第3話 鬼ごっこと魔術の勉強
「ぬおわああぁぁぁぁ!!」
全身に力を入れて叫びながら森の中を駆ける。そうしないとウルフ型のホムンクルスであるレオンに捕まってしまうからだ。
っていうかマジでなんなの! いきなり身体能力を測るとか言い出したときは何するんだと思ったけど、まさかレオンをけしかけてくるなんて!
ぼろ布の服を着せられて庭に連れられてきたかと思ったら、いきなりこれだ。
「レオンよ、行け」
ハワードにそう指示されたレオンに、前足を軽く振り上げたかと思うとぶっ飛ばされたのが始まりだ。数メートルほど空中を飛んで、着地後も転がって呆然とする俺にレオンがゆっくりと迫ってきたのだ。
ぶっ飛ばされた左肩が激しい痛みを訴えるが、そんなことにかまってる場合じゃない。逃げないと……! 即座に判断した俺は、庭の奥に続く森へと走り出していた。
どうしてこうなった!
ブラック会社で死んだ魚の目をしながら仕事するよりもマシかもと思ったさっきまでの自分を殴ってやりたい。
っていうかあの爺さん、孫娘を生き返らせたいとか絶対嘘だろ! むしろ孫娘がいたということ自体が疑わしい。でなけりゃ孫娘そっくりなはずの俺にこんな仕打ちはできねぇだろ!
「……あそこだ!」
ふと見えた木のうろに隠れる。息を整えてできるだけ音を出さないようにするが、果たして隠れるという手段は有効だろうか。……にしても全力で走った割りにはそこまで疲れて――
「げふっ!」
改めて自分の状態に気がつきそうになったところで、背中に衝撃を受けて地面に顔面を強打してしまう。そのまま背中を勢いよく踏みつけられる感触があり、息ができなくなる。
「かはっ」
マジで痛いんですけど何をやってくれてんですかね。狼風情がひとさまの背中を踏みつけるあだだだだ……!
ちょっ、まじ……、もうやめて……!
早々にギブアップしたところで、背中の圧力がふと消える。服の襟首を咥えられたのか視界が高くなり、そのまま景色が後ろへと流れていく。どうやらレオンが俺を咥えたまま歩き出したようだ。っていうか首が締まる……。
それにしても狼相手に隠れたところで、匂いですぐ居場所なんてバレるよね。そんなことにも気づかないなんて、あまりにも自分のバカさ加減に呆れて物も言えない。それ以前に走って逃げられるわけもないんだ。狼の全速力がどれくらいか知らないが、人間が走って逃げられると思えない。
「なんじゃ、もう捕まったのか」
どうやらハワードのところまで連れてこられたらしい。
「アフィーの体力ならもうちょっと持つと思ったんじゃがのぅ」
咥えられたレオンから放り出されて地面へと落とされる。全力で走って逃げたにもかかわらず、思ったより体力は残っているらしい。これがホムンクルスの体だからだろうか。しかし精神面はまた別だ。ただのプログラマーをやっていた日本人が、こんな状況についていけるわけがない。なんか心がくじけそう。
「まぁ何回か試してみんと測定も正確な値は出んじゃろう」
「……え?」
いやなセリフと共にレオンの背中をポンポンと叩くハワード。
「ほれ、早く逃げんとまた捕まるぞ」
また蹴り飛ばされるのだけは勘弁だ。ゆっくりと起き上がるとじりじりと後ずさる。
「よし、行け!」
掛け声とともにレオンが勢いよく迫ってくる。
「ぎゃあああぁぁぁぁぁ!!」
自分の身長よりもでかい犬が迫ってくるというのは、恐怖以外の何者でもない。俺は悲鳴を上げながら、庭となっている森の中へと逃げ出した。
こうして鬼ごっこは日が暮れるまで続けられた。終わってみれば、小さい体の割に結構体力はあるなぁと実感だけはできた。
「なんじゃお主、そんなことも知らんのか」
藁が敷かれただけのベッドと言えないような寝床で一夜を明かした翌日。俺は魔術の勉強をさせられていた。この世界で目が覚めてから今まで、水以外何も口にしてないんだがいったいどういうことだ。……おかしな話ではあるが、腹は減ってないからそこまで深刻ではないんだが。ホムンクルスとやらは燃費がいいのか。
「いやだから、俺は魔術のない世界から来たって言ってるじゃないですか」
「うぬぅ……、そこが信じられん……」
何度か押し問答をしつつ、ようやく納得してくれそうな雰囲気のハワード。今日はレオンが出てこなくて安心しているが、いつまた鬼ごっこが始まるかわからない。戦々恐々としつつも、魔術の勉強は悪くないと感じている。少なくとも、どこも痛くないからだ。
しかし魔術の勉強が面白くないわけではない。むしろ面白いくらいだ。プログラム的な考え方なのは、職業がプログラマーだっただけにすんなりと頭に入る。
「まあいいわい。お主は理解が早いからの」
「それはどうも」
「そういうわけで、
なんともパソコンで実行するプログラムみたいな考え方だ。普通のホムンクルスはしゃべれないから、詠唱からの魔術式展開ができないらしい。なので
「ほうほう」
しかも俺の体は、魔術式を展開する
「まずは一番に焼き込んだライティングの魔術を使ってみるのでよく感じ取るように」
「お、おう……」
どうするのかよくわからなかったが、俺の
ドキドキしながら待っていると、ハワードに頭をわしづかみにされる。ほんのりとあったかくなってきたかと思うと、徐々に感覚が鋭くなってきたのがわかる。頭の片隅が活性化され、なんとなくここが自分の中にある
ハワードが手のひらを上に向けると、手から10センチほど浮かんだところに光がともる。同時に活性化されていた部分が沈静化してしまったが、なんとなく『ここにある』というのはまだ感じられる。
「ふむ……、はやりお主の魔術領域は使いやすいの。じゃあさっそく使ってみてくれ」
「えーっと……」
いきなり使えと言われてもわかるわけがない。元の職業からも分かる通り、俺は感覚派じゃないんだ。とはいえ何も試さずに何でも聞くわけにもいかない。
まずはさっきまで活性化していたよくわからない領域を意識するようにする。不要な情報はシャットアウトするように目を閉じると、俺は集中を始めるのだった。
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