第4話 部署異動という名の拉致
しばらく地獄の鬼ごっこと魔術の勉強を繰り返す日々が続いていた。何日たったかは覚えていないが、まだ一か月はたっていないと思う。結局メシにありつけたのは週に一回ほどだった。やっぱり燃費はすこぶるいいらしいが、メシが食えないのとたまの飯もマズイのでストレスがたまるばっかりだ。
レオンから逃げられる時間が伸びたと思った頃にあっさり捕まり、本気を出していなかったことに気付いて悔しくなったり。
「やっときたかい」
今日もまた地獄の鬼ごっこが始まるのかと憂鬱になりながら庭へと出たところ、見知らぬ人物から声をかけられた。というか正直、ハワード以外の人間に合うのは初めてだ。
第一印象は、何を考えてるかわからない不気味な男といったところか。剣を腰に提げて皮鎧らしきものを身に着けている。短く刈り込んだ紺色の短髪で、左手で顎を撫でている。
「……どちら様で?」
「ぬぅ! 何をしに来おった、ボルドル!」
問いかけると同時に、レオンを連れてきたハワードの怒鳴り声が響き渡る。
「いやなに、優秀な捨て子を拾ったと聞いたのでね。直接確認に来たわけですよ」
捨て子? 誰の事? ……もしかして俺のことか?
どうも俺を待っていたっぽい雰囲気だし、やっぱり俺のことなのかな。魔術の理解は早いとハワードには褒められるが、レオンにいいようにあしらわれている俺としては優秀と言われるのはむず痒い。
「くっ、とうとう見つかってしもうたか……」
ハワードが何やら悔しそうに小さく呟いている。見つかったって……、隠してたのか? ここは研究所だと聞いてたが、隠れて研究なんてできるもんなのか。どおりでハワード以外に人を見ないと思った。
ハワード以外に会っていないとはいえ、ここの庭は広い。他にも出入りする場所があっても不思議じゃない。
「今日は私が鬼の役をやりましょうか」
「はい?」
俺を確認に来たというこの人は、どうやら様子を見に来ただけじゃないらしい。ってか、広い森の中を逃げ回る様子を見るって難易度高そうだしな。森の中の各所に監視カメラが仕掛けてあるわけでもないし。
「では十秒後に動き出すので――」
そう切り出すとニヤリと口元を歪める。
「全力で逃げてくださいね」
言葉と共に得体のしれない圧迫感が押し寄せてきた。
「――っ!?」
反射的に両足に力を籠めると全力で地面を蹴りつける。
あれはヤバい。何がヤバいってよくわからんけどとにかくヤバい。雰囲気というかなんというか、あれが殺気だと言われれば即納得できる何かを放っていた。てっきり違う部署の研究者かと思ったけどぜんぜん違うじゃねぇか!
レオンよりやばそうな圧迫感がずっと背中に感じられる。
「――ん?」
十秒経ったころ、背後からの気配がふと消える。思わず立ち止まりそうになったが、ここで振り返るわけにもいかない。せめてどこか隠れられる場所から出ないと……。
レオンの場合は匂いで捕まるので、初めて鬼ごっこをやって以来隠れることはしなくなった。だが今回は人が相手だ。隠れてしまえばそうそうすぐには――
「なかなか素早いじゃないですか」
「ぐえっ」
気が付けば襟首をつかまれてあっさりと追い付かれていた。レオンの時のように宙ぶらりんにされているわけではないが、首が締まることには変わりない。
「キミ、なかなかやりますね。うんうん。合格ですよ」
手を離されたので後ろを振り返ると、そこにはやっぱり不気味な笑顔を張り付けたボルドルがいた。
「思ったより気配が希薄なのに、それなりに身体強化も使える。何より威圧を放った時の反応もよかったですよ」
「はぁ……、そうですか」
褒められているような気はするが、初対面で胡散臭い人に言われても素直に喜べない。
「というわけでさっそく行きましょうか」
「えっ? どこへですか?」
とはいえだ。どこかへ連れて行ってくれるのであれば好奇心が勝る。ずっとここで地獄の鬼ごっこと魔術の勉強ばっかりはさすがに心が折れそうなのは確実だ。社畜時代とどっちがマシかと問われれば、まだ魔術が面白いこっちと答えられるが。
「私の部署に決まってるじゃないですか」
「えーっと」
ハワードには魔術を教えてもらってるし、いきなり連れていかれるのは悪い気がしないでもない。
それにしてもいきなり部署異動ですかね。っていうかどこの部署ですか。いったい何をやらされるんですか。
「あぁ、ハワードのことなら大丈夫ですよ。ちゃんと連絡は入れておきますから」
躊躇する俺に気付いたのか、安心するように言われるがそういうことじゃない。
「せっかくの人材だ。研究室でホムンクルスの世話だけやらせるのも勿体ないでしょう」
ホムンクルスの世話? いや俺自身がホムンクルスですが。拾った捨て子と思われてるみたいだし、普通はそういう仕事をやらされるのかもしれない。いやでも鬼ごっこって世話じゃねぇよな……。
「では時間も勿体ないですし、さっそく行きましょう!」
「うん?」
思わず捨て子の仕事について考え込んでいると、何やら体が持ち上げらる。どうやら目の前の胡散臭いやつに担がれたらしい。
「いや……、ちょっと、待っ……!」
そして心の準備ができる間もなく、抵抗もできない力強さで走り出すのだが。
「ぎぃやああぁぁぁぁぁ!!」
ジェットコースターばりのスピードには悲鳴を上げざるを得なかった。
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