やっぱりメイドなのね……。しかもなんかスパルタ感がひしひしと。久々の飯の感動が半分になった。
「なかなか手際がいいわね」
「ありがとうございます……」
学生時代にいろいろやったバイトは役に立っているらしい。今はベッドメイキングの最中だ。シーツをピタリと合わせてしわが出ないように伸ばすのは、ちょっとしたコツがいるんだよな。
「次はお茶を淹れにいくよ」
「はい」
いったい俺はどこを目指せばいいんだろうか。飯も食えたし、レオンに追い掛け回されることもなさそうだし、初日とはいえ待遇に不満はないんだが。何かこう、釈然としない何かがある。
「ほぅ、アフィシアか。……なかなか似合ってるじゃないか」
連れられてきた部屋にいたのは、俺をここに連れてきた張本人であるボルドルだ。なんか執務室みたいな立派な部屋だけど、そもそもこいつは何者なんだ。
「そ、そうですか」
メイド服が似合ってると言われても嬉しくもなんともない。
「ほら、ボーっとしてないでこっちにおいで」
でも、あのマッドサイエンティストのところにいるよりは断然マシだ。
「は、はい」
さすがにお茶の入れ方はよくわからない。茶葉によっていろいろ変わるらしいが、この世界の茶葉の種類なんてさっぱり知らないのだ。俺はメアリーさんに叱られながらも、メイドとしての仕事をこなしていく。
「ふむ……。最初に淹れたお茶としてはまずまずかな」
なんとも微妙な評価をボルドルにいただいてしまう。なんでもここの部署に連れられてメイドとして淹れたお茶は、まずボルドルが飲むことにしているそうだ。
「はぁ……、そうですか」
「旦那様が褒めるなんて、珍しいですね」
「なかなか見どころがあると思ったけど、こっち方面でもいけるかもしれないね」
こっち方面ってなんだよ。
「あれ……、言ってなかったっけ」
「何も聞いてませんが……」
わからないままなのも不安なので、素直に聞いてみることにする。
「あぁ、私の部署は諜報部隊だからね。貴族の屋敷にメイドとして入り込むこともよくあるから、頑張ってくれたまえ」
「……へっ?」
「このあと諜報向けの訓練もするからよろしく」
ボルドルの言葉には嫌な予感しかしなかった。
と思ったけどどうやら杞憂だったようだ。あのマッドサイエンティストの訓練方法が適当すぎたんだろう。ボルドルの教え方はいろいろとわかりやすい。諜報の基礎から、魔術の使い方まで。
どちらにしろブラックではなかったのだ。……今のところは。
「にしてもキミは焼き込まれた魔術が多いな……。大丈夫だったのか?」
あまりにも無詠唱で使う魔術が多かったからか、何かボルドルに心配されてしまう。
「ええと……、特に何も問題はないですけど」
特に不都合は感じていない。どこにも痛いところはないし、精神的にも正気を保てている……とは思う。いや、異世界に来て性別が変わってもなお正気を保てていることが問題と言われたら、俺にはどうしようもないが。
「そうか。魔術の焼き込みには激しい痛みが伴うと聞いたことがあるからな……」
マジかよ。あの爺さん何やってくれてんだ。まぁ俺が覚醒する前だから被害は受けてないが、とんでもねぇことしやがるな。
「しかしそれはそれでキミには期待ができるというものだ」
詠唱の必要がなく、即座に魔術を発動できることは相当なメリットだろう。詠唱する魔術も使ったことがあるから、それはよくわかる。レオンに追いかけられてる時に、悠長に詠唱なんぞできるわけがない。
「諜報部副隊長である私が直々に鍛えてあげましょう」
元の世界の上司やハワードの爺さんと違って、期待して褒めてくれるというのは悪い気はしない。暗躍するメイドになりそうなことを除いては。
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