第448話 訪れ得る未来の為に
……仕掛けていた、というローアの発言は。
『それじゃあ望子のお父さんは、いずれ望子が異世界へ召喚されるだろう事を予期していた? その為に私たちを……?』
『うむ。 とはいえ、ここからは推測でしかないが……』
それ即ち、ハピの言葉通り勇人が望子の異世界召喚を遥か昔から予期しており、その備えとして望子が作った狼と梟と海豚のぬいぐるみを
尤もローア自身が収集し、そして寄せ集めた数少ない情報を基にした推測に過ぎぬ以上、何の疑いもせず鵜呑みにされるのもそれはそれで問題なのだが、と前置こうとした時。
『ねぇちょっと待って、ボクらはみこのお父さんが死んじゃってからずっと後に、みこが作ってくれたぬいぐるみなんだよ? どうやってボクらが
『……その辺りも推測、出来ているんでしょう?』
よくよく考えれば疑問を抱いて当然の、それこそフィンでも思い至る〝時間の乖離〟についても説明出来るのだろうという、ともすれば信頼にも近い問いかけをしてきたハピに。
『然り。 なるだけ手短に語ろう──』
こくり、と頷いてから組み立て済みの推論を展開する。
千年前、かの恐るべき魔王コアノル=エルテンスの封印には成功したものの、ただでは終わらぬとばかりに魔王が封印直前まで残っていた余力の全てを注いだ呪いによって生命活動の維持が困難になった勇人は、その時既に想いを伝え合っていた
一緒に地球へ帰る約束は果たせそうにないが、それでもジュノの身体に宿る二人の愛の結晶に自分の血が流れている以上、生まれ育つ場所は地球が良いだろうから、このまま自分を置いて君一人で向かい、二人で幸せになってほしい。
けれど、その子は勇者である自分と女神である君との子。
仲間たちや世界そのものだけでなく、君の力を借りてもなお討伐にまで至らなかった封印中の魔王は、いつか自力で封印をこじ開けて、今一度この世界を支配せんと目論む筈で。
その時、この世界の人々が自分たちの力だけで魔王や魔族の脅威に立ち向かうならいいが、きっとそうはならない。
こうして自分を異世界から召喚し、適性があるという一点のみで何処の誰とも知れない異界の者に世界の命運を託す様な無責任を地で行く権力者が多いこの世界なら、まず間違いなく再びの勇者召喚を行う筈だと確信しているからこそ。
次の召喚でこの世界へ連れて来られる可能性が最も高くなるのは、これから産まれてくる自分たちの子供である筈だとも確信していた為、死が確定した自分と残り少ない力しかない女神に代わり、その子を護る存在が必要だと考えた結果。
先の魔王軍との戦いの中で味方をしてくれた大多数の仲間たちと共に命を落とし、かの
勇人を実の弟の様に可愛がっていた
勇人を実の娘の様に愛でていた
そして他に愛する存在が居ると知っていながら、その命が尽きる瞬間まで勇人を憎からず想い続けていた
出来る限り元となった獣の姿に近く、それでいて小さな子供が常に携帯していても何らおかしくない物──つまり、ぬいぐるみの中に三人の
あちらの世界とこちらの世界では時の流れがあまりに大きく異なる為、産まれてくる子が何歳の時に召喚されるかなど分からないし、そもそも本当に召喚されるかも分からない。
それでも数年後か、数十年後か、数百年後か、女神の血を引いている為にジュノが亡くなった後も生き続けるだろうこの子が、異世界でくらい独りにならない様にという共通の願いを叶えるべく、ジュノは産まれた娘──望子が物心ついてからすぐに裁縫を教え、共にぬいぐるみを作ったのだった。
いずれ訪れ得る、最悪の未来の為に──。
『──……それじゃあ、望子のお母さんが望子にぬいぐるみを作らせる事で、〝
「
ハピが纏めた様に、どうやっても助からない父親が、いずれ産まれて来るものの厄災ともいうべき運命を背負うかもしれない自分の子供を想ったがゆえに封入され、そして奇しくも虫の知らせ通りに異世界へ召喚されてしまった娘を自分の代わりに護らせるべく覚醒を促されたのが彼女たちであり。
「しかし今は、今だけはその信託が呪縛となっている。 かの召喚勇者は先の未来に作られるであろう三体の
言うまでもなく良かれと思って託したのだろうが、あまりにも強い想いで封入してしまったが為に、ウルたちは上位種へと進化可能なくらいの経験を積む事が出来ていても下位種に固定されたまま進化出来ないという事態に陥っていて。
『……成る程、その
『一旦、死ななきゃって事か』
信託か、呪縛か──今となってはどちらとも取れる程に強い父親の愛情が切っ掛けの繋がりを断つべく、その命を一時的にとはいえ散らさなけらばならない、とようやく二人共が納得してくれたと判断したローアは安堵の息を吐きながら。
『結局、短時間で済ませる事は出来なんだが……ミコ嬢や聖女カナタへ同様に説く時間を削げば良い。 その為にも──」
既に中々の時間が経過しており、おそらく〝外〟は先程以上の凄惨な光景が広がっているだろうと確信めいた予測を立てつつ、あちらの為にも出来る限りの時間短縮を図るべく。
「──この場で、殺してから連れていく。 良いな?」
『『……』』
いくら望子が聡明であると分かっていても、カナタの力で蘇生可能だと理解していても、きっと望子は目の前で二人が死ぬ事を受け入れないだろうという事はハピとフィンも分かり切っていたからこそ、ローアからの気遣いを受けて。
『……あまり、痛くしないでちょうだいね』
『そうだよ、死ぬの初めてなんだから!』
「……善処しよう。 では、また後程──」
これから死ぬ事を微塵も恐れていないかの様な軽口で以て返答してきた事で、ローアは苦笑しつつ魔術を発動し──。
──肉体に傷をつけぬ様に、その命を奪った。
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